こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

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第二章 第陸話:人生のページ

 天井の照明が一定のリズムで流れていく中、

 ふと葉加瀬が、何気ない調子で森中に声をかける。

 

「てかさ」

「今、何してんの?」

 

 森中は待ってましたと言わんばかりに、

 にっと笑ってスマホを取り出した。

 

「んふふ〜」

「これ見てよ」

 

 画面を操作して見せたのは、

 雑誌の記事。そこには、はっきりと――撮り下ろし写真付きで載っている森中の姿。

 

「今、こういうのやってる」

 

 誇らしげな声。

 

 それを覗き込んだ葉加瀬は、目を丸くする。

 

「おお……マジか」

「普通にすごいじゃん」

 

 少し間を置いてから、ぽつりと続ける。

 

「……私には、ちょっと無理だわ……」

 

 目立つことへの率直な感想だった。

 

 そんな会話をしながら、三人はエスカレーターへ乗る。

 機械音とともに、ゆっくりと上へ運ばれていく。

 

 途中、森中が思い出したように口を開いた。

 

「そうだ」

「この上さ、私の会社なんだけど」

 

 軽く上を指差す。

 

「そこで、少し話さない?」

 

 誘うような口調。

 

 だが、葉加瀬はすぐに首を振った。

 

「いやいや…流石に、それは申し訳ないでしょ」

 

 苦笑しながら、少し考えてから言い直す。

 

「私のホテルの部屋で話さない?」

 

「結構、見晴らしも良いんだよね」

 

 

 

--------------------------------------------

 

 

 

「よぅみ〜」

 

 背後から、いきなり。

 

「会いたかったでぇ〜」

 

 椎名が夜見に抱きつき、顔を胸元に埋めるように甘えだす。

 

 力加減は遠慮なし。

 完全に“知ってる距離感”だった。

 

「も〜」

 

 夜見は困ったように笑いながら、椎名の頭に手を置く。

 

「鳩のぬいぐるみ、あげたでしょ〜」

「そろそろ大人になりな〜」

 

 宥める口調は柔らかいが、どこか慣れ切っている。

 

 その様子を見て、赤羽は一拍遅れて、はっとした。

 

「……じゃあ……」

 

 夜見と椎名を見比べ、目を見開く。

 

「あなたが……あの、夜見さん!?」

 

 声が裏返るほどの驚き。

 

「……誰?」

 

 状況についていけていない江良が、素直に首を傾げる。

 

 赤羽は慌てて説明する。

 

「も、森中さんの幼馴染です!」

「たしか……小学校が同じだったって聞いてて……」

 

 その言葉に、夜見は顎に手を当て、少し大げさに口を開ける。

 

「おお〜……」

 

 一瞬、懐かしむような間。

 

「……懐かしい名前」

 

 だが、すぐに口元が緩む。

 

「――なんてね」

 

 軽い否定。

 

 夜見は赤羽の方を見て、にこっと笑った。

 

「私、ずっと見てたからさ」

「全部、知ってるんだけどね」

 

 その言葉は冗談めいているのに、

 なぜか冗談として受け取れない重さがある。

 

「閏時の話、だよね」

 

 夜見が、先回りするように言った。

 

 視線は江良ではなく、空間そのものを見ているみたいで、

 まるで話の流れが最初から見えていたかのようだった。

 

「要は――」

「操ってるやつが、いるって話」

 

 淡々と、結論だけを抜き出す。

 

「この前はさ」

「そこの霊能力者ちゃんが、ちゃんと見つけた」

 

 夜見は赤羽をちらりと見て、続ける。

 

「……けど、逃げられちゃったんだよね」

 

 その言葉に、椎名がぴくっと反応し、顔を上げる。

 

「……もしかして……」

「耳長ゴリラか?」

 

「はい、ストップ」

 

 夜見は、軽く椎名の頭に――コツン。

 

「なんでも、そうやって結びつけない」

 

 力はないが、躊躇もないゲンコツだった。

 

「いった……」

 

 椎名は額を押さえつつ、渋々黙る。

 

 夜見はそのまま椎名の腕を振り解き、

 今度は赤羽の方へ歩み寄った。

 

 距離は、近い。

 

「……で」

 

 柔らかい声。

 

「今度はさ」

「バレないように、近づけるかな?」

 

 問いかけは軽いが、内容は重い。

 

 赤羽は一度、目を閉じる。

 

 呼吸を整えるように、

 そして――

 

「……ちょっと、難しいです」

 

 そう前置きしてから、目を開いた。

 

 オッドアイが、広間の照明を静かに反射する。

 

「相手が……魔法使いなら……」

「多分、この間みたいに魔法で探知されます」

 

 自分の感覚を、正確に言葉にする。

 

「私が見てる“感じ”って」

「向こうからも、分かると思うんです」

 

 夜見は、その瞳をじっと見つめ――

 ほんの一瞬だけ、楽しそうに口角を上げた。

 

「……なるほどね」

 

 それは、困った顔ではなかった。

 

 赤羽は少し考え込むようにしてから、江良の方を見た。

 

「……魔法使いって」

「同じ魔法使いを、見分ける方法とか……ないんですか?」

 

 率直な問いだった。

 

 江良は、即答する。

 

「ない」

 

 一切の迷いもなく。

 

「見た目は、普通の人間と変わらないからな」

「オーラが見えるとか、そういう便利なのは基本ナシ」

 

 椎名も付け加えるように、「ファンタジーのあれは、かなり脚色されとるからな」と現実を突きつける。

 

「……ただな」

 

 しかし、そこで話を終わらせない。

 

 指を一本立てる。

 

「魔法ってのは、何もないところからは使えへんのや」

「みんな例外なく、他の“物質”をエネルギーに変換しとる」

 

 赤羽のオッドアイをちらりと見てから続けた。

 

「逆に言えばな――」

 

 声を低くする。

 

「その変換をしなければ、ただの人間とできることは変わらんのや」

 

 思いついたように、江良は指を鳴らす。

 

「つまりあれか」

 

「供物の変換を、その霊能力で逆探知できたら……そいつに気づかずに、近づけるってことか」

 

 赤羽を見る。だが、椎名の表情はあまり良くない。

 

 腕を組み、現実的な視線で赤羽を見る。

 

「ただな…」

 

 一拍置いて、続ける。

 

「いくら、ばねさんの霊視が強くてもやで」

「そんな芸当ができる保証、どこにもないやろ」

 

 椎名の言葉が落ちたあと、

 赤羽はすぐには返事をしなかった。

 

 少し俯き、指先を握りしめ、

 何かを整理するように黙り込む。

 

 そして――顔を上げた。

 

 まっすぐに、江良を見る。

 

「……江良さん」

 

 声音は、いつになく真剣だった。

 

「森中さんと……戦えますか」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

「犯罪やぞ」

 

 江良は即座に、きっぱりと言い切った。

 

 冗談でもなく、脅しでもなく、

 ただの事実として。

 

 赤羽は怯まず、言葉を続ける。

 

「でも……」

「やっぱり、気配とか覚えるってなると……」

 

 視線が少し泳ぐ。

 

「……なんだか」

「それしか、無いような気がするんです」

 

 そのまま一歩、二歩と江良に近づき――

 上目遣いになる。

 

 距離が、近い。

 

 そして、こそっと。

 

「……ちょっとだけ……」

「ちょっとだけなら……バレませんから……」

 

 本当に小さな声だった。

 

 江良は、視線を逸らし、腕を組む。

 

「……」

 

 数秒。

 沈黙。

 

 溜め息をひとつ、深く吐いてから――

 

「……まあ……」

 

 ぼそりと。

 

「それなら……やってみっかぁ……」

 

 

 

 

 

-----------------------------------------

 

 

 

 葉加瀬に案内されてホテルの自室へ入ると、思ったよりもこぢんまりとした空間だった。

 

 シングルより少し大きいくらいのベッド。

 最低限の家具。

 だが、その分――壁一面を占める大きなガラス窓が、強い存在感を放っている。

 

 窓の向こうには、夕暮れの東京。

 ビル群がオレンジから群青へと溶けていく時間帯で、

 遠くの高架や車のライトが、静かに流れていた。

 

「……すご……」

 

 むぎが、思わず小さく漏らす。

 

 部屋の中央にある机には、

 薬学関連の雑誌や専門書、論文のコピーが広げられ、

 走り書きだらけのノートがそのまま置かれている。

 

 葉加瀬はそれに気づくと、少しだけ眉を下げて、

 

「あ、ちょっと散らかってるけど……」

 

 慌てて本を重ね、ノートを閉じながら言った。

 

「適当なところ、座って」

 

 森中とむぎがそれぞれ椅子に腰を下ろす。

 

 葉加瀬は最後に机の端を整え、

 自分も椅子に座りながら、ぽつりと続けた。

 

「あんまりさ……」

「部屋とか、正直興味なくて」

 

 視線は、窓の外。

 

「社長に選んでもらったんだけど」

「……ちょっと、落ち着かなくてさ」

 

 その言葉に、森中が「あー」と納得したように頷く。

 

「お兄さんが、選んでくれたんだ」

 

 それから、部屋全体をぐるりと見渡し、

 唸るように呟いた。

 

「まあ……でも……」

「この立地で、この部屋は……」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「金、あるよね……」

 

 葉加瀬は苦笑し、

 窓の外の夕焼けに視線を戻した。

 

「……あ、そういえば」

 

 思い出したように机の上を探り、

 一本のボールペンを手に取って、むぎの方へ差し出そうとする。

 

 だが、むぎはすぐには受け取らず、

 そのペンをじっと見つめてから、淡々と言った。

 

「……握ってみて」

 

「は?」

 

 葉加瀬は一瞬怪訝な顔をしたが、

 面倒くさそうに、言われた通りボールペン全体をぐっと握る。

 

「……はい」

 

「じゃあ、そこに置いて」

 

 言われるまま、机の上にペンを置く。

 

 葉加瀬は少し呆れたように肩を落とした。

 

「……別に、普通のボールペンだって」

 

 むぎの顔を見る。

 

「君、Σの兵士でしょ」

 

 うんざりしたような、だが否定はしない口調。

 

「変な細工とか、仕込んでるわけないじゃん」

 

 そう言いながら、少しだけ真面目な声になる。

 

「これさ、荒木先生から借りっぱだったんだよ」

「そろそろ返してほしくて」

 

 むぎは小さく頷いた。

 

「ああ……荒木少佐ですね」

 

 納得した様子でペンを受け取り、

 そのまま自分のカバンにしまう。

 

「私、あんまり会わないので」

「リリちゃんに渡しておきますね」

 

「助かる」

 

 葉加瀬はそれだけ言って、椅子の背にもたれた。

 

 葉加瀬は椅子から少し身を乗り出し、机に肘をついた。

 

「で……」

 

 夕暮れの光が、銀髪の輪郭を淡く縁取る。

 

「安楽死についてなんだけどさ」

 

 声音は軽いが、目は妙に真剣だった。

 

「“苦痛を取り除いて処分する”って目的だけなら、かなり合理的と思うんだよ」

 

 指先で机をとん、と叩く。

 

「極論さ、壊れた機械の電源を落とすのと似てるんだよ。無理に動かし続けるより、綺麗に止めた方が損傷は少ない」

 

 その言い方は、どこか生命を一つのシステムとして捉えているようであり、端から見れば恐ろしい。

 

 しかしむぎもまた、恐れることなくその意見を真剣に聞いている。

 

「逆に延命治療もさ、ガラスが割れたビーカーに、テープ貼り続けてる感じで…いつか必ず、限界が来る」

 

「そう思うんだけど…君はどう思う?」

 

 しばらく持論を離した後で、葉加瀬はむぎに目をやる。

 

 森中はというと、「また始まった」と言わんばかりに興味なさそうに席を立ち、何かホテル内に目ぼしいものでもないかとスマホでホテルについて調べている。

 

「……なるほど」

 

 肯定から入る。そう呟くと葉加瀬は更に意見を求めるように、沈黙を保つ。

 

「確かに損耗管理として考えると、回復不能な兵士・装備を戦場に残し続けることは、全体の損耗を拡大させる恐れがあり、あまり好ましい考えではありません。」

 

「不要なら捨てればいい…というのは効率的であり、残酷ですが、決して間違ったことを言っているわけではありません。」

 

 それだけ聞くと葉加瀬は「……なるほどね」と小さく笑い、冷たい目をして答えるむぎに視線を向ける。

 

「というのは、あくまで碧星院の兵士としての意見です」

 

 と話を区切る。

 

「なるほど。じゃあ、家長むぎとしては?」

 

 そう言われると、少しだけ表情が柔らかくなる。顔は先ほどの冷たい目とは異なり、どこか暖かい目をしている。

 

「……人間を“機械”に置き換えた瞬間に、抜け落ちるものもあると思うんです」

 

 むぎはゆっくりと言葉を選ぶ。

 

「例えば……同じ壊れかけの時計でも」

 

 葉加瀬を見る。

 

「祖父の形見の時計と工場で量産された時計は、扱いが違う」

 

 淡々とした声。

 

「動かないという事実は同じでも、“意味”は、まったく違うと思うんです」

 

 葉加瀬は頬杖をつき、少しだけ眉を上げる。

 

「安楽死の是非って、苦痛の有無だけじゃなくて」

 

 胸の前で、軽く手を組む。

 

「その人が、自分の死をどう位置づけているか……そこを無視できない」

 

「例えるなら……そう、物語の最終ページを、他人が勝手に破り取るかどうか」

 

 そこまで葉加瀬は、ふっと息を吐いた。

 

「物語を読む体力が、もう残ってない人もいる。ページをめくるたびに激痛が走って、内容を理解する余裕もない」

 

 視線が逸れる。

 

「それでも“最後まで読め”って言うのは、かなり残酷じゃない?」

 

「中絶を禁じている西方の法律と同じ事だろ」

 

「本人のため…と言って、結局は本人に無理を強いている」

 

 その言葉は否定しない。

 

「……確かに。それは、外から見た“美学の押し付け”になるかもしれません」

 

「だから私には…全面否定はできない」

 

「ただ……」

 

 静かに続けた。

 

「選択肢が“安楽死”しかない状態を――正当化する社会は、危険だと思います」

 

 淡々と、だが鋭く。

 

「支援も何も尽くさずに“楽に終われるよ”と差し出すのは…出口を用意したふりをした、追い出しに近い」

 

 しばらく黙った。

 

「……なるほどね」

 

 小さく笑う。

 

「私はさ、どうしても“できるかどうか”を先に考えちゃうけど」

 

 そして、むぎを見る。

 

「君の話は“やっていいかどうか”のブレーキの話になるかもね」

 

 少し照れたように、肩をすくめる。

 

「……悪くないと思うよ、その視点は」

 

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