この作品内ではそういうことでお願いします。
昼にあった会議の後、俺はリヨンとともに鍛冶場にきていた。ここは常時解放されている場所で、持ち家を持っていないプレイヤーはここで鍛治をする。それ以外にもNPCの鍛治士が配置されていて、生産職以外もよく利用する場所だ。この第3層の鍛冶場は主街区の中心から少し離れた場所にあるものの、大きな道を真っ直ぐ進むだけで着くのでアクセスがよく、おそらく現在解放されている階層の鍛冶場では一番、利用者が多い場所だ。
「わざわざインゴットにしなくとも、店売りの武器を強化した方がいいと思うんだけどね。そっちの方がコスパもいいし、強化失敗した時のリカバリーも効きやすい」
今回俺たちが来たのは長らく俺が愛用していた両手剣、《グレートソード》をインゴットにするためだ。
ただ武器の更新をするだけならリヨンが言う通り店売りの武器。買うなりすればいいだけなのだが、第1層攻略時から使い続けて、途中チマチマと強化を繰り返しながらここまで使ってきたんだ。時間にすれば1ヶ月と少しだけの付き合いだが、それでも愛着を産むには十分な時間だった。
だからこの武器をインゴットにして新しい武器の素材にする。と言い切てしまえばカッコいいのかもしれないが、実はそれだけじゃない。
俺がこの両手剣をインゴットにしようと思ったきっかけはアスナの武器だ。アスナのメイン装備、シュバる………、シルバリック? ——アスナの銀色のレイピアは元々アスナが使っていたレイピアをインゴットに変えて、要するに今から俺がリヨンにしてもらおうとしている工程で作られた武器なのだが、その性能がかなり高い。
キリトが言うには性能はほぼランダムらしく、元々ランダム要素の多いSAOの生産系スキルの中でもかなりギャンブル制の高い武器作成になるらしい。
だが、アスナの武器を見た以上、そのギャンブルに挑戦したくなるのは自然だろう。そのレイピアの初期性能は当時の、あんまり強化していなかったはいえ俺のメイン武器《グレートソード》の性能を、重量以外全てを上回っていた。
大体どんなゲームでも後から手に入れた武器の方が、それまでの武器よりも性能が高いってのは普通だと思うが、それでも両手剣よりも攻撃力の高いレイピアってなんだよ。いや勿論あるにはあると思うが、それでもだ。
鈍足高火力が俺の持ち味だったはずなのに、俺よりも圧倒的に素早いアスナに火力ですら抜かされてしまった。これはアイデンティティの喪失である。
勿論ソードスキルの倍率やらビルドの偏りやらで一撃の火力は未だこちらが上だが、そもそもレイピアは連撃を得意とはする武器種。DPSの面でいえば完全に負け、ダブルスコアと言わずとも1.5スコアぐらいは離されてしまった。
武器の強化を頑張った今はそこまでではないが、最近ボス戦での活躍というか、そこまでDPSに貢献できなさでないのはこれが原因でもある。
ま、つまらない言い訳だ。
「下振れても文句言わないでくれよ?」
「そりゃ勿論」
リヨンが剣を金床に置き、金槌でゴツンと叩く。それだけで、俺が今まで使っていた両手剣は武器ではなくなり、システム上は素材扱いのアイテムになる。
続けてガツンガツンと叩いていくと、みるみるその姿を変えていき、もはや武器ともいえない金属の塊になっていく。
そして最後に一際大きな音と共に、両手剣は金属の塊をへて赤熱した金属のインゴットに姿を変えた。
「こうやって見ると不思議なもんだな」
「何が?」
「ついさっきまで両手剣だったし、昨日まではこれ振ってモンスター倒してたのに。——たった十数秒、ハンマーを叩きつけただけで、全く別の物に変わった」
「——何がべつのものでも期待してたかい?」
奇妙なもの、世間知らずを前にしたような顔でリヨンが顔を上げる。
「別にそんなんじゃないよ、ただ不思議だなと」
「現実に戻ったら工場見学にでも行って見るといい」
「いいねそれ、今度やりたいことリストに入れとこう」
先程までは赤くなっていたインゴットはすぐさま冷え、既に金属特有の光沢を見せている。
「両手剣でいいんだよね」
鈍色のインゴットをすぐそばにある炉の中にいれたリヨンがそう聞いてくる。
「勿論、てかそれ以外で何があるよ」
「ほら、よく両手剣は取り回しが悪いって言ってたじゃないか、キリトの片手剣が羨ましいって」
リヨンが金槌を金床の上に置き、両手で剣を振る動作、そして片手で剣を振る動作をする。
「あれは、……ただの愚痴だよ。両手剣の取り回しが悪いのは本当だし、片手剣が羨ましいのも本当だけど、所詮は隣の芝。両手剣にも愛着はあるし、今更武器を変えるつもりはないよ」
時々、使い難いというか、痒い所に手が届かないようなこともありはするが、それでは他の武器に変えたところで同じだろう。
リヨンはそうかとだけ、言うと再び金槌を振り上げる。
ガツン
そんな音と共にインゴットに槌を叩きつける。その度に火花が散り、ほとんどはあらぬ方向へ飛んでいくのだが、そのいくつかはリヨンが掛けているエプロンのようなものに当たり跳ね返る。
それに対してリヨンは顔を顰めたりなど全くせずに、ただ寡黙に槌を振り続ける。
ガツン——ガツン——カツン……ガツン
叩くたびにインゴットはその姿を変えていき、その回数が二桁になるころにはぼんやりと剣のように見えなくもないような、そんな棒状になり、20を超えるころには刀身の部分と柄の部分がぼんやりとではあるがとわかるようになってくる。
ガツン——
そして50を超えたあたりで、その見た目は完全に剣と呼べるような代物になってきて、そろそろ完成かと思ったがそうでもない。
——ガツン
そんなリヨンの後ろ姿を見ると、少し前。第3層を攻略し終わった次の日だったか、素材の融通ついでにリヨンの武器コレクションを見せてもらったことを思い出す。
ガツン!
いろんな武器を見せてもらいながら、SAOの武器作成スキルの仕様を教えてもらった。
……ガツン
—武器の出来は大体、それを作る時にどれだけ叩けたかで決まるんだよね。へぼいのだと精々が十回後半、うまくいくと三十回は超えてくる。で、五十回超えると上振れだね、ここまで行くのは僕も数回程度、炉に入れる時間なのか、槌を打つタイミングなのか、多分どれも関係ないんだろうな—
ま、素材のランクとスキルのレベルでも増えてるみたいだけどね。と付け加え、当時最高傑作だった斧を見せてくれた。
ガツン
その斧は五十九回叩いて完成したらしくステータスを見ると、リヨンが最高傑作と自慢するような高いステータスと、耐久をしていた。
ガァツンン!!
あれから回数は更新できていなかったはずだ、だからあの回数が現状のリヨンが達成できる最高回数だったことに変わりはない。だが、今。
リヨンは七十回目の槌を振り下ろした。
ガツン……
そうして最初の一振りから計七十六回叩いた後、金床の上にあった赤熱したインゴットは銀灰色の両手剣へと姿を変えていた。
「…………できた」
そう言ったリヨンは額全体にびっしりと汗を浮かばせていた。
「最高傑作だ……はは! 一気に!…… 十七回も更新した! ユートも見ただろ!」
そういってリヨンは笑う。
完全にハイになっている。そうとしか言いようがないほどに一気にリヨンのテンションが上がった。
俺もゲーマーだからリヨンの喜びも理解はできるが、それにしてもいささか……狂喜乱舞といったものか、それほどまで、汗でびっしょりと髪を濡らしたリヨンはテンションが高かった。
「名前はどうするの?」
「そうだな、——“ヘビー”と“バトル”どっちが好き?」
両手剣を金床からテーブルの上に移動させたリヨンは、少しだけ悩むそぶりを見せた後、そう聞いてきた。
「その2つに好き嫌いとかなくない? ……そうだな、バトル…かな」
「いいね、ならそうしよう」
そう言いながらもリヨンはウィンドウを操作している。おそらくこの無名の両手剣に名前をつけているんだろう。
リヨンが両手で剣を、胸の高さまで持ち上げる。
「いい剣だ……それに要求ステータスもかなり高い、早く受け取ってくれないと僕の両手が折れそうだ」
そう急かされ、リンドの手から両手剣を受け取ると、ずっしりとした重みと共に先ほどまで熱せられ、叩かれていた物体とは思えないような金属の冷たさが手のひらから伝わってくる。
「ステータスを見てくれ、攻撃力がそこらの大剣の2倍はある」
リンドにそう促され両手剣のステータスを開く。
ウィンドウに映る剣の銘は《バトルクレイモア》、その攻撃力はリンドの言う通り、第6層主街区の武器屋で買える両手剣の2倍ほどはあり、それ以外の耐久力なんかも、今まで見たことないような数値が羅列してあった。
この大剣は十分一線級、それどころか当分は武器の更新をしなくても良いほどのものだ。これで無強化だというのだから恐ろしい。
「めっちゃいい剣じゃん、——ありがとう」
受け取った剣を握りしめ数回振るう、風切り音と共に両腕にしっかりとした重量が伝わってくる。
いままで使っていた《グレートソード》と比べるとかなり重い、そもそもあの剣は、両手剣の中では軽い方だったのだから余計そう感じるのかもしれない。
「よかったよ、いい剣が打てて」
◇
「そうだ、ギルドに入れてほしい子がいるんだけど……いいかな?」
剣を貰った後少し雑談して、そろそろ解散しようかというタイミングでリヨンが思い出したように口を開く。
「どういう人なの?」
リヨンが推薦するのだから余計の問題がない限りは十中八九ギルド加入は問題ないが、それでも。彼がギルドに入れて欲しいとまで言う人物がどのようなプレイヤーなのかは気になった。
「僕と同じ生産職プレイヤーなんだけどなんか慕われちゃってね、今は弟子みたいな」
最後の方は苦笑に近い言い方だが、この様子ならそこまで嫌がっている訳でもないなだろう。
「全然いいよ、むしろ生産職は大歓迎」
個人的にも生産職プレイヤーがギルドに増えるのは大歓迎だったりする。
そもそも生産職自体、最前線の攻略組よりも人数が少ないのだから、増えるだけ損はない。
だが少し前、メッセージでアスナが入れてあげたいと言っていた、リズベットなるプレイヤーも合わせればこれでギルド内の生産職プレイヤーは3人になる。それも3人ともが鍛治史になる。
別に支障がある訳でもないし、強いて言えば偏りが酷いとか、3人も居たら持て余すかもしれないとか、鍛治史以外の生産職も欲しいとかはあるが、まあ贅沢は言えない。
それにそこまでひっ迫した状況でもないのだから全く問題はない。
「ちなみにどんな人? 今いるの?」
「今日は午後から友達にレベル上げを手伝ってもらうとかでいないから、また今度会わせるよ」
リヨンはウィンドウを操作し、昼前に受け取ったメッセージを確認しながら答える。
「そういえば、名前は?」
「リズベットっていうこのくらいの女の子」
………
そういってリヨンは胸のあたりで手のひらを地面と平行にする。
……生産職自体が少ないからかもしれないが、——案外世間って狭いよな。
「わかった、今度暇なときに連絡してくれたら会いに来るわ」
まさかアスナの言っていたリズベットなる少女がリヨンの弟子で、しかもアスナからもリヨンからも推薦があるとは。
あの2人のことだからリズベットはきっといい娘なのだろう。
「じゃ、また今度会おう。もしそれまでに最高傑作を更新したんなら、また前みたいに見せてくれよ」
「勿論、それよりユートもあんまり無茶はしないでくれよ。それと次会った時は。その剣の感想も教えてくれよ」
俺の背中に新たに背負われた両手剣を指差しながらシルドが言う。
俺はそれに「ああ」と返して鍛冶場を後にする。
アインクラッド第3層の主街区であるこの町「ズムフト」は巨大な木の幹をくり抜かれて作られた街だ。そんな街の入り口の方、ぽっかりと空いた洞とでも言うべき巨大な隙間からは真っ赤な夕日が射していた。
視界の端に浮いた時計を確認するともうすぐ4時になりそうだった。やはり、色々と予定がある日は時間の進みが早い。
視界の端にチラチラと映る
ギルド創設に必要なクエストアイテムはもう用意してある。後は名前を考えるだけ。ただそれが……俺も別にネーミングセンスがある訳でもないし。ま、こんなことに頭を悩ませる程度には今は平和なんだろうな。
そんなことに頭を悩ませながら俺は帰路についた。