こちら、都市伝説研究センターです。   作:えいどら

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第四章 幕引

「……お前もやで」

 

 笹木が、ふと赤羽を見る。

 

 夕焼けの光が、その横顔を赤く染めていた。

 

「記憶がどうとか」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「力がどうとか」

 

 そして。

 

「そんなことどうでもええやろ」

 

 まっすぐな声。

 

 赤羽は、一瞬だけ言葉を失う。

 

「……」

 

 その間に。

 

 りりむは、何も言わずに後ろへ下がっていた。

 

 そして――

 

 くるり、と踵を返す。

 

「……っ!」

 

 走り出す。

 

「ちょ、あいつ…!」

 

 赤羽が反射的に追おうとする。

 

 だが。

 

「やめや」

 

 笹木が、腕を掴んで止めた。

 

「……っ」

 

 赤羽が振り返る。

 

 笹木は、疲れた顔でため息をつく。

 

「アンガーマネジメントって、高校でも教えた方がええよな…」

 

 ぼそっと。

 

 本気なのか冗談なのか分からない口調。

 

 そして。

 

「まあ放っておけや」

 

 軽く言う。

 

 赤羽は、不満そうに眉を寄せる。

 

 だが、それ以上は追わなかった。

 

 一方りりむは、街中を走っていた。

 

 夕暮れの街。

 

 人混みを避けるように。

 

 細い路地へ。

 

 さらに奥へ。

 

 息が荒い。

 

 胸の奥が、ぐちゃぐちゃしている。

 

「……っ」

 

 走る。そのまま。

 

 裏路地へ飛び込んだ瞬間――

 

 ぐきっ。

 

「っぁ……!」

 

 足が、もつれる。そのまま、派手に転びかける。

 

 咄嗟に壁へ手をつく。

 

「……いった……」

 

 足首、嫌な痛み。

 

 どうやら、捻った。

 

「……最悪……」

 

 顔をしかめる。

 

 その時。

 

 路地の反対側から、足音。

 

「……?」

 

 りりむが顔を上げる。

 

 そこに立っていたのは――

 

 椎名唯華だった。

 

 黒い装束のまま、コンビニ袋を片手に持っている。

 

「……」

 

 りりむは、即座に目つきを鋭くする。

 

 足の痛みを堪えながら。

 

 じっと、椎名を睨む。

 

 だが。

 

 椎名は、そんな視線を気にした様子もなく。

 

「足、大丈夫か?」

 

 普通に、近づいてきた。

 

 椎名は、しゃがみ込んだままりりむの足元を見る。

 

 腫れ始めた足首。

 

 そして、地面に落ちた小さな血痕。

 

「……」

 

 少しだけ眉をひそめる。

 

「お前…供物、道端で調達しとるんか?」

 

 呆れたような声。

 

 りりむは、ぴくりと肩を動かす。

 

「……うるさい」

 

 そっぽを向く。

 

 だが、否定はしない。

 

 椎名は「はぁ…」と小さくため息をつくと、腰につけていた小さな巾着袋を外した。

 

 中を探る。

 

 そして。

 

 ころり、と。

 

 琥珀色の石がいくつか、掌に転がる。

 

 どれも微かに光を帯びている。

 

「これ、使いや」

 

 そのまま、りりむへ差し出す。

 

「……は?」

 

 りりむが、目を細める。

 

 警戒。

 

 理解できない、という顔。

 

「……」

 

 数秒。

 

 そのまま椎名の顔を見る。

 

 そして。

 

 少しだけ、口元を歪めた。

 

「それで、あんたのこと殺すかもよ?」

 

 挑発。

 

 試すような言い方。

 

 だが。

 

 椎名は、あっさり笑った。

 

「負けへんで」

 

 即答。

 

 軽い。

 

 まるで、“それくらいなら別に”と言うように。

 

「……」

 

 りりむが、言葉を失う。

 

 椎名はそのまま、自然な動作で手を差し出した。

 

「ほら」

 

 優しく。

 

「立ってみいや」

 

「……」

 

 りりむの顔が、じわっと赤くなる。

 

 目を逸らす。

 

「……子供扱いすんな」

 

 ぼそっと。

 

 だが、その声はさっきまでより小さい。

 

 結局。

 

 りりむは、ゆっくりとその手を取った。

 

 細い指。

 

 椎名は、そのままぐっと引き上げる。

 

「っ……」

 

 足を庇いながら。

 

 りりむは、椎名の手を借りて立ち上がった。

 

 夕暮れの街。

 

 ネオンが少しずつ灯り始めた通りの一角で、

 ロールアイス屋の前には小さな列ができていた。

 

 鉄板の上で、店員がアイスをへらで砕く。

 

 カン、カン、カン――

 

 冷たい金属音が、妙に心地いい。

 

 その列に。

 

 椎名唯華と、りりむが並んでいた。

 

「……」

 

 りりむは、無言。

 

 足を庇うように立ちながら、どこか居心地悪そうに周囲を見ている。

 

 椎名はそんな様子を気にした風もなく、メニューを見上げる。

 

「あてぃし、こういうの初めてかもしれん」

 

 楽しそうに呟く。

 

 そして。

 

「今日はあてぃしの奢りやな」

 

 にっと笑う。

 

「なんか食べるか?」

 

 気軽な声。

 

 だが。

 

 りりむは、黙ったまま。

 

 返事をしない。

 

「……」

 

 椎名は少しだけ視線を横に流してから、また前を見る。

 

「まあなぁ」

 

 軽く肩をすくめる。

 

「あんな風にしたけどな」

 

 りりむは、ちらりと見る。

 

 椎名は、鉄板の上で丸められていくアイスを見ながら続けた。

 

「剣持とあてぃしだって、昔は仲悪かったんやで」

 

「……」

 

 りりむの眉が、わずかに動く。

 

「いや…少なくとも!」

 

 椎名が、人差し指を立てる。

 

「それぞれのおかんとおとんは、今もバチバチに仲が悪い!」

 

 妙に力強い。

 

「うちらが目の前で『もちもちの絆』なんて言おうもんなら」

 

 一拍。

 

「下手したら斬り合いが始まる仲や!」

 

「……」

 

 りりむが、じっと椎名を見る。

 

 本気で言ってる顔だった。

 

「……何それ」

 

 少しだけ、呆れた声が漏れる。

 

 椎名は「ほんまやって!」と笑う。

 

 だが、その笑顔を見ながら。

 

 りりむは、ぽつりと聞いた。

 

「私のこと…どこまで知ってるの」

 

 空気が、少し静かになる。

 

 椎名は、数秒考えて。

 

「知らん」

 

 即答した。

 

「……は?」

 

 りりむが拍子抜けした顔をする。

 

 椎名は、けろっとした顔で続ける。

 

「あの時は、剣持がお前に喧嘩売られてたから飛んできただけや」

 

 完全にノリ。

 

「……」

 

 りりむは、なんとも言えない顔になる。

 

 椎名は、そんなこと気にせず。

 

「なんかあったんか」

 

 ふと、真面目な声で聞いた。

 

「……」

 

 りりむは、すぐには答えない。

 

 その横で。

 

 椎名は苦笑しながら続ける。

 

「あいつも年下の女に甘いわ、負けず嫌いだわで大変やけどな」

 

 くすっと笑う。

 

「あれでも丸くなった方なんやで」

 

 夕焼けが、ゆっくり夜へ変わっていく。鉄板の上では、アイスが綺麗に丸められていた。

 

 空はもう、赤から群青へと沈み始めていた。

 

 二人は立ち止まる。店の灯りが、ぼんやりと歩道を照らしている。

 

「……」

 

 りりむは、しばらく黙っていた。

 

 そして。

 

「……今日は」

 

 ぽつり、と。

 

「ありがとう」

 

 小さい声。照れ隠しみたいに目線は逸らしたまま。

 

「……」

 

 椎名は、その顔を見て。

 

「昔、嫌なことがあった時」

 

 ゆっくりと口を開く。

 

「友達がこういう風に連れ出してくれたんや」

 

 その声は、どこか懐かしそうだった。

 

 夕風が吹く。椎名は、りりむの目線に合わせるように少しかがむ。

 

「な」

 

 穏やかな声。

 

「あんま『こうしてくれたから』とか、『前にこうだったから』とか考えるんやないで」

 

 りりむが、少しだけ顔を上げる。椎名は笑った。

 

「逆にそんな風に言われた時はな」

 

 そして少し悪戯っぽく。

 

「『謝らないよ!』って笑ってみせるんやで」

 

「……」

 

 りりむは、きょとんとした顔をする。椎名は、そのまま立ち上がると

 

「ほなな」

 

 軽く手を振り、そのまま夕暮れの街へ歩いていく。

 

 長い影。気の抜けた歩き方。

 

 でも、どこか温かい背中。

 

「……」

 

 りりむは、その後ろ姿をしばらく見ていた。やがて何も言わずに、自分も歩き出す。

 

 帰路。人通りの少ない道。

 

 街灯がぽつぽつと灯り始めている。

 

「……っ」

 

 ふと足が止まる。

 

 誰もいない。誰にも見られていない。

 

 その瞬間。

 

 ぽろ、と――涙が落ちた。

 

「……なんで」

 

 自分でも分からない。

 

 悔しいのか。苦しいのか。安心したのか。

 

 ぐちゃぐちゃだった。

 

 次から次へと、涙が溢れる。

 

「……っ」

 

 りりむは、ぐいっと目元を拭く。

 

 そしてそれを振り払うように。

 

 走り出した。

 

 夕暮れの街から逃げるみたいに。

 

 

 

 

 

 

 空は、ゆっくりと色を失い始めていた。

 

 灰色の雲が、街の上を重たく覆っていく。

 

 昼間まで残っていた夕焼けの赤は、もうほとんど見えない。

 

 風も、少し冷たい。

 

 人気の減った通りを――鈴原るるが、一人で歩いていた。

 

「……んー」

 

 小さく声を漏らす。

 

 そして。指で輪を作る。

 

 片目を閉じ、その輪越しに空を覗き込む。まるで、何かを測るように。

 

「ちょっと雲行きが怪しくなってきたなぁ」

 

 のんびりした声。

 

 だが、その言葉には天気以上の意味が混じっているようだった。

 

 辺りは、静かだ。人通りも、どんどん減っている。

 

 コンビニの灯り。

 遠くを走る車の音。

 時折聞こえる鳥の羽音。

 

 それだけ。

 

 鈴原は、その場で立ち止まった。

 

 ゆっくりと、空を見上げる。

 

 雲の向こう。暗くなっていく空。

 

「……」

 

 しばらく、無言。

 

 そして。ぽつり、と。

 

「もし私が、でび様を倒したら…」

 

 静かな声。独り言のように。

 

 けれど、その目はどこか真剣だった。

 

「最強になれるよね」

 

 にこり、と笑う。

 

 いつもの柔らかな笑顔。

 

 なのに――その瞬間だけ。どこか“邪悪”だった。

 

 無邪気で。純粋で。

 

 だからこそ危うい笑み。

 

 風が吹く。

 

 鈴原の髪が、ふわりと揺れた。

 

 空はさらに暗くなっていく。まるで、何かが近づいてくるように。

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