個性『御廚子』 作:円満
───忌み子
自我を獲得したその時から、俺は周囲からその名と共に疎まれ虐げられていた。
曰く、双子として生まれる筈だった片割れを子宮の中で食い荒らした。
曰く、同じ人間とは思えない、生まれる筈だった命を奪ったことによる呪われた容姿。
曰く、触れれば塵一つ残さない万物を断ち切る規格外の異能。
生まれ、容姿、異能───他にも理由は幾つかあるが、結局のところはそのどれもがこれらの延長線上でしかない。
親の顔を知らず、常識を説かれず、ただ命を繋ぐために命を奪い続ける日々。
それが俺にとっての世界で、それだけが俺を構成する全てだった。
悲しいとは思わなかった。
寂しいとは思わなかった。
後悔なんてしたこともなかった。
何故なら、それが俺にとっての当たり前だったのだから。
不快だと感じたなら即座に刻む。
愉快だと感じたなら遊んでやる。
誰も彼もが俺を恐れ、恨み、遠ざけていたから、俺は俺の身の丈に合った生き方をするだけ。
それは他者ではなく、自己の快・不快だけを指針とした獣の理。
奪い奪われ、力なき弱者から蹴落とされていく、敗北一つで何もかもを失う弱肉強食の世界。
故にこそ、
『
▽
雄英高校。
その学術機関の名称を知らない存在は、ヒーロー飽和社会とまで称された現代では絶無だろう。
余程の田舎者でもなければあるいはとも思うが、それでもヒーローという存在はそんなあぶれ者たちですら認知しているほどに現代社会では無類の影響力を誇る。
そしてヒーロービルボードチャートなる様々な要素を加味して選ばれた国内のトップヒーローたちは、その大半がこの雄英高校が見出した金の卵たちであり、その卵を孵化させ育て上げたのもまた雄英である。
故にこそ、プロヒーローのみならず更にその先のトップヒーローを目指すならば雄英高校への入学は避けては通れぬ試練であり、今までに築き上げたその実績は毎年敷地内を埋め尽くすほどの膨大な受験生という形で現れている。
『
脳裏を過ぎる煩わしい筋肉馬鹿に嘆息しつつ大雑把に周囲を見渡す。
流石に雄英を志すだけあって上昇志向と自信に満ち溢れた者たちが多々見受けられるが、それなりに鍛えてはいるもののそれでも歳相応の域を出ないが故に失笑を溢してしまうのは、やはり奴との今朝の一幕が原因なのだろう。
『今年は粒ぞろいだからね、君もうかうかしてられないぞ?』
端から期待などしてはいなかったが、それでもつくづく奴の審美眼ほど信用できないものはないと呆れ果てる。
過大評価にも程があるなと改めて周囲を見渡して一息付き、止まっていた歩みを進めていく。
聞いた話によれば奴は元は無個性だと言っていたし、自身の齢の頃と比べれば世代を重ねて異能だけは強化されていった個性特異点に最も近い今の世代は、確かに奴の視点から見ればそう言いたくなる気持ちも分からないことはない。
しかし、どのような異能も結局のところは能力者次第だ。
活かせなければそれこそ宝の持ち腐れだろうに。
まぁ、そう言えば奴はそれを育てていくのが我々の役目だと言葉を返すのだろうが。
「転んじゃったら縁起悪いもんね」
「え、あ、その……」
「どけ」
往来の真ん中で雑談する男女を退かしそのまま歩を進めればあっという間に試験会場へと辿り着く。
しかし会場は異形型含め様々な容姿の者たちで溢れ返っており既にすし詰め状態、事前に確認していた座席は真ん中にほど近い考え得る限りの最悪の座席。
奴からは試験以外で目立つ真似は控えるよう釘を刺されている以上大人しく向かう他ないだろう。
目深までフードを被るなどして奴への最大限の義理は果たしたものの、それでも見た目が見た目、眼前の者たちが如何に異形に慣れているとは言え自身の容姿が目立つことは自覚している。
擦れ違う者たちから奇異の視線を向けられるが、これ以上俺は何もするつもりはない。
ただ黙して試験開始の合図を待つのみだ。
そして───
「───Plus Ultra! それでは皆、良い受難を!!」
長ったらしい説明の後、ようやく試験が始まった。
▽
「(き、緊張する……何で皆はそんな自信あり気なんだろう? 緊張とかしないのかな)」
周囲を見渡しても大半の受験者は程よい緊張感に包まれながらも平静を保っていたり、むしろその緊張感を力に変えるようにやる気満々だと言わんばかりに笑みを浮かべている者たちが殆どだった。
緊張で満足に準備運動も出来ない緑谷からしてみればそれが余計に体を強張らせる要因となって襲い掛かって来ており、とてもではないが今の状態では如何にオールマイトから譲り受けた個性と言えども満足に使いこなせないのは火を見るよりも明らか。
落ち着け、落ち着け、自身に暗示をかけるように心の内で必死にその言葉を念じていた緑谷だったが、ふと視界に見覚えのある姿が入り僅かながらに冷静さを取り戻す。
「(あ、今朝僕のことを助けてくれた人……あの人も同じ会場だったんだ)」
転びそうになった自分を個性らしき力を使って助けてくれた優しい人、そう言えばまだお礼を言ってなかったや、と気づいた緑谷が感謝の言葉をかけようと歩き出した、その時、
『どけ』
「ッ!?」
聞こえる筈のない声と姿を幻視して緑谷の足が止まる。
脳裏を過ぎるのは自身よりも遥かに大きな二メートルを優に超える巨躯の持ち主。
人一人くらいであれば軽々と潰せてしまいそうな鍛え上げられた丸太のような腕、目深まで被ったパーカーのフードから覗く体の底から凍てついてしまいそうな絶対零度の眼───それが二つずつ。
異形型の個性の持ち主であろうその受験生の存在感は緑谷の心の内を恐怖で埋め尽くし、あの時のたった一言で緑谷は無意識の内に脇に引いて道を譲り空けており、尋常ではないほどの冷や汗を流しながら隣に居た女子共々放心していたほどだ。
事前にあの受験生がこの会場にいないことは確認済みだと言うのに、それでも実際に目の前にいるかのように錯覚してしまったのは、それほどまでに緑谷の脳に強い印象を与えたからに他ならない。
……否、きっとそれは自分だけではない筈だろう、緑谷はプレゼント・マイクの入試要項の説明の際に、受験生全員の脳裏に彼の存在が刻まれたであろう瞬間を想起する。
事の発端は、物見遊山なら去りたまえと自身に告げた眼鏡の受験生が、続く様にその隣に座る彼へ注意を促したことが切っ掛けだった。
『君もだ! ここは日本最高峰の雄英の試験会場、ただでさえフードを被って説明を受けるなんてマナー違反を犯している上に居眠りなんて言語道断! やる気がないなら即刻ここから去りたまえ! 迷惑だ!!』
それは誰もが気になりつつも彼の漂わせる雰囲気から誰もが口を閉ざしていた当然の指摘。
実技試験の服装は基本的に自由で、個性に合わせた装備なども事前に申請して許可されていれば持ち込みも可能だし、その辺りは自由を校風にするだけあって寛大だなと緑谷自身思っていたものの……彼は服装以前にとてもではないが真面目に雄英を受験しに来た人間とは思えないほどに周囲からの印象が悪く、それは先に眼鏡の受験生が挙げた内容が物語っており、トップヒーローを目指すために本気で雄英の試験に臨んでいる受験生たちからして見れば彼の態度が反感を買うのは明白だった。
故に無言の圧力が視線となって彼に降り注ぐ。
それは態度を改めるか、はたまた眼鏡の受験生の言う通りこの場から立ち去るかの二択を彼に迫っていた。
それに対して、彼は───
『長い』
一切臆することなく、ただ一言その言葉を発した。
僕たちのみならず状況を窺っていたプレゼント・マイクすら唖然とした表情を浮かべながら、しかし彼はその身から周囲を押し潰すほどの圧力を発して言葉を続ける。
『この紙だけでこの試験のルールは既に把握している。相手が何であろうと行動不能にすればいい、たったそれだけのことだろう?』
『俺に文句があるなら点数で俺を上回ればいい』
『さっさと終わらせろ』
その言葉に僕たちは何も返せなかった。
彼の言葉が正しいと思ったからとかそう言うことじゃないんだ。
ただ純粋に、言葉が出なかったんだ。
息を吸って吐くことで精一杯で、それだけに集中しなければ呼吸も出来なかったから、誰も何も言えなかったんだ。
フードから覗いたあの冷たい眼差しに、皆が皆次の瞬間には死を覚悟してしまったから。
『オーケーオーケー! 受験番号7111くんに受験番号7112くんナイスなお便りサンキューな!』
同じく冷や汗を流しつつも幾分か余裕があったために、何とか場を整えようとしたプレゼント・マイクの言葉はしかし、僕の耳にはさっぱり入って来なかった。
ただ相手を行動不能にすればいい、その言葉だけがその時の僕の脳裏をずっと埋め尽くしていたから。
「───そうだ、あの時に比べれば何てことない」
気づけば緊張感なんて欠片もなくなっていた。
代わりに僅かな恐怖が鉛となって体を重くしていたが、彼がこの会場にいないことを考えればそれも些細なことだろう。
彼への苦手意識はもの凄くあるけれど、今この瞬間だけは緊張を取り除いてくれた彼に心からの感謝を送りたい。
「大丈夫、やれる」
だって、僕にはオールマイトがついてるんだから。
『ハイスタートー!』
そうして、その掛け声を合図に僕は駆け出した。
▽
「おい、例の子って今何Pだ?」
「試験開始2分で既に敵Pだけで40P……こりゃあるかもしれんぞ」
「前代未聞の100Pってか? 流石にそこまではいかないだろ」
「しっかし今年は規格外な奴らが集まったもんだな」
相も変わらず騒がしい試験官兼同僚たちにため息を吐きながら、イレイザーヘッドこと相澤消太もまたモニターに映るとある受験生を目にしながら、先の説明会場での出来事を思い返し大口を叩くだけのことはある、と静かにその受験生の実力を評価する。
受験番号7112:
経歴だけで見れば特段目立ったものはなく、地方出身の何処にでもいそうな学生と言った印象を受けるが、異形型にしても珍しいその特徴的な風貌を加味すれば第一印象はとても同い年とは思えないほどの強烈な威圧感を同年代の者たちに与えてきたことは間違いないだろう。
そして先のやり取りからでも分かる難のある言動は、やはり異形型として生まれたことが関係してるのかもしれないと、相澤は現代において今もなお特定の地域では色濃く残る異形差別を想起して下らない風習だと吐き捨てる。
それはそれとしてあの発言は問題だけどなと呆れつつ、モニターで縦横無尽に仮想敵を的確に破壊していくその姿はよく鍛えられているなとプロヒーローの相澤をして素直に感心するほどだ。
異形型故に身体能力は並みの受験生を遥かに凌いでいるが、それでも他の受験生たちと比べても体の使い方が一歩も二歩も上手い。
自分の強みをよく分かっているというのが相澤のこれまでの指宿への評価で、正直なところこのままいけば100Pなんて余裕だろうなと遠くで盛り上がる同僚たちの議論に決を下す。
鍛え上げられた肉体から繰り出される拳は一撃で仮想敵の体を粉砕し、歪に変形し仮面が張り付いたように見えるその眼は常人であれば死角から迫り来る仮想敵の攻撃を容易く見切ると、四つあるその巨腕を活かし二つの腕で相手を拘束しその上から残った腕で連打を叩きこむという戦闘スタイルは、そこらのプロヒーローを上回る手際の良さであり次々と仮想敵を下していくその光景は圧巻と言わざるを得ない。
「物が違うな」
今期の受験生で一番強いのは間違いなく指宿であり、まだまだ本気を出していないと思われるその姿からはもしかしたら現時点で雄英BIG3に肩を並べるほどの逸材かもしれない、と相澤を戦慄させる。
こんな奴が今まで無名だったのかと思うと世界はまだまだ広いなと実感せざるを得ないが、同時にこの問題児の担任になるかもしれないと考えたら何故か相澤は胃の辺りがキリキリしてきたが、きっと気のせいに違いないと深く考えないことにした。
「さて、そろそろコイツの出番だな」
試験官の一人がその言葉と共に0P仮想敵の起動スイッチを押し込む。
各会場に一体ずつ配置されたその仮想敵は説明会でのプレゼント・マイクの言葉通り、倒しても一切ポイントは加算されない。
しかしこの試験には、敵Pの他にも救助活動Pというヒーローの真価たる自己犠牲の精神を審査する項目が隠されており、強大な仮想敵が齎す破壊活動からどうやってヒーローたるを証明するかというのがこの0P仮想敵の存在意味だった。
しかし───
「「「は?」」」
0P仮想敵、起動から僅か五秒後にて消滅。
起動によって倒壊したビル以外に一切の被害を齎すことなく、誰一人と受験生を巻き込むことなく、細切れとなった彼の仮想敵は微かに残ったその残骸を雨の様に降らせながら宙に消えていった。
あれほどまでに騒がしかった試験官室に静寂が走る。
今この室内に響くのはモニターから響く受験生たちの困惑と悲鳴に満ちた叫び声のみで、誰一人としてプロヒーローたる彼らは言葉を発せなかった。
それほどまでに目の前の光景は異例の事態だったが故に。
「ハッハッハッ! 流石だな指宿少年!!」
ただ一人、今年から雄英で教鞭を取ることになった
彼は心の底から嬉しそうにこの事態を生み出した指宿を見据えると、
「そうさ指宿少年、君はヒーローになれる」
その手には10Pと書かれた札が確かに握られていた。
▽
闇に包まれた一室で、生命維持装置に繋がれた男がモニターから流れる映像を見て暗い笑みを溢す。
そのモニターに映っているのは、雄英高校の実技試験で巨大仮想敵を傷一つ負わず瞬殺し2位に圧倒的大差を付け実技試験をトップ通過した、男にとってのもう一人の後継。
しばらく見ない間に随分強く逞しくなったとまるで父親の様な態度で、男は脳裏に焼き付いて離れない彼との出会いを想起する。
それは数多の計画を練って動いて来た用意周到な男にとって、本当に意図していない偶然の出会い。
忌々しきオールマイトに致命傷を与えられかつてのように満足に活動することが出来なくなった男が、日陰に身を徹しながら後継を育成するその隙間時間で研究にうってつけの人目に付かない場所を探していた折に、男は今は過ぎ去った因習が色濃く残る集落で彼を見つけた。
満足に栄養の行き届いていない瘦せ細ったボロボロの肉体、体に残る数多の傷跡は周囲の動物のみならず人為的に加えられた物も見受けられ、極寒の中に裸同然で投げ捨てられたその命は今まさに消え行く寸前だった。
男は彼に手を伸ばした。
それは彼を助けるためでも、今にも死んでしまいそうな彼を気の毒に思ったからでもない。
それは個性を持っているならどうせなら貰っていこうという、ただの魔王としての男の性。
しかし、それが運命の転換期だった───
『触るな、痴れ者が』
微かな言葉と共に放たれた一太刀が男の伸ばした手を斬り裂いて。
憎悪に染まったその四つの眼が、魔王たる己を確かに射貫いていたのだ。
その憎しみと嫌悪の深さと言ったらかつて男をして見たことがないほどに強く鮮烈で、その数多の個性でより深くその感情を認識出来るからこそ、今この瞬間に男は自身の視界が憎き怨敵に潰されて見えなくなってしまっていることを心の底から後悔した。
男にぶつけられたその憎悪は、黎明よりこれまで数えるほどしか揺さぶらなかった男の心胆を確かに揺さぶって、やがて魔王に興味を抱かせるどころか新たな執着の種を植え付けるほどに至った。
再び男は手を伸ばす。
今度はちゃんと、その手に意味を見出して。
『もう大丈夫、僕がいる』
それが■■■■にとっての全ての始まりだった。
宿儺と御廚子が好きで衝動的に書きました。
続くかは熱量次第ですが続くとしたらダイジェストの短編方式になりそうです。