炎の上を歩くそのアラガミのシルエットは――半人半馬、ケンタウルスのようであった。
だが人の
頭部に顔はなく――フルフェイスヘルメットでも
ヴォルルルル……
エンジン音のような、馬のいななきのような声を上げる馬のバケモノ。頭を下げ、こちらに狙いを
……確かに新種のようだ。アラガミにはあまり詳しくないが、人と馬と機械を融合させた異形のアラガミなんて噂すら聞いたことがない。
そしてこのアラガミも、先ほどのミートボールマンと同じくエネルギーである炎に目もくれず、こちらを一方的に敵視している……間違いなくあのウェンディゴに寄生されているのだろう。
どんな攻撃をしてくるのかはわからないが、やるしかない。
――何か仕掛けてくる! みんな、構えるんだ!!
「ああ! こいつを倒せばもっと神機も強化できる!! 俺たち3人の獲物だ!!」
3人……?
僕は盾を展開したまま背後を見る。
先ほどまで後ろにブラッドとロブがいたはずだが、彼らはすでに逃走し行方をくらませた後だった。
……自分たちだけで逃げたのか。僕達3人に押し付けて……!
「ハナから連中なんぞ当てにしてねえよ!! イリア、お前はどうだ!?」
アレックスに問われ、イリアは恐怖に目を見開き数歩あとずさる。
「わ、わたしは……わたし、は……」
――イリア、一度下がるんだ。僕達だけで相手をする。
「でも……!!」
「落ち着けよ。そんなガチガチの状態で戦えるかよ。いったん下がって深呼吸でもしてこい……落ち着いたら
「…………」
いずれ落ち着いて冷静な戦いができるようになる。それまでは前線に立たせるわけにはいかない。
あらためて馬のアラガミに向き直る、と――
「なんだ、何か出してきやがった……?」
馬のアラガミは、プロペラエンジン部分から大量の煙のようなものを音もなく吐き出していた。
これは――まさか毒ガスか……?
煙が届かない場所まで下がろうとした、が、その時僕の足が止まる。
妙だ。白色の煙はすぐに
プロペラ部分で気流を整え、ネバつくような濃密な煙を
一体、何をするつもりなんだ……?
僕は油断せず引き続き盾を構え続ける。
その瞬間。
たった一瞬のうちに、僕とアレックスはとてつもない衝撃に
全身を貫く激痛。肺の空気が一瞬ですべて押し出され、激烈な衝撃が波のように全身を駆け抜ける。
BOOOOM!!
何かが爆発するような音を聞きながら、僕の体は排水路の地面へ
……かろうじて腕で頭部を守ることはできたが……衝撃がまだ体に残っている。指一本すら満足に動かせない……!
前方のアレックスを見る。意識はあるようだが、後頭部を思いっきり打ってしまったようだ、頭から血を流しながら横たわっている。
何が起きた? 奴の攻撃だったのか? 全く何も見えなかった……
目だけで奴の姿を探す。先ほど立っていた場所にもはや姿はなかった。
通路の反対側を見ると、黒紫色の体がかろうじて見えた。
移動した? 体当たりをされた……?
姿を隠して攻撃した? 違う。見えないほどの速度で体当たりを?
攻撃から遅れて届いた謎の破裂音……
まさか……音の壁を越えた音、だったのか? 音速を超えた体当たり、ソニックブームで吹き飛ばされたというのか!?
ありえない。アラガミであろうとも、あんな形状の体では空気抵抗で体は
だから音速で飛んでいたかつての戦闘機は、空気抵抗を減らせる形状をして――まてよ、そのための煙だったのか?
奴の全身を
音速で突っ込んでくるアラガミ。近接武器しかない僕達でどう戦えばいいんだ……?
はた、とそこで僕は気づいた。
奴がいる方角……あそこは、イリアが退避していた場所……!?
その時だった。
「はは、ははははは」
笑い声がした。
「はははははははは」
その声は。
まぎれもなく――イリアの声だった。
僕は
そこには、狂気を思わせる光景が広がっていた。
「ははははははははははははっ!!」
イリアが笑っていた。つぶれてひしゃげた血まみれの左腕をブラブラと揺らしながら、大口を開けてゲラゲラと笑っている。
いや……違う。目は全く笑っていない。
それどころか激しい
笑い続ける彼女のただならぬ様子を
イリアは、笑いながらも腰のメディカルポーチから一本の細い注射針を取り出した。傷や体力を瞬時に回復させる
彼女がアンプルを首に打ち込むと、ひしゃげた左腕がビキビキと音を立て急速に
無茶だ。しかもあんな精神状態で、まともに戦えるとは思えない!
僕は痛む体を押して辛うじて立ち上がる。
が、前方で繰り広げられる光景はまたしても僕の
「ガアアアアっ!!」
獣のごとき
ヴォウルル!
唸り声を上げながら防戦する馬のアラガミ。ショックアブソーバーが付いた馬の
返す刀で足の関節部分へ的確に刃を突き立てる!
ヴォオォ……!
たまらず姿勢を崩すアラガミへ、イリアは
そうか……
先ほどの煙を出そうにもイリアが近くにいればうまく
体はだんだん回復しつつある。僕はゆっくりとだが、
しかし。
「グウッ!!」
イリアの攻勢が止められる。馬のアラガミが前足・後ろ足で跳ねるように暴れだしたのだ。
中型とはいえ、相手の体高は3メーター以上の大きさだ。巨体を生かしてランダムに暴れられれば、
ヴォルルルルルオオ!!
背中のエンジンのピストンを激しく動かし、馬のアラガミは強引に背後へ向き、そのまま凄まじい速度で
「ガアアアアアアっ!!」
――待つんだ! イリアっ!!
僕の忠告は彼女の耳に入らず、排水路の奥の闇へと吸い込まれて消えた。
――くっ!
あのアラガミの速度。
距離を開けられれば、あの音速の体当たりの
足を動かしながらも、僕は状況を整理し思考を巡らせる。
奴が現れた場所の立ち位置。そして攻撃が終わった後の位置……あのアラガミは、排水路をまっすぐ突っ込んだわけではない。
やや斜めに走った。正確には、僕とアレックス、イリアまで巻き込んで攻撃できるよう、角度をつけて
……なぜ壁に激突しなかった? 目視したわけではない。あんな濃い煙を
聴覚ではない。音速を超えた動きをする奴が音波を使うわけがない。嗅覚も違う。あんな速度で疾走しまともに
であれば視覚……いや、必ずしも目のような感覚器とは限らない。音を超えた速度で動く可視光、あるいは電磁波をとらえられればいいんだ。
煙を
戦闘機が
どれだけ高性能なレーダーでも、壁の位置ギリギリで停止しつつ敵を倒すほど、
こんな排水路で電磁波を反射できるものなんて……
その時、僕の神機がひとりでに動く。
バウっ!!
ポチだ。
吠えた方角へ目を向ける。すると――遠くの炎の明かりを反射する、
それは――カニだった。
その体色からピンときた。これは、あの馬のアラガミの一部なのだと。
自ら移動し、敵対存在との位置や距離を正確に伝えるレーダーの反射板……僕はためらうことなく、神機の刃をその黒紫のカニへと突き立てた!
カニは
もしも、この状況で無理に体当たりをしたならば――
ドゴオオオッッ!!
排水路全体を揺るがすような轟音と衝撃!
砕かれて舞うコンクリートの砂煙。腕で防ぎながら
あのカニがいなくなったことで壁との距離が測れなくなったのだ。排水路の壁に正面から突っ込み、崩れた土砂に埋もれて動けなくなっている。
……チャンスだ。この
僕は神機を構え、ポチに呼びかける。
食え。これはもうお前の獲物だ。
グルアッッ!!
神機から現れた巨大な
「オオオアアァアアアッ!!」
イリアであった。
あの音速体当たりに巻き込まれたのか、頭から血を流し負傷した状態で
ヴォルアアッ!
馬のアラガミの絶叫。イリアの神機がアラガミの腰部分を齧り取り、灰色の体液がおびただしく噴出した!
「アアアッ! ガアアアアアっ!!」
——イリア……もう、やめろ……
ヴォアアッ!!
アラガミが
しかし。彼女の刃はすでに、致命的といえる場所にまで食い進んでいた。
馬の胴の肉をえぐり、人の胴の
その瞬間、アラガミは糸の切れた操り人形のごとく倒れ、完全に沈黙する。
「…………」
しかし、それでも殺戮は止まらなかった。
イリアは無言で動かなくなったアラガミを分解し始めた。
それはコアを探し出すためなんかじゃない。ただただ、相手を殺し
……だめだ。もう、それ以上はいけない……!
——イリア! 止めるんだ!!
僕は無理やり彼女の両腕を
その瞬間。
「フッ!!」
鋭い
僕へ向かって振り下ろされる神機——
ガウッ!!
寸前。
ポチがイリアの神機の刃に食らいつき、僕の首の10センチ手前でイリアの攻撃は止まった。
「オイ……今、カイを殺そうとしたのか……? お前、マジで殺す気だったのか……!?」
アレックスの声。しかし彼女には届いていない。ポチが食らいついた刃を、
——やめるんだ、イリア……!!
「グウッ! ガアアアッ!」
——もうやめろっ!!
僕は、力いっぱい彼女の体を突き飛ばした!
神機から手を放し、地面へ倒れこむイリア。同時にポチが刃を放し、彼女の短剣型神機が大きな音を立てて地面に落ちた。
「う……あ、あ、わたし……どうして、こんな……」
――イリア! 正気に戻ったのか!?
「わたし……リーダーを攻撃、した……?」
――いいんだ。君が自分を取り戻したならそれでいい。
今はそれしか言えない。彼女の異常な怒りの感情。
ともかく、アラガミは倒した。あとはコアを回収し、
そう思っていたが――さらなるトラブルが待ち受けていた。