例の街までは再びトラックの荷台に乗って向かうことになった。
すぐに逃げられるようにヘリで送って欲しかったが、聞いたところヘリ用の燃料の節約のため、緊急時以外は基本的にトラックでの移動を行うとのことだった。
アラガミが
「なに、事前のドローン調査でアラガミは見つからなかったんだ。神機を回収してすぐ帰るだけの簡単なおつかいさ」
軍服姿の運転手のおじさんはそう言い、からからと陽気に笑った。
その場では笑って同意してみせたが……あの化け物が出た街だ。正直気楽なおつかいと思うことはできなかった。
もしも、あのニャルラテップが現れたらどうするか。何度シミュレーションしてもそのまま喰われる未来しか想像できない……
だめだ。このままでは恐怖心でもしもの時も体が動かなくなるだろう。シミュレーションは止め、逆に何か楽しいことを想像しよう。
おいしいご飯……おいしいお肉……おいしいスープ……いやちょっと待った! 僕の楽しみは食事以外ないというのか!? い、いままで難民キャンプで生き延びることに必死だった弊害がここにっ!?
浅いぞ! 人として浅すぎるぞ僕!! ちゃんとした趣味くらい見つけよう! こんなひどい時代でも生きがいになるような趣味くらい見つかるはずさっ!?
例えばそう……例えば……うーん、しゃ、写真とか……?
とか下らないことを考えている間に、トラックは目的地にたどり着いたらしい。
ブレーキとともに強くかかる慣性。おっと、と僕は荷台の縁を素早く掴んで耐えた。
「ご到着だ。ビーコンはこの辺で検出されている。悪いが、ここから先は降りて探してくれ」
運転手が窓から腕を出し、二本の指を立てて前方を指した。
よし……僕は気合いをいれるべく一度両手を大きく叩き、威勢良く荷台から飛び降りた。
昼下がりの廃墟の街。人は当然おらず生き物の気配すらない。吹き渡る乾いた風が、カサカサと枯れた雑草の葉を揺らしているだけだった。
大丈夫だ……アラガミはいない。落ち着いて行けばいい。2つの神機を拾って持ち帰るだけだ……
ちなみに、適合した神機以外に触れてしまうと、たとえGEであろうと触れた神機が拒絶し喰い殺されてしまうそうだ。
そのため、僕はイリアの神機を拾うため、神機整備班の使う予備の手袋を左手だけはめている。
この手袋は“神機のコアが出す偏食物質”を練り込んだ繊維で作られているらしく、触れたとしても神機が拒絶反応を示さないらしい……それはいいんだけど、サイズが微妙にあってなくて若干ブカブカなのが心配だ。
アラガミも危険だけど、それに対抗する神機も危険だ。危ないものばかりで逆に落ち着いてきたな……あんまりいい精神状態とはいえないけど。
そんな調子でしばらく周囲を歩いていると――見つけた。
間違いない。僕とイリアの神機だ。
砂埃を被ってしまったのか、太陽光を浴びて細かい輝きを放っている。手袋をはめてない右手で僕の神機を拾い上げた。
さらりと砂がこぼれ落ち、鋭く冴えた刀身がギラリと輝いた。よし、特に損傷とかなさそうだ。
近くに落ちていたイリアの神機も、おそるおそる手袋越しに握る。
……なにも起きない。拒絶反応はない。僕の神機よりもだいぶ軽い彼女の神機も問題なく回収した。
よしよし――あとは支部に帰るだけだ。
安堵し、トラックへ振り返った、瞬間。
ズドオオォォン!!
轟音。爆発音。立ち上る黒煙。燃える赤い炎。
煙の先には――僕が乗ってきたトラックがあった。
燃えるトラック車体には大きな金属製の看板が突き刺さっている。運転席から軍服姿のおじさんが飛び出し、服についた炎を地面に転がって消そうとしていた。
助けなければ――走り出した僕の足は、次の瞬間、硬直した
ドグシャアッ!!
続けて上空から巨大な岩が落下し、おじさんは逃げる暇もなく一瞬で下敷きになってしまった。
赤く燃える炎に照らされ、大きな影が地面に降り立った。
それは、体高2メートル近い体格と、発達した二本の前足を持ち、顔にはまるで仮面のような装甲を備える類人猿のような姿の怪物。
オウガテイルのような小型種ではない。それらより強力な個体――中型アラガミだった。
◆◆◆
『対象アラガミを
な……なんでこの大陸にいないはずのアラガミが、ここにいるんだ……?
思わず
『至急退却をしてください。カイさんの現在の実力では中型種に太刀打ちできません。繰り返します。すぐに退却してください』
強くなるためにはどんなアラガミも倒さねばならない……けれど、オウガテイルすら倒せなかったのに、いきなり中型種を倒せるとはとても思えない。
フギンの言う通り、この場から撤退をしよう。
コンゴウは僕には目もくれず、燃える車体に近づき、その太い両腕でトラックを横転させた。
そして裏返った車体に手を伸ばし、まるで柔らかいパンを手でちぎるように、燃料ごと燃えるエンジンを食らい始めた。
アラガミは高いエネルギーを持つものを優先するからか……おかげでこっちを無視してくれている。逃げられそうだ。
しかし一気に駆け出すと物音に反応されるかもしれない。僕は冷静に、足音を立てないよう、正面を向いたままゆっくりと後ずさりをした。
緊張で汗が一筋こめかみを伝う。揺れて音を出さないよう、両手の神機を強く握りしめた。
奴はまだこちらを振り向かない。順調だ。このまま行けば逃げられそうだ。
そう思った、その時だった。
何か足下で音がしている。
しゅうしゅう、と何かが蒸発しているような……?
目だけ動かして足下を見ると――何か、他の砂とは違う細かな白い粒が周囲に
これはなんだ?
何かに反応している? 化学反応? 何かの化学物質――
瞬間。
足下からいままで受けた事もない突風が突き上がり、僕は抵抗する間もなく3メートル近い高さへ吹き飛ばされた!
突風。竜巻――違う! 大きなつむじ風だ! なぜ足下から? あの化学物質が原因か?
逆さまの状態で落下する僕の目に、一連の謎の答えが現れる。
コンゴウ。突進し両手の拳を合わせ、まるで巨大な鉄槌のごとく僕へ振り下ろそうとしている。
全て奴が仕掛けたものだった。つむじ風を発生させる未知の化学物質を地面に撒いていたのも。僕を無視していたのは油断させるため。身動きのとれない状態で、
ドゴアッッ!!
コンゴウの一撃が右肩と胸をしたたかに殴打し、僕の体は数メートル先の廃ビルの壁面に叩きつけられた。
ゴヒュッ、ご、ごふっ……!
肺の中の空気を全て失い、そのまま地面に倒れた。全身に広がる激痛。衝撃で
両手を地面についたまま、
殺される。殺される。このままでは殺されて食われる。
こんなところで。ある日あっけなく死ぬ。それが戦場。それが現実。
……いやだ。いやだ! 家族とも会えず、こんな所で死ぬなんて絶対に嫌だ!!
目の前に落ちている神機が見えた。僕の神機。アラガミに対抗できる唯一の武器。
頭から垂れた血で視界の半分が赤く染まる。それでも、それでも懸命に腕を伸ばした。
神機を握るんだ……戦わなければならない……生きるには……生き残るには……!
その瞬間。
ゴォアアアっ!!
バギィン!!
肉と骨が押し潰れる激痛と共に、砕かれる
ドクン。
心臓の鼓動が、破裂しそうなほど大きく打った。
腕輪が砕かれる瞬間、無数の針のようなものが右手首に突き刺さる感触があった。
この腕輪には、
今の感覚は……もしかして……偏食物質……過剰、投与されたら……
思考する暇も無く、抵抗すら叶わず。
そこで僕の意識は完全にブラックアウトした。