12月31日、アインクラッド第5層迷宮区のすぐ近くにある丘の上で俺たちは集合していた。天気は快晴、心地いい風も吹いている。
丘の上から迷宮区を見下ろすといつも通りの天まではるか高く伸びていく塔とは別にその根元、今までは何もなかったはずの入り口が、複数の長方形のブロックでできた迷路のようなものに囲われていた。
「今日は集まってくれてありがとう」
迷宮区の方から振り返り今回ボス攻略のために集まったメンバーを見渡す。キリト、アスナ、アルゴ、リーテン、シバタ、ミア、ルーク、シア、エギルとその愉快と仲間たち。今いるメンバーは13人、本来ならもう1人、大楯使いが増える予定だったのだがどうしても外せない予定が入ったらしく今回はこれなくなった。
まあ彼には要件を伝えずに集合場所と時間を伝えただけなのだからさもありなん。今回のことをちゃんと伝えておけばもしかしたら来たかもしれないが、まあもう遅いだろう。
「このまま今日中に、できたら夕方まででのボス討伐を目指します。今回集まったメンバーは15人、フルレイドと比べたらかなり少ないメンバーではあるけども1人も欠けずに、夜のカウントダウンパーティーに参加出来たらいいなと思ってます」
「15人? いまここにいるのは13人だろ」
「エギル、よく聞いてくれた。イスケ、コタロー」
両手を上げ、手を2回パンパンとわざとらしく叩く。
「「ここに」」
俺の背後、切り立った崖から2つの黒い陰が飛び上がる。その姿は全身におそろいの黒い装束を纏い、頭も黒いターバンのようなもので覆っている。2人の違いといえば、やや違う体格とそれぞれ別の柄になっている
その姿は現実で目にする忍者とは若干違い、服装もところどころがちぐはぐのような印象を受けるが、見る人すべてが、10人が見れば10人全員が忍者だと認識するような出で立ちだった。
「今回協力してくれる忍者のイスケとコタローです。2人とも元ベータテスターだから力になるはず」
「よろしくでござる」
「世話になるでござる」
片膝をついて着地した後、立ち上がると両の手を顔の前で合わせ、挨拶と共にお辞儀をする。これだけ見ていると忍者だけでなく何か別のものが混ざっているように見えるが、まあ本人たちが気にしないならそれでいいのだろう。
「迷宮区ではこの2人とアルゴに索敵してもらって、接敵は最小限で攻略しようと思う。ま、死なない程度に頑張ってこう」
「ああ、そうだった忘れてた。昨日、キリトから聞いたボスの情報をアルゴが紙にまとめてくれたから先にそれ配る」
◇◇◇
アルゴの情報で迷路をショートカットして、さらに迷宮区を歩き続けて数時間。戦闘を避けられない場面が何度かあったが無事、最小限の消耗で迷宮区の最奥、と思わしき階段の前にたどり着くことができた。
「う~ん、上がった先に通路があるのか。それともすぐにボス部屋なのか」
「ベータの時とは違うのか?」
「ああ、前はここに扉があって、それを開けるとボスの部屋だった」
「ま、ある意味今までどおり。どうせ今回のボスも変なとこがベータの時とは違うんだろう」
巨大な階段の前で円陣を組むように作戦会議をする。もしかしたらこの会談を上ったらすぐボスが襲ってくるかもしれない。ならここでいったん話をまとめておいた方がいいだろう。
「イスケさんとコタローさんは何か知らないの?」
「拙者は元ベータテスターといえどもあの頃はボス戦とは無縁の身。よくわからないでござる。なあイスケ」
「拙者もいくつかのボス戦には参加したものの。ベータテストの途中から、リアルの体調不良で参加できてない故」
「なんだヨ、使えない忍者どもだナ」
「ひどいでござる」「心外でござる」
「じゃあ何ができるの」
アルゴの無慈悲な言葉に対し胸のあたりにて大きながら騒ぐ忍者2人にシアが追撃を加えている。あの忍者2人、腕は確かだし忍耐力もある。ベータテストの知識はちゃんともっていてそれを攻略に役立てると、ここだけ聞けば頼りになるプレイヤーなのだが、こう肝心なところでは痒いところに手が届かないというか。
そもそもキャラが濃すぎるし。
「ここまで来るとき話したけど、最後に確認しとくか。まず俺、エギル、シバタ、リーテンがタンク。アスナ、アルゴ、キリトが遊撃。ボスの弱点、額のやつはイスケとコタローがチャクラムで狙う。エギルパーティーはいつもどおり。IGLはシア」
俺の確認を聞いたみんなが頷く。あとはこの階段を上るだけ。
「じゃ、忍者2人には早速仕事しもらおっか。階段上って偵察してきて。あとアルゴも」
「「御意」」「OK」
シアの指示で忍者2人とアルゴが階段を上っていく。さっきは役に立たないとか痒いところに手が届かないとか言ったがあれは訂正だな。やるときはやるいい忍者だ……多分。
「そういえば、ごめんね急に呼び出して。言うのが遅くなったけど」
「いやいや全然、それにユートさんたちのパーティーに助けてもらわなかったら、あの時*1にオレたちは死んでました。だから今度は、俺たちがユートさんたちの役に立ちたいんです」
「助けたって言ってもアレほぼ偶然だったしな。別にそこまで気にしなくてもいいのに。てかボス戦は初めてだろうけど大丈夫なの?」
「ここのボスは、オレもミアもベータテストの時に戦ったことがあるんで大丈夫です」
3人の斥候が階段を上っていった後、手持ち無沙汰になった俺たちはそれぞれが思い思いの会話をして時間をつぶす。中にはウィンドウを開き自分の装備や持ち込んだポーション類の確認をしている人もいるが、概ね皆が程々に、いい具合に緊張している。
「そういえばキリト君、IGLって何?」
「In Game Leader、要するにゲームにおけるチーム戦の司令塔だよ、いつもリンドがやってるやつ」
「それなら普段みたいにユートがするのじゃだめなの」
「俺は今回タンクも兼任だからな。さすがにパーティー全員を見渡す余裕はないかな」
「それにただのパーティーとレイドは結構勝手が違うんだよね」
「ちゃんとシアはIGL上手いよ、……まあSPSの話なんだけどね」
そうして話していると、ドタバタと階段の上からコタローが駆け下りてくる。装いは忍者なのに今の行動は全く忍者らしくなかった。
「ボスと接敵、今はアルゴ殿とイスケが交戦中でござる」
階段を駆け上るとそこは巨大なドームとなっていた。壁には規則的にギザギザとそして床には不規則に青いラインが何本も走っていた。一目見ただけでここがボス部屋なのは分かるが、なぜか肝心のボスの姿が見当たらなかった。
「足元の青いラインに顔つけロ、踏むと敵の攻撃がくル。あとは一回だけ見せるかラ見て覚えロ」
そんなことを言うとアルゴはイスケに声を掛け、それにイスケも応と答える。
アルゴが走りながら一箇所、広間全体を反時計回り動いている青いラインを踏む。アルゴがいた場所に赤いターゲットサークルがでて、先ほどアルゴが青いラインを踏んだ場所から巨大な拳が生えてきた。
拳だけではなく肘のあたりまで生えたその腕は石のような質感で、広間の地面と同じ青いラインが刺青のように付いていた。
拳を避けたアルゴの横をイスケが通り過ぎ、そのまま突き出した腕にソードスキルを使い、短剣での三連撃が腕を切り裂く。走り抜けたアルゴはイスケとすれ違うとすぐさま反転しイスケのソードスキルが切り裂いたすぐ近くをその両手に持つクローで切り裂く。こちらもソードスキルを使った二連撃だ。
それだけでは終わらない、もうソードスキルを使ったはずのイスケの体がまた動き出し、右手に短剣をつかんだまま今度はサマーソルトキックで腕を蹴りぬいて少し後ろに着地した。
「ほかのギミックは?」
「今のところはこれだけダ」
シアが聞きアルゴが返事する。今までのボスとは違い、完全にギミック型のボスになっているようだがその種は簡単。さすがの萱場でもデスによるトライアンドエラーが必須になるようなギミックを実装しないだけの良心はあるのかもしれない。
「天井だ!」
キリトの言葉につられ皆が天井に目を向けると、大量の赤いエフェクトと共に巨大な石造りの顔が生えてきた。その額にはダンジョン攻略前に確認したようにひし形の赤い紋章がありそこだけはベータテストと変わらず安堵する。
≪Fuscus The Vacant Colossus≫
そしてその顔は石造りのくせして巨大な咆哮を挙げた、その声の迫力に一瞬耳をふさぎそうになるも何とか耐える。声が聞こえると共に体を衝撃が遅いHPを少量であるものの削る。それだけではなく画面は地が浮かぶアイコンが示すのは状態異常。
幸いなことはそれが行動阻害系の状態異常ではないことだろうか。
「アルゴ、アスナ、僕が線を踏む。ほかメンバーは足元に気を付けながら手足を攻撃。忍者二人は攻撃に参加しつつも天井の顔を観察」
シアの指示により広間全体にメンバーが散らばった。当初はボスの攻撃を受け止めるタンクが必要だと思っていたが、蓋を開ければギミックボス。ならばHP減少なりでボスの行動パターンが変わらない限りタンクはいらない。全員アタッカーのフルアタックだ。
「咆哮来そうでござる!」
2本目のゲージが削り切れそうかというところでイスケの声が響く。だがその肝心のイスケはソードスキルを使っている真っ最中、チャクラムは投げれない。
「コタロウ!」
シアの指示が飛ぶ前にコタロウはすでにチャクラムを投げるモーションに入っていた。今回の攻略のカギは彼ら忍者2人がもつ飛び道具チャクラムにある。アインクラッドで現在発見されている飛び道具は主にピックや投げナイフ。基本それらは使い捨てで投剣スキルで投げる武器はそのほぼ全てが使い捨て、だがその中でも例外がありその唯一が2人のもつチャクラムである。
第2層にいるウシ型モンスターのレアドロップであり、その取得に俺も手伝ったそれを、2人は大事そうに愛用している。なんでも尊敬する忍者の卵の先輩のメイン武器らしい。なんじゃそりゃ。
コタロウが投げたチャクラムが弧を描くようにゴーレムの額に飛んでいく。そしてチャクラムが額の紋章に当たってダメージを出した瞬間、方向がキャンセルされる。俺さえ対策できるならあとは攻撃だけに集中できる。3人でさんざん牛を追いかけまわした買いがあったというものだ。
アスナが降ってくる脚を余裕を持って躱わし、衝撃波は軽くジャンプして躱わす。勢いそのままにソードスキルによる三連撃を足首に突き刺している。
その後にキリトも続き、その攻撃でまだボスのHPバーが一本消える。
ボス戦は極めて順調と言ってもいいだろう。最初こそ慣れない作業に被弾するメンバーがいたが今はもうそれはない。
アルゴが青いラインを踏むと脚が降ってきてその衝撃波が前面から迫ってくる。それを大剣を盾にして耐える。初期の頃から育ててきた今の俺の武器防御ならこの程度の攻撃はノーダメージで受け切れる。
俺の後ろで衝撃波をやり過ごしていたミアとルーク、そしてコタローが俺の背から飛び出し、それぞれのソードスキルを使ってゴーレムの脚に殺到する。
「ラスト一本」
あれから十数分、途中から弱点の紋章が移動するようになるという、アクシデントこそあったもののそれらはすべてイスケとコタローが対応した。
そうしてとうとうボスのHPバーが残りい一本になったところで広間全体にシアの声が響く。それは報告であると同時に傾向でもある。散らばっていたメンバーそれぞれがほかのメンバーと近づく。大きく分けて3つのその塊の中心は、階段前で決めていたタンクだ。
床にあった青いラインが高速で動いていく。だがそれは今までとは違う動きで、すべてのラインが床から壁へ、そして壁を上り天井へ。最終的には天井の中心に集まっていき、壁の模様は青からどぎつい紫へと変わり、天井の中心を黒いもやが覆っていく。
余裕があるうちにと飲んでいたポーションの便が空になるころには天井の靄から何かが出てきた。その姿はまさしくゴーレムといったような姿で、今まで顔しか出していなかったそれには、床や天井から伸びてきたそれと同じ手足が生えていて、先ほどまで青かった体中に走るラインは瞬時にどす黒い赤になった。
「—でけぇ……」
「でもこれで、最初の作戦通り戦える!」
「どうやら弱点は移動してない様子でござる」
「ポジションの変更はなし、このまま削り切る」
「ラスト一本、油断すんなよ!!」
「「「応」」」
エギルから出てきた言葉に対してキリトがポジティブな言葉を返す。先ほどまでせわしなく移動していた赤い弱点は本来の仕様通りゴーレムの額に固定される。シアがポジションの変更はなしだと伝え、シバタとリーテンはそれぞれの盾を胸元の高さまで持ち上げる。士気は十分、俺の言葉はやや蛇足気味だったかもしれない。
是認がゴーレムに向かって走り始める、先陣を切るのはキリトとアスナ、それに地してゴーレムも攻撃をしてくるがその動きはお世辞にも早いとはいえず、地面から救い上げるように迫ってくる拳を2人は軽く避けて、キリト達が避けたそれは、リーテンとシバタがその盾で受け止める。
「このまま削り切れ!」
ゴーレムの足めがけてキリトとアスナがソードスキルを放ち、それに続いてエギルたちの攻撃がさらにゴーレムのHPを削っていく。
「ユート!」
「来い!」
後ろからの声にこたえ振り返り、剣を置き手を前で組む。そして後ろから走ってきたアルゴが組んだ両手に足をかけるのと同時に精いっぱいの力を込めて両腕を振り上げる。
アルゴが飛び、その高さは、下からは見上げることしかできない巨大なゴーレムの頭の高さよりも高い。ゲーム特有のステータスの恩恵もあり、現実では到底あり得ない大ジャンプをしたアルゴは空中で姿勢を整え、ゴーレムの弱点めがけて攻撃を仕掛けるが、その瞬間ゴーレムの双眸が怪しく光る。
ゴーレムの照準がアルゴに固定され、その双眸から紅い光線が放たれる瞬間、どこからか飛んできた槍がゴーレムの顎を打ち抜き、アルゴを飲み込むはずだったその光は明後日の方向へそれていく。
「アルゴさん、気を付けて」
「サンキュー」
落ちてきた槍をキャッチしたルークの隣にある語か着地する。1層の時のシアといい、槍使いはなぜ武器を投げるのか。助かっているので何とも言えないが、やっぱ投げやすかったりするのだろか。
「弱点は任せるでござる」
そういってイスケが投げたチャクラムは有言実行。ゴーレムの額に吸い込まれるように飛んでいき、弱点を攻撃されたゴーレムは動きを止める。
「ラッシュ!!」
その場にいた全員のソードスキルが叩き込まれると、ゴーレムのHPは0になっていた。
ユナのライブまでには間に合わせたかったんですけど、間に合わなんだ……
「Echoes of Aincrad」の試写会
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知らなかった