ガラス扉が開く。
「お邪魔しまーす……」
赤羽が事務所に入ると、目の前の光景に一瞬止まった。
中央のスペースで、森中花咲と本間ひまわりが体感型のスポーツゲームに本気で挑んでいる。
モニターにはカラフルなエフェクト、二人はコントローラーを握って全身を使って動いていた。
「そこっ! はいっ!」
森中が素早くステップを踏み、最後の一打を決める。
画面に「WINNER」の文字。
「よっしゃ!」
森中が軽くガッツポーズをすると、ひまわりは肩で息をしながら、わざとらしく横目で見た。
「あ〜……でも、あんまり勝つと森中さん、いつもみたいにリスカしちゃうからなぁ……」
森中の動きが止まる。
「リスカって言うな!」
くるっと振り返る。
「いつもやってるみたいじゃんか!」
「えっ…だって雑誌にそう書いて…」
「あれはああいうコンセプトの写真なんだわ!」
ひまわりは慌てたふりで両手を振る。
「ああ、ごめんごめん!」
明らかにわざとらしい被せフォロー。
とはいえ、再びゲームが始まると身体は自然に動き出す。
汗をかきながら、森中がちらっと横を見る。
「てかさ……よくスーツで動けるね」
ひまわりはジャケットを着たまま、軽快にジャンプする。
「あんた何者なの?」
「え〜?」
「いや……笹木店長と同級生ってのは分かるんだけどさ」
森中は息を整えながら続ける。
「私も、散々身内呼ばせてもらってるからとやかくは言えないんだけど」
「うんうん」
「何してる人なの?」
ひまわりはくるっとターンしながら、にこっと笑う。
「ワールド社の社員!」
ステップを踏みながら続ける。
「加賀美インダストリアルの子会社で、主な仕事は情報の売買とAI開発!」
「うお……」
森中の動きが一瞬止まる。
「ちゃんとした社会人だ……」
その呟きに、ソファでコーヒーを飲んでいた笹木がぼそっと言う。
「悪かったな……ちゃんとした社会人じゃなくて……」
「いやいや!」
ひまわりは即座に否定する。
「確定申告とか全部咲ちゃん自分でやってるんでしょ?」
「……まぁ」
「その方が大変そう」
さらっと言う。
咲は眉をひそめる。
「褒められてんのかディスられてんのか分からんわ……」
森中は笑いながら再びゲームに集中する。
赤羽はその様子を見ながら、小さくほっと息をついた。
ゲームが一段落し、ひまわりが軽くストレッチをしていると、赤羽がぽつりと呟いた。
「でも、凄く……店長よりも、そっちの人の方が大人な感じします」
一瞬、空気が止まる。
「は?」
笹木が即座に振り向く。
「スーツ着とるからや!」
ぴしゃりとツッコミ。
「いいか、ばねさん! この本間ひまわり言う女はなぁ!」
びしっと指を突きつける。
「意識高い系の陽キャみたいなオーラ出しといて、むっちゃ天然やねん!」
「ちょっ――」
ひまわりが顔をしかめる。
笹木は止まらない。
「理科の授業でこいつ、真顔で先生に向かって、『月と太陽って別物なんですか?』とか聞くんやで!」
「なっ……!」
ひまわりの顔が一瞬で赤くなる。
横で椎名が、うんうんと頷いた。
「なっ……!!」
ひまわりの顔が一瞬で赤くなる。
「ち、違うし! あれは確認っていうか、なんていうか……!」
ソファで見ていた椎名が、くすっと笑う。
「おぉ〜、懐かし」
「なんで!?」
ひまわりが椎名を振り返る。
「なんで授業サボってた二人がそんなことだけ知ってんのさ!」
「情報は回ってくるもんや」
咲が腕を組んで得意げに言う。
ひまわりは一度深呼吸してから、気持ちを切り替えるように椎名の方を見た。
「……でも」
さっきまでの赤面を引きずりつつも、真面目な顔になる。
「仕事で委託先に電話したら、しぃしぃが出るんだもん。びっくりしちゃった」
「は?」
森中が振り向く。
「“はい、都市伝説研究センターです”って普通に出るんだよ?」
ひまわりはしみじみと続ける。
「仕事してるんだ……って」
どこか不思議そうに、椎名を見つめる。
椎名は肩をぐるっと回しながら、あっさりと言う。
「本当は金はあるんやけどな……」
「億万長者だもんね〜」
ひまわりが、しれっと爆弾を落とす。
「……は?」
「……は?」
赤羽と森中の声がぴったり揃った。
二人はゆっくりと椎名の方を向き、凝視する。
椎名は一瞬だけ目を逸らす。
「椎名神社って大阪にあるでしょ〜?」
ひまわりはさらりと続ける。
「あれ、しぃしぃの実家」
沈黙。
森中が数秒フリーズした後、じわじわと理解が追いつく。
「……ああ」
額にうっすら汗を浮かべる。
「「椎名」って、そういう……」
赤羽は目をきらきらさせて、身を乗り出した。
「今度、何か奢ってくださいね!」
「なんでや!」
椎名が即座にツッコむ。
「いいか自分ら!金持ちの子供なんてのはなぁ!」
「金なんか貰えんのや!」
「家業の修行させられたりして、遊ぶ時間なんてないんやで!」
「あ…まあ、それはそうかも」
森中はそこまで聞くと、覚えがあるように頷く。
ひまわりはくすくす笑いながら、満足そうに腕を組み、ぱん、と手を打って満足げに頷いた。
「じゃあ、資金面の心配はしなくて良いね!」
「は?」
椎名が眉をひそめる間もなく、
「よろしくお願いしまーす!」
にこやかに手を振り、そのまま一方的に事務所を後にしてしまった。
「おい! 何がよろしくや!」
「絶対行かんで!山梨なんて!!」
「ほうとうなんて食わへんからな!」
椎名のツッコミは、閉まるガラス扉に吸い込まれていく。
しばらく静まり返ったあと。
笹木が、にやにやと笑いながら椎名の隣にどかっと座った。
「……二人にバレてもうたなぁ」
じり、と身体を寄せる。
「使用人に頼んで、家の応接間に大量のお菓子用意させてたもんなぁ……」
「ちょ、待て」
椎名が顔をしかめる。
その瞬間。
「え……使用人!?」
赤羽ががばっと身を乗り出した。
「使用人ってなんですか!?」
目がきらきらしている。
「せやで」
笹木はわざとらしく声を潜め、しかし周囲にしっかり聞こえる音量で囁く。
「それも一人二人じゃないで……」
「やめろや」
「家だと“唯華様”言われてるもんなぁ……」
椎名の肩がぴくりと動く。
「言うな!」
赤羽はさらに詰め寄る。
「唯華様!? え、え、どういうことですか!?」
「もしかして、あっちからこっちまで家だったりするんですか!?」
森中は少し引き気味に呟いた。
「うわ……」
椎名をまじまじと見る。
「ガチの姫じゃん……」
「姫ちゃうわ!」
椎名の叫びが、事務所に響いた。
窓の外はオレンジ色に染まり、ソファでは赤羽と森中が並んでテレビ画面を見つめている。
画面の中では、ぬるぬる動くカタツムリを操作する、なんとも言えない癒し系ゲーム。
「うわ、遅っ……」
「それが可愛いんだよ〜」
森中が笑いながらコントローラーを渡す。
キャラ作成画面。
【名前を決めてください】
「何にしよっかなぁ……」
赤羽は顎に指を当てて、しばらく真剣に悩む。
「やっぱ知り合いの名前にすると面白いですよねぇ……」
ぼそっと呟く。
「『ゆうひ』にしよっかなぁ……」
その瞬間。
背後で見ていた笹木が、ぞわっと鳥肌を立てた。
「その名前はやめぇや……」
声が低い。
「マジ殺されるで……」
「え?」
赤羽が振り返る。
「別に大丈夫ですよ〜」
「大丈夫ちゃうわ! そのカタツムリ、いつの間にか暗殺者になるで!」
「ならないですよ!」
森中がくすくす笑いながら口を挟む。
「その名前さぁ」
赤羽の肩に顎を乗せる勢いで覗き込み、
「年上のお姉さんとか出てきたら、ホイホイついていきそう」
「えぇ?」
「“あら〜可愛いわね〜”って言われた瞬間、ぬるって」
「ぬるって言わないでください!」
赤羽はむすっと頬を膨らませる。
「じゃあ……」
少し考えて、
「『いえなが』で……」
妥協案。
すると再び、笹木がぶるっと震えた。
「家長もやめえや……!」
「なんでですか!?」
「なんででもや!そもそも、なんで殺し屋の名前ばっかなんや!」
森中は腹を抱えて笑う。
「え〜!? この姿なに〜!?」
急に高めの声色になり、
「返して〜! むぎの身体〜!」
「やめろや!」
笹木が即座にツッコむ。
森中は楽しそうに続ける。
「カタツムリになっちゃったよぉ〜……ぬるぬるぅ〜……」
「そのモノマネ怒られるで!」
事務所に、夕暮れと笑い声が重なる。
画面の中のカタツムリは、今日もゆっくりと前へ進んでいた。