会議の日時、2月2日→1月2日
まだ日が沈み切ってないような頃に、NCPによって運行されている小舟の上から、今俺たちが借りている宿が見えてきた。
いま俺たちが借りている宿は第4層の主街区「ロービア」、大小合わせて数十を優に超える水路が町中に張り巡されていて、主な交通手段はそこを行きかう小舟に乗り移動する。そんなまるでベネツィアのような町にある。
「ここで降ろしてくれ」
宿のすぐ近くのにある桟橋の目前でNCPの舵取りにそう声を掛けると「へい」といった具合の返事と共に俺たちの乗っている小舟が桟橋のすぐ隣で停止する。
転移門からこの宿までは歩きでせいぜい数分程度、この小舟のタクシーを利用する必要すらない距離ではあるし、普通に歩いて宿まで帰ってくる日の方が多いが、今日はなんとなく船で帰ってくることにした。
べつに料金が高いわけではなく……エルフのキャンペーンクエストを進めているプレイヤーは、どちらのエルフに着いたかどうかで料金もNPCの接客態度も変わってくるらしいが、それでも第1層主街区の宿代よりも安い。その程度の値段なので別に毎日使おうと思えば使えるしシアはほぼ毎日使っている。
それでも俺が普段使わない理由としては、……特にない。しいて言えば歩くのが好きだからとしか言えない。それでおいてなぜたまには船に乗るのかと聞かれても気分としか言えない。
屋根裏部屋も含めると三階建てになる宿屋の扉にはジョッキに入った泡だった液体。おそらくビールかエールの看板が下がっており。扉のすぐ隣、大きな出窓の内側には「OPEN」と掛かれた看板が掛けられていた。
この建物はプレイヤー向けの宿屋であると同時に1階はNPCの営む店になっているのだ。
昼間はレストラン……というほどオシャレな場所ではないが食事処として、夕方からは酒場として店を開いている。
扉を開けると、カランカランといった鈴の音と共にNPC店員のいらっしゃいませという声が聞こえてくる。もちろんそれだけではなく建物に入ると同時に酒場特有のと言ったらいいものか、居酒屋のような、喧騒が体を包む。この扉一枚を隔ててまさしく世界が変わるのだ。
そんな喧騒に包まれた酒場を横目に、俺は壁際の階段を登っていく。
二階に登るとそこは、一直線の狭い通路と複数の扉が並ぶ、一階と比べると簡素な造り、殺風景な空間だった。
無数にある扉の中の1つを開けて中に入ると、そこは自分の部屋だ。
この扉、鍵を掛けたり開けたりする必要はない。この部屋の利用者が許可を出さないかぎり、他のプレイヤーはシステムによって扉を開けること自体が出来ないのだ。俺自身もこの建物で開けることが出来る扉は入り口と自分の部屋か、まだ誰も登録していない空き部屋ぐらいだ。
ある意味でこの仮想世界は現実よりも遥かにセキュリティーが高いのだ。
部屋に入った後、背負っていた剣をベットの近くの壁に立て掛けて、コンソールを操作して鎧を脱ぐ。鎧の代わりに装備するのは、この世界に初めてログインした時に装備していた所謂初期装備。
肘や膝が分厚い布で補強されているこの服だが、気休め程度の防御力しかないものの歴とした装備ではある。
俺もサービス開始してすぐは使っていたし、もしかしたら今、勇気を出して初めて圏外に出るようなプレイヤーは、まだこの装備を着て圏外にでているのかもしれないが、俺のこの装備は今のところ部屋着として使っている。
これから考えるのギルドの名前、着替えた俺はベットの上に横たわり、深い思考の海へと沈んでいった。
◇◇◇
この宿に帰ってきてから1時間ほど、まだ俺はギルド名を決めかねていた。
こういった時、良いネーミングセンスを持つ人がうらやましい。それこそリンドがうらやましい。なんだよ『ドラゴンナイツ・ブリゲート』って、結構かっこいいじゃん。
かといってキバオウのとこの『アインクラット解放隊』みたいに安直な名前にするのもなんかな~。
ひとまず枕詩というか、後ろの言葉を考えてみようか。
騎士団……って柄じゃないよな。そもそも俺ら、結束とか絆とかがあるわけでもない寄せ集めだし、騎士団って結構規律がしっかりしているというか、そこのとこらが厳しめなイメージがする。
~団、~隊はもうあるほかのギルドと被るしな~。
……連合はかなりいいんじゃないかな、俺たちの完全な1グループになり切れてない現状と合わせると。それにこれからもそこまで連帯して何かをなすってギルドにするつもりでもないしな。
もちろん仲がいいことには構わないし、変にギスギスするよりもそちらの方がずっといい。それにSAOの攻略はギルド内、ギルド外合わせて連携して取り組んでいく必要があることだ。
でも俺らって国って程に個が分かれているわけでも独立してるわけでもないんだよな。
連合以外だとすると、連盟、連邦、連帯、連合軍。あとは何があるかな、特にこれ以上は思いつかないような気もするし、これだけかもな。
ならこの中のどれにするかだよな。
——連盟とか良いんじゃないかな。細かい意味は忘れたけど、何か一つの目標のために複数の人、もしくは組織が結びつく。連合とあまり意味が変わらないかもしれないが、こちらの方が響きがいい。
よし、○○連合って名前にしよう。
後は前の部分をどんな名前にするかを考えるだけ。と言っても元々そっちが思い付かずに後ろの方を考えてたしな、どんな名前にしたもんか……
ピコン
俺の思考を遮ったのは、メッセージの着信を知らせるそんな音だった。
Sis
晩御飯食べに行かない? ちな今一階。
メッセージを確認するとシアからだった。
そういばまだ食べてなかったし、気分転換に良いのかもしれない。
そう思って俺は装備を着直して部屋のドアを開けた。
◇◇◇
シアと食べているのはクリームパスタだ。この街の名物というわけではないが、この前シアが見つけた割と当たりの店だ。
俺自身、イタリアンの味付けに詳しいわけではないが、このアインクラッドのイタリアンは他の料理と比べれば、まだ現実のそれに近い味のような気がする。もしかしたら開発の1人にイタリアン好きが居たのかもしれない。
でもなんだかんだ一番美味しいのはシンプルな肉料理だったりする。それこそこの前、4層突破後にアルゴ含めた5人で食べた料理なんかがそれだ。
「で、ギルドの名前決まったの?」
シアがフォークを置き水を一口飲むなりそう口を開いた。
「それが全く。全然決まってない」
「ならあれじゃん、-ユートと愉快な仲間たち-とかでいいんじゃない」
「な訳ないんだろ」
半笑いで変なことを口にするシアに突っ込みながら、フォークにパスタを絡めていく。
「まあ難しいよね、名前とか僕も思いつかないもん。キャラとかだったらつけられるかもしれないけど、ギルドのはね。それこそ文字通りギルドの看板になるわけだし、良い名前にしないとね」
フォークに絡めたパスタを口の中に入れながらシアの言葉を聞く。
ギルドの看板になるというのはその通り、このギルドがどういったところなのかを知らせる最もわかりやすい指標になるのがギルド名だ。その点、『アインクラッド解放隊』なんかがわかりやすい。一目で積極的な攻略ギルドだと分かる。
そうして飯を食べ終え、ご馳走様とだけ言い立ち上がる。
「そうだな。この後ディエルしようよ、食後の運動」
飯屋から出た後で、シアが人差し指を立ててそう提案する。
「はぁ、……別に良いけど……急にどうして?」
「このまま考えても多分あんまりいい案は浮かばないと思うんだよね、だから気分転換。それにユートの新しい剣も気になるしね」
歩きながら話し続け、広場に着いたところで俺たちの足が止まる。
「いいぜ、ボコボコにしてやるよ」
「そんなこと言って、勝敗はいつも五分五分じゃん」
そんな会話をしながらもコンソールを操作する手は止まらずに、通知音と共にウィンドウが浮かび上がる。
『Sia から1vs1のディエルを申し込まれました 受諾しますか』
『Yes』を選択すると数秒と掛からずカウントダウンが始まる。この数字が0になった時、どちらかのHPが半分以下、すなわちHPバーがイエローになるか降参するか、どちらかにならないと終わることのない決闘が始まる。
1秒1秒時間を知らせる電子音を聞き流しながらお互いに数歩離れると、俺は《バトルクレイモア》を背中から抜き、シアも背中から金属製の槍、4層攻略後に新調したものを抜き、穂先を地面に向け両手で構える。
カウントダウンが0になった時、先に動いたのはどちらだろうか。おそらく俺たちはほぼ二人同時に動き、相手に武器を振り下ろした。
ギャリッッ
俺の振り下ろした剣をシアは槍の柄で刃を滑らし、流れる動作で下から切り上げてくる。
「シャァ」
それをステップで軽く躱わして剣を横なぎに振ろうとするのだが、俺よりも数段速く槍を構えなおしたシアが穂先をこちらに向けてくる。狙いは……左脇腹か。
やや大げさに右に避け、剣を切り上げるがそれもシアは大きく後退することで躱し、二人の立ち位置はまた最初の場所、振出しに戻る。
この数合の間に有効打はゼロ、それどころかお互いのHPバーは1ミリも動いていない。普段からディエルをするわけではない、むしろ今日シアから誘ってきたのはとても珍しいのだが、その数回、両手の指で数えられる程度の回数のディエル。最初の方は速攻で決着がついたり、シアが間合い有利を生かし切って勝つ、メタと言えるようなものを見つけたりと色々あったのだが、ここ最近の二回、これも含めば3回ほどはこのような塩試合になっている。
お互いに相手の癖みたいなものを把握しているのもあるし、相手がしたいこと嫌がることがなんとなくわかる、男2人でコレはちょっとキモイかもしれないが、実際そうなのだからしょうがない。
「ボコボコにするんじゃなかったの? その割に僕はまだ元気だけど」
「うっせ」
お互いにまた近づき武器を数合ぶつけ合わせる、通常の攻撃の中に時たま武器が光り、鋭いソードスキルが放たれるがそれにはこちらもソードスキルで向かい打ち互いに相殺しあう。こちらが2連撃を放てばいなされ躱され、あちらの突きは剣で叩き落とす。
「もっと積極的に攻めてこうぜ、躱してばっかじゃん」
「当てれてないだけでしょ」
若干の溜めと共にシアが突っ込んでくる。その手にある槍は緑のエフェクトを纏っている。色とモーション的に上中下段の3連撃、シアの出しそうな技だし恐らく確定。なら折角だしここでリスクを背負おう。
あえてシアへと飛び込み何とか連撃の間を潜り抜けながら、体をひねり無理やり剣を振るう。ソードスキルは予想通りの三連撃、槍が肩と脇腹をかすめ視界の端のHPバーをわずかに削るが、ソードスキルの硬直中のシアは俺の斬撃を躱しきれない。シアの着る鉄製の胸当てに一本の赤い線が走るとともに、ここにきてやっとお互いのHPバーが目に見えて減った。
石鎚による足払いを右足を上げて躱し、シアの左肩に向けて剣を振り下ろすが、その剣先が肩をかすめるだけ、シアは体を後ろに反らすとそのままバク転を数度繰り返し、また距離を取ってしまった。
シアのHPバーはその3分の1ほどが灰色になっており、こちらは5分の1程度。ダメージレースは勝っているものの、この程度の差はソードスキルで簡単にひっくり返る。
「読まれてやんの」
「そういうのはちゃんと躱しきってから言ってくれない?」
互いに広場を反時計回りに歩きながらも言葉を交わしていく。次のぶつかり合いで決着がつくような、そんな予感がある。それはシアも感じているのだろうか、互いに間合いを図りながらも相手を注視し、反時計回りに広場の中心へ歩いていく。俺もシアも、どちらもなかなか攻撃をしないし、武器を振り上げるそぶりすら見せない。ただ自然体に持ち、相手が隙を見せたらすぐにでも切り捨てようとしている。
すぐ目の前、あと数歩踏み込めば剣で、槍で相手を切り裂き貫けるような距離まで近づいても攻撃をするそぶりがないのは、お互いに警戒しているのもあるし、このディエルが終わってしまうことへの惜しさ、みたいなものがあるのかもしれない。
「シッ」
「ッ」
互いにソードスキルを使ったのは同時だった、一瞬の遅れもなく完璧に同時としか言えないようなタイミングで動きだして赤と緑、異なる色の光を纏った剣と槍が2人の間で交差する。
まっすぐ胸元に向けて飛んできた突きと縦に振り下ろされる両手剣とがぶつかり火花を上げる。拮抗や鍔迫り合いなどは全くなく、逸らされた槍が腰を切り裂き、俺の剣はシアが鎧の上から着ているローブの裾を切り裂く。ソードスキルを受けたものの、まだディエルが終わっていない。俺のHPはまだ半分以上残っている。
通常ソードスキルを使った場合、そのシステムに決められた動き以外をすることはできない。できることと言えば、立ち位置そして初動を調整するぐらい。あとはタイミングもあるがこちらはほぼ運頼みみたいなものだ。
そしてソードスキルを使った後は硬直が入る。時間はモノによってまちまちだがすべてのソードスキルに共通することは、どのスキルにも硬直が必ずあり、その間に別の行動をすることは基本できないということだ。そう、基本は。
《スキルコネクト》という技術がある、正確にはグリッチに近い——正真正銘グリッチと言っても問題ないこの技術は《スイッチ》と共にシステム外スキルの枠組みに入り、アルゴのガイドブックにこそ載ってないものの攻略組に使用者がいないわけではない。この技術を発見したのはキリトだし、第5層のボス戦ではイスケがこれを使用して腕を攻撃していた。
やり方は簡単、ソードスキルを使った後、その硬直が起きるまでほんの数フレームだけ猶予がある。その数フレームの間にコンソールを操作し武器を持ち替え、別のソードスキルの構えをとる。——普通に不可能だ。
ではなぜキリトとイスケは使えるのか。
エクストラスキルの1つである《格闘》は己の拳や蹴りでソードスキルを放つ。このスキルを2撃目に使う場合に限り、スキルコネクトに武器の持ち替えは必要なくなる。
俺とシア、互いの武器がソードスキル使用時の光を失い体に硬直が起きるその前に、俺の右足が赤い光を纏っていく。
「ぐぇ」
選んだのはシンプルな前蹴り。ノックバック効果の付いたその攻撃が、硬直が起きるその瞬間、かろうじて槍でガードしようとするシアの鳩尾に突き刺さった。
槍を手から溢したシアが広場の端で吹き飛ばされるのと、広場の中心に「WINNER」の文字が浮かぶのは同時だった。俺の名前が光り輝き、シアの名前は灰色になっている。
「綺麗に吹っ飛んだな、しかもぐぇって。その声どこから出したんだよ」
「うっさいなぁ」
広場の端で仰向けに倒れたシアに手を貸してやると、その手を力強く握り返しシアが上体を起こす。その顔は心底不機嫌そうに、そして自らのミスを後悔するような。それでいて清々しさも僅かに感じる。そんな表情をしていた。
「ミスった〜。そういえばスキルコネクト使ってたね」
シアがそう言いながらも立ち上がり、服に着いた砂埃を手で払う。
「シアにはまだやったことなかったからな」
「そうだよ。てか、モンスター以外にも使えたんだ」
「普通に使える。それこそこの前、アルゴに使ったし」
そうして2人で広場の中心に戻り、広場の中心、街頭に照らされ地面に刺さっていたシアの槍を拾い上げ投げ渡す。
「ありがと、——それで気分転換にはなった?」
「もうバッチリ、ギルド名も……まあこれでいいかな」
シアが槍をインベントリに仕舞うのを見て俺もそれに倣いコンソールを操作する。
「それでどんな名前にすんの?」
「そりゃまだ秘密よ」
「勿体ぶんなって」
その後は2人でディエルの感想戦をしながら宿に帰った。ま、シアがスキルリンクを見落としたのが一番の敗因かな。
◇◇◇
新年になってまだ1週間も経たないうちにアインクラッド第6層迷宮区にて、多くのプレイヤーが一同に介していた。場所はボス部屋前、目的は勿論階層ボス討伐である。
「キバオウさん、なんか人数少なくないですか? ——無所属の奴らが居ないっていうか」
口を開くのは『
「なんだ、ALSの連中はビビリしか居ないのかよ」
「なんだと!」
そんな彼に突っかかるのは『
それをキバオウとリンドがそれぞれ自分の組織のメンバーを抑えようとするのだが、数ヶ月燻り続けた火種はそう簡単には鎮火しない。
「お、もう集まってるんだ。みんな気合い入ってるね」
そんな爆発寸前の火薬庫のような広場に響くのはそんな能天気な声だった。
その声にALSとDKB、両方のメンバーが振り返る。その両者の目線の先、暗い通路から現れたのはどちらの組織にも属していない、槍使い。
その後ろから続々と出てくるのは両組織共に所属していない攻略組のプレイヤーたち。その装いはもちろんバラバラで、両組織の持つような統一された鎧やマントの色などはない。ただ、その集団は全員が肩や腰、目立つ場所に同じエンブレムを付けていた。
その中から1人のプレイヤーが一歩前に出てくる。第1層でベーターを庇った大剣使いの男だ。
「今日ボス討伐の指揮を取ることになった剣槍連盟のユートだ。よろしく」
その男が口を開いた時、この空間はより一層の喧騒に包まれた。
ギリギリ6月中に間に合った。セーフ?
7月中は更新頻度がかなり遅くなるかもしれません。どうか気長にお待ちください。