電光の魔女 ―ハウンド・ザ・コンダクター―   作:P-PEN

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第三章 白磁の静域――ホーリーサークル

 

 

 城塞の心臓部〈鉄律王座〉。 そこは、これまでの地下工業区の喧騒が嘘のように、静謐で、無機質な白に支配されたドーム状の空間だった。 反射率を極限まで高めた白磁色の内壁が侵入者の存在そのものを拒絶するように、無影灯めいた均質光を放っている。音は吸われ、影は消され、距離感すら曖昧になる。そして、ホールの中心にそれは鎮座していた。

 

 呪装甲外骨格、《バスティオン・フレーム》。

 

 人型をベースにしながらも、そこに宿る思想は人間的合理とは異なる。四肢を覆う重厚な白磁セラミック装甲は、耐久性のためではなく「破壊されないという前提」を示すための象徴だった。関節部は一切の隙間を見せず、可動と密閉が両立するという矛盾を、技術と信仰の混合で強引に成立させている。頭部にはスリット一つなく、滑らかな卵型の装甲が、冷徹にケリーを見下ろしている。

 

 「――来たか。境界対策課の猟犬。いや、元・呪詛犯罪者ケリー・F・ハウンド」

 

 滑らかな卵型の頭部から、加工された合成音声が響く。ヴァイス自身は指一本動かしていない。だが、彼の周囲に浮遊する4基の自律結界ビットが、ケリーの侵入と同時に完璧な幾何学的防陣を展開した。球状。多層。攻撃角度、速度、質量、呪的位相――そのすべてを排除前提で処理する、絶対安全圏。それを支えるはグラーフ・ヴァイス。この要塞の主であり、絶対安全圏の設計者。

 

 「……うわ。実物を見ると、本当にお豆腐みたい。ねえ、おじ様。これ、中身本当に人間が入ってるの?」

 

 通信機が応答しないことを確認したケリーは、肩で息をしながらも不敵に笑う。これまでの戦闘による過熱状態(オーバーヒート)状態である事の証だった。排熱が追いつかず、彼女の白い肌は赤らみ、足元の床は滴り落ちる汗が蒸発して、チリチリと乾いた音を立てていた。耳元のデバイスに指を触れるが、先ほどまでのか細いノイズすらも消えている。ここは、あらゆる外部通信を遮断する、文字通りの絶対隔離圏なのだ。

 

 「……あは。とっても静か……おじさん、私達二人きりね」

 

 ケリーは、熱に浮かされた瞳で笑った。彼女の髪は白熱した放熱板のように輝き、ボロボロになった重装狩衣の隙間から、過熱した肌が覗いている。

 

 「君の暴力は統計的に処理済みだ。暴力とは設計の問題に過ぎない」

 

 ヴァイスが指先を微かに動かす。それだけの動作で、彼の周囲に浮遊する4基の自律結界ビットが展開され、多層防御バリア《ホワイト・ドグマ》が起動した。

 

 空間が白く濁る。物理、呪詛、そして電気。あらゆる外部干渉を「無」に帰す、絶望的な拒絶の壁。

 

 ケリーは牽制攻撃として《グレイプニル》を放ち、雷光を帯びた一撃を見舞った。だが、鎖がバリアに触れた瞬間、紫の電撃は吸い込まれるように消え、鎖そのものも強大な斥力によって弾き飛ばされる。だがケリーは驚かない。むしろ口角が上がった。

 

 「無駄だ。君の出力、攻撃パターン、過去の犯罪履歴における電磁誘導の傾向。すべては私のデータベース内で処理済みです」

 

 ヴァイスの腕に直結されたガトリングが火を吹く。一秒間に数百発。計算し尽くされた弾道が、ケリーの回避先を先読みするように網を張る。ケリーは床を蹴り、壁を走り、電磁誘導による加速で弾丸の嵐を紙一重で回避するが、露出した太腿や肩に衝撃波が叩きつけられ、鮮血が舞う。

 

 「……っ、ああ、もう! 処理、処理って、うるさいのよ!」

 

 ケリーはバリアの至近距離まで肉薄し、最大出力の放電を試みる。だが、バリアは彼女の熱を効率的に拡散し、セラミックの装甲は一抹の電気も通さない。

 

 「君の暴力は『想定内』だ。そして、想定内の事象は私を傷つけることはできない」

 

 ヴァイスの声には、優越感すら存在しない。ただ、事実を述べているだけの、無機質な断定。その徹底した人間味の欠如が、ケリーの神経を逆なでした。ケリーは立ち止まり、激しく上下する肩を震わせた。 彼女の銀紫色の髪は、熱で白く濁り始めている。腋部から噴き出すイオン風は、もはや悲鳴のような高音を立てていた。

 

 「……想定内、ね。……じゃあ、あんたのその立派な計算機に、これを入力してみてよ」

 

 ケリーは首のリミッターに指をかけた。もちろん承認のレスポンスが無ければ本来、それは無意味な行為だ――ただケリーは自らの新たな監督役を務める、久部上級神祇官という存在の用心深さを理解していた。幾度かの攻撃によるフレームへのノック(解析)は終わった。切り札をきる場面は此処なのだ。

 

 「――限定解除、認証。コード『MYTH-SLAYER』(神話殺し)

 

 彼女がリミッターの奥底、自身の魂に刻み込んだ禁忌の言葉を吐き出した瞬間、“承認”のレスポンスが届く――あの陰険神祇官は、ケリーが要塞王の領域に立ち入る時、既に承認コードを先読みして入力していたのだ――その事をケリーに一言も言わずに!自らの内から沸き出でる破壊衝動のままに指先に力を込め、リミッターのコアを握りつぶす。

 

「――全部、奪うわ」

 

 瞬間、城塞全域を支える電力が、目に見える青白い奔流となってケリーの肉体に収束した。 彼女の瞳が紫を超え、白銀に輝く。 重装狩衣の背面装甲が熱で弾け飛び、脊椎に沿って刻まれた呪印が、灼熱のマグマのように発光した。

 

 「……ああ、これ。……これよ」

 

 ケリーの足元の床が、磁気反発によって円形に陥没する。 彼女は今、一人の少女であることをやめ、歩く科学発電所へと変貌していた。肉体が焼ける苦痛すら、もはや快楽に溶けていく。ヴァイスの演算システムが、初めて「ERROR」を吐き出した。 目前の少女から放たれるエネルギーの総量が、人間の肉体が保持できる許容量を壮烈に上回っていたからだ。

 

 「馬鹿な……自壊する気か!? その出力は人体の設計上、あり得ません!」

 

 「貴方の定義なんて知らないわよ。……これは、私の(意味)なんだから」

 

 ケリーは右手をヴァイスのバリア《ホワイト・ドグマ》へと向けた。 彼女の電磁視覚が、バリアを形成する磁気回路の周期、周波数、そして「極性」を、一マイクロ秒単位で読み取る。ケリーは自身の放つ莫大な磁界を、ヴァイスのバリアと完全な同位相へと書き換えた。

 

 「消えて!!」

 

キィィィィィィィィン!!

 

 耳を裂くような高周波の絶叫。 絶対に壊れないはずの白いバリアが、ケリーの放つ反発磁界と衝突し、空間そのものを歪ませながら対消滅を開始した。 磁石の同じ極同士を強引に押し当てた時に発生する、狂ったような斥力の嵐。 バリアを支えていた4基の自律ビットが、負荷に耐えきれず赤熱し、爆散した。

 

 「バリアが……消失……!? 計算が、合わない……!」

 

 初めて、ヴァイスの声に動揺が混じる。 その白磁の装甲の目の前に、熱気を帯びた一人の魔女が、死神のような笑みを浮かべて立っていた。

 

 「ねえ、おじさん。……計算、やり直してみる?」

 

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