こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

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第三章 第二話:イラスト

 街は、まだ人の熱を残していた。

 

 車の音、信号の電子音、どこかの店から流れる音楽。

 その雑多な喧騒の中を、三人は並んで歩いていた。

 

 赤羽は少し前を歩き、

 その後ろを、フードを目深に被った夜見と、御伽原江良がついてくる。

 

 赤羽は、何度も口を開きかけては閉じていた。

 

「……私」

 

 ようやく絞り出すように言う。

 

「私……なんで、こんな風になったんだろう……」

 

 足取りが少しだけ遅くなる。

 

「江良さんみたいに、魔法使いとして生まれたわけでも……」

 

 ちらりと横を見る。

 

「夜見さんみたいに、特別な何かがあったわけでもない」

 

 自分の胸元をぎゅっと掴む。

 

「私……本当に人間なのかな……」

 

 声が、ほんの少し震えていた。

 

 人波の中にいるのに、

 赤羽だけが孤立しているような、不安。

 

 その空気を、横からさらっと切る声があった。

 

「神様なんじゃない?」

 

「……え?」

 

 赤羽が顔を上げる。

 

 夜見は、フードの奥からにこっと笑っている。

 

 軽い調子。

 

 だが目は、冗談だけではない色を含んでいる。

 

 それを聞いた江良が、ぱっと目を輝かせた。

 

「マジ!? 神様!?」

 

 一歩前に出て、赤羽の顔を覗き込む。

 

「私の夢、お金に溺れることなんだよね!」

 

 ぐいっと両手を合わせて迫る。

 

「え……えっと……」

 

 赤羽は完全に戸惑う。

 

「それは、その……神様って、そんな……」

 

「えー!? 無理!?」

 

「いや、そもそも私が神様かどうかも……」

 

 しどろもどろ。

 

 夜見はその様子を見て、くすくす笑いながら赤羽の肩をぽん、と叩いた。

 

「そうそう! ポジティブにね、赤羽さん」

 

「ポジティブ……?」

 

「“私、人間か分からない”よりさ」

 

 夜見は少しだけ顔を近づける。

 

「“もしかして神様かも?”のほうが、なんかワクワクするでしょ?」

 

 赤羽は、ぽかんとする。

 

 江良は横でまだ目を輝かせている。

 

 赤羽は困り顔のまま、けれどさっきよりほんの少しだけ呼吸が落ち着いていた。

 

 夜見は人混みの向こうを見ながら、さらりと呟く。

 

「自分が何者かなんてさ、案外どうでもいいんだよ」

 

 その声は、喧騒に紛れそうで紛れない。

 

「“今ここにいる赤羽さん”が、誰かに願われる存在なら、それで十分じゃない?」

 

 赤羽は、自分の胸に置いた手をゆっくりと離した。

 

 人混みを抜けても、赤羽の胸のざわつきは消えなかった。

 

 夜見と江良の軽口に笑いはした。

 けれど、頭の奥では別の問いがぐるぐると回っている。

 

(もし……)

 

 自分が“本物の自分”じゃなかったら。

 

 力を「授かった」のではなく、

 どこか別の“本来あるべき何か”を、

 自分が横取りしただけなのではないか。

 

 本来、ここにいるべきだった“赤羽葉子”は?

 

 自分がこうして息をして、歩いて、笑っている間に、

 どこか別の場所で、消えてしまったのではないか。

 

 自分は――

 その場所を、奪っているのではないか。

 

 赤羽は、無意識に足を止めかけた。

 

 その横顔を、夜見がちらりと見る。

 

「……昔さ」

 

 ふいに、夜見が口を開いた。

 

「笹木先輩が言ってたんだけどさ」

 

「……笹木さんが?」

 

 赤羽は顔を上げる。

 

 夜見はフードの奥で、少しだけ遠い目をする。

 

「“もし、自分ってものを信じるのをやめてしまったら、その瞬間、自分は自分じゃなくなる”って」

 

 太陽の光が、夜見の横顔を淡く照らす。

 

「“たとえそれが間違ってても、自分が意志を持って、自分であるって思い続けなきゃいけない”って」

 

 赤羽は、静かに聞いていた。

 

「それ聞いたときさ」

 

 夜見は小さく笑う。

 

「なんか、ああ、この人はちゃんと“自分”を掴んでるんだなって思ったんだよね」

 

 足を止めずに続ける。

 

「だからさ」

 

 夜見は赤羽の方を向く。

 

「赤羽さんも、自分が自分だって、自信持って良いと思うよ」

 

「でも……」

 

「今は」

 

 夜見は言葉を重ねる。

 

「“赤羽葉子”は、赤羽さんだけなんだから」

 

 それは、理屈ではなかった。

 

 証明も、裏付けもない。

 

 けれど、確かな言葉だった。

 

 江良も、横から大きく頷く。

 

「そうそう! 本物とかコピーとか知らないけどさ!」

 

 ぱん、と赤羽の背中を軽く叩く。

 

「今ここで一緒に歩いてるのは、あんただけなんだし!」

 

 赤羽は、しばらく何も言えなかった。

 

 胸の奥にあった“奪っているかもしれない”という罪悪感が、

 少しだけ形を変える。

 

 もし本物がどこかにいたとしても。

 

 もし自分が、何かの“続き”だったとしても。

 

 今、ここで考えて、悩んで、選ぼうとしているのは――

 間違いなく、自分だ。

 

「……そっか」

 

 小さく、息を吐く。

 

 昼間の光が、ビル群のガラスに反射して眩しく揺れていた。

 

 三人が並んで歩いていると、やがて大通りから一本外れた、背の高いビルへと続く道に差し掛かる。

 

 夜見はそこで足を止めた。

 

「それじゃ、私はここで」

 

 くるりと振り返り、いつもの調子で手を振る。

 

「飛行機の時間あるからね」

 

「え、もう?」

 

 赤羽が目を丸くする。

 

「うん。ちょっと遠出」

 

 さらりと答えるその姿に、赤羽はふと、笹木のことを思い出した。

 

 あの露骨に嫌がる様子。

 

「……そういえば」

 

 赤羽が何かを言いかけた、その瞬間。

 

 夜見は、先回りするようににやっと笑った。

 

「笹木先輩のこと?」

 

「……え」

 

「揶揄ってたら、なんか反応が面白くって」

 

 肩をすくめる。

 

「それで遊んでたら、嫌われちゃったんだよね〜」

 

 赤羽が微妙な顔をする横で、江良が大きく手を振った。

 

「いやいや、違うでしょ」

 

 夜見の言葉をばっさり否定する。

 

「それ……嫌いなんじゃなくて、あの店長なりのスキンシップなんじゃないかな」

 

「スキンシップ?」

 

「もし、本当に嫌いだったらさ」

 

 江良は、ひょいと顎を上げる。

 

「こんな変な奴ばっかりに囲まれてないって」

 

 そう言って、夜見に向かって手招きする。昼の風が、三人の間を通り抜けた。

 

 

 

 

 

 

 

 ガラス張りの事務所に、午後の光が斜めに差し込んでいる。

 

 ひまわりは一息つくと、鞄からクリアファイルを取り出した。

 

「……これね」

 

 中から出てきたのは、何枚かのコピー用紙。

 

 そこには、鉛筆で描かれた――深い森林の奥に埋もれるような、滅びた街のスケッチ。

 

 建物は半ば崩れ、蔦が絡み、道路はひび割れている。

 けれど、どこか現実の風景のような、妙な具体性があった。

 

「この間……さくちゃん、変なコピー用紙の依頼受けたって言ってたでしょ?」

 

「……ああ」

 

 咲は腕を組みながら頷く。

 

「あの、橋の下のやつやな…」

 

「それでね」

 

 ひまわりはイラストを机に広げる。

 

「似たような依頼が、うちの事務所にもあって」

 

「は?」

 

「依頼人が、このイラストの場所で似たようなものを見たんだって」

 

 ひまわりはそのうちの一枚を、咲に手渡した。

 

 紙を受け取った咲は、じっと見つめる。

 

 森の奥。

 崩れた街。

 見覚えがあるような、ないような。

 

 その横から、椎名がぬっと顔を出す。

 

「お、笹木がサボっとった時のやつやん」

 

「サボっとった言うな!」

 

 即座にツッコミを入れつつも、咲の眉はひそめられたままだ。

 

「……ほんまかいな……」

 

 イラストをもう一度見下ろす。

 

「これ……どこで描いたん?」

 

 ひまわりは、少し間を置いてから答えた。

 

「寿駅の近くだって」

 

「寿……?」

 

「JRの」

 

 その瞬間、咲の表情が変わる。

 

「……なんか聞き覚えある名前やな……」

 

 視線を上に向け、記憶を探る。

 

 椎名が横から、ちょん、と咲の肩を突いた。

 

「祓室があったとこやん」

 

「……あ」

 

 一瞬、目が見開かれる。

 

「ああ!!」

 

 イラストを持ったまま、椅子から半分立ち上がる。

 

「美兎さんの時の場所やん!」

 

 咲はイラストを見つめたまま、首をかしげた。

 

「でも……あの駅に、こんな場所あったかいな……?」

 

 寿駅周辺の風景を思い浮かべる。

 住宅地と線路、遠くに山。だが、紙に描かれているのは――森の奥に沈んだ廃墟の街だ。

 

 ひまわりは小さく首を振る。

 

「駅の“近く”って言ったでしょ?」

 

「ん?」

 

「別にそこにあるわけじゃないよ」

 

 机の上のイラストを指でとん、と叩く。

 

「その場所があったのが、その辺なんだって」

 

「その辺、って……」

 

「日野駅から特快で寝ぼけて乗り過ごした人がね」

 

 ひまわりは淡々と続ける。

 

「電車に乗ってたら、こんなとこにいたらしいよ」

 

「は?」

 

「どうせ信じてもらえないし、今は偽物くらいたくさん作れるからって、ネットには出さなかったんだって」

 

 咲の眉間にしわが寄る。

 

「寝ぼけて乗り過ごしたら、森の中の滅びた街に着くって? 無茶苦茶やろ……」

 

「だから“近く”」

 

 ひまわりは肩をすくめる。

 

「三つ峠とか、他の富士吉田市の駅かもって話」

 

 咲は頭を掻いた。

 

「はあ……それでうちらに行けと…」

 

「無茶言うなや……」

 

 椅子にどさっと座り直す。

 

「ここからでも5000円くらいかかるで……?」

 

 交通費と時間を思い浮かべて、露骨に困った顔になる。

 

 ひまわりは、にやっと笑った。

 

「あの50万どうしたの?」

 

「……は?」

 

「天下無双の時の報酬」

 

 咲は即座に顔をしかめる。

 

「それ、もう3年前やぞ……」

 

 事務所の天井を指差す。

 

「ここ借りるのに消えてもうたわ」

 

「夢がないなぁ〜」

 

「現実や現実!」

 

 咲は机に突っ伏しながら呻く。

 

 イラストの森は、静かにそこにある。

 

 遠い山の匂いと、かつて祓室があった土地の記憶が、じわりと、事務所の空気に滲みはじめていた。




 山奥の、苔むした石畳の奥にひっそりと建つ古寺。その一角、他の建物からも少し離れた裏手に、重々しい雰囲気を纏った木造の部屋があった。

 その部屋の扉を、黒い和服に身を包んだ青年がじっと見つめている。扉には頑丈な錠前がかけられ、かすかに霊気のようなものが漂っていた。指先には、その鍵が握られている。

 後ろに立つ金髪の――碧星院高校の制服の男が、退屈そうに首をかしげながら口を開いた。

「……どうだ? 何かわかったか?」

 答えはない。沈黙を保ったまま、鍵を見つめ続けている。

「……相変わらず、旦那は何考えてるか分からねえな」

 そう言って青年は、ふうっと息を吐き、頭の後ろで手を組んでしゃがみ込む。片膝を立て、気だるげに背中を見上げる。

やがて、和服の男はゆっくりと口を開いた。

「……白竜の里の人間が作った祓室……だそうだ」

「椎名家の娘が言っていた。三年前に、一度だけ使われたと」

 青年が感心した様子で答える。

「白竜の里なんて遠方の人間が、山梨の山奥にこんなもん作ったのか。……何のために?」

 和服の男は、ようやく振り返る。

「そこに根差す、『凶つ者』を封じるためだ」

 風が吹く。竹林の葉が擦れる音が、遠くから静かに聞こえた。



「異形の身体、刃物で構築されたその骸」

「赤に満ちた恐ろしき顎」

「そいつを恐れた者どもの末路だよ」



 少しだけ笑みが消える。

「……冗談じゃなさそうだな」
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