ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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第四章 つかの間の休日
【補修】1


「なあ、アームレスリングしないか?」

 

「……なんで?」

 

 その日、僕達第一部隊はPass(指定休)だった。

 

 空いていた会議室に呼び出され、僕が扉を開くと――なぜか机にヒジを付いて腕相撲を(もう)し出るアレックスと、困惑するイリアがそこにいた。

 

「いや別に。ちょっとな。確かめておこうと思ってよ?」

 

「言ってる意味がわからないんだけど……」

 

「まあまあいいじゃねえか。一回だけでいいからよ。な?」

 

 僕もアレックスにどういう意図なのか(たず)ねたが、彼は「まあまあ」と言って言葉を濁すだけだった。わけがわからない……

 

「一回だけ……? いいけど……?」

 

イリアはしぶしぶ応じ、その細い右腕でアレックスの腕と組み合った。

 

 ……いや、これ勝負にならないでしょ。腕の長さも、筋肉の大きさも全然違う。はた目にはイリアに全く勝ち目はないように思えた。

 

「カイ。レフェリー頼めるか? 開始の合図も頼むぜ?」

 

 ……まあ、断る理由もないし、いいけど……本当に意図がわからないな……

 

 ――じゃあ、レディー……ゴー!

 

「ふおおおっ!?」

 

 僕が開始を告げた瞬間、ありえない光景が目に飛び込んだ。

 

 イリアが、一瞬でアレックスにリードしてみせたのだ!

 

「ぐ、ぐおおおっ……!」

 

 机からギリギリ数ミリでアレックスの右手の甲が静止! 涼しい顔をするイリアとは対照的に、アレックスは歯を食いしばりながら耐える!

 

「ぬぬぐぐぐ、ううるあああッッ!!」

 

 それはアレックスの根性なのか。あるいはイリアのスタミナ切れなのか。

 

 アレックスは咆哮(ほうこう)と共に攻勢(こうせい)を一転! 逆にイリアの手の甲を勢いのまま机に押し付け、(かろ)うじて勝利してみせた。

 

「は~……あっぶねえ……けど、これでこいつの強さがよく分かったぜ」

 

 どういうこと? と僕が尋ねると、アレックスは大きく安堵(あんど)のため息を吐きながら、言った。

 

「ずっと不思議に思ってたんだよ。こいつ、こんなに細い体つきしてんのに、なーんであんなスゲえ動きできんだろってよ」

 

 それは僕たちが偏食因子(へんしょくいんし)を受け入れ、ゴッドイーターになれたからでは?

 

 僕はそう()いたが、アレックスが言うには彼女の強さはそれだけじゃないらしい。

 

GE(ゴッドイーター)の中でもこいつの身体能力の高さは別格(べっかく)だ。単純な力の強さだけじゃない何かがある……それを確かめるためにアームレスリングを申し出たのさ」

 

 ――なるほど。それで、なにかわかった?

 

「ああ。これは推測(すいそく)だけどよ……イリアはきっと、“自分の肉体の使い方”が誰よりも上手いんだろうな」

 

 ――というと……?

 

 僕が(たず)ねると、アレックスは眉根(まゆね)を寄せてしばらく考え、ようやく口を開いた。

 

「なんていうかな……例えばだぜ? さっきのアームレスリングで例えると、俺はきっと自分のポテンシャルの7~8割くらいしか出せてねえんだと思う」

 

 ――それは……無意識の手加減とか、もしくは緊張とか……?

 

「違うな。感情じゃない。体の使い方の問題だ。

 俺はさっきのアームレスリングで全力を出した。けれどそれは俺がそう感じただけで、実際には体のポテンシャルは完全に()かし切れていなかったんだ。

 俺はお前の合図と共に動いたつもりだった。けど実際は、イリアと組み合っているときの体制、軸足の筋肉の向き、ひざの関節の角度、上背の筋肉と右肩との連動、二の腕と前腕の連動……微妙に噛みあってなかったんだ。俺の体の部位ごとの微妙なタイムラグが、肉体のポテンシャルの発揮(はっき)を制限していたのかもしれない……」

 

 体の使い方。それは運動神経の良し悪しにもつながる。例えば、同じ大きさ・重量のボールを投げたとして、運動神経の良い人と悪い人ではその飛距離に大きな差が生まれる。

 

 両者を分ける差は“体の使い方”だ。運動神経の良いものは、体全体を連動させて飛距離を伸ばすが、良くない者は腕の力だけで投げるため、前者よりも圧倒的に飛距離が伸びない。

 

「例えばだぜ? さっきのアームレスリングで、俺は自分の本来のポテンシャルから80%程度しか出せないとする。けどイリアは違う。こいつは100%……いや、あの感じだと腰の回転からくる遠心力や重心を微妙にずらした、テコの原理まで無意識に取り込んで……もしかすると、150%以上の力を発揮して見せたのかもしれねえ。

 とにかく、こいつは間違いない。才能だ。(きた)えてどうにかなるようなシロモノじゃねえな……恐れいったぜマジで」

 

 感服(かんぷく)したように口元に小さな笑みを湛えるアレックス。そんな彼をよそに、イリアは自分の腕の感覚を確かめるように、手を握ったり広げたりを何度も繰り返す。

 

「……うん。なんとなくコツつかめた気がする。もう一戦やろ?」

 

「に、二度とやらねえっ!!」

 

 アレックスが全力で拒否。するとイリアの視線がこちらに向く。

 

「じゃあ、リーダー……」

 

 いや僕も、アームレスリングは遠慮して――

 

 そう言おうとしたが、(さき)んじてイリアの手が僕の手をがっちりつかんで離さない。ああ、逃げられない!!

 

 ……それから、フリードさんが訪れるまで、僕は30戦中30連敗という悲しすぎる記録を打ち立てることになった。

 

「レクはその辺にしとけ。講義を始めるぞー」

 

 レクか……僕の手の甲のライフはとっくにゼロだが、手の甲を犠牲にするレクリエーションとは一体……いててて……

 

「講義って、マジでやんのか? 俺らにゃ時間もねえのに、こんなのする必要――」

 

(うら)むなら座学サボって引きこもってた自分自身を恨め! 俺はそんなお前らにわざわざ付き合ってやってんだ、感謝くらいしろ!」

 

 そう、二人はあのニャルラテップ襲撃後、しばらく訓練や座学を受けていなかった。そこでこの指定休に、講義の補修を受けることになったのだ。

 

「講義内容は、アラガミと神機についてだな……カイはすでに受けているな? ならお前は聞くだけでいい」

 

「……そういえば、どうしてリーダーはわたしたちに付き合ってるの?」

 

 左隣に腰かけるイリアが、純粋な瞳をむけてそう(たず)ねる。

 

 ――いや、休みでやることないなら参加しろって、フリードさんが……

 

「なら一緒に訓練しようぜ、カイ。時間を無駄にしてる余裕ねえんだし――」

 

「ダメだ! お前らは必ずこの補修を受けてもらう! これは隊長としての命令だ!」

 

「チッ……」

 

 口をへの字に曲げて頬杖(ほおづえ)をつくアレックス。

 

「この補修の内容も必ず実践に役立つからな! 内容はノートに取るなりしてちゃんと頭に叩き込んどけ!」

 

「へーへー」

 

 アレックスは懐から携帯端末を取り出し、録音モードにして机の上に放った。

 

 イリアは逆に、紙のノートとシャープペンシルを手に、ロースクール時代と同様の姿勢で学ぼうとしていた。二人とも勉強の方法も性格が出てるなあ。

 

「まずはアラガミについてだ。多種多様な姿で現れるが、実のところこいつらはいわゆる群体(ぐんたい)。“オラクル細胞”っつー細胞が集まり構成されているらしい」

 

 フリードさんは、こめかみを指でカリカリと()きながら、左手のタブレットの内容を読み上げている。

 

 ……オラクル細胞。それは今から21年前、2050年代にとある研究施設がパンデミックを起こし、世に解き放たれてしまった単細胞生物。

 その()生物・非生物を問わず、さまざまなものを食らい・吸収し、形質を取り込み続けた結果――多細胞生物を模倣した群体存在、アラガミとなり、本格的に人類をはじめとした地球上の生態系へ甚大(じんだい)な被害をもたらしたのだ。

 

 高温・寒冷・高水圧・ゼロ気圧・無酸素環境……極限の環境下でも適応する驚くべき能力を有することから、研究が進めばいずれどんな気象環境でも生育できる野菜の生産や、あるいは宇宙環境でも生身で活動できる新たな人類の誕生など、あらゆる可能性を秘めた細胞だった……

“オラクル”(神託)細胞と名付けられたのは、そうした理由があったと聞いた。

 

 ……しかし、結果はそのオラクル細胞により、人類を含めた多くの生物種は絶滅へと追いやられている。“神託”とは皮肉だ。まるで生態系の滅亡が神の(おぼ)()しといわんばかりに……

 

「元は同じオラクル細胞だが、多細胞生物を食って学習したらしく、アラガミのオラクル細胞はいくつかの役割に分化(ぶんか)している。

 ええと?  まずはオーガニックな“オラクル細胞”、それから群体を統括・指令する“コア”、コアからの司令を各部位へ伝達する“伝播細胞(でんぱさいぼう)”……そんで、外骨格や爪・牙を構成する“固化細胞(こかさいぼう)”、と。大きく分けて4つあるってことだな。

 もう知ってると思うが、アラガミにとってコアは脳だ。こいつを破壊するなり捕食すればアラガミの活動は停止しオラクル細胞は霧散(むさん)する……ああ、だが固化細胞だけは残ることもあるようだな。爪とか牙とか。これはアラガミの研究で使われたり、神機を強化するための素材……まあ、エサだな。そういうのに使われることがある、と」

 

 ちなみに、固化細胞は人類の毛髪や爪と同様に、活動を停止している細胞だ。だから素手で触っても通常のオラクル細胞とは違い、捕食(ほしょく)されることはない。そしてコアが破壊されても固化細胞だけは残されることがある。

 研究材料としてフェンリルの研究所が買い取ってくれるから、職にあぶれた第三層の人たちや、行商人がこの固化細胞を拾いに行ったり、取引の材料にしたりしているらしい。

 

「なあ、質問いいか? フツーのアラガミは人間より機械だったり燃料だったりを優先して食うって聞いたが、ホントか?」

 

 アレックスがフリードさんの説明を(さえぎ)り、挙手(きょしゅ)しながら質問した。

 

「ん? ああ、えー……その通りだ。オラクル細胞のパンデミックが起きた2050年代には直接的に捕食される事件も多かったんだが、今みたいなアラガミが出始めたあたりから、より高いエネルギーを発生するものを食って、そのエネルギーをもとに増殖するようになったらしい。

 よっぽど()えてなけりゃあ人間には見向きもしねえんだとよ……まあ確かに、こっちが手出ししなけりゃ俺らを無視してどっか行ってくれることもあったんだよな」

 

 腕を組みながらしみじみとそう語るフリードさん。戦場でこの説を裏付けるような行動を目にした事があるようだった。

 

 ……しかし、何事にも例外はある。

 

 カテゴリーCアラガミ、ウェンディゴ。

 

 なぜか人類種を敵視し、捕食のためではなく、優先的な排除対象として敵対行動を行う……あのアラガミも新種らしく、今でも研究が続いているらしいが、現在進行形で滅びに向かう人類へ追い打ちをかけるようなその振る舞いには、多くの謎が残されている。

 

「ホントかよ? 俺らを見るなり急に攻撃的になったりしたぞ? あいつら?」

 

「そうだな……ああ、なるほど。アレックス。それはお前たちが持ってる神機(じんき)が原因みたいだな」

 

「俺たちの神機が……?」

 

「それじゃあ、次は神機について解説しよう。お前たちの神機は、簡単に言うと機械を埋め込んで制御している“人造のアラガミ”だ」

 

 神機もまた“アラガミ”。確かにその話は有名だ。ゴッドイーターになる前から聞いていた。生ける兵器。アラガミを殺すために生み出されたアラガミ……

 

「アレックス。アラガミがゴッドイーターに対してだけ攻撃的になる理由だが、それは神機の機構に理由があるようだな」

 

「機構(メカニズム)……?」

 

 怪訝(けげん)な表情をするアレックスに、フリードさんはタブレットに目を落としながら訥々(とつとつ)と答える。

 

「神機には主に二つの機能がある……一つは“特殊電磁波の生成”と、もう一つは“偏食物質(へんしょくぶっしつ)の精製”だ。

 特殊電磁波の生成……こいつは要するに……“アラガミの食欲を増進(ぞうしん)させること”だな。オラクル細胞の表面には、食いたいものとそうでないものを見分ける受容体……つまり、センサーみたいな器官がある。

 神機は、特殊な電磁波を発して、その受容体の感度を高めることができるらしい。

結果的に捕食への衝動が高まり、普段は優先的に攻撃しない人類――ゴッドイーターに対しても、急に攻撃性が高まるんだそうだ」

 

 なぜわざわざアラガミの攻撃性を高めるような機能を持たせているのか?

 

 その理由は――アラガミを滅するために必須の要素だからだ。

 

 

「なんでそんな電磁波を発してるのかっていうと――それは神機のもう一つの機能、“偏食物質の精製”と関係している。

 神機は人造のアラガミ。ある意味、アラガミを()らうさらに上位の捕食者といってもいい存在だ。通常のアラガミが避ける“偏食物質”を精製し。アラガミの捕食から自分の身を守る盾として――そしてそれはアラガミを滅ぼす(ほこ)にもなる。

 特殊な電磁波によって受容体が鋭敏(えいびん)化したアラガミのオラクル細胞は、その状態で偏食物質と結合すると死滅する……神機を持つGEしかアラガミを滅ぼせない理由がそれだ。偏食物質を塗布(とふ)した弾丸をいくらブチ込んでもアラガミは倒れない。アラガミを倒すには、神機を使うしかない……」

 

 フリードさんは、(くや)しさをにじませるように右手の拳を強く握っていた。

 

 ……フリードさんのように、ゴッドイーターになれなかった者は、決してアラガミを倒すことはできない。偏食物質を塗布した銃弾を()びせ、捕食行動を抑え込むことしかできない、と聞いた。

 

 ……きっとそれだけでは人々を守るには足りないのだ。第二支部の人々だけでなく、衛星支部の人々を守るには、アラガミ達の捕食を防ぐには、全く足りない。

 

 偏食物質を塗布した武器では追い払うことしかできない。しかし神機は別だ。神機であればアラガミを滅することができる。確実に危機を目減りさせられる……

 人々を守る軍人であるフリードさんが、それを所持しておらず、あまつさえ彼より2回りも年下の僕達に頼らざるを得ない状況なのだ。いろいろと、思うところはあるのかもしれない……

 

「えー……と? どういうことだ? 食欲が増えている状況で? 偏食物質を食わせると……アラガミのオラクル細胞が死ぬ? なんでだ?」

 

 アレックスは、フリードさんの解説に納得できていないようで、腕を組みながら首をかしげる。

 

「ん? いや、まあ……俺もよくわかってないが、それでも実際にアラガミは神機の攻撃を受けて初めて負傷する。そういう……ものなんじゃないか? よくわかんねえが……」

 

「いや解説してる奴から“わかんねえけど”って言われたら、もうどうしようもねえよ……」

 

 あきれたように肩を落とすアレックス。彼に変わり、イリアが口を開いた。

 

「……例えば、お腹が減ってる状態で大嫌いなニンジンとか食べちゃって、そのショックでオラクル細胞が死んじゃう……って感じでしょうか?」

 

 うーん……僕なら、飢えてて嫌いな生トマトしか食べるものがなかったとすると……(かま)わず余裕で食べちゃうような気がするけど……アラガミは違うのかな……?

 

「えー……ちょっと待ってくれ。おーい、ドクター! すまん、代わりに答えてくれ!」

 

 フリードさんが携帯端末に話しかけると、すぐに話しかけた人物からの応答が帰って来た。

 

『ああ。そうだね。嫌いなものを食べたショックというよりも……』

 

 フリードさんの端末に表示された人物。それはエリオット支部長と共にこの第二支部へ現れた、アラガミの研究室の主任研究者、ドクター・Q・O(キューオー)であった。

 

『ふうむ……例えるならそう、感度3,000倍でキャロライナリーパーを丸かじりするような致死(ちし)的ショックというべきか? 

 電気的なオラクル細胞の感受性向上をさせた上で、偏食物質の結合を経ての細胞の壊死(えし)っ! それこそが神機が唯一アラガミに対抗できる武器たる所以(ゆえん)なのだが……ああ、どうやら少年少女達には吾輩の例えは理解できないかもしれないね? ふーむ……』

 

 感度3,000倍……ってなに……?

 

 僕たちはお互いに顔を見合わせ、最終的に僕達よりだいぶ年上なフリード隊長に答えを委ねた。

 

「えっ!? い、いや俺もわかんねえよ! 大人ならわかるの? って視線で俺を見るな!!」

 

『おお! 少しコアなネタだったのかもしれんな! 失敬(しっけい)失敬! わははは!!』

 

 タブレット越しに陽気……というより、どこか深夜になると唐突に現れる謎のハイテンションのような感じで応えるドクター。

 

 うーん、この人の発言は果たして正しいんだろうか? ノリで適当に答えてないか、ちょっと不安だ……

 

「……ドクター。あんた、アラガミに詳しい研究者だよな? ちょっと聞いておきたいことあんだけどよ?」

 

 アレックスは姿勢を正し、真剣な瞳で画面上のドクターを見据(みす)えた。

 

「……終末捕食(しゅうまつほしょく)ってのは、本当に起きるのか……?」

 

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