こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

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第三章 第三話:姫の秘密

 ガラス扉が開く。

 

「お邪魔しまーす……」

 

 赤羽が事務所に入ると、目の前の光景に一瞬止まった。

 

 中央のスペースで、森中花咲と本間ひまわりが体感型のスポーツゲームに本気で挑んでいる。

 モニターにはカラフルなエフェクト、二人はコントローラーを握って全身を使って動いていた。

 

「そこっ! はいっ!」

 

 森中が素早くステップを踏み、最後の一打を決める。

 

 画面に「WINNER」の文字。

 

「よっしゃ!」

 

 森中が軽くガッツポーズをすると、ひまわりは肩で息をしながら、わざとらしく横目で見た。

 

「あ〜……でも、あんまり勝つと森中さん、いつもみたいにリスカしちゃうからなぁ……」

 

 森中の動きが止まる。

 

「リスカって言うな!」

 

 くるっと振り返る。

 

「いつもやってるみたいじゃんか!」

 

「えっ…だって雑誌にそう書いて…」

 

「あれはああいうコンセプトの写真なんだわ!」

 

 ひまわりは慌てたふりで両手を振る。

 

「ああ、ごめんごめん!」

 

 明らかにわざとらしい被せフォロー。

 

 とはいえ、再びゲームが始まると身体は自然に動き出す。

 

 汗をかきながら、森中がちらっと横を見る。

 

「てかさ……よくスーツで動けるね」

 

 ひまわりはジャケットを着たまま、軽快にジャンプする。

 

「あんた何者なの?」

 

「え〜?」

 

「いや……笹木店長と同級生ってのは分かるんだけどさ」

 

 森中は息を整えながら続ける。

 

「私も、散々身内呼ばせてもらってるからとやかくは言えないんだけど」

 

「うんうん」

 

「何してる人なの?」

 

 ひまわりはくるっとターンしながら、にこっと笑う。

 

「ワールド社の社員!」

 

 ステップを踏みながら続ける。

 

「加賀美インダストリアルの子会社で、主な仕事は情報の売買とAI開発!」

 

「うお……」

 

 森中の動きが一瞬止まる。

 

「ちゃんとした社会人だ……」

 

 その呟きに、ソファでコーヒーを飲んでいた笹木がぼそっと言う。

 

「悪かったな……ちゃんとした社会人じゃなくて……」

 

「いやいや!」

 

 ひまわりは即座に否定する。

 

「確定申告とか全部咲ちゃん自分でやってるんでしょ?」

 

「……まぁ」

 

「その方が大変そう」

 

 さらっと言う。

 

 咲は眉をひそめる。

 

「褒められてんのかディスられてんのか分からんわ……」

 

 森中は笑いながら再びゲームに集中する。

 

 赤羽はその様子を見ながら、小さくほっと息をついた。

 

 ゲームが一段落し、ひまわりが軽くストレッチをしていると、赤羽がぽつりと呟いた。

 

「でも、凄く……店長よりも、そっちの人の方が大人な感じします」

 

 一瞬、空気が止まる。

 

「は?」

 

 笹木が即座に振り向く。

 

「スーツ着とるからや!」

 

 ぴしゃりとツッコミ。

 

「いいか、ばねさん! この本間ひまわり言う女はなぁ!」

 

 びしっと指を突きつける。

 

「意識高い系の陽キャみたいなオーラ出しといて、むっちゃ天然やねん!」

 

「ちょっ――」

 

 ひまわりが顔をしかめる。

 

 笹木は止まらない。

 

「理科の授業でこいつ、真顔で先生に向かって、『月と太陽って別物なんですか?』とか聞くんやで!」

 

「なっ……!」

 

 ひまわりの顔が一瞬で赤くなる。

 

 横で椎名が、うんうんと頷いた。

 

「なっ……!!」

 

 ひまわりの顔が一瞬で赤くなる。

 

「ち、違うし! あれは確認っていうか、なんていうか……!」

 

 ソファで見ていた椎名が、くすっと笑う。

 

「おぉ〜、懐かし」

 

「なんで!?」

 

 ひまわりが椎名を振り返る。

 

「なんで授業サボってた二人がそんなことだけ知ってんのさ!」

 

「情報は回ってくるもんや」

 

 咲が腕を組んで得意げに言う。

 

 ひまわりは一度深呼吸してから、気持ちを切り替えるように椎名の方を見た。

 

「……でも」

 

 さっきまでの赤面を引きずりつつも、真面目な顔になる。

 

「仕事で委託先に電話したら、しぃしぃが出るんだもん。びっくりしちゃった」

 

「は?」

 

 森中が振り向く。

 

「“はい、都市伝説研究センターです”って普通に出るんだよ?」

 

 ひまわりはしみじみと続ける。

 

「仕事してるんだ……って」

 

 どこか不思議そうに、椎名を見つめる。

 

 椎名は肩をぐるっと回しながら、あっさりと言う。

 

「本当は金はあるんやけどな……」

 

「億万長者だもんね〜」

 

 ひまわりが、しれっと爆弾を落とす。

 

「……は?」

 

「……は?」

 

 赤羽と森中の声がぴったり揃った。

 

 二人はゆっくりと椎名の方を向き、凝視する。

 

 椎名は一瞬だけ目を逸らす。

 

「椎名神社って大阪にあるでしょ〜?」

 

 ひまわりはさらりと続ける。

 

「あれ、しぃしぃの実家」

 

 沈黙。

 

 森中が数秒フリーズした後、じわじわと理解が追いつく。

 

「……ああ」

 

 額にうっすら汗を浮かべる。

 

「「椎名」って、そういう……」

 

 赤羽は目をきらきらさせて、身を乗り出した。

 

「今度、何か奢ってくださいね!」

 

「なんでや!」

 

 椎名が即座にツッコむ。

 

「いいか自分ら!金持ちの子供なんてのはなぁ!」

 

「金なんか貰えんのや!」

 

「家業の修行させられたりして、遊ぶ時間なんてないんやで!」

 

「あ…まあ、それはそうかも」

 

 森中はそこまで聞くと、覚えがあるように頷く。

 

 ひまわりはくすくす笑いながら、満足そうに腕を組み、ぱん、と手を打って満足げに頷いた。

 

「じゃあ、資金面の心配はしなくて良いね!」

 

「は?」

 

 椎名が眉をひそめる間もなく、

 

「よろしくお願いしまーす!」

 

 にこやかに手を振り、そのまま一方的に事務所を後にしてしまった。

 

「おい! 何がよろしくや!」

 

「絶対行かんで!山梨なんて!!」

 

「ほうとうなんて食わへんからな!」

 

 椎名のツッコミは、閉まるガラス扉に吸い込まれていく。

 

 しばらく静まり返ったあと。

 

 笹木が、にやにやと笑いながら椎名の隣にどかっと座った。

 

「……二人にバレてもうたなぁ」

 

 じり、と身体を寄せる。

 

「使用人に頼んで、家の応接間に大量のお菓子用意させてたもんなぁ……」

 

「ちょ、待て」

 

 椎名が顔をしかめる。

 

 その瞬間。

 

「え……使用人!?」

 

 赤羽ががばっと身を乗り出した。

 

「使用人ってなんですか!?」

 

 目がきらきらしている。

 

「せやで」

 

 笹木はわざとらしく声を潜め、しかし周囲にしっかり聞こえる音量で囁く。

 

「それも一人二人じゃないで……」

 

「やめろや」

 

「家だと“唯華様”言われてるもんなぁ……」

 

 椎名の肩がぴくりと動く。

 

「言うな!」

 

 赤羽はさらに詰め寄る。

 

「唯華様!? え、え、どういうことですか!?」

 

「もしかして、あっちからこっちまで家だったりするんですか!?」

 

 森中は少し引き気味に呟いた。

 

「うわ……」

 

 椎名をまじまじと見る。

 

「ガチの姫じゃん……」

 

「姫ちゃうわ!」

 

 椎名の叫びが、事務所に響いた。

 

 

 

 

 

 窓の外はオレンジ色に染まり、ソファでは赤羽と森中が並んでテレビ画面を見つめている。

 

 画面の中では、ぬるぬる動くカタツムリを操作する、なんとも言えない癒し系ゲーム。

 

「うわ、遅っ……」

 

「それが可愛いんだよ〜」

 

 森中が笑いながらコントローラーを渡す。

 

 キャラ作成画面。

 

【名前を決めてください】

 

「何にしよっかなぁ……」

 

 赤羽は顎に指を当てて、しばらく真剣に悩む。

 

「やっぱ知り合いの名前にすると面白いですよねぇ……」

 

 ぼそっと呟く。

 

「『ゆうひ』にしよっかなぁ……」

 

 その瞬間。

 

 背後で見ていた笹木が、ぞわっと鳥肌を立てた。

 

「その名前はやめぇや……」

 

 声が低い。

 

「マジ殺されるで……」

 

「え?」

 

 赤羽が振り返る。

 

「別に大丈夫ですよ〜」

 

「大丈夫ちゃうわ! そのカタツムリ、いつの間にか暗殺者になるで!」

 

「ならないですよ!」

 

 森中がくすくす笑いながら口を挟む。

 

「その名前さぁ」

 

 赤羽の肩に顎を乗せる勢いで覗き込み、

 

「年上のお姉さんとか出てきたら、ホイホイついていきそう」

 

「えぇ?」

 

「“あら〜可愛いわね〜”って言われた瞬間、ぬるって」

 

「ぬるって言わないでください!」

 

 赤羽はむすっと頬を膨らませる。

 

「じゃあ……」

 

 少し考えて、

 

「『いえなが』で……」

 

 妥協案。

 

 すると再び、笹木がぶるっと震えた。

 

「家長もやめえや……!」

 

「なんでですか!?」

 

「なんででもや!そもそも、なんで殺し屋の名前ばっかなんや!」

 

 森中は腹を抱えて笑う。

 

「え〜!? この姿なに〜!?」

 

 急に高めの声色になり、

 

「返して〜! むぎの身体〜!」

 

「やめろや!」

 

 笹木が即座にツッコむ。

 

 森中は楽しそうに続ける。

 

「カタツムリになっちゃったよぉ〜……ぬるぬるぅ〜……」

 

「そのモノマネ怒られるで!」

 

 事務所に、夕暮れと笑い声が重なる。

 

 画面の中のカタツムリは、今日もゆっくりと前へ進んでいた。

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