Unlimitedに転生してしまったんだが! 作:全自動髭剃り
白銀武
酷い目にあった。
「酷い目にあった」
酷すぎるあまりに言葉まで漏れ出た。
シミュレーターの中で人間シェイクにされて、なんとか適性検査とやらを完遂させ、全力でトイレに駆け込み、大惨事をギリギリのところで回避。
ところが、胃の中のものを全て解放して帰ってきた俺は再びシミュレーターに乗せられて、
「ふむ。シナリオ再現というのに、すでに操作自体の知識もあるようだ。アルファコマンド、教練用シナリオ中級の実行を頼む」
『こちらアルファコマンド了解。シナリオのシミュレーションを開始します』
なんて、操作したこともない戦術機の操作をさせられ、BETAとやらとの戦闘を開始させられた挙句。
当たりもしない機関砲らしき何かをばら撒いてたら、
『最後の標的の無力化を確認。状況を終了します』
なんて言葉に安堵したと思ったところで、
「ふむ。一応念のために戦闘訓練シナリオも頼む。機体設定は……吹雪同士にする。聞こえているか、高村。君が手を抜けば、副司令は即刻君を最前線での最も危険な任務に送るそうだ」
なんて話をされた訳で。
それはもう死にも狂いだった。伊隅とタイマンを張らせられることになって、逃げ回って気付いたらボコられるなどを数回。なんとか手を抜いていない証拠に、最後まで逃げ切ったと思ったら、
『また燃料切れか! 貴様、正々堂々と戦え!』
とか、無線から聞こえるブチギレ伊隅の声。
彼女に逆らうことが俺の死に直結するので、仕方なく武装での反撃も開始するが、素人の鉄砲当たるはずもない。
「どうせ撃っても当たらねえんですよ! じゃあこれを使えばいいのか!?」
って叫び返したら、どうやら間違って自爆操作をしたらしく、けたたましく鳴り響く警告音の中、最後の足掻きで捨て身特攻したところで、
「うおおおおおお!!!」
『なっ!? 貴様、なんて無茶な……!?』
仲良く大爆破判定が下されたところで、やっとシミュレーターから下ろしてもらえることになった。
「その、なんだ。時間をとらせてすまなかったな。私もついムキになってしまったんだが、君は本当に衛士としての記憶がないのか?」
「ないですよ。戦術機でしたっけ? 俺、当たり前にボコられてたじゃないですか。初心者狩りですよ」
「初心者……。確かに操作技術はチグハグだったが、君のそれを初心者と呼ぶなら、訓練生のための教本は全て書き直しになるだろうな」
なんて、褒めてるのか貶してるのかよくわからんことを言い出していた。
「君、ここで訓練兵に志願するつもりはないか? 座学にどれほど時間がかかるかはわからないが、君ならすぐに衛士になれるはずだ。君のような戦力を遊ばせておくほど、人類には余裕がないのだ」
「すみませんが、ちょっと遠慮させてもらいたいです。BETAとやらと戦わされた日には、ショック死しそうなんで」
「そうか……。強制はできないが、いずれ徴兵されるのであれば、衛士になることを薦めるがな」
そのあとは香月が用意してくれたという個室に案内されることになった。
適当な洗面台とベッドが置いてあるだけで、独房とそんなに変わらない。鉄格子がなく自由に出入りできるからマシだが。
「では、これからの君の処遇は追って知らせる。少し時間があるだろうし、PXで夕食を取るといい」
なんて言葉を言い放ってさっていく伊隅の背中を確認してから、時計を見ると。
19時をすでに過ぎていて、夕飯にはいい時間となっていた。シミュレーターに乗ってる間は興奮状態で気づかなかったのだが、昼食の中身はすでに下水に流したものだから、いまさらの空腹状態に気づいた。
覚えてる道順を辿ってPXに向かうと、ごった返しってほどじゃないがかなりの人が食堂で飯を食ってる。
空っぽな腹を満たすために、昼の反省も含めて合成サバミソ定食の大盛りを頼み、空いてる席を探していると、
「ヤマトじゃねえか! おーい、こっちだ!」
と、俺を呼ぶ声がした。
†
「オレだよ、オレ! 白銀武……ってそうか、やっぱりお前も俺のこと知らねえよな……」
なんて人の名前を読んでから急に凹みだす謎人物がいた。
自称白銀武、昼前に香月が名前を言っていたが、この人のことだろうか。
「すまないが、さっぱりだ。俺たちは知り合いだったのか?」
「知り合いも何も、ダチだったじゃねえか! オレが純夏のこととかで悩んでたらお前が、……って言ってもわからねえよなぁ」
「ああ、残念ながら」
さらに落胆を続ける白銀。
そんな白銀と先ほどまで食事をしていたと思われる少女たちがこちらを見ていた。
「えーと……」
「その、なんだ……」
「白銀さん、その方はどなたなんですか?」
「……誰?」
察するに、記憶をなくす前の俺の知り合いだった白銀となんらかの関わりのある人たちだろう。なら、自分が何者かすらよくわかっていない俺が自己紹介するよりも、白銀に頼んだ方が良さそうだ。
「白銀氏、君の知り合いが俺のことを知りたがっている。俺のことを紹介したらどうだ?」
「自分でしろよ!? なんでオレがお前の自己紹介の代わりをしないといけねえんだ!」
「それもそうだ。だが、自己紹介とはいえ第三者による評定が可能な場においては、俺自身の説明以上の客観的担保性が……」
「あーもう、わかったよ! ややこしいこと言いだすな! みんな、こいつは高村ヤマトだ、みんなよろしくやってあげてくれ」
「ん? それでは俺の名前しか紹介していないではないか。もっと俺の性格や行動、価値観などについても……」
「知らねえよ! ここじゃ、オレとお前は初対面なんだから!」
なんて喚き散らかしている白銀。
ふむ、どうやらなんらかの理由でたまたま俺の名前を知っていただけで、俺の過去を知っているわけではなさそうだ。
自分が何者かを知るきっかけだっただけに、少し落胆する。
「白銀氏のいう通り、俺は高村ヤマトだ。香月さんから保護対象の民間人としてここにいさせてもらっている。よろしく頼む」
「保護対象……?」
「民間人……、タカムラとな」
「そうなんですね」
「珍しい」
なんて話の流れで一緒に飯を食うことになり、その合間に俺たちは知り合いになった。
それぞれの名前と、207訓練小隊、なんて名前の部隊に所属しているらしいことくらいだったが、おそらく伊隅の後輩にあたる人たちだろう。
自ら志願して衛士になろうとしているのだから、頭が上がらない。おそらく彼女たちは最前線でBETAと戦うことになり、俺はその恩恵に預かって生きていくことになるのだろう。
それも、人類滅亡の数年、または数ヶ月。
「君たちは、すごいな」
そんな言葉が漏れ出てしまった。
……適当に飯を食って、俺のことが印象に残る前に立ち去ればよかったとは思う。人類滅亡を前に敵前逃亡しか考えないような臆病者として彼女たちの記憶に残って、要らぬ叱責を受ける可能性ができるくらいなら。
けど、なぜか、俺は言葉を続けてしまっていた。
「俺にはどうやっても持ち得ない志だ。どんな過去が、意思が、覚悟が君たちを動かしているか気になるよ」
そんな言葉に対して呆れているのか、それとも俺の態度に怒りを覚えているのか。
みなして閉口してしまったので、これ以上俺のせいで空気が悪くなるのも嫌だったので、さっさと立ち去ることにした。
†
「あら、来たわね」
なんて言葉を言う香月。
この基地の副司令であり、今俺が通された副司令室の長でもある。
「何か記憶は戻った?」
「いえ。それに、基地内にいる人間は誰一人見覚えがありませんね」
「あそう。じゃあ、いくつか質問をするわ。ラザフォードは知ってる?」
と、聞いてきた。
知らないわけがない。
「原子への電子線放射によって原子核の存在を示した物理学者ですね」
「次、アインシュタインは?」
「相対性理論の提唱者ですね。光量子仮説の成果でノーベル物理学賞を受賞しています」
「ファインマンは?」
「……量子電磁力学でノーベル物理学賞を受賞した人です。クイズですか?」
「これで最後よ。ムアコック・レヒテは?」
「……、…………。誰ですか?」
色々と海馬を走査してみたが、そんな名前は引っかからない。
おそらく物理学関連の人物なのだろうけど……。
「そう。やっぱりね……」
などと意味深に頷く香月。
そんな姿に若干置いてけぼりにされた気分になる。
一応彼女が何か早合点してしまう前に伝える。
「あの、……そのクイズで何がわかるんですか? たまたま俺が無学で、名前を知らないだけかもしれませんが……」
「いいえ、ありえないわ」
香月は断言した。
「物理的斥力フィールドを発生させる装置を持っている人間が、知っていないはずのない名前だもの」
「斥力フィールド……、『アル』のことですか」
「あら、そんな名前があったの、この装置」
そう言いながら、机の裏からアルファ・エンジンの筐体を持ち上げる香月。
先ほどまで死角になって見えなかったが……。
「『アル』! 無事だったのか!」
「当然でしょ。『未公開の自律走行のための演算処理装置』だってどなたかさんが言っていたもの。そんなものを不可逆的な破壊をするわけないじゃない」
「……」
皮肉たっぷりな香月。
それを言われると痛い。確かに、『自律走行のための演算処理装置』なんてのはその場しのぎの出鱈目もいいところだ。
斥力フィールドなんて単語を出されているからには、目の前の香月夕呼はある程度はアルファ・エンジンの仕組みを知っていることになる。
「正直に言わせてもらうとね、驚いているわ。こんな装置が、理論上はともかく実装されている状態で存在するのがね」
「……、そうですか」
「のこのこと何も知らない鴨がネギを背負って来たどころの話じゃないわ。これさえあれば、あと数ヶ月の……」
「数ヶ月……?」
「……いや、なんでもないわ。話は逸れたけど、こんなものを作っておきながら、ムアコック・レヒテを知らないってことはありえない。それに、この装置に使われているソフトウェア理論なんて、BETAとの戦いがあるような世界では絶対思いつかない。これが何を意味すると思う?」
と、核心への道だけ示して、急に問いを放り投げてくる夕呼。
……俺が記憶を失ったことへの仮説は、それなりに立てている。
突発的、心的理由での記憶喪失。この世界でのBETAとの戦いとやらは、軽く説明を受けて、さらにシミュレーターで体験しただけだが、正直俺には扱いきれないものだ。何らかの原因で前線にでも立たされたら、俺は敵前逃亡するどころか、その場で気絶するだろう。それが理由で記憶を無くしたという説だ。
次に、タイムトラベラーになってしまった説。ある2点を結ぶ虚数速度移動を反復で繰り返せば過去へ行ける。虚数速度の達成については理論すらできていないが、なんらかの理由でそんなことをしてしまったのであれば、……現在の俺の状態に説明はつく。タイムパラドックスが発生したいための揺り戻しで、俺の脳にはある特定領域の情報欠落が発生しているのだ。
「……わかりません」
けど、どちらの説も否定される。
前者の場合、戦術機を知らないことに説明がつかず、後者の場合、白銀武が俺の知り合いということに説明がつかない。
「あんたはね、この世界……今ここに存在する確率時空の人間じゃないわ」
「……? 多世界解釈ですか? そんなのはありえないでしょ」
「なんでそんなことが言えるわけ?」
「だって、世界間の移動なんて、タイムマシーンよりも無理な話じゃないですか。事象の水平面の向こう側、さらに一次元を上げた量子的移動なんて……」
と、一応は物理に詳しい人間として反論したら。
「信じるか信じないかは自由よ」
話を切り上げられた。
……、少しの間頭で何かが起きているのかを整理する時間が欲しかったのだが。
そんな時間は与えてもらえなかった。
「それと。あんたには特務少尉として戦術機技師をやってもらうわ。同時に訓練兵としての座学、シミュレーターでの戦術機の操縦訓練もね」
「特務少尉……? 技師は分かりますが、訓練兵と操縦訓練は……」
困る。特に訓練兵は。
つまりはあの207小隊に参加しろということなのだろう。だが、彼らの行く末はいずれ衛士とやらになって、前線での戦闘兵となるわけだ。
流石にそれを軽く請け合えない。
「俺は前線には……」
「わかってるわよ。あくまで何も知らないあんたに、この基地で最低限軍属としていさせるための措置。座学やシミュレーターで死ぬことはないでしょ?」
「……それはそうですが」
ただ、そんなに簡単に頷ける話じゃない。
「この世界には戦力を余らせる余裕はないんですよね。じゃあ、俺がある程度訓練兵としての教練で、戦力として数えられるようになったら……」
「はぁ……、察しがいいのはいいので扱いにくいわね……。安心しなさい、私の指示を聞いている間は、あんたが自分の意思で申し出ない限り、戦わせるなんとことはしないわ」
「……わかりました、信用します」
というか信用するしかない。
そんなわけで、俺はアルファ・エンジンを返してもらい、与えられた自室に戻ることになった。
†
「とろとろ走るな、白銀訓練兵! 貴様が走り終えなければ、他隊員も連帯責任で貴様が終わるまで走り続けるぞ!」
という怒号を聞きながら、トラックを走り続けている。
朝日の眩しい朝、結局俺は訓練兵となっていた。
座学だけって話だったのに、その約束はどこかへ消えたらしい。