こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

24 / 44
おまけ:生命の泉 幕引

 ――その日の夜。

 

 救急車のサイレンも、研究所の埃の匂いも、

 すべてが一段落して、

 葉加瀬と加賀美は家の近くの道を並んで歩いていた。

 

 街灯のオレンジ色の光が、アスファルトに長い影を落とす。

 昼間の出来事を思い出せば重くなるはずなのに、

 葉加瀬は、あえて軽い口調で話を振った。

 

「そういえばさ」

 ポケットに手を突っ込んだまま言う。

「社長が欲しいって言ってたやつ、買取四千五百円になってたよ」

 

 加賀美は一瞬だけ驚いた顔をして、すぐに苦笑した。

 

「……もう結果残しちゃってるからね」

 

 少し間を置いて、肩をすくめる。

「でも、もういいや」

「みんな使ってるカードで勝っても、楽しくないしさ」

 

 その声音は、どこか強がっているようにも聞こえた。

 

 葉加瀬は歩く速度を変えず、ちらりと横目で加賀美を見る。

「……酸っぱいリンゴ?」

 

 見透かすような一言。

 

「ち、違うよ……!」

 加賀美は慌てて否定し、視線を街灯の先へ逸らす。

「ほんとに、そういうんじゃなくて……」

 

 葉加瀬はそれ以上追及せず、

 ただ小さく鼻で笑った。

 

「はいはい」

 

 二人の足音が、静かな住宅街に規則正しく響く。

 

 昼間の重さを直接口に出さなくても、こうしてどうでもいい話をできること自体がどこか救いだった。

 

 加賀美は、歩きながら少し間を置いてから口を開いた。

「……気になる? 森中さんのお父さんの話」

 

 その問いに、葉加瀬は一瞬だけ足を緩めた。

 昼間の、防音室の暗闇と、倒れ込む森中の姿が脳裏に蘇る。

 

「……もういいや」

 

 顔をしかめ、吐き捨てるように言う。

「場違いな方向に飛んでって」

「余計なことまで考えて」

「その結果、誰も望まないような苦しみを味わった……」

 

 声が低く落ちる。

 

「……バカな、女」

 

 自分でも驚くほど冷たい言葉だった。

 

 歩きながら、思考が勝手に巡り始める。

 

 ――もし、自分が彼女の立場だったら。

「じいじ」のことを、そこまでして何とかしたいと思うだろうか。

 

 加賀美のこと。

 あの両親のこと。

 荒木のこと。

 担任の先生の、あの視線の奥にあったもの。

 

 もし彼らの“秘密”を知ったとして、

 その苦しみを消したいと、本気で思うだろうか。

 

 ……分からない。知ることと、背負うことは違う。

 

 助けたいと思うことと、踏み込むことは違うとも思う。

 

 答えは、どこにも見つからない。

 

 葉加瀬は顔を上げる。

 沈みかけた太陽が、街の端で赤く滲んでいた。

 

 その光に背を向けるように、

 何も言わず、ただ前へ歩き続ける。

 

 足元に伸びる影だけが、

 やけに長く、静かに揺れていた。

 

 葉加瀬は、何かを思いついたように足を緩め、

 横を歩く加賀美をちらりと見た。

 

「……ねえ、社長」

 

「ん?」

 

「知りたいと思う?」

 間を置いて、淡々と続ける。

「私のこと」

「柵のある施設に捕まってた時のこと」

「鎖で繋がれてた時のこと」

 

 軽く言っているようで、その声はやけに静かだった。

 試すようでもあり、突き放すようでもある。

 

 加賀美はすぐには答えなかった。

 歩みを止めはしないが、視線は前方のアスファルトに落ちている。

 数秒――いや、もっと長く感じる沈黙のあと、ようやく口を開いた。

 

「……俺は、そうは思わないな」

 

「……ただ」

 

 それきり、また黙り込む。

 

 足音だけが、二人分、規則正しく響く。

 

 葉加瀬はその沈黙を面白がるように、顔を寄せてくる。

 

「ただ?」

「何? どうしたの?」

 

 口元ににやにやとした笑み。からかう時の、いつもの表情――

 

 ……のはずだった。

 

 だが、ふと目に入った加賀美の横顔を見て、その笑みをすっと引っ込めた。

 

「……社長?」

 

 覗き込むように、顔を近づける。

 

 夕日の赤が、彼の頬に影を落とす。

 

 何も言わず、再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 ――彼のその顔は、しばらく見たくはなかったのだ。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。