ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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第三章 薄氷の決意
【オオグルマという男】


 あのニャルラテップが再び現れるまで、残り48日。

 

 時刻は9時半。フリードさんが訓練教官に話を通してくれたようで、僕は訓練を途中で抜け、イリアの部屋の前まで来ていた。

 

 ……このドアをノックすることに、正直少し躊躇(ちゅうちょ)している。

 

 イリアはこちらから話しかけづらい感じの子だ。しかもあの出来事から、ずっとふさぎ込んだままらしい。

 

 どう声を掛けたらいいのやら……部屋で二人そろって沈黙したままというのは、いたたまれない……

 

 オオグルマさんが来るまでここで待つべきか? いや、でもそういうの、リーダーとしてどうなんだろうか……

 

 そう悩んでいた時、ふと母さんの言葉が(よみがえ)ってきた。

 

『カイ。何かを変えたいって思ったなら、まず自分が変わらなきゃいけないんだよ』

 

 変わるって、どうやって?

 

 僕が尋ねると、母さんは少し考え、いつもの豪快(ごうかい)な笑みを浮かべてこう言った。

 

『なら、普段のアンタが絶対やらないことを逆にやってみな。そうすりゃ嫌でも変わっていくよ。アンタも、アンタの周りの世界も』

 

 ……今の僕が絶対にやらないこと。

 

 このドアのノックして、そして彼女が出てきたら、歯の浮くようなセリフと共に(さわ)やかな笑顔とウインクで彼女をはげます……うん、後半のやつはいいや。本当にやったら二度と僕に口()いてくれなくなりそう。

 

 ともかく、今の僕はリーダーを任されている。なし(くず)しに決まったようなものだけど、それでも自らの意思で引き受けたのだ、リーダーとして、自分から変わっていかなければ。

 

 そう決意し、僕がドアをノックしようとした、その時。

 

 ガチャリ!

 

 突然ドアが開き、中から一人の男が顔を出した。

 

 バンダナを巻いたサングラスの男――オオグルマという男で間違いない!

 

 なんてことだ。指定していた時間よりも先にイリアに会っていたのか。まさかこちらの行動を読んでいたのか? だとしたら、この男はイリアに何を――

 

「やあ」

 

 身構(みがま)える僕に対し、オオグルマは(おだ)やかに微笑んだ。

 

「君は……そうか。イリアの同僚の子だね? ひょっとして、彼女をアラガミから守ってくれたというのは君かい? 私からも礼を言おう。素晴らしい勇気だ」

 

 オオグルマは微笑みながら、脂肪のついた分厚い右手を差し出してきた。

 

 僕は……少し迷ったが、一応、礼儀としてこの怪しい男と握手を交わす。

 

「その顔立ち……君、極東(きょくとう)にルーツがあるんじゃあないかね? 私も極東出身なんだ。なんとも奇遇(きぐう)じゃあないか。少し親近感を覚えるよ」

 

 なんだか……この男の笑顔を見ていると、うすら寒さを感じてきた。本心を隠すための笑みではない。何か、肉食獣が獲物を前に舌なめずりをしているような、そんな剣呑(けんのん)な雰囲気を感じ取ったのだ。

 

 ――あの、イリアに心理的な治療をすると聞いてましたが……

 

「ああ。それなら丁度(ちょうど)終わったところだ。予定より大分早く来てしまったがね?」

 

 ふ、とオオグルマはどこか勝ち(ほこ)ったように笑った。この男、もしかしてイリアに何かよからぬことをしたのでは……?

 

「……ふむ、まあ、私はあまり周囲に良く思われないたちだからねえ。いきなりお邪魔されれば誰だって警戒はする。そしてこうしたスレ違いがお互いの心を削り、やがてすり減っていく……心理療法士としてはがゆさを感じるよ。

 PCのようにパスコード一つで心が開けば、人々の無益(むえき)な争いも憎しみも消してしまうだろうにねえ」

 

 どこか遠い目をしながらオオグルマはそう言った。

 

 な、何を言っているんだ、この人は……

 

「誰もが嘘をつく。相手を傷つけぬように発したその言葉は、しかしわずかな“ささくれ”が残っている。幾十(いくじゅう)、幾百の言葉のささくれが、相手を疲弊させ摩耗(まもう)させてしまうこともあるのだ。言語とは、人間が生み出した恐るべき“毒”なのかもしれない……そんな毒に対抗するには、どうしたらいいかね?」

 

 ――いや、あの……

 

 要領を得ないその質問に戸惑(とまど)っていると、オオグルマはそんな僕を見て、再び微笑んだ。

 

「すまない。ちょっとしたイジワルだ。今言ったことは忘れてくれたまえ。では、私はそろそろ退散しよう。イリアのことをよろしく頼む」

 

 オオグルマは軽く会釈(えしゃく)し、その場を後にしようとした。

 

 僕がイリアの様子を確かめようとした時、不意にオオグルマから声をかけられた。

 

「彼女には支えとなる存在が必要だ。君がそうなってくれる事を願う……より深く、なんなら男女の仲となればなおのこと……」

 

 ――な、何を言ってるんですか!?

 

「ああ、またからかってしまった。すまない。下衆(げす)のハラスメントだなこれでは。いかんいかん……」

 

 タバコの煙を吐きながら、オオグルマは今度こそ立ち去って言った。

 

 僕が再び部屋の中を見ると、イリアが軍服を着た状態で椅子に腰掛け、ぼんやりとした様子で僕を見返していた。

 

「えっと、あなたは……リーダー、って呼べばいい?」

 

 まだ少しその響きにこそばゆい感じがあったけど、僕は彼女に(うなづ)いた。

 

「……わたしの事を心配して来てくれたってこと? ごめんなさい。迷惑かけて」

 

 いや、僕が勝手に来たんだから謝罪なんて。

 

 そう言おうとしたその時、彼女のまぶたが赤く()れているのに気が付いた。

 

 これは、恐らく泣きはらしたした後……あの男に泣かされたのか!?

 

 僕がそのことをイリアに問うと、彼女はこともなげにこう答えた。

 

「ああ……うん、泣いてたみたい。先生と話していると、自然に……別に、これはいつものことだから」

 

 心理療法は相手の心の奥に働きかける治療だ。感情が大きく揺さぶられ、時に涙を流すこともあるのかもしれない。

 

 ともあれ、あの男に何かひどい事をされたわけではないようだ。

 

 それはよかったのだけど……

 

「…………」

 

 ジッと、イリアの透き通るようなグリーンの瞳が真っ直ぐに僕へ視線を向け続けてくる。

 

 き、気まずい……何か、なにか話さないと……

 

 ――ええっと、も、もう大丈夫そう? 訓練とか出られる?

 

「うん。でも、ご飯食べてないから、食べてから出るつもり」

 

 ――今日から出られるんだ。それは良かった。

 

「うん」

 

 ………………

 

 …………

 

 ……気まずい! 会話がまったく続かない! そして視線がこちらから全く離れない!

 

 うう、ここはもう撤退するべきなんだろうか? でも流石にもう少しくらい何か話したりしないと薄情すぎるような気もするし……うーん。

 

 ――ええっと、と、とりあえず怪我とかもないんだよね……?

 

「うん」

 

 ――それはよかった。君は強いし、同じチームに戻ってきてくれるのは本当に心強いよ。

 

「……」

 

 ――アレックスもさ、同じチームで戦ってくれるらしい。みんなで頑張っていこう。

 

「……うん」

 

 ――まあ、僕はたぶん二人に比べるとそんなに強くないし……リーダーだけど、せいぜい足引っ張らないようにするよ。

 

 僕がやや自虐的(じぎゃくてき)に笑った、その時だった。

 

「そんなこと、ないっ!!」

 

 急にイリアが立ち上がり、両手で僕の左手を(にぎ)()めた!

 

 小さくて柔らかい感触。温かい女性の手――

 

 それを意識した瞬間、僕は反射的に彼女の手を振り払ってしまった。

 

 ――あ、いや、ごめん……

 

「…………?」

 

 イリアは眉根(まゆね)を寄せ、自分の両手をまじまじと見る。いや、別に君の手がバッチイから払ったわけではないんだけど。

 

 ――と、とにかく、元気になったんなら良かったよ! それじゃあ僕はこれで。何か困ったことがあったらいつでも聞いてくれていいから!

 

「……? わかった」

 

 少し戸惑ったような表情をする彼女へ手を振り、僕はそそくさと部屋を出た。

 

 ……あのオオグルマの発言で意識しすぎてしまったのかもしれない。なんだか、自分自身が(なさ)けなく感じる。ハア……

 

『よろしければ、気になる異性へのアプローチ方法についてお教えいたしましょうか? シチュエーション別に例題を10選におまとめできますが』

 

 ――いらないよそういうのっ!!

 

 フギンのいらなすぎる助言を速攻で断り、僕は気を取り直して訓練場へと足を向けたのだった。

 

 

◆◆◆

 

 

 その後僕は、ホログラムのアラガミとの戦闘シミュレーションや、傷や体力を瞬時に回復させるOC(オラクルキュア)アンプルなど物資の使い方についてレクチャーを受けた。

 

 イリアも昼食後に参加し、他のゴッドイーター達に混じって真面目に訓練を受けていた。

 

 ただ……

 

「…………」

 

 なんだろう、訓練の間、(つね)に彼女の側から視線を感じるのだ。

 

 気のせいだろうか? いや……

 

「…………」

 

 やっぱり気のせいじゃなさそうだ。夕食をとっている間も、その後武道館へ向かう廊下でも、常に僕の後ろを歩いてジッと視線を向けてくる。

 

 何か言いたいことがあるんだろうか? もしくは、僕が何か怒らせることでもしたんだろうか……?

 

「なんだ、やっぱ俺じゃなくカイに用があるのか?」

 

 アレックスだ。廊下(ろうか)の曲がり角で待ち伏せしていたようで、僕の後を追うイリアへ話しかけた。

 

「あの時お前を見捨てて逃げたこと、まだ根にもってんのかと思ったぜ。で、カイに何か言いたいことでもあんのかよ?」

 

「言いたいこと……? あ、うん……」

 

 僕が二人に合流すると、イリアは一瞬目を()せ、すぐに決意したように僕へ口を開く。

 

「あの……今度出撃することがあったら、わたしも、一緒に連れて行って欲しい……!」

 

 両手を(にぎ)り締め、勇気を振り(しぼ)るようにイリアはそう言った。

 

 僕はアレックスと顔を見合わせ、念のため、こう(たず)ねる。

 

 ――あの、もしかしてずっと僕を見てたのは、それを言うため……?

 

「……うん。わたし、ずっと二人のお荷物だったから……普通にお願いしたら断られるかもって……断られないように、どんな風に声を掛けて言えばいいのか、ずっと……」

 

「んな理由でストーキングかましてたのかよ。どんだけ口べたなんだよ……」

 

 アレックスは脱力(だつりょく)するようにガックリ肩を落とす。

 

 僕はしかし、イリアのそんな行動を決して笑わず、彼女の目をしっかり見据(みす)えて(うなづ)いて見せた。

 

 戦うことが嫌で、アラガミに強い恐怖心を抱いていた彼女が、僕達と共に戦うことを決意してくれたのだ。

 

 そんな彼女の勇気に、(こた)えないと。

 

 ――君をお荷物だと思った事なんて一度もない。ぜひ、力を貸して欲しい。

 

 僕がそう言うと、イリアは瞳を閉じ、ゆっくりと深く頭を下げた。

 

「ありがとう……よろしく、お願いします……!」

 

「……よっし! これで第一部隊復活ってとこだな! バリバリ倒して神機強くしていこうぜ!!」

 

 パン、と手の平を拳で叩き、嬉しそうに笑うアレックス。

 

 イリアのことはまだ少し心配だけど、僕達には時間がない。ニャルラテップが戻ってくるまで、少しでも強くならなきゃいけない。

 

 あのオオグルマって人の治療の効果で、どこまで戦えるようになったかはわからない。けれど、一緒に戦い続ければアラガミへの恐怖も克服できるはずだ。

 

 あとは、神機を強化できるアラガミが都合良く現れてくれるかどうかだけど。

 

 そんな事を思っていたが――翌日、さっそく僕達に出撃要請(ようせい)が下された。

 

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