ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【トリガー】

 ………………闇。

 

 …………暗闇。

 

 ……けれど暖かい。心地よい暖かさ。

 

 パチパチと火が弾ける音がする。まるで暖炉の前にいるような……

 

 …………

 

 死んでいない! 僕はまだ生きている!!

 

 飛び起き、目を開けて周囲を見回した。

 

 そこは、あの廃墟の街の一角、荒れ果てた民家の中のようだ。

 

 割れた窓からは傾きかけたレモン色の陽光が差し込み、薄いカーテンがひらひらと音もなく空虚(くうきょ)に揺れていた。

 

 足下に散乱しているのは……本。本だ。無数の書籍が無造作に床に置かれ、あるいは積み上げられている。

 

 本に混じり、床には無数の機械類の部品が落ちていた。大きな工具箱もあり、その近くのテーブルには、何かの機械を分解、あるいは組み立てている途中といった様子が見て取れた。

 

 机のローソクが照らすその機械。分厚い半円の金属の外装と、緻密(ちみつ)な機械類、(かたわ)らにもう半分の機器があることから、二つを合わせれば一つの輪っか状の機械ができるだろう。

 

 中央に穴が空いている半円の機械……二つ合わせれば、赤い腕輪のように……

 

 ……待った! まさかあれは……ゴッドイーターの腕輪……!?

 

「おや。意外と早いお目覚めだね。おはよう、名も知らないゴッドイーター」

 

 右後方から声。振り返ると、そこには――1人の少女がいた。

 

 白いワンピースに短パンを履いた小柄(こがら)な少女。髪は腰まで届く長さで、まるでトルネードポテトのようにねじれた髪型が印象的だ。

 

 それ以上に目を引いたのが――彼女の肌の色。

 

 赤い。人間の肌ではありえないほど赤い。まるでゼラニウムの花のように真っ赤だ。

 

 一瞬僕の背後の暖炉の火のせいで赤く見えたのかとも思ったが……違う。赤い顔料で塗りたくったかのように赤いのだ。腕や足だけでなく、顔も、髪の色まで深紅に染まっている。

 

 唯一赤くない金色に輝く瞳が、僕を鋭く見据えた。

 

「別に、あの猿に喰わせてもよかったけど……この子が泣くんだ。このボクに泣きついてきたのさ……この子に感謝するんだね」

 

 そう言い、彼女が差し出したのは――間違いない、僕の神機(じんき)だ……!

 

 いや、いやおかしい! 適合したゴッドイーター以外が神機に触れるわけがない! なぜ彼女は平然と神機を持ち運べるんだ? しかも、GE(ゴッドイーター)でもないのに、あの細腕でどうして大きな神機を平気で持ち運べるんだ……?

 

 ――き、君は……

 

「なに?」

 

 少し不機嫌そうに答える少女。けれど僕の神機は大切に扱ってくれて、優しく僕の足下に置いてくれた。

 

 ――あ、ありがとう。

 

「……別に、お礼なんていいよ」

 

 そう言いつつ、少女は不機嫌そうな態度を少しだけ和らげてくれた。いや、そんなことよりもだ!

 

 ――君は、ええっと……名前は?

 

 少女はすこし驚いたように、瞳をわずかに大きく広げる。

 

「ボクへの最初のクエスチョンが名前……とはね」

 

 ――僕はカイ。よくはわからないけど、君が僕を助けてくれたってことはなんとなくわかった。だから、改めてお礼を言いたい……君の名前は?

 

 少女は(あご)に手をやり、眉を寄せてしばらく考えた後、言った。

 

「……それは、まさか“善意”ってヤツかい? 直接お礼を言いたいから、名前を知りたい……と?」

 

 それ以外にこの状況で名前を尋ねる理由はあるだろうか? とりあえず、(うなづ)いた。

 

「キミは……たぶん天然記念物級に珍しいヤツだね。こんな時代に、どうしてこんなに真っ直ぐに育つことができるんだか……」

 

 ……あれ? もしかして僕、バカにされてる……?

 

 そんな僕の危惧(きぐ)とは裏腹に、少女は口元に小さな笑みを浮かべた。

 

「いいよ。名乗ろう――ボクの名は、“トリガー”……とでも言っておこうか」

 

 明らかに人名ではないのだが。偽名……まあ、本名を隠したいならそれでもいいか。

 

 ――そっか。助けてくれてありがとう、トリガー。

 

 僕がそう頭を下げても、トリガーと自称した少女は肩をすくめて鼻を鳴らすだけだった。

 

 なんだろう……見た目は10代前半くらいなのに、めちゃくちゃスレてる感じがするなあこの子……

 

 ――ところで、トリガーはこんな所で暮らしてるの?

 

「こんな所とは失敬(しっけい)な。このあたりじゃまだマシな空き家さ。そこそこ気に入ってる」

 

 空き家……勝手に住み着いているのか……

 

 ――もしかしてここに1人で住んでるの? このあたりはアラガミも出るのに?

 

「…………?」

 

 トリガーは眉を寄せ、僕の発言を(いぶか)しむような態度を取った。

 

「キミ、もしかしてボクを心配してくれてるのかい?」

 

 僕は素直に頷いた。

 

「……ボクがキミ達と同じ人間に見えると?」

 

 再び頷いて見せた。確かに肌や髪は奇抜な色をしているが、だからといって異端扱いはしない。現にこうやって普通にコミュニケーションが取れているのだから。

 

「ふっ……はははは。面白い。人間のわりに面白いヤツじゃないか」

 

 人間のわりに……? まるで自分が人間じゃないみたいに……?

 

 瞬間、僕はハッと思い至った。

 

 まさか……この子は……!?

 

 ……10代前後の少年少女が(かか)ってしまうあの奇病、俗に言う“中二病”を発症しているのでは……!?

 

 思い返せば僕も2、3年前に結構イタイ事周りに言ってたような……うわダメだ! 一つ思い出すと色々出てきそうだ! 意思の力で記憶の奥底から湧き上がる黒歴史をシャットアウトしなければっ!!

 

「唐突に頭を抱えてどうしたのさ? まだ傷が癒えていなかったのか」

 

 僕が力()くで黒歴史の封印を閉じ直している間に、トリガーは僕の背後を横切り、机の上のものを手に取った

 

 それは、机の上にあった機器。半分に割れたゴッドイーターの腕輪だった。

 

「一応直しておいたよ。このあたりには遺品の腕輪がゴロゴロ落ちてる。部品には困らないからね」

 

 な、直した!? コンゴウに壊された僕の腕輪を!? 

 

 そういえば、右腕にいつもの腕輪は嵌まっていない。怪我もいつの間にかすっかり癒えてしまっているようで、久しぶりにGE手術前の自分の右腕を見た感じだ。

 

「で……キミにこの腕輪を付ける前に、確認させてほしい」

 

 トリガーが見下ろす視線が、僕を一層鋭く射すくめる。

 

「これを付ければキミはまたアラガミとの戦いに身を投じることになる……せっかく拾った命だ。このまま姿をくらまし、戦いから身を引いてもいいんじゃないかい?」

 

 …………

 

「ゴッドイーターは偏食物質(へんしょくぶっしつ)を定期的に摂取しなければならない。だからGE(ゴッドイーター)はフェンリルに服従しなければならない……そんな風に聞かされたのかもしれないけれどね。それでも本部に離反するGEも少なくない。つまりだ。フェンリルを裏切っても生きる方法はあるってことさ」

 

 ……それは。

 

「ボクが手を貸してやってもいい。君を追っているあの黒い異形のアラガミから身を隠し続ける方法を教えてもいい……本当に、この腕輪を付けてもいいのか?」

 

 あのニャルラテップから逃れる方法を知っているというのか……それが本当なら、これ以上魅力的な提案はない。

 

 ……けれど。

 

 ――僕1人が逃げて、それで、僕の仲間は……第二支部はどうなる?

 

「知らないね。キミ以外の人間に興味はない。キミは面白いから生かしてやってもいい。それ以外はどうなろうと知ったことじゃない」

 

 ……この子は……!

 

「聞かせて欲しい。このまま終わりのない、未来もない戦いに身を投じるのか、それともこんなくだらない組織や社会から一抜(いちぬ)けするのか……キミの思いを聞かせてほしい」

 

 僕は一つ息を吐き、自分自身の正直な気持ちを彼女に告げた。

 

 ――誰かを犠牲にして自分だけ生き伸びる……二度もこんな重く苦しい気持ちを抱えたまま生き続けるなんてまっぴらだ! 僕は仲間も、第二支部の人達も、自分から切り捨てることはしない!!

 

「自分の命を掛けても? 他人のために犠牲になれると?」

 

 ――犠牲になるつもりなんてないさ。

 

 僕は思わずため息を吐いた。極論だ。GEを続ければ必ず死ぬ。未来は無い。第二支部に居続ければきっと犠牲になる……しかしそれは結局ただの“予測”だ。

 

 死ぬとは限らない。いいや! 死んでたまるものか!! 

 

――誰も犠牲にしない。そして僕自身も犠牲にはならない! 戦い続ける。生き続ける! そして逃げない!! それが僕の答えだ!!

 

「…………」

 

 ありえない。まるでそんな顔でトリガーは僕を見つめ……そして一つ、(うなづ)いた。

 

「興味深いね。なら……その意思がどこまで続くが、見届けさせてもらおう」

 

 そして、トリガーの細い両腕が僕の右手を包み込み――ガキン! と右腕に見慣れた赤い腕輪が強固に()められた。

 

「……それはキミ達の本部がこしらえた“首輪”でもある。キミは自らそれを嵌めた。その意味をキミはいずれ思い知るだろうね」

 

 ――さっきから君は一体何を言っているんだ……君は、何を知っているんだ……?

 

 その時、外から誰かの声が聞こえた。

 

 この声は……アレックス!?

 

 僕が急いで外を出ると、荒々しいバイクのエンジン音が周囲に鳴り響いた!

 

「そこにいたか! カイ!! やっぱり生きてやがったな、この野郎!!」

 

 神機を固定するサイドハンガーを(そな)えた大型バイクを停めて、アレックスは用心深く神機を手に僕の前まで走り寄った。

 

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