電光の魔女 ―ハウンド・ザ・コンダクター―   作:P-PEN

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第二章 過熱する魔女――オーバーヒート

 

 

 

 迷宮の最深部へと続く大回廊。そこはもはや通路ではなく、殺戮のために設計された射撃場だった。 ケリーの電磁視覚が、前方の暗闇から立ち上がる巨大な熱源を捉える。

 

 呪装重兵(ハンマーズ)

 

 全身を鈍色(にびいろ)の超重装甲で覆い、もはや人型を維持することすら放棄したかのような鋼鉄の巨躯。彼らが担ぐのは、拠点破壊用の連装呪式瘴気砲だ。

 

 「……ハウンドより報告。目標、重火器運用班と接触。これ、後で修理代請求するわよ……私の服、高いんだから」

 

 ケリーが言い終わるより早く、回廊全体が緑色の閃光に塗りつぶされた。

 

――ドォォォォォン!!

 

 空気を物理的に押し潰すような爆縮音。瘴気砲から放たれたのは、着弾と同時に周囲の呪力バランスを崩壊させ、空間そのものを腐らせる呪詛式榴弾だ。

 

 「っ……あはっ!!」

 

 ケリーは床を蹴り壁面へと跳んだ。磁力によってブーツを壁に吸着させ、重力を無視して疾走する。彼女が先ほどまでいた場所は、瘴気の爆炎によってドロドロの飴細工のように融解していた。

 

 「演算開始。……プランC、弾幕による面制圧を実行」

 

 ハンマーズの合成音声が響く。彼らは狙いをつけることすらしない。連装ガトリングが火を吹き、一秒間に数千発の呪詛強化弾が、逃げ場を削り取る鉄の網となってケリーを包囲する。

 

 「――あ、つ……い……っ」

 

 回避し続けるケリーの喉から、苦悶の混じった吐息が漏れた。回避運動の連続、そして弾丸を磁力で逸らすための定常的な磁界展開。彼女の細い肉体の中で、魔力回路が限界を超えて発熱していた。神経焼灼(ニューロ・バーン)の典型的な症状である。

 

 銀紫色の髪はもはや白熱灯のように眩く発光し、放熱が追いつかない熱気が、彼女の腋部や太腿の肌を赤く染め上げていく。汗が滴るそばから蒸発し、彼女の周囲に立ち込める霧は、紫電の火花を孕んでいた。

 

 「ハウンドより……報告。……脳が、沸騰してるわ。……リミッター、解除の申請……なんて、しないわよ。勝手に壊すだけ!」

 

 彼女の視界が赤く染まる。神経焼灼(ニューロ・バーン)。過負荷に陥った神経系が、偽の痛覚信号を脳に送り続ける。だが、その激痛こそがケリーの狂気を研ぎ澄ませた。

 

 弾丸が彼女の重装狩衣を掠め、皮膚を焼く。ハンマーズの巨体がさらに距離を詰めてくる。彼らは確信していた。この圧倒的な物量と火力の前に、「個」としての魔女が抗える道理はないと。

 

 「……いいわ。あんたたちの『設計』、ここで壊してあげる」

 

 ケリーは壁から飛び降り、弾丸の嵐のただ中に着地した。 彼女は動かない。両手を左右に広げ、掌を天に向ける。

 

――マグネティック・コラプス(磁場圧壊)

 

 ケリーを中心とした半径十五メートル。その空間内の「極性」が、彼女の意志一つで反転・収束を開始した。

 

 「な……防御フィールドに、異常磁場干渉!?」

 

 ハンマーズの巨体が、自身の重装甲の重みに耐えきれず、ガクリと膝をつく。ケリーが引き寄せたのは、敵だけではない。回廊を埋め尽くしていた無数の呪詛強化弾、射出されたミサイル、さらには壁を覆う装甲プレートまでもが、強大な磁力によって一点へと吸い寄せられていく。

 

 だが、ケリーの身体には傷一つ付かない。 彼女の周囲数センチ。そこには極性同期(ポラリティ・シンクロ)による絶対的な反発界が展開されていた。

 

 「――おじさんたち、教えてあげる……創造の前には破壊があるのよ!」

 

 ケリーが掌を、前方のハンマーズへと突き出す。彼女の頭上に形成されたのは、直径五メートルを超える、無秩序に圧縮された「鉄の処刑球」。数トンに及ぶ金属の残骸が、磁気加速の原理によって、超音速で撃ち出された。

 

――ガァァァァァァン!!

 

 それはもはや戦闘ではない。一方的な粉砕だった。絶対安全を信じたハンマーズの重装甲は、自分たちが放った弾丸の塊によって、紙細工のように押し潰された。鋼鉄と肉が混ざり合い、沈黙する。

 

 轟音が止み、回廊には金属が冷えるパチパチという音だけが残った。ケリーは膝をつき、激しく肩を揺らす。

 

 「……っ、はぁ、はぁ、はあ……。……ハウンドより、報告。……ゴミ清掃、完了。……あ、つい……。ねえ、聞こえてるんでしょ……。氷の一片(ひとかけら)くらい、送ってきなさいよ……」

 

 耳元のデバイスを叩くが、やはり応答はない。ただ、彼女のバイタルデータを読み取った網膜上のインジケーターが、「危険・心拍数過多」を知らせる赤い点滅を繰り返しているだけだ。

 

 ケリーは震える手で、焼き切れた髪の毛先を弄った。 熱に浮かされたその瞳は、回廊のさらに奥――静寂の支配する「白い王座」を見据えている。

 

 「……待ってなさいよ、おじさん。……あんたのその立派な『安全』、中身まで、ドロドロに焼いてあげるから」

 

 彼女はフラつきながらも、壁を支えにして立ち上がった。 孤独な猟犬の足跡が、高熱で焼かれた床に、黒い点となって続いていく。

 

 

 

 次にケリーが踏み込んだのは、幾何学的な冷徹さに支配された回廊だった。 壁面には無数の銃眼が並び、天井からは自律型の呪式レーザーが、獲物を探す無機質な眼のように蠢いている。

 

 「……ハウンド、停止しろ。前方、高エネルギー反応。前方にキルゾーンが配置されている」

 

 久部の警告と同時に、回廊の先から二つの影が静かに現れた。一人は、全身を鏡面装甲で覆い、手にした巨大な円盾で空間を歪ませる男。 もう一人は、影のように薄いローブを纏い、周囲に数百の浮遊する針を従えた女。

 

 ヴァイス直属の防衛官——《鏡盾のイージス》と《針雨のセレーネ》。

 

 「排除対象、確認。……イレギュラー。ここで消去する」

 

 鏡面の男、イージスが盾を構える。その表面には、ケリーの電磁攻撃を「そのまま反射」するための位相変換装甲が施されていた。

 

 「セレーネ、弾幕を。彼女に呼吸(廃熱)の間を与えるな」

 

 女が指を弾くと、数百の針が音もなく加速し、ケリーを全方位から包囲する。

 

 「……っ、うっとうしいわね!」

 

 ケリーはグレイプニルを円形に展開し、電磁誘導による簡易バリアを形成する。単純な金属系の攻撃を防ぐことは簡単な事だった。だが、セレーネの針は物理的な弾丸ではない。熱を奪い、凍結させる呪詛を帯びていた。

 

 ケリーの特徴である発熱を逆手に取った、冷気による機能不全。強制的な冷却が、彼女の神経系に猛烈なノイズを引き起こす。

 

 「あ、が……っ! つ、冷た!?ちょっと、もう少し優しく冷やしてくれないっ」

 

 「ハウンド、心拍数が急落している。神経焼灼の前兆だ。……落ち着け、相手は急速冷却することで、電気信号の伝達を物理的に遮断しようとしている」

 

 通信機越しの久部の声は、どこまでも非情だ。苦悶する彼女を助ける言葉ではなく、ただの「現象の解説」に徹している。

 

 「分かってるわよ……おじ様! だったら、もっと『熱く』なればいいんでしょ!」

 

 ケリーは、凍りつき始めた体にグレイプニルを自身の体に巻き付けた。自らの神経信号を暴走させ、あえて肉体に過負荷(オーバーロード)をかける。 腋部や太腿の露出部から、焦げ付くような熱気が陽炎となって噴き出した。

 

「――《キリングダスト》」

 

 ケリーが両手を広げた瞬間、空気の色がわずかに濁った。 イズモの第六層に沈殿していた微細な金属粒子、そして先ほどの戦闘で砕け散った装甲の破片。それらがケリーの操る磁界によって、濃密な「砂鉄の霧」へと変貌する。霧は、イージスの鏡面装甲のわずかな継ぎ目へ吸い込まれるようにまとわりつき、セレーネが展開していた冷気の防壁を、物理的な質量で内側から侵食していく。

 

 「……何だと!? 視界が、塞が――」

 

 イージスの叫びを遮るように、ケリーが磁界を急激に変動させた。砂鉄の霧は、生き物のようにイージスの装甲内部へ、そしてセレーネの肺や皮膚の微細な傷口から体内へと侵入を完了していた。

 

 「――ねえ、あなたの体の中、ちょっと『錆び付いてる』わね? 私が綺麗にしてあげる。アンチエイジングってやつよ」

 

 ケリーが指先を鋭く握り込む。侵入した砂鉄は、磁気力によって一斉に「針」となって逆立った。砂鉄は体内で暴れ、内臓や肉をズタズタに切り裂いていく。

 

 「あ、が……っ……ぁ……!!」

 

 本当ならば凄絶な断末魔をあげたかったであろう、二人の口から漏れたのは、短い、掠れた吐息のような悲鳴だけだった。声を出すために必要な声帯が既にキリングダストによって破壊され尽くしていたからだ。磁界操作を止めた瞬間、イージスの鏡面装甲の隙間から、そしてセレーネの全身の毛穴から、噴水のように鮮血が噴き出す。

 

 二人の防衛官は絶叫を上げる事すら許されず、中身をズタズタにされたまま音もなく崩れ落ちた。

 

 「排除を確認。……汚いな。ハウンド、磁界の微調整が甘いぞ。次はもっと美的感覚を磨いて仕留めたまえ」

 

 通信機越しに響く久部の声は、死体の山を検品する工場長のようだった。

 

 「おじ様って本当に厳しい……。でも、これで邪魔者は消えたわ。あとは、あの『白い箱』に引きこもってる臆病者を、レンジでチンするだけね」

 

 ケリーは、汗に濡れた銀紫色の髪をかき上げた。 彼女の肌からは陽炎が立ち上り、周囲の血の海が蒸発して、不快な鉄の臭いがさらに濃く漂い始めていた。

 

 

 

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