ここだけレグルスに兄がいて、幼馴染ちゃんも幸せな結末を迎える世界線 作:ねえ、おなまえは?
さて、僕が彼女たちの命が吹けば飛ぶくらい軽いものだと再認識したのはいつだったかなあ。
たしか、僕とレグルスでお茶をしている時に、躓いた花嫁さんが紅茶を僕にかけてしまって、そうだ、それでレグルスの機嫌を損ねたんだ。
僕は火傷なんてなかったことにできるし、溢れてしまった紅茶も割れた陶器もなかったことにすればいい、気にしないで、と声をかけた。
でもレグルスは駄目だったみたいでさ、すっと立ち上がると、謝罪を重ねるその子に向かって指を軽く弾いた。
そうしたら簡単、使用人として働いていたあの国の道中で見た事のある頭の爆ぜた死体の出来上がり!
ピチャ、と僕の顔に飛ぶ血を物言わなくなった彼女ごとなかったことにして、未だ怒りに震えるレグルスを嗜めたことを覚えている。
彼女たちは勿論レグルスの大切な人だけれど、一瞬でその枠からはみ出して殺してもいい人、殺すべき人、殺さなくてはいけない人になる。
僕にできることは、死体をなかったことにしたり、血や脳漿やらで汚れた部屋をなかったことにして綺麗にすることくらいだ。
流石にこれを他の子に掃除させるのは心が痛むからね。
というか僕が彼女たちの生き死ににいちいち干渉することでもないしね、レグルスと彼女たちの間の取り決めだし、まあ好きにしてくれればいいんじゃないかなあ。
まあそんな感じで、レグルスの気分1つで命が消費されていって、その度に新しい花嫁さんが補充されていった。
特に思う所はないよ。
うーん…いや、どうだろう。
無意味で無価値で無責任で無関心で無気力で無秩序なのが過負荷である僕だからねぇ。
でも、そりゃあ、元の僕も、禊ちゃんだって、女の子がばんばん死んでいくのは心が痛むとも。
可哀想だなぁ、とか、色々考えてしまうことも事実だ。
でも、僕の中ではレグルスとレグルス以外のことでは天と地ほどの差があるからさあ。
え?レグルスに殺さない様に言って聴かせて、花嫁さんたちの命を守れって?
そうしないと彼女たちが可哀想だろって?
まぁ、うん、そうではあるけどさ。
それも一理あるよ?
でも、ちょっと、一旦落ち着いて考えてごらんよ。
例えばの話だけれど、そうだなあ、じゃあさ、ポケモン。
相手を容赦なく瀕死にする。
相手のポケモンを攻撃して、瀕死の山をたっくさーん作ったら勝ち。
トレーナーが居ればまだマシ。
トレーナーの居ない野生のポケモン相手なら?
捕まえるなら別だけど、経験値稼ぎの為に倒しまくって、それで?
弱ったポケモンは死ぬんじゃないの?ってか虫ポケモンとかなんかは鳥ポケモンに、というか魚の見た目のポケモンなんかは食材として普通に人間にも食べられているし。
自分の求める色違い夢特性性別性格個体値6VだのA0だの最遅だのを狙っての孵化厳選なんて実際自分の世界に置き換えたら鬼畜の所業だろう?
要らなくなった、気に食わない個体は纏めて逃す。
まだ産まれたてなのに。
バイバイって。
ドラクエなら?
ポケモンにも言えることだけれど、勿論逃げる、という選択肢もある。
でも、基本的には迷わず相手を倒すよね。
命が惜しいからとかじゃあなくて。
だって経験値やらスキルやらお金やら落とし物やらが手に入るから。
それだけじゃない。
他人の家に入り込んでツボを割ったりタンスを漁ったりして勝手に持っていく。
勇者だから?だから窃盗も器物破損も赦されるの?
じゃあさ、ナルトは?
ほら、ブリーチは?
ねえ、ワンピースは?
どう?ドラゴンボールは?
さて、ジョジョは?
そうだな、鬼滅の刃は?
えーっと、呪術廻戦は?
ほらごらんよ!
ばんばん人が酷い目にあったり、息をする様にモブも主要メンバーも死ぬだろ?
この世界だって、僕らのあずかり知らぬ所で毎日毎日沢山人は死んでいる。
病気や老衰ならまだいいけれど、戦いで、奴隷として酷使されて、何となく殺されていく人たちがいっぱい居るんだ。
例えば、そうだな、安心院さんなら識っていると思うけれど、ま、僕は知る気にはならないから聞かないし。
とにかく、僕は知らないけれども、この"世界自体"が何かしらの"作品"だとしたら、当たり前に主人公たちが居るはずで、きっと襲いかかる何かしらの脅威を退ける為に剣を抜くだろう。
僕たちはどっちかっていうと、悪役だね!
あは、殺されちゃうかも。
だれも殺さずに襲ってくる奴らみーんな赦して、仲間にしていくなんて、僕はアンダーテールくらいしか思い浮かばないね。
結局、レグルスのやっていることを僕が止めようが諌めようが何しようが、彼女たちは死んでいくし、無意味ってこと。
彼女たちはレグルスに会ってなくても、いつかは死ぬんだから。
その点、レグルスの決めた規約を遵守していればレグルスは全力で大切な彼女たちを守るのだから、自由を制限される代わりに、と考えると割と安全ですらあるんじゃあないかな。
僕としてはみんなが和気藹々としている方が、まぁ、いいとは思うのだけど。
そうそう、話がズレたね、だからさ、きっと誰かを、何かを、害したり、殺したことのない人なんて居ない、そんな聖人が居るならお会いしたいくらいだってこと。
多かれ少なかれ何かしらやっているよ、それがその人にとって"正義"であっても、他人から見たら"悪"かもしれない。
そうだろ?
平和主義の僕は基本的に何もしないけれど、相手が敵対してくるのなら僕も死にたくないし何とかするさ。
長くなっちゃったや!つまりね、何が言いたいかっていうと、要はさ、僕は弟大好きなブラコンってことだね!
そんな生活が随分長いこと続いた。
レグルスは時々福音書とやらの指示に従って、何処かへ赴いたり、花嫁候補探しに行ったり、僕といえば屋敷の手伝いをしたり、レグルスと過ごしたり、旅行をしたりして過ごした。
僕たちって歳も取らなければ見た目も変わらないからさあ、何年経ったとかそういうのに疎くて、まあそれが原因で困ることなんてないんだけれど幼馴染のあの子が亡くなってから100年くらい、もっと経っていると思うけど、それくらいの時期だった。
僕はちょうど3人であちこち周った時にあの子が特に気に入っていた桜の様な大樹が咲く頃だな、と思ってそこに出かけることにしたんだ。
レグルスは新しい花嫁さんを、それもかなり理想的な花嫁さんを見つけたと、上機嫌だった。
僕は出掛けてくるよ、と伝え、ひらりと手を振る。
そうだなあ、ここからだと空を跳ねて行けば夕方ごろに着いて、夕日と花弁の素敵な景色が見られるだろうなと思って空から行くことにした。
街に着くと、大樹はちょうど満開で、花の隙間から夕日の光が差し込んで、舞う花弁と合わさって幻想的な雰囲気だった。
あぁ、やっぱり、この時間帯に来て正解だったな、と思いながら、3人で過ごした鬱々しくも美しい日々に思いを馳せる。
今度はレグルスと花嫁さんたちと来よーっと。
ご飯を食べて、お土産を選んで、としているとあっという間に夕日は沈んでいって夜が始まろうとしていた。
月が出始めて、綺麗だな、なんて思った。幼馴染のあの子が逝った日も、こんな風に綺麗な星空が見えたことを思い出して、酷く懐かしくなる。
街の外へ出て、流石にこの時間だしスキルで帰るかあ、と思ってアリバイブロックでプリステラの外へと飛ぶ。
あれ、なんかすごい揺れてない?
振動すごくない?
誰かめちゃくちゃに暴れてない?
レグルスは、権能があるから大丈夫だと思う。
レグルスが無事ならそれでいいんだ。
いやー、平和主義だからなあ、巻き込まれたくないなあ、前にもこんなことあったよなあ、と腕を組んで、うーんと考えていた。
とりあえず屋敷に飛ぶことにしようっと。
時間は少し遡る。婚姻の儀がめちゃくちゃになった教会にエミリアが戻ると"旦那さま"の命令がない為、妻たちはずっと立ち尽くしていた。
そんな妻たちと、真摯に向き合い、あなたたちの力を貸してください、あなたたちと、今、戦っている人を助けさせてくださいと頭を下げてお願いした後、エミリアは酷く驚いた。
出てきたのは、レグルスに対するとめどない罵倒だった。
最初の一言は「……嫌い」というシンプルなものだった。憎悪と、怨嗟と、これまでされてきたことへの思いが、伝播していく。
「私も、嫌い」「嫌いだった」「ずっと嫌だった」「嫌い、本当に嫌い」「どうかしてる」「頭がおかしい」「誰が好きになるの」「自分が好きなだけ」「頭の中で何回も拒んだ」「泣きたかった」「でもダメだった」「嫌い」「死ねばいいのに」「大っ嫌い」「嫌だ嫌だ嫌だ、本当に嫌」「目つきが嫌」「喋り方が嫌」「歩き方が嫌」「性格が嫌」「人間性が愛せない」「昨日より嫌い」「明日の方が嫌い」「気持ち悪い」「変態」「頭が子ども」「子ども以下」「地竜の方がマシ」「比較対象がない」「生理的に無理」「嫌い嫌い嫌い」「いつも吐き気がしてた」「殴って死んでって何回も思った」「最悪」「最低すぎる」「一緒にいると反吐が出る」「触られると腐りそう」「心が死んでいく」「家族の仇」「無理やり連れ出されてどうして好きになるの?」「無自覚な悪意が信じられない」「苦しんで死んでほしい」「話が長くて回りくどい。一文字余計に喋るたびに死んでほしい」「腸が腐ればいいのに」「私の恋人を返して」「帰りたい、帰りたい……」「助けなんていいから、あいつを殺して」「ゲス野郎」「もう嫌、永遠に嫌!」「あれを好きになる女なんていないでしょ?」「男でもいないわよ」「あれを愛せる人間なんていない」
積み重なった思いを口々に、罵詈雑言を放つ。
最後に、シルフィが言う。
「あんな男、大嫌いでした」
「私たちにも協力させてください」
そっか、そうだよね。みんな耐え忍んで、押し殺して、飲み込んだふりをして過ごしていたんだ。
許せない。と、憤りを感じてグッと手に力を込める。
一刻も早く、彼女たちの為に、私が何とかしなくちゃ。
だが、しん、と静寂を取り戻した中で、小さな呟きがこぼれ落ちる。
「……でも、でも、お兄さまは、お兄さまだけはあのゲス野郎を大切にしていた」
「そうだった。あんなやつにすら優しくて」「喋る必要なんてないのに」「ただのうのうと生きているだけのあいつにはそんな資格すらないのに」「お兄さまは私たちの悩みを、話を聴いて、解決してくださった」「いつも私たちのことを名前を呼んでくれたの」「救いだった」「最初は少し怖かったけれど、本当はそんなこと全然なくて」「私たちの仕事が楽になる様に手伝ってくださって」「所作も美しくて」「あいつみたいに触ってくるなんてことなくて」「紳士的だったの」「子供の様な笑顔がかわいらしかった」「誰よりも早く起きて食事の支度をしてくださって」「夜はいつ寝ているのか分からないくらい仕事をしていて」「たまにある休みの日にはどこかへ出掛けて私たちにお土産を買ってくれたり」「死んでいった子たちのことを惟いみてくれて」「優しい方だった」「不思議な力を持っていて、怪我や失敗をなかったことにしてくれた」「そう、そのおかげでどれだけ命を救われたか」「私たちの気持ちをいつだって考えてくれていて、配慮してくれて」「あのクズの機嫌が悪くなった時にはすぐに気を回してくださった」「何度助けていただいたことか」「病気で寝込んでいる時にすぐに治してくれました」「お兄さまが居る間だけ私たちは人間でいられた」「私たちらしくいていいといってくれた」「無邪気で、だけど聡明だった」「私たち、お兄さまが、笑顔以外の表情をされているところを見たことがないの」「あのクソ野郎と同じ血が流れているなんて信じられない」「お兄さまとゲス野郎を比べることが間違いね」「本当にその通り」「落ち着いた声が好きでした」「どうして、なんで、あのクズの双子なんだろう」「私たちのお兄さまいてくれたらどんなによかったか」「あぁ、恩返しに、もっと、うんと優しくさしあげたかった」「私たちにそうしてくれた様に」「どうしてもっと感謝を伝えられなかったんだろう」「お兄さまは自然体で女性を守ることや付き添うことにたけていて」「そう、わざとらしくないの」「あいつが双子の弟だなんて、私なら死ぬか殺すわ」「それなのにお兄さまは優しくて、慈愛に満ちた心で接していた」「お兄さまがアレの頭を撫でているのを見たことある?」「は?あのクズ」「私たちのお兄さまに何してくれているんだ」「何で撫でられているのか理解出来ない」「穢れるから触らないで欲しい、汚染される。どうしてくれるんだ」「お兄さまも、あんなやつのこと撫でたりしないで、手が腐る」「あんなクソ野郎なのに、とてもよくしていて」「あいつ、私たちに自慢する様にお兄さまと関わっていたわ。今、思い出してもむかつく」「私たちのこと、機嫌1つで殺すのを止めてくれようとして」「お兄さまの隣にいるべきは私たちなのに」「私たちのお兄さまなのに!!」「私たちだけのお兄さまに!」「お兄さまの、大丈夫だよって、安心させてくれるあの笑顔がまたみたい」「僕なんかって、いつも自分のことを卑下していたけれど、誰よりも有能な方だった」「お兄さまは本当にいい人だから」「クズ野郎だろうが、私たちだろうが、どっちが死んでしまってもきっと悲しむわ」「私たちはお兄さまが悲しむところを見たくない」
エミリアはすごーく困惑した。
妻たちから溢れてくる突然の兄への重たい思い。
えっと、レグルスにはお兄さんがいたの?
みんなは、あのレグルスのお兄さんのことをこんなに大切に思っているの?
私には、分からなかった。
レグルスは彼女たちを妻にする時になんの罪のない村人や家族の命をも簡単に奪ったと言っていた。それは決して許してはいけない悪虐非道な行為だ。
けれど、私が今からすることは、相手がいくらあの非人道的なレグルスであったとしても。
レグルスを殺してしまうことは、その、みんなから慕われているお兄さんの家族の命を、奪うことに繋がる。
エミリアは自分の判断が、正しいのか、もっと良い方法があるのではないか分からなかった、スバルならもっともっといい方法を思いつくのではないだろうか。
スバルならどうしていたんだろう。
もし、レグルスのお兄さんが、大切に思っている弟が突然殺されてしまったと知った時、私は、私はどんな顔をすればいいのだろう……?
レグルスのことを考えて、花嫁さんたちを思って、お兄さんを思って、でもレグルスは、倒すべき相手で、と逡巡する。
いつの間にか再び静まり返った教会内に、また、1つの声が響く。
「でも」
「でも、あいつのせいで、あいつが生きているだけでこの先お兄さまが少しでも不快な思いをされると思うと反吐が出る」「考えたくない程に辛いわよ」「嫌だ」「そんなのって絶対赦されないわ」「考えるだけでゾッとする」「お兄さまの力で、あいつと家族だったこと自体なかったことにならないかな」「あのクソ野郎、お兄さまが1番大切にしているのは、自分だって勘違いして、本当に馬鹿みたい!」「勝ち誇った顔をしてお兄さまとの関わりを私たちに見せつけてきて」「お兄さまがただただ心優しい家族思いだった、それだけのことなのに」「嫌だわ、穢らわしい」「お兄さまが作ったご飯やお菓子を食べさせてもらう時のあのクズの幸福ですよ、っていう態度!今思い出しても腹が立つ」「馬鹿らしい」「そんなことをお兄さまにさせるな」「本当に気色悪い」「それくらいでしか自分のことを誇示できないのよ」「お兄さまの優しい声を、明るい声を、1番聴いていたのは私たちの方」「どこまでも恥をさらすクズ」「本当に救いようがない」「お兄さまの本当の絆を築いていたのは私たちの方なのに」「そうだ、お兄さまはあんなやつが居ない方が自由に生きられるわ」「あのクズが居ない方がいいに決まっている」「きっと今よりもお兄さまは心から笑顔になることができるはずだわ」「そうだ」「そうだわ」「そうに決まっている」「そうに違いないわ」次々に妻たちから大きな声があがる。
そう、なのだろうか。
でも、レグルスから逃れようと、勇気を出して、本当の気持ちを曝け出すことが出来るようになった彼女たちがそこまで、そんなに、そんな風に言うなら、きっと、きっと、本当にそうなのだろう。
花嫁たちの手にガラス片があった。
握られたステンドグラスの、鮮やかな色がこれから起こる惨状とは裏腹に、あるいは、その覚悟に反応する様にキラキラと輝きを強める。
シルフィが、妻たちが全員ガラス片で首を突き刺そうとするのを、エミリアが制する。
「私が、あなたたちの鼓動を止めるわ。──そんなもので喉を突いても簡単に楽にはなれないから」
エミリアの周りに、教会内に、青い雪が少しずつ降り始めるいく。
それは、どんどんと冷たさを増して、白い雪の結晶へと変わっていく。
「──ごめんなさい、こんな方法しかなくて」
スバルなら、もっと良い案を思いついたのかな。
悲壮の表情を浮かべたエミリアに、安心した顔の妻たちは口を揃えて最後に言った。
「謝らないで。ありがとう」
「それに、もしお兄さまが私たちを見ることがあるなら、血塗れなんかより、こうしてもらった方が少しでも綺麗な状態でお兄さまに見てもらえる。私たちにとってこれ以上いいことはないわ。だから、感謝します」
彼女たちは笑顔だった。
そして、教会は一瞬にして青白い煌めきに包まれた。
はじまります。