聖園ミカに舌打ちされたい 作:性癖多面体
ここキヴォトスにおいて、ヘイローが壊れた生徒の記録は僅かながらに存在する。その多くは海難や崩落、遭難といった事故によるものであるが、さらに裏社会のごく一部においては意図的に『破壊』された記録も存在する。彼らにとって、ヘイローに守られる生徒であっても死を迎えうることは、楽園の存在などよりも遥かに優先して証明するべき事項であった。
ヘイローを破壊する爆弾は、そうした内に開発された生徒を死に至らしめる手段の一つである。人道を問わずキヴォトスの神秘を探求する集団たるゲマトリアの一人が望み、そして一人が研究開発を行った。
昨年の冬のことである。
何者かによって密かにトリニティ総合学園に持ち込まれた『ヘイローを破壊する爆弾』は、確かにその効力を証明した。ティーパーティーのホストであった百合園セイアのヘイローの破壊、という結果を以て、実に効率的に生徒の命を奪う兵器としてキヴォトスに産声を上げた。
トリニティにおいて最重要人物の一人である生徒の死を隠し切ることは困難であり、やがてこの爆弾の存在が表沙汰になればキヴォトスは未曾有の戦火に包まれることは必定であった。
しかし、その暗澹たる未来が訪れることはなかった。
他ならぬ百合園セイアが、事件の翌日以降もティーパーティーホストとして活動していることが確認されたためである。
◇
白洲アズサという生徒について私が知っていることは少ない。
というか、彼女の名前自体知ったのは昨日のことである。ほぼ全校生徒の顔と名前は知っているつもりだったのに、彼女についてはミカ先輩から言われるまで一切認知していなかったのだから不可解だった。
白洲アズサの情報を集めてみれば、尚更彼女のことを知らなかったことには違和感を覚えた。彼女はあまりにも話題性のある生徒であり、私が何一つとして情報を持たないことは不自然にすら思われたのである。
彼女は転入生だった。今年の春にトリニティ総合学園近隣の高校から、人間関係に悩みを抱えて転入してきたことが私の目にした書類には記されていた。悩みを抱えて、という時点でシスターフッドである私が把握していないことがまずおかしい。
しかも、彼女はこのひと月ほどの間で何度も事件を起こしている。それは例えば校門周辺含む学園への考え得る限りの侵入経路に高威力のブービートラップを仕掛けるといった行為であったり(本人は学園の警備を強化したつもりだったと供述)、校舎全体のカーテンを閉めて回るという奇行であったり(本人は狙撃を警戒する必要があったと供述)、中庭で午睡を楽しんでいた生徒を叩き起こして常在戦場の心構えを説いたり(私が起こさなければ懲罰房行きになってしまうと思ったと供述)、それはもう結構な所業である。
もはや私は無意識の内に彼女のことを耳に入れないようにしていたのではないかと、そう考えてしまうほど白洲アズサは話題に事欠かない生徒であった。
知人に頼って閲覧した正義実現委員会の調書では、彼女は完全なる善意のもとにこれらの行為に及んでいると推測されている。念のため行われた精神鑑定においては完全責任能力が認められ、犯行当時彼女の意識は明瞭であったと判断された。ただし、本人の言動からして彼女がトリニティの校則に従うことがどれだけ期待されるかという期待可能性については、著しく低いだろうと情状酌量を受けている。
知人である正義実現委員会副委員長の話では、現在も正実による監視が付いており怪しい動きがあれば拘束されることになっている、とのことだった。
白洲アズサは語らないものの、およそ想像の及ばない過酷な環境で生活していたのではないか、彼女の責任能力とは別の部分で、現時点では責任を論ずるに相応しくないのではないか、と正実は結論したらしい。
ところが。
正実は知らないことだけど、書類上は彼女の過去に何ら怪しい点はない。出身として記されていたトリニティ近隣の自治区も、特に治安の悪い地区ということもない普通の環境である。
それだけに、私視点では彼女からは厄介事の気配がプンプンするわけだけど……ミカ先輩から『一度だけでも話し掛けてあげて』と言われたからには彼女と話さないわけにはいかない。
伝聞ばかりで悩んでいても仕方がないと、私は早速彼女の所在を訪ねてみた。当校の生徒はゴシップやらの噂が大好きな社交性のある性格をしていることが多いので、彼女の居場所はすぐに分かった。
「―――あなたが、白洲アズサさんだよね?」
「そうだ」
午前と午後を情報収集に奔走した私が今いるのは、放課後の空き教室である。
彼女は開け放った窓から吹く風に髪を揺らして、じっと静かにトリニティの校庭を眺めていた。話に聞いていたようにカーテンを閉めるということはしておらず、その背中には心なしか孤独感が漂って見える。
事前の調査からして、無音で近付いて背後から声を掛けるなんてしようものなら即刻組み伏せられてもおかしくなかろうと思われたため、わざと足音を立てながら教室に入ってみた。
結果的に、それは正解だったようである。普通に返事をしてもらえた。
「私は日向イリヤ。あなたと同じ二年生で、」
「シスターフッド所属。交友関係は広く、正義実現委員会やティーパーティー、救護騎士団といったこの学園における主要な組織の上位構成員と親密な関わりがある。……先ほどまで私のことをずいぶん熱心に嗅ぎ回っていたようだけど、そちらが一方的に情報を握っているとは思わないことだ」
「……」
気が付けば彼女の手には銃が構えられている。向けられてこそいないものの、それもこの後の会話の流れ次第といった様子である。
私が二の句を継げずにいると、さらに彼女は言葉を重ねた。
「シスターフッドについても調査は済んでいる。伝統と権威を利用して学園内に広く幅を利かせ、生徒からの懺悔による情報を組織内で統合し多くの生徒の弱みを握っている、トリニティにおける情報組織だと」
「えっと……アズサさん、それは誤解で―――」
「日向イリヤ。あなたは私のことを探してこの教室を訪れたと思っているかもしれないけど、事実は逆だ。私が情報を流し、あなたをこの教室まで誘導した。もちろん、既に教室内にも罠は仕掛けてある」
……なるほど。
確かに彼女は、トリニティの常識が通用しない環境で育ったらしい。けれどここはトリニティ総合学園である。郷に入っては郷に従えという言葉を、彼女には実践してもらわなければならない。
私はシスターフッドとしての仮面を顔に貼り付けた。説教はシスターの仕事である。同学年としての口調を捨て、言い含めるようにゆっくりと口を開く。彼女は私の表情を見て警戒するように銃口を上げたが、今や気にする段階にはなかった。撃ちたければ撃てばいい。どうせ大した傷になりはしないのだ。
「アズサさん。トリニティ総合学園における校則では、演習場を除いて校舎内で危険物の設置は禁止されています。また、これらを用いて生徒を脅迫することも禁止されています。ここはあなたの暮らしていた場所とは違います。あなたがこれらによって身の危険にさらされることがないように、他の生徒にも同じ安全が確保されていなければなりません」
「……同じ、安全……」
「それから、私たちはみなさまの告解について、いかなる例外を認めることもなくその秘密を漏らさないことを誓っています。私たちは、言葉やその他いかなる手段によってもみなさまを裏切ることは致しません。例えティーパーティーによる審問会であっても、絶対に。シスターフッドにはその権限が与えられています」
私が淀みなく言い切れば、白洲アズサは困惑した表情を見せた。
「じゃあ、懺悔をまとめた記録が大聖堂の大時計の中に隠されているという話は? 秘密を言葉で伝えたことにはならないのか?」
「そもそもそんな文書はありません。あの時計も普通の大時計ですから、中にあるのは振り子と歯車です」
「じゃ、じゃあ日向イリヤの交友が広いのはシスターフッドの情報収集のためで全て偽りの友人関係だというのは?」
「ひどすぎます! みんな普通の友達ですから! さっきから誰ですかそんなことを言ったのは。ウイ先輩ですか。またウイ先輩でしょう!」
「それは……守秘義務がある」
「構いませんよ!」
あの人は! なまじ図書委員会委員長として発言に拡散力と信頼性があるのをいいことにあることないこと吹聴するんだから。
しかも本人は悪意があるとかではなく心の底から陰謀を信じているのだから手に負えない。シスターフッドはそんな闇の組織じゃないし、ヒナタ先輩も秘密を知りすぎた人を秘密裏に処理する実働部隊の隊長なんかでは断じてなくて、サクラコ様も悪の枢軸みたいな怪しい人ではないと何度言えば分かるのだろうか。挙げ句私とマリーちゃんは情報担当ときた。
普段から物語に触れている人だからか知らないけど、変なところで辻褄が合うというか説得力があるような設定を持ち出してくるのはやめてほしいものだ。
「とにかく! これからは気を付けてくださいね! 正実の偉い人が次やったら捕まえるって言ってましたよ」
「……うん、理解した」
「分かっていただけたなら何よりです」
白洲アズサが頷いたのを確認した私は本来の目的を果たすべく、爆弾の取り外しを始めた彼女と視線を合わせた。……え、そんな所にもあったんだ。
「で、今日ここに来た理由なんだけど」
「うん。なに?」
「……うーん、今の話の後だとちょっと言い辛いかも。また今度にするね」
「……? 分かった」
それから、私と彼女はそれなりに話す関係になった。