こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

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第二章 第二話:普通

「流石に……渋谷辺りまで行くとなるとさ」

 

 むぎはコーヒーを受け取りながら、淡々と続ける。

 

「着てけって、うるさいから……」

 

 その言葉を聞いた瞬間、

 森中は「はいはい」とでも言うように、むぎの隣へどさっと腰を下ろした。

 

「えっ? マジ!?」

「とうとう怒られた?」

 

 半分冗談、半分興味本位。

 完全に距離感ゼロの聞き方だった。

 

 むぎは首を横に振る。

 

「まだ平気……怒られてない……」

「でも、この間とか……たまに止められる時はある……」

 

 そう言いながら、肩の力が抜けたように、

 むぎはじわっと森中にもたれかかる。

 

「制服、めんどくさい……」

「ネクタイ、したくない……」

 

 ぼやきというより、訴えに近い声音。

 

 森中は一瞬だけ苦笑してから、

 軽く、ぽん、とむぎの頭を叩いた。

 

「みんなそれ着てんの」

「我慢しな」

 

 呆れたようで、けれどどこか慣れた手つき。

 

 むぎが森中にもたれかかる様子を、

 少し離れた場所から見ていた赤羽は、思わず声に出してしまった。

 

「……森中さん、何者なんですか?」

「どうして……碧星院高校の殺し屋さんと、普通に仲良いんですか?」

 

 素朴で、けれど核心を突いた問いだった。

 

 ――その瞬間。

 

「それな!!」

 

 机に突っ伏していた笹木が、勢いよく顔を上げ、

 そのまま椅子から半分跳ね上がる。

 

「こいつマジで何者やねん!!」

 

 珍しく、全力で同意する調子。

 

 視線が森中へ集まる。

 

 森中は、心底ウザったそうに眉をひそめ、

 視線をすっと逸らした。

 

「……別に、二人だけじゃん……」

 

 ぶっきらぼうに続ける。

 

「碧星院の生徒、全員と仲良いわけじゃないよ……」

 

 言い訳とも弁解ともつかない言い方。

 

 すると、むぎが首を傾げ、

 不思議そうな顔で森中を見る。

 

「……がっくんとも、仲良いじゃん」

 

 その一言に、森中は一瞬だけ黙り込んだ。

 

「……あと、がっくん……」

 

 渋々、付け足すように呟く。

 

「い、いやさ!」

 

 森中が、被せるように声を上げた。

 

「アルバイトしてたんだよ!」

「その……碧星院の生徒達が、よく行ってたゲームセンターでさ!」

 

 やや早口。

 明らかに“先に言っておけば何とかなる”タイプの言い訳だった。

 

 笹木は腕を組み、じっと森中を見る。

 

「ゲームセンター〜?」

 

「Σの養成所の生徒達って、そんな簡単に外出できるもんなんか〜?」

 

 語尾を伸ばしつつ、探るような視線。

 

 森中は、またしても目を逸らした。

 

「いや……」

「碧星院って、他と比べて……その辺、緩いんだよ……」

 

 歯切れは悪いが、妙に具体的だ。

 

「外出届も……適当にポストの中入れとけば良いし」

「なんなら書かなくても……たまに、バレないって言うか……」

 

 説明というより、内部事情の暴露だった。

 

 それを聞いて、むぎは特に驚いた様子もなく頷く。

 

「まあ……それは、そうだね」

 

 さらっと同意。

 

 だが、すぐに首を傾げて付け足す。

 

「でも……私も、リリちゃんも」

「そのゲームセンターは、知らないけど」

 

 ぴたり、と空気が止まる。

 

 笹木の口角が、ゆっくりと上がった。

 

「……おっとぉ〜?」

 

 苦笑いしながら、

 疑り深い目で森中をじーっと見つめる。

 

 むぎは、じっと森中を見ていた笹木の方へ、すっと顔を向けた。

 

「……知りたいですか?」

 

 静かな声。

 けれど、どこか悪戯っぽい間があった。

 

「そんなに気になるなら……」

「後で、こっそり教えますよ」

 

 その一言に――

 

「あっ……ダメ……!」

 

 森中が、珍しく慌てた声を上げる。

 

「それは……それだけは……!」

「教えないで……!」

 

 顔はほんのり赤く、視線も定まらない。

 

 だが、むぎはそれを完全に無視した。

 

 ふいっと空気を切り替えるように、話題を変える。

 

「てか……ここ」

「都市伝説研究センターって名前なんでしょ?」

 

 事務所の看板を思い出すように、軽く首を傾げる。

 

「なんか……面白い都市伝説とか、ないんですか?」

「私……どっちかと言うと」

 

 視線が、笹木に向く。

 

「その話、聞きたいんですけど」

 

 笹木は、椅子に深く座ったまま、パソコンの画面から目を離さずに答えた。

 

「最近だと……閏時の話題しかないな」

 

 どこかつまらなさそうな声音。

 

「……閏時?」

 

 むぎが首を傾げる。

 

「閏年じゃなくて?」

 

 すると、赤羽がぱっと顔を上げた。

 

「あ! 知ってます、それ!」

 

 さっきまでの空気など忘れたかのように、前のめりになる。

 

「止まった時間に迷い込むってやつですよね!」

「時計を見ると、61秒だったり、25時になってたり、32日になってたりするやつ!」

 

 完全にスイッチが入っていた。

 

 だが笹木は、眉をひそめて首をかしげる。

 

「……そんなおもろいか?」

「単なる時計の見間違いやろ」

 

 画面をスクロールしながら、淡々と切り捨てる。

 

 その瞬間。

 

「いや!」

 

 ――まるで逃げ道を見つけたかのように、森中が勢いよく口を挟んだ。

 

「一人、真面目に追ってる子いるよ!」

 

 笹木の方を見ず、早口で続ける。

 

「なんでも、閏時に迷い込んだ人から――」

「『死神』を見たっていう目撃情報も、あるみたいで!」

 

 赤羽とむぎが同時に目を見開く。

 

「それで、それがね……」

「とっても美しい、長髪の女の子だったって話もあって……!」

 

 必要以上に熱がこもっていた。

 

 説明しながら、森中の視線は微妙に泳いでいる。

 

 笹木は、その様子をじっと見つめ――

 少し引いたように、ぽつりと呟いた。

 

「……なんか、やけに食いつきええな……」

 

 椅子の背にもたれ、半目になる。

 

「どんだけ昔のこと、聞かれたくないんや……」

 

 むぎは一拍置いてから、思い出したように口を開いた。

 

「……てか」

「私、勉強教えに来たんだけど」

 

 その一言に――

 

「……っ!?」

 

 赤羽の肩が、目に見えて跳ねた。

 

 空気が、ほんの一瞬だけ固まる。

 

「あ……そうだったの?」

 

 森中が、少し意外そうにむぎを見る。

 

「てっきり、叶さんのおつかいだと思ってた」

 

 そう言いながら、ふと何かに気づいたように、

 今度は赤羽の方を指差した。

 

「……あー、でも」

「ばねちゃんのことだと思うよ」

 

 軽い調子で続ける。

 

「最近、受験するんだって勉強に熱心だし……」

 

 ――そこまでだった。

 

「わ、私……!」

 

 赤羽が、被せるように声を上げる。

 

「閏時の調査してきますね!」

 

 椅子ががたっと鳴り、

 赤羽は立ち上がると、そのまま振り返りもせず――

 

 そそくさと、

 というより、ほとんど逃げるように出口まで駆けていった。

 

「えっ、ちょ……!」

 

 残された空気を見て、森中も一瞬きょとんとするが、

 すぐに何かを察したように立ち上がる。

 

「わ、私も行ってきます!」

「今日は直帰するんで!」

 

 慌てた調子でそう言うと、

 むぎの手をぎゅっと掴む。

 

「ほら、むぎちゃんも、そろそろ帰らなきゃ!」

 

 有無を言わせない勢いで、

 二人はそのまま事務所を駆け抜けていった。

 

 

 

 

 公園のベンチに、金髪の女性がだらっと腰掛けていた。

 

 短めの金髪が風に揺れ、脚を組んだままスマホも見ず、ただ前を睨んでいる。

 目の前では、子供たちが鬼ごっこをしながら騒ぎ回っていたが、そんな光景は完全に視界の外らしい。

 

「……マジで、あの古本屋ぶっ潰す……」

 

 低く、しかしやけにハッキリした声。

 

「せっかく取り置きしてっつったのにさぁ……」

「売る!? 普通売る!? 意味わかんなくない!?」

 

 苛立ちをごまかすように、ベンチの背もたれを軽く蹴る。

 

 一方その少し先――

 公園の横を通る歩道を、赤羽葉子がとぼとぼと歩いていた。

 

「はぁ……」

 

 深いため息。

 

「あ〜……本当に三日坊主……」

「勉強とか、マジでモチベ上がらない……」

 

 鞄の紐を指でいじりながら、地面ばかり見て歩く。

 

 その背後で、ベンチの金髪の女性は、もう一度ぼやく。

 

「……また一から出直しか……」

 

 観念したように立ち上がり、

 公園の出口へ向かって歩き出す。

 

 ちょうどその出口から、赤羽の前に出る形になる。

 

 特に気にする様子もなく、

 金髪の女性はそのまま赤羽の前を横切り、同じ方向へ歩いていった。

 

(……そんなに欲しいなら、通販使えばいいのに……)

 

 赤羽は心の中で、ぼんやりと思う。

 

 自然と、その少し後ろを歩く形になる。

 

(それより……)

(勉強嫌すぎて……)

 

 眉を寄せながら、別のことを考え始める。

 

(笹木さんに、閏時の目撃情報とか……聞き忘れた……)

(あー……)

 

 そのまま考えが口まで上ってきてしまい――

 

「……明日、森中さんに聞くか……」

 

 ぽろっと、声に出た。

 

 ――次の瞬間。

 

「はぁ!?」

 

 金髪の女性が、ぴたりと足を止める。

 

 くるん、と勢いよく振り返り、赤羽を睨みつけた。

 

「……森中!?」

 

 目を見開き、一歩詰め寄る。

 

「おい高坊!」

「お前、今……森中って言ったか!?」

 

 勢いそのまま、赤羽の襟元を掴み上げる。

 

「なぁ!? 言ったよな!?」

「ちょっと待て待て待て! 何でお前がその名前知ってんだよ!!」

 

「ひ、ひぇっ!?」

 

 赤羽は目を白黒させたまま、完全に硬直していた。

 

 公園の向こうでは、子供たちの笑い声が、

 何事もなかったかのように響いていた。

 

 金髪の女性は、いつの間にか赤羽の隣を歩く形になっていた。

 さっきまでの剣幕が嘘みたいに、今はすっかり雑談モードだ。

 

「へぇ〜、かざちゃんが働いてるとこのバイトなんだ〜」

 

 うんうん、と大きく頷きながら、妙に納得した顔をする。

 

「なるほどねぇ。そりゃ名前出るわけだわ」

「てかさ、あのビルの地下行った?」

 

 赤羽が首を振るより早く、女性は身を乗り出す。

 

「マジで美味い寿司屋あるから、今度行ってみ」

「ランチでも普通に強いし、夜は夜でヤバいから。値段もギリ人間」

 

 やけに具体的だった。

 

 空は雲一つなく、日差しが容赦なく照りつけている。

 時計を見なくても、昼時だと分かるくらい、通りには人が増えていた。

 会社員、学生、観光客――街はいつも通り、賑やかだ。

 

 赤羽はしばらく、相槌を打ちながらその雑談に付き合っていたが、

 ふと、さっきから引っかかっていた疑問が口をついて出た。

 

「……あの」

「森中さんって、何者なんですか……?」

 

 少し慎重な聞き方。

 

 金髪の女性は、間髪入れずに答えた。

 

「魔法使い」

 

 あまりにも即答。

 

「いや……それは、知ってるんですけど……」

 

 赤羽は苦笑いで流す。

 

「なんか……人脈が広いって言うか……」

「普通に生きてたら、そんな繋がり方しない人達と仲良いなって……」

 

 遠回しな言い方だったが、言いたいことは伝わったらしい。

 

「あ〜……」

 

 金髪の女性は、少しだけ歩く速度を落とした。

 

「碧星院のこと?」

 

 赤羽が頷くと、彼女は肩をすくめる。

 

「まあ……色々あったんよ」

「あの子も」

 

 それ以上は踏み込まず、

 ただ、何かを思い出すように、空を見上げた。

 

 女性は大きく背伸びをして、肩の力を抜いた。

 

「まっ……後は小学校の時の友達くらいじゃない?」

 

 あっけらかんとした口調。

 

「他は普通だと思うよ」

「中学も高校も、ふっつーのところ出てるし」

 

 本当にどうでもよさそうに言い切る。

 

 赤羽は少し考えるように歩きながら、ぽつりとこぼした。

 

「でも……なんだか……」

「やっぱり最近、私の周りの大人って……」

 

 ちらっと、女性の横顔を見る。

 

「みんな……普通じゃない感じがするんですよね……」

 

 言葉を選びながら、視線を向けたまま――

 ふと、呼び方に迷って口ごもる。

 

「えっと……その……」

 

 すると女性は、わざとらしく立ち止まり、

 急に声色を変えた。

 

「あ、はじめまして……」

「御伽原……江良です……」

 

 妙に丁寧で、棒読み気味。

 

 一瞬の沈黙。

 

 赤羽は目を瞬かせてから、にこりともせず、さらっと返す。

 

「あっ……」

「なんか、そういう人じゃないことは、一発で分かりました」

 

 即答だった。

 

 江良は、ぴたりと動きを止め、

 次の瞬間、ぷいっとそっぽを向く。

 

「……チッ」

 

 つまらなさそうに舌打ち一つ。

 

 昼の街の喧騒の中、

 二人の足音だけが、妙に揃って響いていく。

 

 赤羽は、少しだけ歩く速度を落とし、改めて江良の横顔を見る。

 

「……御伽原さんの周りは、どうですか……?」

 

 昼の光の中で、言葉を選びながら続ける。

 

「なんて言うか……」

「私のバイト先の職業柄なのかもしれないですけど……」

 

 一度、息を吸って。

 

「色々……規格外なんですよね」

 

 正直な実感だった。

 

 江良は、前を向いたまま、ふっと鼻で笑う。

 

「普通の人間なんて、そうそういないって」

 

 断言するような口調。

 

「みんなさ、何かしら――」

「普通じゃないこと、抱えてんのよ」

 

 そう言いながら、彼女はいつの間にか手にしていた小さな瓶を指先で弄ぶ。

 

 手のひらに収まるくらいのサイズ。

 中には、まるで赤い絵の具みたいな液体が入っている。

 

 くるくる、と。

 陽の光を反射させながら、瓶が回る。

 

「見えてないだけでさ」

「表に出てないだけ」

 

 赤い液体が、瓶の中でゆっくりと揺れた。

 

 赤羽は、その色に一瞬だけ視線を奪われ――

 けれど、何も言わず、黙って歩き続けた。

 

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