――アレックス!
『アレックスさん!? 大丈夫ですか!?』
僕が駆け寄ると、彼は心配無用とばかりに手を振り、自らの足で立ち上がって見せた。
「“
ふらつきながらも大剣型神機を肩に担ぎ、アレックスは笑ってみせた。
『……先ほどの渦空断、他の神機使い達と比べ、およそ20倍の出力が出ていたと計算されました……なるほど。リスクを承知であのオーバーバーストを戦略に組み込もうというわけですか……正気を疑いますね』
レインさんの声に、アレックスはやや憮然とした表情で反論する。
「こうでもしなきゃあアレには勝てねえのさ。死ぬかもしれねえリスク? だからなんだよ。勝てなきゃどの道死ぬ。手段なんざ選ぶ余裕はないね」
『……
今後ともサポートよろしく、などとアレックスが冗談めいた返答していると――視界の端でわずかに動くものがあった。
地面に転がるアラガミ達のコアだ。まだコアの働きは止まっていないようで、散ったオラクル細胞がコアを中心に再び集まろうとしているのかもしれない。
「やべえ! とっとと回収するぞ!」
僕たちは急いでアラガミのコアを自らの神機に飲み込ませた。
コアの回収作業とは神機にコアを食わせることだ。神機はアラガミの肉を食らい吸収するが、コアだけは消化できない。
オレンジ色に輝く小さな石ころのようなものをくまなく探し、次々に神機へ食わせていく。コアは
「へへへっ、入れ食いだぜ入れ食い! こんだけありゃあ結構強化できるだろ!!」
――そうだね。指令を出した支部長のおかげかも。
僕たちが強くなるため、できる限りのサポートをするといっていた。小型アラガミの群れなんて、まさにうってつけのミッションだったと言える。
しかし、アレックスは僕の発言に何とも微妙そうな顔を浮かべた。まだエル支部長のことを信用していないようだ。
と、あれが最後のコアかな? 確かイリアが倒したザイゴートのコアだったはず。
回収しようと近づいた時、コアの表面に何かがくっついているのを見た。
赤い糸状の、毛糸の切れ端のようなもの。
単なるゴミかとも思ったが……違う。ひとりでに
一体これはなんだ? 近くで観察しようとした、その時。
ヴァフッ!!
ポチが先走り
まあ、過ぎてしまったことは仕方がない。「僕頑張ったでしょ?」と言いたげに手を
「すみません……何度も助けてもらって……」
力のない男性の声。振り返ると、アラガミとの戦闘のさなか、テントへ戻ろうとしていたあの中年男性が立っていた。
「あっ、お前!! 逃がしてやったのに何で戻ってきたんだよ!! マジで迷惑だったからな!!」
「すみません……どうしても、これだけは手放せなかった……」
「金か? 食い物か? テメーの命より大切なもんなんて――」
男性が懐から取り出したものを見て、アレックスの文句が止まる。
それは、手のひらに収まるほどの小さな棒状の記録機器。男性がスイッチを押すと、スリット部分からホログラムが現れる。
そこには――笑顔で映る男性と、彼の妻、そして14、5歳くらいの少年が映る、幸せそうな家族写真……
「これだけなんです……私には、もう、
それは、アラガミ達が彼の故郷に現れる前の写真なのだろう。
つまり――彼の家族はもう――
「…………」
アレックスはそれ以上何も言えない。
悲惨な現実だ――しかし、これは彼に限ったことではない。
アラガミが世界各地に出没し、人類の生存を
重い沈黙を破ったのは、レインさんの声だった。
『イリアさんの姿が見えません! フギン、彼女がどこへ向かったか映像を出して!』
『承知いたしました。監視映像の記録を1秒単位で開示いたします』
『……リーダーが向かったところと真逆の方角へ走り出している……衛星支部から外へ向かっている……? 二人とも、イリアさんの捜索をお願いします! 2時の方角です!』
「ったく、どうなってんだよアイツ……」
アラガミが食い破ったと思しき簡素なフェンスをくぐり、衛星支部の外へ出る。
すると――異様な光景が広がっていた。
「な、何だよ、これ……」
衛星支部の外は、ひび割れて
オウガテイルのものだろう。全長二メートル近い大きさをしたあのアラガミが、手のひらサイズにまで
まさか、彼女がやったのか? 肉片は足跡のように一直線に続いている。まるで……逃げるアラガミを
『いました! イリアさんです! ……しかし、一体なにを……』
レインさんが絶句する。
――イリア。逃げたオウガテイルをわざわざ追ってきたのか……?
彼女は答えない。
切り刻む手も止めず、オウガテイルがみるみる内にバラバラに分解されていく……
――もういい。もうやめるんだ、イリア。
イリアが、動きを止めた。
冷酷な瞳が、ゆっくりとこちらへ振り返る。
僕の方へ――いや違う。僕の後ろにあるオウガテイルの
モゾモゾと動くコアに向かい、肉片が再生に向けて動いていた。彼女はそれに気づいたのだろう。冷たい瞳に殺意の影が宿り、ゆらりと肉片へ向かおうとする。
僕は――彼女の両肩を
――イリアっ!! もういいんだ!!
すると。
「……あ、あ……」
その瞬間、彼女は正気を取り戻したように瞳を大きく開き、動きを止めた。
アラガミへの恐怖心が再び彼女を襲ったのか――両足を震わせ、
「えーと……と、とりあえず、アラガミ共のコアは回収しとくぜ? お、俺たちのために戦ってくれた……んだよな……?」
アレックスが上ずった声でそう言った。けれどイリアは応えず、アラガミの体液がこびりついた神機を見つめ、震えるだけだ。
『あなた達を回収するため、ヘリがそちらへ向かっています。速やかに帰還してください……後のことは、リーダー、お任せしてよろしいでしょうか……?』
レインさんにそう言われたが、正直、彼女に対しどう接してやるべきなのだろうか。
戦闘には勝利した。廃墟同然の建物は壊したものの、住人への被害はゼロ。戦果としては
けれど――帰還の途に就くヘリの中は沈黙に包まれ、イリアはまた恐怖に身を震わせ縮こまってしまっている。何度か声をかけてみたものの、彼女は聞こえていないかのように沈黙を返すだけだった。
……とにかく、このことを支部長やフリードさんに話さなければ。
おそらく、あのオオグルマという心理療法士の
「……一応さ、俺たちの神機を強化できるコアは大量に手に入った。コイツも、一応部屋から出てこれた……確実に前進はしてるぜ。ポジティブに行こう、リーダー」
……そうだ。僕は第一部隊のリーダーを
◆◆◆
「支部長から返答があった。どうやらあのオオグルマって奴は、すでにこの大陸から離れたらしい……極東に向かったとのことだ」
第二支部への帰還後、フリードさんに起こったことをありのまま報告した。すると返信に“夕食時にブリーフィングをしよう”と提案があった。
ほかの
「お前らが戦っている映像も確認した……確かに
……イリアは強い。小型のアラガミ達では
だが……逃げ出したアラガミまで追って倒し、あげくバラバラに切り刻むようなやり口、
オウガテイルを刻む彼女を呼び止めたあの時、振り返った彼女の目に宿っていた尋常ならざる殺意……まるで別人だった。口下手で感情を表に出さない彼女と同一人物とは思えない、まさに
「イリアがああなったのは、オオグルマの治療の後だ。カイ、お前の言う通り、原因はヤツで間違いないだろう……ところで、イリアはまた部屋に閉じこもってるのか?」
――その後の訓練には顔を出しませんでしたが……メールは来ました。次も出撃する、と……
「危ないな……しかし、閉じ込めたままってのも問題だ。お前たちにはそんな余裕もないからな……さてどうするか……」
フリードさんはぼりぼりとアゴの下をかきながらそう言った。
――僕は、当分彼女の出撃は認めるべきじゃないと思います。自分から出撃しようという姿勢は良いと思う。アレックスの言うように、閉じこもったままの頃に比べれば前進している、とも思う……でも、このままじゃまずい。イリアのためにならない……そう思うんです。
「たしかにな……」
フリードさんはしばらく口を閉ざし、腕を組んで黙考する。
だが、次の言葉は予想外のものだった。
「……そうだな。カイ、お前の言うことももっともだが――イリアは出撃させる。お前たちには、あいつの力が必要だ」
そんな! と反論しかけたが――あの時の戦いで、イリアがいなければかなりの苦戦を強いられていただろう。僕たちの誰も大怪我を負わずに済んだのは、イリアがあのザイゴートを先に
ニャルラテップが戻るまで残り47日。奴と戦って勝つには一人でも多くの協力者が必要だ。イリアのような実力者ならなおさらだろう。
けれど……本当にそれでいいのか? 小型とはいえ、一人で多くのアラガミへ単騎で突っ込んでいく彼女には、危うさしか感じないのだ。
「支部長から連絡があった。アメリカ支部から別の心理療法士の派遣を手配したそうだ。2~3日でこっちに来るんだとさ。その間は
うまくいけば、出撃せずにイリアを支部長が手配した信頼できる心理療法士に見てもらえる。そういうことだろう。
この状況では、そうなってくれることを願うしかない。僕は、しぶしぶながらフリードさんの提案を飲むしかなかった。
――わかりました。イリア本人も出撃を望んでますから……いったんは、様子を見るということで……
「ああ……」
なんだか歯切れの悪い返答をするフリードさん。
やがて、何かをあきらめたかのように、大きなため息を吐いた。
「そうだな。いや、やっぱりお前の耳にも入れておいたほうがいいな。くだらない、
次にフリードさんが語った話に、僕は驚愕した。
「人をな……過去に二人、殺しているそうだ。イリアと同じロースクールに通っていたGEが話していたそうだが……」
――ありえない。
僕は、ほとんど反射的にそう反論していた。
アラガミに対する殺意は異常なほどだった。けれど、あの時彼女は、その殺意を僕達に向けることは一度もなかった。
なによりも――隊長が襲われたあの日、自分はお荷物だったと思い、そんな自分と
そんな僕の思いに共感するように、フリードさんも腕を組みながらうなづいた。
「ああ。そうだな。俺もそう思う、が……こんな時代だ。誰も彼もに、悲惨な過去ってのは一つ二つはあるもんだ……カイ。ただの噂話とは思うが……あの子には注意してくれ。全部が全部、あのオオグルマって奴の
――僕は、イリアを信じます。
「……それでいい。部下を簡単に切り捨てるような奴にだけはなるな。お前は、お前だけは最後まで信じてやれ……それも、リーダーには必要な力だ」
“もしかしたら”という疑念も振り切り、あえて信じる。自分自身が危機に
……信じるさ。あの子は、人とのコミュニケーションが苦手で、少しでも役に立ちたいとするひたむきさがあって、僕の
リーダーとして――いや、違う。
仲間として、僕は、イリアを信じ抜く。
「お前に話すのはまずいかと思ったが……俺の
フリードさんはニッ、と笑い、空になった食器とトレーを手に持ち席を立った。
――フリードさん……
「大丈夫だ。シャンとしろ。不安かもしれないが、お前のことは俺がちゃーんと見てる。間違っていたらしっかり指摘する。何も言わねえってことは、ちゃんとしてるってことさ。やらかしたらケツは持ってやる。だからピシっとしてな。リーダーらしくな」
――ありがとうございます。
本心からそう思った。胸の内に沈み込む重い不安の片方を肩代わりしてくれたような、そんな頼もしさをフリードさんに感じたのだ。
フリードさんは、“大したことじゃない”と言わんばかりに、後ろを向いたまま軽く手を振って見せた。
ああゆう余裕、さりげない感じでしっかりフォローしてみせるような優しさ、対応力。そういうのもリーダーには必要なのかもしれないな。
……ふと、自分がリーダーという立場を受け入れ、らしい振る舞いを
人の上に立ちたい、誰かを先導したり指揮したりするような立場になりたい。そんなことを思った事は一度もない。
ならばこれは――純粋にイリアやアレックスを助けたい、彼らと、仲間である彼らと47日後も生き抜きたい、とする心なのだろう。
僕はひとりじゃない。
仲間がいる。ともに戦う仲間がいる。それを――そのことを信じ抜くんだ。
しかし、次の日に発令された作戦で、僕のそんな決意は大きく揺らぐこととなった。