イリアは暗い部屋のベッドから天井を
何度も目を閉じてみる。しかしどうしても眠れなかった。
暗闇に慣れた目で携帯端末に手を伸ばす。時刻はもう1時だった。
端末を机に置き、毛布をたぐり寄せようとしたその時、小さく肩が
両手にあのアラガミの肉を解体する感触が
アラガミからダメージを受けた。それを認識した瞬間、彼女は頭の中が真っ白になるほど怒りで熱くなった。
全身に熱い血が流れ込む。そのたび自分の体が、全身の筋肉が、敵の
自分では抱えきれないほどの膨大な怒り。それがようやく解放された、喜び。
その感情が去った後には……わたしが作り出した地獄と、地獄の中心にいるわたしを見る他人の
わたしは、
こんなわたしに、誰も近寄らない。
仲間はいない。
けれど、それでも先生は認めてくれた。
オオグルマ先生だけは、わたしを理解してくれた。必要としてくれた。この世にいていいのだと、
思いつめる彼女の思考を
彼女の目が大きく見開かれる――宛名は、オオグルマだった。
『すまないイリア。緊急事態だ。時間がないので手短に伝える。
私は命を狙われている。もうじき“奴ら”が私のもとへやってくる。
君の力が必要だ。
私はまだ死ぬわけにはいかない。共に戦ってくれ』
座標は極東の北部地域を指し示していた。
メールを読むたび、イリアの眼光が
行かなきゃ……極東まで飛べる乗り物……!
彼女はすぐさま
走りながら考える。この第二支部に極東まで行ける飛行機はあるのだろうか?
無いなら飛べる飛行機がある場所まで移動する車両が必要だろう。それに飛行機を操縦できるパイロットも用意しなければいけない。
すべて用意できそうなのは……エリオット支部長くらいだろう。
直接頼んで受け入れてもらえるわけがない……武器だ。わたしの神機が必要だ。
神機は保管庫に
保管庫に向かおうとしていた彼女の足が止まる。しばし考えた後、彼女の
……たしか、非常時には認可なしで神機のロックが自動的に解除されたはず。
停電が起きた場合、ロックされたまま神機が取り出せないのは大問題だ。非常時の解除機能。これを利用すれば……!
彼女は携帯端末から
『ユーザーのイリアさん? なぜ変電室へ向かって――』
AIのフギンの質問に答えず、イリアは携帯端末の電源を切ってその場に捨てた。オオグルマの待つ座標は完全に頭に入っているようだ。
変電室へたどり着く。彼女は監視カメラの死角に入り、変電室のドア
ゴガァン!
鉄パイプはドアに突き刺さり、
続けざまに二本目の鉄パイプを内部の機器へ投擲。
バギィン!
……うまくいったようだ。廊下の電気が一斉に消える。
しかし、しばらくすると再び点灯。これは予備電源に切り替わった証だ。
ここまでの行動は無駄に終わったのか? いいや、これも彼女の
イリアは人の目に触れないよう、隠れながら素早く格納庫へ向かった。
先に何人かのゴッドイーターが
そして主電源が落ちた影響で、すべての神機のロックが解除されている。
イリアは彼らが立ち去るまで隠れた後、ようやく自分の神機を手にすることができた。
非常時に神機を持って出歩いていれば、多くの者は彼女も保安部の一員だと思い込んでしまうだろう。これで支部内で神機を堂々と持ち歩けるというわけだ。
あとは――騒ぎが収まる前に、一気に支部長の元へ……!
イリアは階段を全速力で
エル支部長は毎日忙しく働いており、執務室で寝ることも多い……彼女は他のGEが話していた噂話を脳裏に
執務室につながる鋼鉄製のドアが現れた。鍵がかかっていれば扉ごと神機で破壊する。決意し神機を
ドアの影に隠れながら、
エリオット支部長の姿は――なかった。
イリアは静かに室内へ入る。奥にある支部長専用のデスクは無人。応接用のソファーには……男が一人眠っていた。
ブラックハウンド部隊特有の黒い制服に、派手なオレンジ色の髪……ディノであった。
彼の近くの机には大量の配給ビールの空き缶が転がっている。どうやら酔いつぶれてしまったようで、大きないびきをかきながら熟睡していた。
彼のものと思しき長剣型神機は、ソファーから離れた場所の壁に立てかけられている。
イリアはそれを見て小さく肩を落とした。もし起きたとしても、すぐに攻撃される心配はない。
と、その時。
部屋の奥にある、小さなエレベーターの階層表示板に光が灯った。
支部長の
――下から、誰かが来る。
正面で素早く神機を構え、扉が開くのを待った。
涼やかな到着音。扉が開くと――待っていたのは支部長ではなかった。
筋肉質で背の高い、銀色の眼鏡と
彼は旧世代のゴッドイーターでもある。2丁の拳銃型神機は――すでにホルスターから抜かれている!!
イリアは一瞬のうちに
「今すぐここから立ち去り、神機をもとの保管庫に戻したまえ。従えばここまでの行いは水に流す」
どうやらイリアの行動はすべて支部長に
しかし、
オオグルマ先生の命が掛かっているんだ。絶対に退けない……!
「支部長はどこ?」
「立ち去れ。これは
「……そのエレベーターを降りた先にいるんでしょう?」
「君のしていることはテロリズムに等しい。無法な暴力に屈することはない。これが答えだ」
「……そう、わかった」
イリアは神機を構え直した。
決意を固めたのだ。この男を、倒す。
「警告はした。従わぬなら、
まるで鉄の
その前に――彼女は先制して行動を起こす!
素早く左へ回り込み、神機を振りかぶるイリア。
スミスは動かない。正面を向いたまま、目だけで彼女の動きを
ギインっ!
イリアの
無意識にそう
BLAM! BLAM!
二発のマズルフラッシュが
空き缶を散らしながら
――それが命取りだ。
イリアは勝利を確信した。机は攻撃手段ではない。一瞬奴の視界を奪うための一手。
そして彼女は次の一手として、疾風のごとく速さでスミスの背後を取ることに成功した。
このまま背中を神機で
ありえないことが起きた。
スミスが、自分から背後へ
イリアが神機の刃を向けるよりも早く。まるで彼女の動きを予知していたかの如く――彼女へ向けて背中で体当たりする!
「ぐっ!」
衝撃に彼女の両足が浮く。このままでは壁に吹き飛ばされるだろう。
ならば逆に自ら壁へ跳び、壁を足場にして反撃すればいい。
イリアは行動を起こそうとしたが、しかし体が動かない。何故?
ここで、背中から彼女の
まずい――!
イリアは抵抗する
宙に投げ出されたイリアは、逆さの状態で彼を見る。
左腕に
「ぐううっ!!」
BLAM! BLAM! BLAM!
空中で神機の盾を展開! イリアは辛うじて弾丸を防ぎ切り、空中で姿勢を制御し着地。その間も容赦なく弾丸が撃ち込まれるが、彼女は後退しながらなんとかその
……強い……!
荒い息を整えながら、イリアは遠方で静かに
旧世代の神機使い達はすでに第一線を退いたと聞く。使用する神機の出力は第一世代に比べはるかに劣っており、もはや同じ戦場に並び立つことはできないほどだ。
イリアは第一世代の神機使いだ。本来ならば、旧世代の神機使いなど勝負にならないほど実力差があるはず。なのに……
「なぜ旧世代の神機使いに押されているのか? と言いたそうな顔だな」
スミスは銃を構えたまま、冷然とイリアに語りかける。
「それほど不思議なことでもない。古来より人は己より身体能力が遥かに優れた存在を狩ってきた。獣しかり、アラガミしかり」
彼の口から発せられる声色には、余裕も
「ハンターが獲物を狩れるのは、獲物の動きを完全に
獣……アラガミ……自分がそれらと同じだといいたいのか? イリアは小さく唇を
「不愉快か? そうだろう。君はアラガミを狩るハンターだったはずだからな……では、そのハンターはここで一体何をしている? 支部長を
「……違う。助けに行かなきゃいけない……わたしの恩人を、先生を……!」
「なるほど、あの男の差し金か」
スミスはわずかに肩を落とし、小さくため息を吐く。
「君に問おう。本当に大切にするべきは、あの男か?」
「先生は唯一わたしを理解してくれる! わたしを受け入れてくれるのは先生しかいない……!」
「私は君のことは知らない。だが、君が仲間を欲していることはよくわかった。ならばもう一度問おう。あの男は君の仲間たる存在か?」
「なにを……?」
「仲間とは、君の近くで君に都合の良いことばかり
仲間。
――僕たちは仲間だ。悩みや問題はみんなで解決しよう――
イリアの脳裏で、第一部隊リーダー、カイの声が
……違う、あの人だってきっと……
「いつもより体が軽く感じただろう? 彼が君の神機を強化してくれたおかげだ。例の新型アラガミのコアを支部長から渡されたとき、彼はためらうことなく君の神機の強化を決めた……君に殺されかけたにもかかわらずに。怒りに支配され
リーダーが私の神機を……?
どうして……? いや違う、ウソだ。この男はわたしを
イリアは己の心を閉ざし、目の前のスミスへ怒りの感情を集中させる。
「君は仲間外れなのではない。君自身が人を恐れ、仲間を遠ざけている。周りが君を理解しないのではない。君が周りの仲間たちの心をまるで知ろうとしないだけだ」
「うるさい、うるさいっ!!」
時間がない。先生の命が危うい。すぐに支部長の元へ行き飛行機の
脳裏に高速でフラッシュバックする。過去の記憶。
最愛の母の涙。悪魔が
『やめてっ! これ以上思い出させないでっ!!』
『なぜだい? 君は誇るべきだ。
『ちがう! わたしは、わたしはそんなこと! わたしは“悪魔”なんかじゃない!!』
『そうだ! 君は悪魔ではない!
口の
『ちがう……いや、やめて……わたしは……わたし……』
顔を背けようとしたその時、オオグルマ先生の両手がわたしの両頬を
『忌まわしき己自身がなんだというのだ!! その力! 存分に振るわずなんとする!!
今から3つ数えよう! すると! 君が自分自身に抱く恐怖と悲しみは! すべて君以外への
『やめ――』
『アジン!!』
オオグルマ先生の言葉で、わたしの体は落雷に撃たれたような衝撃を受け、指先ひとつ動かせなくなってしまった。
『ドゥバ……!!』
やめて……やめて……
やってくる。体の奥底から封印してきた、破壊と
けれど
わたしは――オオグルマ先生の最後の言葉を、
――自ら受け入れる!
「トゥリーッッ!!」
イリアの発言により周囲の空気が一変する。場を支配するは、アラガミすら
終始冷静だったスミスであったが、その瞳が目の前の危機にわずかに細まった。
彼女の神機のコアは激しく輝き、まるで獲物を見据える肉食獣の眼光の
「……怒りの感情で
憤怒と憎悪が圧縮したようなその空間で、スミスの端的な言葉が一陣の風のように、するりと
「ならば次のレッスンへ進もう。心に刻め」
二丁の拳銃型神機を構え、静かに、
「怒りや憎しみ……感情など、戦場ではクソの役にも立たない」