「よし。試験は全てクリアだ。右の部屋から出て検査室へ行くように」
――え、また検査を受けるんですか……?
思わず本音が出てしまった。それを聞いたレオナルドさんは、ふ、と口元を小さく緩めてわずかに笑った。
「人から別の存在に細胞ごと変わったんだ。検査もまた慎重にならざるを得ないんだよ……なに、眠っている間に全て終わる。今日はゆっくり休むといい」
そういうものなのだろうか……でも、さっきの注射でけっこう体力を持ってかれたし、休んでいいならそれに越したことはないかも。
僕はレオナルドさんに一礼し、神機を元に台に戻して検査室へ向かった。
「次。シャール・レンブス」
シャール……避難民を乗せたトラックの中で知り合った子だ。
“ゴッドイーターになってアラガミ達を全滅させてやる!”と意気込んでいた。一緒にゴッドイーターになってこの街を守ろうと約束もしている。
緊張した面持ちで部屋に現れた彼に、拳を握ってエールを送って見せた。
彼は一瞬ぎこちない笑みを僕に向け、次に真剣な表情で試験に臨んだ。
頑張って、シャール……!
その後僕は検査を受け続けたのだけど……血液検査だったり、CT検査だったり、ずっとベッドに寝かされたままいろいろな検査を長々と受け続けることになった。
当然途中で睡魔に襲われたけど、検査をしている医師の人に悪いと思って頑張って耐えていた。
僕は耐え続け、そして――そのことを認められて、最後は医師達からスタンディングオベーションを受け、僕は気恥ずかしい思いをしながら万雷の拍手に応えた。
レオナルドさんやシャールも満面の笑みで拍手。その隣に、父さんと母さんの姿も。
……えっ?
父さん、母さん――いままでどこに――ずっと探してたんだ! 父さん! かあ――
――瞬間。
ドゴッ!!
固い床に肩と腰をしたたかに打った。
激痛。固い床の感触……
……ああ、そうか。今のは夢だったのか……いつの間にか、僕は検査の途中で寝てしまっていたのだろう。
そして夢のせいでベッドから床に転げ落ちてしまった……最悪だ。せっかく父さんと母さんに会えたと思ったのに。
ふと、自分の右腕に視線を移す。
巨大な機械仕掛けの赤い腕輪が見て取れた。
……こっちは夢じゃなかった。改めて腕輪を見て実感する。試験に合格した事は夢じゃない。僕は確かにゴッドイーターになれたんだ……!
『おはようございます。ユーザーのカイさん、9時からミーティングの予定が入っています』
女性の声。いったいどこから……?
『おはようございます。お目覚めのようですね。ベッドから落ちたようですがお怪我はございませんか? 重篤な症状が出ていない場合、10秒の間にご返答をお願いします。ご返答がない場合、自動的に医療センターへお繋ぎします』
え、えっ!?
『……9、8、7……』
や、やばい! なにか答えないと何か大事になる気がする!!
――ぶ、無事だよ! 大丈夫!!
『ありがとうございます。大したお怪我はないようで何よりです』
女性の声がそう返答した。周囲に立っている人は誰もいない。声は――木製のテーブルの上から聞こえる。
……これは、もしかして……
僕は痛む肩を手で押さえながら、柔らかいベッドに手をつきゆっくりと立ち上がる。
テーブルの上を見下ろすと――待ち構えたように、声が応えた。
『初めまして、ユーザーのカイさん。ミーティングまで1時間半の時間がございます。その間に身支度を済ませ食事を採ることをおすすめいたします』
声を発していたのは、人ではなく――テーブルの上の携帯端末だった。声に合わせて、画面に映るカラスのアニメーションがくちばしを動かしている。
……もしかして、これがAI、ってやつなんだろうか……? こういう旧世代の電子遺産に触れられるのは一部の特権階級だけだったはず。
ゴッドイーターになると、こんな高額な機器も使えるようになるのか……
『どうしました? 唖然とした表情です。これまでの事が夢だったんじゃないかと考えたのではと推察します』
思わずぎくりとした。え、もしかしてこのAIって、僕の今の状況も全部見てる……?
『キョロキョロと周囲を見回していますね。室内にあるカメラから分析しております』
部屋の片隅にカメラが仕掛けられているのが見えた。あそこから見てるのか……あれ、もしかしてこれ、着替えとかも全部見られたりする……?
『プライバシーの侵害について思案しているご様子です。カメラ映像や音声など、プライバシーに関わる情報の記録は対人法第3条に則り一切行われません。ご安心ください』
僕の考えていることをズバズバ当てていく。な、なんかだんだん怖くなってきた……
――ええっと……まず、君は誰……?
『私はフギン。フェンリル本部より生成され配布されたAIサポーターです』
フギンか。人みたいにスラスラ話しかけてくれるけど、本当に機械のシステムなんだろうか……?
ふと、テーブルの奥のハンガーに掛かった制服が目に入った。
深緑色を基調とし、背中に白いオオカミのような意匠が描かれている。これがゴッドイーター専用の軍服か……
『着用の仕方はわかりますか?』
――いや服くらいちゃんと着られるよ!?
『安心いたしました。不明な点がございましたらいつでもお聞きください』
なんか丁寧すぎてバカにされてる気がするなぁ……
気を取り直して軍服に袖を通した。右腕の大きな腕輪が引っかからないか心配だったけど、右袖にファスナーが付けられていて、問題なく袖を通すことができた。
上下共に着用してみる。サイズはピッタリだ。だけど腕や足にピチピチしてる感じがするのが気になるな。
とか思っていると――
『その制服は着圧効果により筋肉の疲労軽減を図る構造となっております。疑問は解消されましたか?』
だから怖いって! こっちの考えてるのを先読みするの!
『左にある洗面台のソープや歯ブラシ類はすべて支給品です。まず一度身だしなみを整えてから食堂へ向かわれることをおすすめいたします』
……もう、僕がなにかを考える隙すら与えない様子に、絶句するしかなかった。