ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【ネコと変態】

 訓練場を使わせて欲しいと教官に頼み込んでみたが、使用している他の部隊の邪魔だとして結局許可は()りなかった。

 

 ガッカリした様子で中央棟(ちゅうおうとう)に戻るアレックス。そんな彼の背中が、次の瞬間スッと背筋を伸ばした。

 

「オイ、いたぞカイ。あいつだ」

 

 彼が指さす先には――ロビーの片隅のソファーでくつろぐ黒衣(こくい)の青年、ディノがいた。

 

 ――え、なんで? あの人になにか用事でも?

 

「いやいや、お前忘れたか? あの“喰潰(しょくつい)”を教えたのってアイツなんだろ? なんせアイツは本部直属の最強部隊に所属してたんだ。他にも強くなるワザ色々知ってるかもだろ?」

 

 そういえば、配属(はいぞく)初日(しょにち)に大型アラガミと戦うコツと(しょう)して教わったんだった。確かに他にも戦い方を知ってそうだけど、正直あまり関わりたくないんだよなあ。

 

「気ィ進まねえって顔だな。俺もそうだけどよ……でもここは行くべきだ。手段なんて選んでる余裕ないだろ? 行こうぜ!」

 

 そう言い、アレックスはやや緊張した面持ちで、まだ昼にもならない時間帯に配給ビールで飲んだくれるディノに話しかけた。

 

「あ、あの~……ディノさん? その……」

 

 話しかけられた瞬間、ディノの(うれ)しそうな顔がぐるりとこちらへ向いた。うわっ……

 

「よう! ええと? いや覚えてるぜ? 君の名はそう、アレックスだ! ブラザーも一緒にどうした? ん?」

 

 相変わらずどうして僕だけブラザー呼びなんだか……

 

「いやその……以前カイに教えてくれた“喰潰”みたいに、ほかにもアラガミと戦うワザとか教えて欲しいな、と……」

 

「ショクツイ……? ああ、あれか。いつぞやのブラザーに教えたやつか。あれそんな名前ついてたっけ? まあいいか。へへへへ」

 

 ディノは手に持っていた配給ビールの缶の残りを一気にあおると、空き缶を机の上に()みながらこう言った。

 

「教えてやってもいい。いいんだけどさぁ? なぁんか不公平だよなあ? こっちが与えるばっかってのはさあ? こっちの善意を勝手に期待されてもねえ? 困るよねえ?」

 

 これは……お金を要求される流れ……!

 

「わ、わかりました……あの、情報料は……?」

 

「あ、敬語はそろそろ鬱陶(うっとう)しいからもういいよ。あと金? 金はいらないなあ~。あー、自慢に聞こえたらゴメンだけど、俺って金に不自由してないからねえ~」

 

 うーんこれは自慢。

 

「欲しいのはそう、金じゃ買えない奴さ……君たち、ビールとか飲む? 飲まないよね? 未成年だもんねえ?」

 

 えっ……もしかして……

 

「ゴッドイーターになったらさあ? 入ってるよねえ? 冷蔵庫の中に? いつの間にかこっそりと? 毎日1本、そっと入れられてるよねえ? 配給ビール……(ゆず)ってくれたりなんかしちゃったら、そりゃもうねえ、へへへへ……」

 

 そういえば、配属されて5日、冷蔵庫の中に5本ほど配給ビールが押し込まれていた。そろそろ邪魔だし捨ててしまおうかと考えていたが……

 

 僕はアレックスと視線を交わし、お互いの状況を理解し、大きく頷いた。

 

 僕たちは自室へと引き返し――二人で計10本、ディノの机の上へと献上(けんじょう)した。

 

「うおおマジか! こんなにくれんのかよ~! へへへへ、恩に着るぜ~!」

 

 そう言いながら、ディノはさっそく一本目を開け中身を喉へ流し込んだ。

 

 ……そんなに美味いのだろうか? 

 

 味を()いたところ、「炭酸は強烈だが、全体的に水っぽくほんのり奥に麦の香りが感じられる程度で、後味に舌がピリッとくるようなケミカルな風味が残り、それがやみつきになる」とのことだった。

 

 ……()めてるんだよね? 聞いてみてもまったくおいしそうに思えない……レビューを装ったクレームなんじゃないかと思えてくる……

 

「フウー、で? 何が聞きたいんだ?」

 

 ディノは早速一本を飲み干し、2本目を開けながら気軽に問う。

 

「もちろん、アラガミを素早くブッ倒す方法ですよ――方法、だぜ!」

 

 敬語をやめろと言われたからか、アレックスの言葉(づか)いがおかしなことになっているが、ディノは気にも()めずに考え込む。

 

「素早くねえ……といってもだ。俺らは別にタイムアタックを競ってるわけじゃないだろ? 要はなんだ、安全に効率よく倒したい、ってことでいいかい?」

 

「そうそう、そうです! ……だぜ!」

 

「なら、ご期待には沿()えかねるなあ。よっぽどの実力差がない限り、安全・確実・効率よくってのはいかないもんさ。へへへへ」

 

「……ああ、そっか……」

 

 がっくりと肩を落とすアレックス。ディノは3本目を開けながら、愉快そうに語る。

 

「君らもいろいろアラガミと戦ってわかってるだろ? そもそも連中は俺たちとスペックが違う。俺らの常識じゃ(はか)れないようなトンデモな攻撃手段を当たり前のように使ってくる奴らさ。初戦でリードを取ろうなんて思わない方がいい……そうだな、割合としては、攻撃が3割、防御が7割くらいの感覚でいればいい。

 重要なのは“継戦(けいせん)”だ。こっちのダメージを抑えつつ、その上で相手を確実に(けず)り切る。ようは気張り過ぎずに腰()えてかかれってことさ。お分かりかい?」

 

 アレックスはディノのアドバイスに対し、不満げに(まゆ)を寄せる。

 

「いや、防御が7割ったって、俺たち(たて)構えてもダメージ食らってるんだよ……防御しようたって、大体ぶっ飛ばされて壁に叩きつけられてて……」

 

 ……ああ、そういえば壁に叩きつけられること多い気がするなあ、僕達。

 

 しかしディノは、アレックスの半分恨み節のような発言にも、大したことじゃないといわんばかりに明るく笑う。

 

「盾構えててもブッ飛ばされる? 当たり前だろそんなん?

 冷静に考えてみろよ? 相手は中型でも俺らの3倍以上の重量を持ったバケモンだぜ? そいつが全速力でぶつかりゃあ、あんな盾一枚で防げるわきゃねえだろう? 

 どんだけ頑丈な盾持ってたって、例えばトラックが全速力で突っ込んできたとして、防ぎきれると思うか? 無理だよ。重量も速度も盾で防げるキャパを超えてる。誰でも吹っ飛ばされる。俺でも吹っ飛ぶさ」

 

 アレックスは口を開けて愕然(がくぜん)とし、ディノはそんな彼を面白がるように笑い、3本目の配給ビールを開ける。

 

「重要なのは、だ。敵の攻撃を受け止め切ることじゃあない。俺らがダメージを受けないことだ。

 ダメージを受けないようにするには、衝撃を逃がす他はない。例えば? 敵が正面から突っ込んできたとしたら、俺なら敵の動きに合わせて後ろに()ぶ。自分から跳べば衝撃は俺を通り抜けて後ろに行ってくれるからな。

 右や左から来たなら、自分から回転し、盾を使ってその方向へ()らすように使うかな? 周りから見りゃあ、派手に吹っ飛んだり盾を弾かれたりしてるように見られるかもな? けどこいつは立派な技術さ。長く戦っていれば誰でも身に着けるコツだ。ま、言われてすぐにできることでもねえだろうけどな。へへへっ」

 

 先ほどのフリードさんの講義とは裏腹(うらはら)に、アレックスは手のひらサイズの手帳にペンで生真面目にメモしていた。フリードさんが見たら泣くかも……

 

「あとはそうだな、敵が行動をする前にその行動を阻害(そがい)するってのも手だ。例えばだ、右手で相手を殴ろうとしたら、一旦(いったん)右手を後ろに引くだろ? 引いた瞬間にもしも相手がその右手を押し込んだとしたら? もうその拳を振り下ろすことは出来なくなる。

 どんな攻撃をしようとも、大体は溜め(チャージ)が必要になる。だからさ、チャージした瞬間にその攻撃を押し込んで抑える。相手がアラガミだろうと、攻撃の刹那(せつな)(たて)で押さえ込めば、相手を一時的に行動不能にできるってわけだ。ま、これは相手の動きを完全に見切っている状態で出来る芸当だろうけどよ」

 

 ディノは楽しげに笑いながら、4本目のビールのタブに手をかけた。

 

 その時、僕たちの視界の外から、白衣を着た研究者らしき男性がディノへと近づく。

 

「あの……検査、完了しました」

 

「おっ、そうかい? で、結果は?」

 

「問題ありませんでした。なので、こちらはあなたにお返しします」

 

「えっ、俺に……? マジかよー……」

 

 ディノは面倒そうに頭をかきながら、研究者が置いていった小さなゲージのようなものを見下ろしていた。

 

 ――あの、それって何か、動物とか入ってるんですか?

 

「ああ、任務の帰りに拾っちまったんだけどさ……どうしようかねえ、コイツ」

 

 ディノがゲージの(フタ)を引き上げると、その奥から、そろそろと不安げに一匹の生き物が姿を現した。

 

 それは――手のひらに乗せられそうなほど、小さな小さな黒い子猫だった。

 

 

 ◆◆◆

 

 

 ――な、なんで猫が……!?

 

「なんでだろうなあ? 特務の帰り道で懐かれちまってさあ。母猫もいなさそうだったし、こんな子猫だけ生きてるのも変だよなあ。って報告したらとりあえず調べたいから連れてこいっていわれてさあ」

 

 ディノは小さく肩を落とし、五本目のビールをあおった。

 

「調べるって……普通のネコじゃねえかもってことか……?」

 

「いーや? ひょっとしたら新種のアラガミかもしれねえってよ」

 

「うえっ!?」

 

 反射的に後ずさるアレックスを見て、ディノはゲラゲラと笑った。

 

「だから検査して問題なかったっつってるだろ~? フツーのネコだったんだと。で、返却されたわけだが……俺が育てることになんの? まいるね~こいつは。チマチマ世話焼くの趣味じゃねえんだけど」

 

 ミウー。

 

 困り果てたように見下ろすディノに対し、子猫はのんきに小さく()く。

 

 うーん、しかし猫か……久しぶりに見た気がする。

 

 アラガミが現れる以前はこうしたペットを飼う家庭は多かったけど、自分の食べる分の確保も難しい現在では、ペットを飼う人はほとんどいない。

 

 第一層の富裕層か、客引きのために使ってる第二層の商人くらいだろうか? アラガミが跋扈(ばっこ)するこの状況では、野良猫すらほとんど見かけないからなあ。

 

 とか考えていると――ガタン。

 

 背後で小さな落下音。振り返ると、イリアが愕然(がくぜん)とした表情で立ち()くしていた。

 

 ――イリア?

 

 彼女は僕の声に反応せず、端末を落としたままフラフラとこちらへ近づく。

 

 その瞳は――子猫へまっすぐに向けられている。

 

「オイどうした? 大丈夫か?」

 

 アレックスの声も無視し、イリアは子猫から1メートルほどの場所で立ち止まる。

 

 彼女に気付いた子猫が、小さく一鳴(ひとな)き。

 

 ミーウ。

 

「……!!」

 

 瞬間、イリアの両膝(りょうひざ)(くず)れ彼女は地面にぶっ倒れた。

 

「お、おい大丈夫か!? なんだ!? アレルギーとかか!?」

 

 ――いや、たぶん違うよアレックス……

 

 イリアは倒れたまま、顔だけを子猫に向けている。

 

 その瞳は、まるでクリスマスの朝に枕元(まくらもと)のプレゼントを見つけた子供のように、キラキラと輝いていた。

 

 ……そういえば、以前彼女の部屋に入った時、机の上にいくつかネコのグッズらしきものが置かれていたな……好きすぎて倒れたのかこの子は……

 

「おっ? もしかして、俺の代わりにお世話してくれる?」

 

「か、か、飼います!! わたしがっ! 飼いますっ!!」

 

 興奮し顔を赤らめながらディノに即答するイリア。いや、支部内で勝手にペットとか飼っていいの?

 

「いや、飼うったってお前……ペット飼うのって相当金かかるぞ? 今の世の中じゃあペット用の食い物とかトイレ用の砂とかってかなり高いと思うぜ? お前の金で足りるか?」

 

「うっ……」

 

 アレックスの指摘(してき)に対し、イリアは一気にしょんぼりとした顔で落胆(らくたん)

 

 お金の問題か……そういえば、お金に全く困ってない人が近くにいるな。

 

「ん? 俺? まあ俺ならエサとか砂とか全然工面(くめん)できるけど?」

 

 ディノの言葉に、イリアの顔が再びパッと明るくなる。

 

「お、お願いします! “ミーオ”のためにお金を貸してくださいっ!!」

 

 もう名前までつけてるっ!?

 

「いやあ、別に貸すってんじゃなくそのまま君にあげちゃってもいいんだけどねえ? いやいや、やっぱりねえ? タダで()し上げるってのはちょっとねえ?」

 

 うわっ、またこの流れだ……!

 

「配給ビールを……そうだなあ、50……いや、大まけにまけて30本でどうだ? そんだけくれりゃあ俺が全額出してやってもいいぜ?」

 

「さ、30本……!」

 

 イリアは体を起こしながら、ちらりと僕やアレックスを見る。

 

「いや、俺たちの分はもうこの人にあげちゃってんだよ」

 

 ――ごめん……

 

 がっくりと肩を落とすイリア。しかし、その時であった。

 

「諦めるには早いですよ!」

 

 背後から(りん)とした声が届く。振り返ると――そこにいたのは、明るいブラウンの髪と丸いメガネが特徴的な、オペレーターのレインさんだった。

 

「フー……その子猫を見て、たちどころに状況を理解しました。TOCの職員に掛け合い、配給ビールを分けてくれる人を探します」

 

「おお……し、しごでき……!!」

 

 なんてこった。ネコ好きがもう一人増えてしまった。

 

「イリアさん。あなたは他のGE(ゴッドイーター)達にビールを(ゆず)ってくれるよう交渉を。あなた達と同い年くらいの新人であれば、飲んでない人も多いはずです」

 

「ラジャーっ!!」

 

 イリアは今まで見たことないほど威勢(いせい)よく返答し、二人は配給ビールを求め、怒涛(どとう)の勢いで突っ走っていった。

 

 あの二人をあそこまでやる気にさせるとは、恐るべし子ネコ……

 

 それから1時間後……

 

 鉢植えの観葉植物の葉っぱを一枚千切り、それで子猫を遊ばせていると……背後からヌッと疲れた顔をしたイリアとレインさんが現れた。

 

「……自分の分も合わせて、8本ほどしか手に入りませんでした……イリアさんは……?」

 

「……16本……合計で24本だから……あと6本足りない……!」

 

「ずいぶん集まったなあ? でも言っとくが、その数じゃあ取引には応じられねえなあ。これでもまけてやってんだしさあ。へへへへ」

 

 イリアはディノの言葉にもめげず、キッと決意したように顔を上げる。

 

「こうなったら、この辺にいる人全員に声かけて譲ってもらう……!」

 

「ハア……他の人に迷惑かけないよう、ほどほどにしろよー」

 

 駆けだすイリアに対して(あき)れたようにそう声をかけるアレックス。

 

 そんな彼の表情が、その瞬間に強張(こわば)った。

 

「ゲッ! あ、あれ“センパイ”じゃねえかっ!!」

 

 イリアが話しかけた大柄の男性ゴッドイーターを見て、アレックスが急に(あわ)てだした。

 

 

◆◆◆

 

 

 センパイ――アレックスが言うには、それは決して僕達より経験のあるゴッドイーター、先達(せんだつ)という意味合いではないらしい。

 

 大柄(おおがら)筋骨(きんこつ)隆々(りゅうりゅう)、太い(まゆ)と常に引き締まった口元は、いかにも他者にも自分にも厳しい男らしさに(あふ)れているが、実際のところ彼はいわゆる重度の“オタク”であった。

 

 かつて極東で発展していた美少女アニメや漫画といったHENTAIコンテンツにどっぷりと漬かっているいるらしく、その凛々(りり)しい姿とは裏腹にひとたび口を開くとアニメや漫画由来の話題やセリフばかりを口走るらしい。

 

 HENTAIコンテンツをこよなく愛し、さらに同コンテンツでたびたび耳にするというSENPAIという敬称(けいしょう)を取り、いつしか彼はGE(ゴッドイーター)達から“センパイ”と畏怖(いふ)忌避(きひ)を込めて呼ばれるようになったのだとか。

 

 ……ようは、筋肉モリモリマッチョマンの変態ということだった。いや、マズイよ! イリアがそんな危険人物に接触してしまう!

 

「フム……私の配給ビールを欲していると? ウム、実は私は下戸(げこ)でな。処分に困っている缶が確か6本ほど冷蔵庫に入っていたと思うが」

 

 綺麗に二つに割れた顎先(あごさき)に手をやりながら、センパイは落ち着き払ってそう答えた。あれ、結構まともそうな人じゃないか……?

 

「お、お願いします! その6本を(ゆず)ってください! わたしに出来ることならなんでも……!」

 

 そう言い深く頭を下げるイリアに対し、センパイの(ほり)の深い目がキラリと光る。

 

「何でも……? フフフ、その心意気(こころいき)や見事! ならばっ! この試練に打ち勝ってみせるがよいわっ!!」

 

 センパイは懐に手をやると、何かひらひらとした布を引っ張り上げた。

 

 よく見るとそれは――女性もののスカート……?

 

「かつて極東では“アイドル”と呼ばれる職業が存在した。その華麗なる歌や踊りで大衆を魅了し、ついでに大量のグッズやら握手券やらで人々の財布の(ざい)を根こそぎ奪っていったという……」

 

 なんかセリフだけ聞くとたちの悪い詐欺師みたいなんですが、本当に認識合ってます?

 

「このスカートはっ! その伝説のアイドルが着用していたとされる衣装のレプリカだっ!! これを着用し、かつてのアイドルと同じ振り付けで踊ってもらおう!! 見事このミッションをこなしたのならば、我が捨てかねていた配給ビールのすべてを授けようではないか……!」

 

 捨てる予定だったもののためにそんな衣装着て踊れって……ギブとテイクのレートがおかしくない!?

 

 ていうか! なんでこの人女性もののスカート持ち歩いているの!?

 

「フッ、つまらんことを()くな少年! (おとこ)たるもの、常にいついかなる時も冷静に対処できるよう(そな)えを万全にするものなのだっ! フハハハハ!」

 

 いや、それ答えになってない!!

 

「えっと……着替えるの面倒だし、制服の上から()いてもいい……?」

 

「ムっ! それは……いや、いや問題ない! なぜなら私は目の前の女性がどのような服を着ていようと、瞬時に別の服へ脳内変換できる心眼(しんがん)を有している!! 君が色気もクソもないゴッドイーターの制服を着ていようと! 私の目にはフリフリのスカートを着用したかつてのアイドルの姿に自動変換される仕様(しよう)なのだっ! フハハハーッ!!」

 

 世界はそれを視姦(しかん)と呼ぶんですがそれは。

 

 とりあえずイリアは言われたとおりに制服の上からフリフリのスカートを着用し、なんだか上下でまったく()み合わない服装のままセンパイを見る。

 

「それで、どんな風に踊ればいいの? わたし、踊り方とかあんまり知らないけど……」

 

「フッ、心配無用だ。私はデータが()り切れるほどアイドルのライブ動画を視聴している。振り付けはすでに脳に、いや魂に深く刻み付けられているっ!! 私の動きに合わせて動けばいい……付いてこられるかっ!?」

 

 すいません話についていけません。

 

「……わかった。やってみる」

 

「よろしい! ならば――ミュージック・オンだっ!!」

 

 センパイが携帯端末を操作すると、端末からノリのいいポップな音楽が流れだす。

 

「さあ! まずはこうだ! ここから右手を前! 横! 前! 両手を一回転させ――指でハートを作ってキメっ!!」

 

「……キメっ!」

 

 センパイが大柄な体格に似合わない、両手をフリフリ腰をクネクネさせた動きでダンシング。イリアはそれを横目で見ながら完璧にトレースして見せている。まさに運動神経オバケだな……

 

「なんと! フハハハハっ!! 見ただけで(なん)なくついてくるとはなあっ!! 熱い! 熱くなってきたぞぉぉっ!! フウン!!」

 

 そう言うや否や、センパイは制服を脱ぎ捨て、上半身裸でムキムキに仕上がった筋肉を(あらわ)わとした!

 

「ならば本気でいかせてもらおう! 果たしてこの動きについてこられるかっ!? フン! フン! フゥゥン!! ホォン!!」

 

 ホォンて。

 

 マッチョが踊る。指先や腕を交差させ繊細な踊りを見せたかと思えば、両手でスカートを押さえるような仕草(しぐさ)で腰を突き上げて華麗にジャンプ。大胆さと可愛いらしさを両立させたような動きで筋肉モリモリマッチョマンが可憐(かれん)に踊る。

 

 イリアも踊る。センパイの動きに完璧に追随(ついづい)し、ヒラヒラのスカートを躍動(やくどう)させるように精緻(せいち)に、大胆に、かつてのアイドルの動きを完全に再現してみせていた。

 

 踊るマッチョとそれを模倣(もほう)する少女……うん。僕は一体何を見せられているんだろうか。

 

「……素晴らしいっ!! 感動した! まさしくかつてのアイドルのようであったわ!! できれば“チラリズムの地平(ちへい)”ギリギリの画角(がかく)で録画したいところだったが! 我が魂のメモリーカードにこのひと時は永劫(えいごう)に記録された……!」

 

「つまり……!?」

 

「ウム、合格だ!! 我が捨てる予定であった配給ビールをすべて持っていくがよいっ!!」

 

「やったっ!!」

 

 レインさんと一緒に大喜びするイリア。その様子を見ながら腕を組んで微笑むセンパイに、僕は気になっていたことを(たず)ねる。

 

 ――あの、チラリズムの地平ってなんですか……?

 

 僕の質問にセンパイはハッとしたような表情をし、ぐるりとこちらに視線を向ける。

 

「よくぞ聞いたっ!  チラリズムの地平……それは無限の可能性へと続く領域(りょういき)! ひらひらと揺れるスカート、その太ももから下着が見えそうで見えないっ! スカートが揺れるたびに我が心も右往左往(うおうさおう)! そんな感じになる下からあおり気味の画角、といったところかな?」

 

 ――いやそれほぼ盗撮じゃないですか。

 

「違う! まるで違うのだ!! 私はパンツが見たいのではない! 見えそうで見えない――そうっ! “見えない”ことこそが大事なのだ!! 昨今(さっこん)の商業主義に走った美少女コンテンツはこれがわかっていない!! 見えないからこそ想像ができる! 妄想がはかどるっ!! 妄想させる、これこそが要点(ようてん)だということをまるでわかっておらん!!

 エロが欲しくばエロを見る!! しかし欲しいのはエロではない!! トキメキなのだっ!!」

 

 ――すみませんホントわけがわかりません。

 

「わからんだとうっ!? わからないのは君が心の(とびら)を閉ざしているからだ少年っ! ならば君の心を溶かすまで何度でも説き()せようっ! いいかね!? そもそも妄想とは――」

 

 センパイは言いかけ、なぜかジッと僕の顔を凝視する。

 

「フム……話が唐突に変わるのだが……女装に興味はないかな少年?」

 

 なんか矛先(ほこさき)が僕に向いたっ!?

 

「あの……ビールは……?」

 

 困り顔で横からそう尋ねるイリア。

 

「ムオっ!? そうか、まずは約束を果たさねば!! この話はまた今度だ少年っ!!」

 

 そう言い残してセンパイは颯爽(さっそう)と走り去っていった。今度もなにも女装とか興味ないんだけど……

 

 数分後、センパイは約束どおりビールを8缶も届け、上半身裸のままさわやかな笑顔と共に立ち去っていった。

 

「おおっ! 合計で32缶かあ? へへへ、オマケまでくれるとはありがたいねえ! んじゃあエサやトイレ用の砂だけじゃあなく、多少色付けてやるよ」

 

 ディノがそう言いつつ、端末から連絡をすると――30分後には、大勢(おおぜい)の行商人たちがゾロゾロとやってきてペット用のエサやミルク、トイレ用の砂にネコ用の寝床とクッション、さらには毛玉を吐かせるための草の鉢植(はちう)えまで置いていった。

 

 すごいな……本当にお金は有り余っているみたいだ。

 

 唖然(あぜん)とする僕やアレックスを尻目(しりめ)に、ディノはホクホク顔で両腕と頭に配給ビールのケースを乗せて自室へと運んで行った。

 

「……かわいい」

 

「本当……ずっと眺めてられますね……」

 

 お皿に入れられたミルクを舌でペロペロと飲む子猫を、イリアとレインさんがうっとりした様子で眺めていた。

 

「……つうか、俺らも昼飯にするか? カイ?」

 

 ――うん。でもあの二人は……

 

「ほっとけよ。いってもたぶんテコでも動かないぜ、あの二人」

 

 ――そうかも……

 

 僕は大きくため息を吐き、アレックスに促されるまま、食堂で昼食を済ませたのだった。

 

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