食堂で出された豆とジャガイモのスープは絶品だった。避難キャンプじゃまともな食事は出なかったからなあ。
心地よい満腹感のまま、明るい朝日が差し込む二階の渡り廊下を歩く。階下を覗くと、深紅のカーペットが敷かれた広いエントランスを見渡すことができた。
時刻はまだ8時半くらいだけど、大勢の人が行き交っているのが見える。迷彩柄の軍服を着たゴッドイーター以外の軍人、白衣を着た研究者っぽい人、その間を行き交う一般の人々……
ここは、ラスベガス第二支部の拠点。翼を広げた白鳥みたいな見た目から、“センタースワン”なんて呼ばれている。
センタースワンではゴッドイーターの選別試験や派遣だけじゃなく、第二支部の行政や経済活動、治安維持なんかも担っているそうだ。昔でいうところの市役所とシンクタンクと軍事基地と大統領府が全部一つになったような機関なのか……
ここの支部長って、さぞかし凄い人なんだろうなあ。
なんてぼんやり思っていると。
『次のニュースです。第二支部長のハリー・モルス大佐が亡くなってから一週間。新しく着任される支部長について――』
――えっ!? こ、ここの支部長ってもう亡くなってるの!?
一階エントランスで流れていた大型ビジョンの内容に思わず愕然とした。大丈夫なのかこの支部は……?
『ハリー・モルス大佐は本部への報告会へ向かわれる途中、海上から未知の大型アラガミに機体ごと捕食されたと報じられています。』
右手に持っていた端末から、フギンがこともなげに答えた。
『ですがご安心ください。本日より新しい支部長としてエリオット・ロバーツ氏が着任されます。支部の運営に関して影響はございません』
画面の中のカラスが自信満々にそう答える。そ、そうなんだ……?
けれど、支部長みたいな立場の人も簡単にアラガミに食べられてしまう……この世界には、安全な場所はどこにもないのだと改めて思い知らされる……
『それよりも、ミーティングに指定された待合室の場所はわかりますか? 詳しい場所が分からない場合、私が目的地までの地図を表示します』
――あ、そうだった。悪いけど案内をしてくれる?
『承知いたしました。それでは、腕輪の下にお手持ちの端末をセットしてください』
腕輪の手首側を見ると、確かに端末がはまりそうな出っ張りがある。
差し込んでみると――端末の画面から精巧なホログラムが浮び上がった!
『赤い点が現在地、青が目的地となります。目的地までの順路を矢印で明示。カイさんの平均歩行速度からおよそ3分で到達できます』
す、すごすぎる……もうフギンに聞いたらなんでもやってくれそうだ。
――フギン、他にはどんなことができるの?
そう尋ねると、ホログラムの上に無数のアイコンが現れる。
『そうですね、一つ一つ挙げると日が暮れてしまう程度には色々とサポートが可能ですよ。気になる機能があればぜひ教えてください』
自分に相当自信があるのか、やけにイキイキとした声が返ってきた。……ま、まあ確かにAIが凄いのはわかったけどさ……
僕は待合室まで移動しながら、気になる機能についてフギンにあれこれ聞いてみた。
へえ……音声で日記をつける機能かあ……そういえば、昨日は検査中に寝落ちしちゃったから書いてないんだよなあ。声で記録できるなら寝る前にサッとできそう……
……このバツ印がついてる“インターネット”ってなんだろう? 今は使えない機能、ってことなのかな? これはあとでフギンに聞いてみようかな。
……ん? 撮影? これって……写真まで撮れるってこと?
『はい。写真撮影も可能です。その腕輪の手の甲側に極小のカメラが設置されておりまして、手首側の端末を操作することで撮影が可能となります』
――これ、なんのための機能なの?
『主に現場での報告のための機能となります。危険なアラガミを発見した際に支部へ画像を送る、あるいはアラガミ討伐の後、死体が消滅する前の記録として使用されることもあります。あとは、思い出づくりのために使用される方も多いですね』
へえ、思い出づくりかあ……
試しにアイコンをタップして、色々な角度からセンタースワン内を撮影してみた。
おお、ちゃんと写真が撮れてる……! このファイルのアイコンを押せば撮った画像はいつでも見返せるみたいだ。いやあ、本当に便利。
僕が調子にのって色々撮影していると――背後から唐突に声を掛けられた。
「好き勝手に写真撮りまくりやがって……なにが目的だお前?」
驚いて背後を見た。そこには、簡易なベンチに腰掛けた赤毛の少年が座り、訝しげにこちらを睨んでいた。
鋭い視線。それに手足の長さからかなり背は高いのだろう。ちょっと怖いな……
というか、彼の他にも10人近い人が座っており、みんな同じ軍服と赤い腕輪をはめていた――いつの間にか、目的地の待合室までたどりついていたようだ。
「オイ、ちゃんと答えろよ。目的は何だ? 敵情視察か? スパイかテメー?」
す、スパイ!? そんな! 僕は最新ガジェットで遊んでただけでそんなこと……!?
僕が慌ててそう弁明しようとしたとき、目の前の赤毛の少年が唐突に吹き出した。
「プッ……わ、悪い、冗談だよ冗談。お前、ちょっと真面目過ぎるぜマジで……!」
僕があわてた様子がよほど面白かったのか、少年は謝罪混じりにゲラゲラと笑っていた。
僕としては正直あまり愉快な話ではなかったが……それでも少年は、快活な笑みを浮かべて右手を差し出した。
「俺はアレックス。アレックス・ミラーだ。お前の名は?」
僕はアレックスと名乗った少年に自分の名を告げ、握手を交した。
「ん? カイ? そりゃ女の名前じゃ――あっ!」
しまった、と言う顔をアレックスは浮かべ、片手を挙げてまた謝罪する。
「わりぃ! 人の名前をバカにするつもりじゃなかったんだ! ついうっかり……」
――いいよ。君も大概マジメな奴だって分かったからさ。
「お、お前……! なんだよ見た目おとなしそうな奴なのに、けっこう面白いやつじゃねえか!」
そういって、アレックスは僕の方を拳で軽く小突いてきた。なんだ、悪い奴じゃなさそうだ。
『人物登録。アレックス・ミラー……当該人物の性格を分析します……やや露悪的、他者の行動を極端に訝しむ猜疑心の高さ、初対面のユーザーに馴れ馴れしい態度。ユーザーの性格とは対極に位置すると推定……結論、ユーザー・カイに対して好ましからざる人物と結論づけられます』
腕輪にはめたままだったフギンが、アレックスの目の前で彼をそう断じた。ちょ、ちょっと今せっかく良い感じの空気だったのに……!
「ああ、AIってやつか……おしゃべりなマシンなんざ信用できねえな」
アレックスは腕組みをしながら僕の腕輪にはまっている端末を睨む。
「知ってるか? アラガミが出る前の世代の奴ら、このAIってやつにベッタリだったらしいぜ? 人間と関わるよりAIの方がストレスがない、っつってよ。ありえねーよな?」
『アレックス・ミラーのデータを更新。AIに対する強い偏見あり。知識不足からくる視野の狭さが原因と推察されます』
あの、フギン? 君のほうから関係悪化させようとしてない?
「ほざいてろよマシン野郎……ところでカイ、お前って歳はいくつだ?」
――えっと、確か今年で16だったはず。
「俺の2歳下か。出身はここの支部か?」
――いえ、僕は難民キャンプからトラックに乗って来ました。
「オイやめろ! 年上って分かった瞬間敬語使うんじゃねえ!! さっきみたいな感じでいいんだよ!」
二度と敬語使うなよ、とアレックスから念を押された。年上相手にタメ口を使うのはちょっと抵抗あるなぁ……
「難民キャンプから連れてこられたのか。俺も似たような感じだな。コイツをはめれば食うに困らねえ。試験をパスして本当によかったぜ」
そう言いながら、アレックスは自分の腕輪を指で叩く。
――そうだね。でも、あの試験は本当にキツかったな……
「あー確かに……痛みで意識失いかけたからな。本当に死ぬかと思ったぜ……」
――途中で腕輪から黒い肉の塊みたいなのも出てきたし……
「……ん? 肉の塊? なんだそりゃ?」
えっ……?
もしかしてあの出来事は、僕だけ……?
「お、オイオイ! お前相当ヤバかったんじゃねえの!? もし失敗してたら腕ごと切り落とされてたらしいぜ……」
その話は聞いたことがある。だから、失敗した時の備えとして、現役のゴッドイーターが試験に付き添うのだとか。
もしも失敗していたら、腕を失った状態でここから追放されてしまったかもしれない……アラガミの出現で荒廃しきったこの世界で、腕すら失った状態で追い出されたら、生き延びる自信はまったくないな……
しばらくアレックスと“もし失敗してたらどうサバイバルすべきか”といった、しょうもない討論を交していると――唐突に携帯端末が鳴った。
「今通知を受け取った者、前に出ろ」
声に振り返ると、そこにはあの試験で会ったゴッドイーター、レオナルドさんが立っていた。