電光の魔女 ―ハウンド・ザ・コンダクター―   作:P-PEN

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サンダースノー
第一章 残響都市 ――雷の匂い


 

 

 

 港湾区外縁。崩れた倉庫群の間を、無数の界異が徘徊していた。子供の背丈。灰色の肌。無表情な笑みを張り付け、影の刃を引きずるように歩く。三日月童子と呼ばれる呪詛犯罪者向けの“商品”だ。単体では大した脅威ではないとはいえその数、十を超える。

 

 ――次の瞬間、空気が鳴った。空間そのものが引き裂かれるような、乾いた破裂音。童子の群れの中央に、紫電が垂直に落ちた。床が白く焼け、影が裏返る。遅れて、衝撃波。半径数メートルの童子がまとめて吹き飛び、黒霧となって霧散した。

 

 「……っと。まだ残ってる?」

 

 その声は、軽い。戦場に似つかわしくないほど、少女のものだった。紫がかった銀髪が、放電の余光を受けて揺れる。黒を基調とした軽装の重装狩衣。太腿までのコート裾が、イオン風に煽られてなびいている。

 

 ケリー・F・ハウンド。

 

 元・呪詛犯罪者。現在は更生活動中の魔女。

 

 彼女の脇腹――装甲の無い部分から、淡い光が滲む。皮膚表面を走る微細な放電。神経系だけを極限まで加速させた反動で、体温が限界域に達している証拠だった。ケリーは舌打ちする。

 

 「……熱い。やっぱ数が多いとキツイかな」

 

 だが、止まらない。彼女の袖口や足元から、鎖が生えた。いや――違う。衣服の内側から、空間を無視して現れた。

 

 灰色の鎖。《グレイプニル》の無数束線が意思を持つかのように宙を走り、三日童子を貫く。全方位に展開された鎖が空を裂くたび、紫電が走り、童子の影が内側から弾け飛ぶ。

 

 「――はい、解体終了」

 

 ケリーが指を鳴らす。

 

 パァン!

 

 鎖に帯電していた電荷が一斉放出され、残っていた三日童子がまとめて焼き切られた。グレイプニルが素早くケリーの狩衣の内側に戻っていく。

 

 焦げた空気。

 静寂。

 

 彼女は一歩、前に出る。その瞬間、背後の高架下から、二号級界異に近い大型の擬似界異が唸り声を上げた。影が肥大化し、爪を振り上げる。

 

 「……あー、まだいたんだ」

 

 ケリーは肩をすくめた。次の刹那。彼女の瞳が紫に発光する。神経伝達速度が、常人の限界を超える。

 

 空気が押し出され、イオン風が爆発的に噴き上がり、彼女の髪が大きく広がった。放熱と同時に、推進。地面を蹴る音すら残さず、ケリーは跳ぶ。空中でグレイプニルが、音もなく数十本に分裂した。鎖というより――歯だ。一つ一つの節が鋸歯状に変形し、回転のための微細な電磁駆動音を立て始める。

 

 「ショータイム!」

 

 鎖が標的の四肢に絡みつき、同時に回転。生物として曖昧な界異の、肉と骨の境目を探る苦労をする必要はない。グレイプニルは電磁反発と引力を交互に切り替え、対象の体を“固定したまま、削る”抵抗運動が発生するたび、鎖は回転数を上げ、筋肉を繊維ごと解体していく。

 

 「……ふぅん。やっぱり、こういう構造なんだ」

 

 観察するように呟きながら、ケリーは最後に残った箇所の中心へ鎖を収束させる。回転は一瞬、停止し――内側から、爆ぜるように崩壊。巨体が崩れ落ちる前に、すでに彼女は着地していた。床に残ったのは、原形を失った肉塊と、回転を止め、何事もなかったように腕へ戻るグレイプニルだけだった。

 

 「……ふぅ。リミッター付きでも、これくらいなら問題なし、かな」

 

 そう呟き、ケリーは通信機を叩く。

 

 「現場クリア、痕跡の追跡に移るわ――あ、言っとくけど。次はもっとマシなの、用意してよ?」

 

 紫電が、ゆっくりと消えていく。そこに立っていたのは、雷を纏った魔女だった。

 

 

 

 

 

 薄暗いコンクリートの回廊に、不快なモーターの唸りが響いていた。再開発地区の地下。そこは、真新しい光ファイバーケーブルと、時代遅れの錆びた鉄管が複雑に絡み合う、都市の神経節とも呼べる場所だった。

 

 ケリー・F・ハウンドは、そのど真ん中に立っていた。

 

 遠目には、拍子抜けするほど細い。十六歳という年相応の少女の体躯で、肩も腰も華奢で、タクティカル祓魔師としての戦闘に耐えられるようには見えない。だが、その輪郭をなぞるように走る微細な光が、見る者の判断を狂わせる。一件軽装に見える狩衣(ジャケット)は、黒を基調にしながらも布の重なりが少なく、ある程度の動きやすさを確保した作りだった。胸元から腹部にかけて、そして背面には意外なほど厚みのある装甲が仕込まれている。

 

 カラーに隠された、首元のチョーカー型の黒いリミッターが、わずかに青い光を放っている。それは、彼女の途方もない力を抑制し、同時に境界対策課の「監視具」だった。しかし、ケリーにとってそれは、犬がリードに繋がれるような不自由さではなく、むしろ狩り場を与えられ、衣食住を保障される証に過ぎなかった。

 

 「……これ、雑音じゃない」

 

 彼女の呟きは、重低音の換気扇の音にかき消されそうだったが、その声色には確かな苛立ちが滲んでいた。鳶色の瞳が、焼け焦げた配電盤の残骸を縫うように追う。炭化したケーブルの断面からは、まだ微かに焦げたゴムと金属の匂いが立ち昇っていた。

 

 しかし、ケリーが嗅ぎ取っていたのは、物理的な「匂い」だけではない。彼女の特異な魔女としての資質――電気エネルギーを直接操作し、増幅させる超常の力は、周囲の電力の流れを「味」として感知させる。

 

 この現場に残された電気の味は、ひどく不揃いだった。まるで、高熱のナイフで切り裂かれたように、回路が乱暴に断ち切られている。単なる事故や偶発的な破壊ではない。

 

 「誰かが……電気で遊んでる」

 

 その言葉は、まるでかつての自分自身に向けられた自嘲のようだった。かつて、彼女自身がそうだったからだ。 「ダインホール」と「ハイゼンベルクガス」。次世代エネルギー採掘リグを掌握し、施設そのものを兵器と化して、巨大な暗殺計画を単独で遂行しようとした未成年。その記録は、神祇部の内部でも「異常」と刻まれている。

 

 (この手口……私の模倣(モノマネ)かな?)

 

 彼女の記憶の奥底で、青白い稲妻が走った。それは、彼女がかつて自らの呪詛を電力網に乗せ、敵を焼き尽くす際に用いた術式だった。現場に残された焼け焦げた鎖の痕跡は、その術式の不完全で乱雑な模倣に見えた。

 

 「はっ」

 

 ケリーは鼻で笑った。模倣犯。 しかも、随分と稚拙な模倣だ。

 

 (私のやり方を真似るなんて、いい度胸ね)

 

 かつての凶悪な犯罪者は、今は境対の「猟犬」。しかし、その瞳の奥には、新たな「獲物」を見つけたような、冷酷で美しい輝きが宿っていた。 「招待状」を受け取ったケリーの口角が、わずかに吊り上がる。

 

 「……面白いじゃない」

 

 彼女にとって、この事件は「任務」であると同時に、自らの「加虐性」を満たすための、新たなゲームの開始を告げる雷鳴に他ならなかった。ケリーは焼け焦げた配電盤の前に屈み込み、手袋を外した。華奢な指先が、剥き出しになった銅線に触れる。リミッターが警告の低音を鳴らすが、彼女はそれを無視して、残留する魔力(ノイズ)を脳内へ流し込んだ。

 

 「……っ」

 

 瞬間、頭の芯を焼くような不快感が走る。甘ったるい死の匂いと、安物のバッテリーが液漏れしたような、酷く下品な金属味。かつて自分が「芸術」とまで称された術式で描いた美しい回路とは程遠い、ただ破壊を目的とした暴力の残滓。

 

 「……悪趣味ね。本当に」

 

 ケリーが指を離すと、指先から細い火花が散った。その時ケリーの通信機に声が入る。洞居洞冥、彼は無残に解体された界異の残骸をケリーが所持しているボディカメラを通じて一瞥し、溜息をついた。

 

 「相変わらずですねハウンド。もう少し『人道的』な処理はできませんか? 報告書の修辞に困る」

 

 「期待してるわよ、監査官様。死体の中身をミンチにしたなんて、正直に書かないでね」

 

 ケリーは立ち上がり、リミッターを指で弾いた。

 

 「それより見て。これ、私の力の劣化コピーよ。ただのテロリストが扱える代物じゃないわ。私の呪詛解析コードは、厳重に封印されているはずでしょ?」

 

 洞冥の表情が、仕事モードの冷徹なものへと切り替わる。彼は手元の端末を操作し、現場のエネルギー分布図を展開した。

 

 「……認めざるを得ませんね。このエネルギー波形、君が三年前、ダインホール事件で残した『呪詛汚染』のパターンと88%一致している。だが、犯人は君のように魔力を精密に制御できていない。力任せに回路を食い破り、無理やり増幅させている。その結果が――」

 

 「この、不快な停電ってわけね」

 

 ケリーは地下回廊の奥、さらに深くへと続く闇を見据えた。その先には、この地区の全電力を管理する大型変電所がある。もしそこがこの「偽物」に占拠されれば、港湾区全体の電力が、巨大な殺戮兵器へと書き換えられることになる。

 

 その時、ケリーの喉元――リミッターが激しく振動した。    

 ――ジジ、……ジジジッ。

 

 「……!?」

 スピーカーでもないデバイスから、直接脳に響くような、不快な音声が漏れ出す。

 

 『……見つけたぞ、堕ちた魔女。……いや、今は「猟犬」だったか?』

 

 洞冥が応答しようとしたが、彼女はそれを手で制した。ケリーの瞳が、これまでにないほど深く、不吉な紫に燃え上がる。

 

 「誰?」

 

  『私はモルド(導体)。君が捨てた自由な暴力の継承者だ……ケリー・F・ハウンド。君の鎖は、今や飼い主に繋がれるための道具に成り下がった。……哀れだな』

 

 通信はそこで途絶えた。静寂が戻った回廊でケリーは低く、喉を鳴らすように笑い出した。肩が小さく震え、周囲の空気からパチパチと放電の音が鳴り響く。

 

 「……面白い。最高に面白いわ」

 

 彼女はゆっくりと、闇の奥へ向かって歩き出す。洞冥の「待ちなさい、応援を呼びます!」という制止の声を、イオン風の爆風でかき消しながら。

 

 「私の真似をして、私を憐れむ? ……あははっ!良い度胸ね。教えてあげるわ。鎖の本当の使い方は、首に巻くものじゃない」

 

 一歩踏み出すごとに、彼女の足元から《グレイプニル》が這い出し、回廊の壁を削りながらうねる。その姿は、正義の味方でも、更生中の少女でもなかった。  

 

 「――相手の内側から、一番熱い場所を焼き切るためのものよ」

 

 雷の匂いが、地下室を完全に支配した。

 残響都市の闇を切り裂くように、一筋の紫電が奥へと走り去り、再び闇に消えた。

 

 

 

 




[ケリー・F・ハウンド] 
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