ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【アラガミの名はティンダロス】

 炎の上を歩くそのアラガミのシルエットは――半人半馬、ケンタウルスのようであった。

 

 だが人の(どう)部分に両腕はなく、黒紫(こくし)の体色に6本もの馬の脚を生やし、人と馬の境目(さかいめ)部分には複葉機(ふくようき)のエンジンとプロペラのようなものが生えている。

 

 頭部に顔はなく――フルフェイスヘルメットでも(かぶ)っているような、金属質の光沢を放つ無貌(むぼう)。首回りからは鹿の角のようなものが無数に生え、まるで襟巻(えりま)きのように首回りを保護していた。

 

 ヴォルルルル……

 

 エンジン音のような、馬のいななきのような声を上げる馬のバケモノ。頭を下げ、こちらに狙いを(さだ)めるように右前足で地面を2、3度蹴ってみせた。

 

 ……確かに新種のようだ。アラガミにはあまり詳しくないが、人と馬と機械を融合させた異形のアラガミなんて噂すら聞いたことがない。

 

 そしてこのアラガミも、先ほどのミートボールマンと同じくエネルギーである炎に目もくれず、こちらを一方的に敵視している……間違いなくあのウェンディゴに寄生されているのだろう。

 

 どんな攻撃をしてくるのかはわからないが、やるしかない。

 

 ――何か仕掛けてくる! みんな、構えるんだ!!

 

「ああ! こいつを倒せばもっと神機も強化できる!! 俺たち3人の獲物だ!!」

 

 3人……?

 

 僕は盾を展開したまま背後を見る。

 

 先ほどまで後ろにブラッドとロブがいたはずだが、彼らはすでに逃走し行方をくらませた後だった。

 

 ……自分たちだけで逃げたのか。僕達3人に押し付けて……!

 

「ハナから連中なんぞ当てにしてねえよ!! イリア、お前はどうだ!?」

 

 アレックスに問われ、イリアは恐怖に目を見開き数歩あとずさる。

 

「わ、わたしは……わたし、は……」

 

 ――イリア、一度下がるんだ。僕達だけで相手をする。

 

「でも……!!」

 

「落ち着けよ。そんなガチガチの状態で戦えるかよ。いったん下がって深呼吸でもしてこい……落ち着いたら加勢(かせい)してくれ」

 

「…………」

 

 落胆(らくたん)するように肩を落とし、後ずさりながらその場から離れるイリア。これでいい。以前の小型アラガミとの闘いのように実力を発揮してくれればありがたいが、あんな無茶で向こう見ずな戦い方を続けて行けばいずれ命を落とす。

 

 いずれ落ち着いて冷静な戦いができるようになる。それまでは前線に立たせるわけにはいかない。

 

 あらためて馬のアラガミに向き直る、と――

 

「なんだ、何か出してきやがった……?」

 

 馬のアラガミは、プロペラエンジン部分から大量の煙のようなものを音もなく吐き出していた。

 

 これは――まさか毒ガスか……?

 

 煙が届かない場所まで下がろうとした、が、その時僕の足が止まる。

 

 妙だ。白色の煙はすぐに拡散(かくさん)せず、まるであのアラガミの体を包み込むように漂っている。

 

 プロペラ部分で気流を整え、ネバつくような濃密な煙を幾重(いくえ)にも体に(まと)わせていく。

 

 一体、何をするつもりなんだ……?

 

 僕は油断せず引き続き盾を構え続ける。

 

 その瞬間。

 

 たった一瞬のうちに、僕とアレックスはとてつもない衝撃に(たて)ごと吹き飛ばされ、排水路の壁面に体をしたたかに強打した!!

 

 全身を貫く激痛。肺の空気が一瞬ですべて押し出され、激烈な衝撃が波のように全身を駆け抜ける。

 

 BOOOOM!!

 

 何かが爆発するような音を聞きながら、僕の体は排水路の地面へ(くず)れるように落下した。

 

 ……かろうじて腕で頭部を守ることはできたが……衝撃がまだ体に残っている。指一本すら満足に動かせない……!

 

 前方のアレックスを見る。意識はあるようだが、後頭部を思いっきり打ってしまったようだ、頭から血を流しながら横たわっている。

 

 何が起きた? 奴の攻撃だったのか? 全く何も見えなかった……

 

 目だけで奴の姿を探す。先ほど立っていた場所にもはや姿はなかった。

 

 通路の反対側を見ると、黒紫色の体がかろうじて見えた。

 

 移動した? 体当たりをされた……?

 

 姿を隠して攻撃した? 違う。見えないほどの速度で体当たりを?

 

 攻撃から遅れて届いた謎の破裂音……

 

 まさか……音の壁を越えた音、だったのか? 音速を超えた体当たり、ソニックブームで吹き飛ばされたというのか!?

 

 ありえない。アラガミであろうとも、あんな形状の体では空気抵抗で体は損壊(そんかい)する。あるいは空気摩擦(まさつ)で黒焦げになってしまうだろう。

 

 だから音速で飛んでいたかつての戦闘機は、空気抵抗を減らせる形状をして――まてよ、そのための煙だったのか?

 

 奴の全身を(おお)ったあの煙が、空気抵抗を(おさ)えていたのか? だから、音速を超えた速度でも全く体を損傷させずにいられるのか……!?

 

 音速で突っ込んでくるアラガミ。近接武器しかない僕達でどう戦えばいいんだ……?

 

 はた、とそこで僕は気づいた。

 

 奴がいる方角……あそこは、イリアが退避していた場所……!?

 

 その時だった。

 

「はは、ははははは」

 

 笑い声がした。

 

「はははははははは」

 

 その声は。

 

 まぎれもなく――イリアの声だった。

 

 僕は打撲(だぼく)による激痛をこらえながら、声の方角へ顔を向ける。

 

 そこには、狂気を思わせる光景が広がっていた。

 

「ははははははははははははっ!!」

 

 イリアが笑っていた。つぶれてひしゃげた血まみれの左腕をブラブラと揺らしながら、大口を開けてゲラゲラと笑っている。

 

 いや……違う。目は全く笑っていない。

 

 それどころか激しい憤怒(ふんぬ)に染まったように目を見開いている。まるで、上限を超えた怒りの感情が反転して笑いに変換されているかのように。

 

 笑い続ける彼女のただならぬ様子を察知(さっち)したのか、馬のアラガミが彼女へ向き直る。

 

 イリアは、笑いながらも腰のメディカルポーチから一本の細い注射針を取り出した。傷や体力を瞬時に回復させるOC(オラクルキュア)アンプルだ。

 

 彼女がアンプルを首に打ち込むと、ひしゃげた左腕がビキビキと音を立て急速に治癒(ちゆ)される。戦うつもりなのか? あの音速のアラガミに?

 

 無茶だ。しかもあんな精神状態で、まともに戦えるとは思えない!

 

 僕は痛む体を押して辛うじて立ち上がる。

 

 が、前方で繰り広げられる光景はまたしても僕の想定(そうてい)を上回った。

 

「ガアアアアっ!!」

 

 獣のごとき咆哮(ほうこう)を上げ、イリアが馬のアラガミを斬りつけた!

 

 ヴォウルル!

 

 唸り声を上げながら防戦する馬のアラガミ。ショックアブソーバーが付いた馬の(あし)で何度も踏みつけようとするが、イリアは軽いステップで回避。

 

 返す刀で足の関節部分へ的確に刃を突き立てる!

 

 ヴォオォ……!

 

 たまらず姿勢を崩すアラガミへ、イリアは容赦(ようしゃ)なく頭や胴体めがけて斬りつけ続けた!

 

 そうか……至近(しきん)距離ではあの音速の体当たりは使えないのか。

 

 先ほどの煙を出そうにもイリアが近くにいればうまく(まと)わせられない。よしんば出したとしても彼女があんな至近距離にいたのなら、自分にもソニックブームのダメージが及んでしまうのだ。

 

 (ふところ)に入ってしまえば僕達でも対処できるのか。だが、彼女一人に任せるわけにはいかない。

 

 体はだんだん回復しつつある。僕はゆっくりとだが、加勢(かせい)すべく歩を進めた。

 

 しかし。

 

「グウッ!!」

 

 イリアの攻勢が止められる。馬のアラガミが前足・後ろ足で跳ねるように暴れだしたのだ。

 

 中型とはいえ、相手の体高は3メーター以上の大きさだ。巨体を生かしてランダムに暴れられれば、流石(さすが)に攻撃の手は止めざるを得ない。

 

 ヴォルルルルルオオ!!

 

 背中のエンジンのピストンを激しく動かし、馬のアラガミは強引に背後へ向き、そのまま凄まじい速度で退却(たいきゃく)していった。

 

「ガアアアアアアっ!!」

 

 激昂(げっこう)の声と共に、イリアもアラガミの後を追った。

 

 ――待つんだ! イリアっ!!

 

 僕の忠告は彼女の耳に入らず、排水路の奥の闇へと吸い込まれて消えた。

 

 ――くっ!

 

 あのアラガミの速度。俊敏(しゅんびん)な彼女でも追い切れるものではないだろう。

 

 距離を開けられれば、あの音速の体当たりの餌食(えじき)だ。このまま彼女を追えば僕も巻き添えになるだけ。ここは彼女を追うより、あの体当たりの対処法を見つけるのが先だろうか……

 

 足を動かしながらも、僕は状況を整理し思考を巡らせる。

 

 奴が現れた場所の立ち位置。そして攻撃が終わった後の位置……あのアラガミは、排水路をまっすぐ突っ込んだわけではない。

 

 やや斜めに走った。正確には、僕とアレックス、イリアまで巻き込んで攻撃できるよう、角度をつけて疾走(しっそう)してみせた。

 

 ……なぜ壁に激突しなかった? 目視したわけではない。あんな濃い煙を(まと)わせて視界が効くわけがない。事前に見て距離を把握(はあく)? 脳まで機械が詰まっているなら可能だろうが、以後(いご)挙動(きょどう)から見てそうではないだろう。

 

 聴覚ではない。音速を超えた動きをする奴が音波を使うわけがない。嗅覚も違う。あんな速度で疾走しまともに(にお)いを嗅ぎ分けられるとは思えない。

 

 であれば視覚……いや、必ずしも目のような感覚器とは限らない。音を超えた速度で動く可視光、あるいは電磁波をとらえられればいいんだ。

 

 煙を(まと)う状態で光は感知できない。ならば電磁波か。あの濃密な煙すら突破する何らかの電磁波を発射できると仮定すると……それを反射し奴に位置を知らせる何かが必要なはずだ。

 

 戦闘機が()んでいるレーダーのように、電磁波を飛ばし跳ね返ってから位置情報を知覚する……だめだ。この推論(すいろん)はまだ弱い。

 

 どれだけ高性能なレーダーでも、壁の位置ギリギリで停止しつつ敵を倒すほど、精密(せいみつ)な位置関係を(はか)ることはできないだろう。それを可能とするなら、レーダーから放たれた電磁波を正確に反射できるような“何か”が必要なのだ。

 

 こんな排水路で電磁波を反射できるものなんて……

 

 その時、僕の神機がひとりでに動く。

 

 バウっ!!

 

 ポチだ。神機(じんき)のつば部分から捕食口(ほしょくこう)を出現させ、あらぬ方向へ()えたてた。

 

 吠えた方角へ目を向ける。すると――遠くの炎の明かりを反射する、(つや)のある物体が目に入った。

 

 それは――カニだった。壁面(へきめん)にへばりつく、表面が鏡のように平滑な黒紫色(こくししょく)をした一匹のカニ。

 

 その体色からピンときた。これは、あの馬のアラガミの一部なのだと。

 

 自ら移動し、敵対存在との位置や距離を正確に伝えるレーダーの反射板……僕はためらうことなく、神機の刃をその黒紫のカニへと突き立てた!

 

 カニは絶命(ぜつめい)の声すら上げず、二つに分断された後、チリのように散った。これであのアラガミは音速での体当たりを行えなくなったはず。

 

 もしも、この状況で無理に体当たりをしたならば――

 

 ドゴオオオッッ!!

 

 排水路全体を揺るがすような轟音と衝撃!

 

 砕かれて舞うコンクリートの砂煙。腕で防ぎながら薄目(うすめ)を開けると――あの馬のアラガミがそこにいた。

 

 あのカニがいなくなったことで壁との距離が測れなくなったのだ。排水路の壁に正面から突っ込み、崩れた土砂に埋もれて動けなくなっている。

 

 ……チャンスだ。この(すき)に一気に(たた)みかけてやる!

 

 僕は神機を構え、ポチに呼びかける。

 

 食え。これはもうお前の獲物だ。捕食(ほしょく)し食らい尽くせ――

 

 グルアッッ!!

 

 神機から現れた巨大な(おおかみ)(あぎと)。僕の呼びかけに答え敵を喰らおうとした、瞬間。

 

「オオオアアァアアアッ!!」

 

 イリアであった。

 

 あの音速体当たりに巻き込まれたのか、頭から血を流し負傷した状態で跳躍(ちょうやく)! 空中で神機の捕食口を展開し、馬のアラガミの腰部分に喰らいついた!

 

 ヴォルアアッ!

 

 馬のアラガミの絶叫。イリアの神機がアラガミの腰部分を齧り取り、灰色の体液がおびただしく噴出した!

 

「アアアッ! ガアアアアアっ!!」

 

 食能解放(バースト)状態となり、イリアの攻撃がさらに苛烈(かれつ)なものとなる。(えぐ)れたアラガミの負傷箇所(かしょ)をさらに抉りこむように刃を振るい、硬い外殻(がいかく)を持つ馬のアラガミの肉がどんどん斬り裂かれ、腑分(ふわ)けられ、分解されていく……!!

 

 ——イリア……もう、やめろ……

 

 ヴォアアッ!!

 

 アラガミが(もだ)え、全身の力を振り絞り壁から抜け出る。

 

 しかし。彼女の刃はすでに、致命的といえる場所にまで食い進んでいた。

 

 馬の胴の肉をえぐり、人の胴の脊柱(せきちゅう)を断ち、硬い外殻ごとひきずり出した。

 

 その瞬間、アラガミは糸の切れた操り人形のごとく倒れ、完全に沈黙する。

 

「…………」

 

 しかし、それでも殺戮は止まらなかった。

 

 イリアは無言で動かなくなったアラガミを分解し始めた。

 

 それはコアを探し出すためなんかじゃない。ただただ、相手を殺し(つく)くすため。いまだ稼働しつづける臓器一つ一つにトドメを刺そうとするかのような、途方もない殺意。

 

 ……だめだ。もう、それ以上はいけない……!

 

 ——イリア! 止めるんだ!!

 

 僕は無理やり彼女の両腕を羽交(はが)()めにしようとした。

 

 その瞬間。

 

「フッ!!」

 

 鋭い呼気(こき)。振り返る彼女の視線。殺意のこもった瞳。 

 

 僕へ向かって振り下ろされる神機——

 

 ガウッ!!

 

 寸前。

 

 ポチがイリアの神機の刃に食らいつき、僕の首の10センチ手前でイリアの攻撃は止まった。

 

「オイ……今、カイを殺そうとしたのか……? お前、マジで殺す気だったのか……!?」

 

 アレックスの声。しかし彼女には届いていない。ポチが食らいついた刃を、憤怒(ふんぬ)の表情で引き離そうともがく。

 

 ——やめるんだ、イリア……!!

 

「グウッ! ガアアアッ!」

 

 ——もうやめろっ!!

 

 僕は、力いっぱい彼女の体を突き飛ばした!

 

 神機から手を放し、地面へ倒れこむイリア。同時にポチが刃を放し、彼女の短剣型神機が大きな音を立てて地面に落ちた。

 

「う……あ、あ、わたし……どうして、こんな……」

 

 ――イリア! 正気に戻ったのか!?

 

「わたし……リーダーを攻撃、した……?」

 

 ――いいんだ。君が自分を取り戻したならそれでいい。

 

 今はそれしか言えない。彼女の異常な怒りの感情。殺戮(さつりく)()り立てる衝動。一体何が原因でそうなったのか、とても今聞ける状態ではないのだ。

 

 ともかく、アラガミは倒した。あとはコアを回収し、帰投(きとう)しながら状況を確認すればいい。

 

 そう思っていたが――さらなるトラブルが待ち受けていた。

 

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