ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【歪な街と人々と】

 時刻は17時を回り、空は水色から薄いオレンジ色へと変わりつつあった。

 

 僕とアレックスはリアムさんを先頭に、神機(じんき)を持たずに第二層の街へと入る。

 

 センタースワン周囲の第一層は、大きな屋敷に果樹園なんかが広がる優雅な雰囲気だったが、第二層になると一気に様相が変わった。

 

 大小さまざまな建築物が立ち並び、頭上には無数の黒い電線が蜘蛛(くも)の巣のごとく張り(めぐ)らされている。第一層が優雅な別荘地のようであれば、第二層は薄汚れた灰色の街とでもいうべきか。

 

 第三層ほど治安が悪いわけではないが、ゴミ箱の奥に伸びる薄暗い路地裏は、思わず足がすくんでしまいそうな剣呑(けんのん)さが(ただよ)っていた。

 

「どうせならイリアも呼んでやるべきだったか? あいつもこの辺はそんなに詳しくないだろ?」

 

 ――いや、確か今はアメリカ支部から派遣された正規(せいき)の心理療法士の人からカウンセリングを受けているはずだよ。

 

「ああ、そっか。そういや支部長が呼んでたっけな」

 

 アレックスは両手を頭の後ろで組みながら、つまらなそうな表情で周囲を見回した。

 

 僕たちは今、第二層のメインストリートともいえる“カーゴ通り”に来ていた。

 

 その名の通り、通路の左右には大きな金属製のコンテナが無造作に置かれており、その前で多くの商人が野菜や肉などの食料品や、雑貨類などを広げて熱心に呼びかけを行っている。

 

 まだ夕方前だが、すでに大勢の人々が行き()い通りは活気にあふれていた。第二層に住む人だけではなく、第二支部に務める職員や第一層の屋敷で(つと)める家政婦の姿も見える。

 

 熱心に値札を見つめる母親の横で子供たちが笑い声をあげながら通りを走る。向かった先を見ると、全身を虹色に輝かせつつ音楽に合わせて踊るポップコーン精製人型ロボがおり、その周りに目を輝かせて見つめる子供たちのサークルができていた。

 

「……あまりキョロキョロしないほうがいい。スリ師にカモだと目を付けられるぞ」

 

 先頭を歩くリアムさんからそう(くぎ)()された。

 

「あー確かにな。お前って戦い以外だとのほほんとしてっから、こういうとこいるとすぐにやられるぞ」

 

 ――そうか……もしかして、この間買い物に来た時に財布(さいふ)がなくなってたんだけど、あれって落としたわけじゃなく……

 

「もうすでにカモられてるじゃねえか! しっかりしろよなーホント」

 

 アレックスは呆れたように()を上げてそう言った。うーむ面目(めんぼく)ない……

 

「少しここで待っていてくれ。子供たちにお土産を買ってくる」

 

 リアムさんはそう言ってスタスタ立ち去ってしまい、

 

「あー俺もここいらで頼まれたモン買ってくるわ」

 

 アレックスも機械類を売っている商人の元へ行ってしまった。

 

 一人取り残された僕に、待ち構えていたように肩を叩く人物がいた。

 

「カイ! こんな所でどうしたのさ!? 探しものかい!?」

 

 ――ゲッ、おばちゃん!!

 

 40代くらいのふくよかな体系をした商人のおばちゃん。僕はこの人からいろいろと雑貨を買っている――いや、買わされているというべきだろうか……

 

「アンタ、身だしなみはちゃんとしなきゃダメだよ! 素材はいいんだからさ、髪にもちゃんとしたもの使わなきゃ! だからホラこれ、特別製のトリートメントさ! いまなら20FC(フェンリルコイン)(※日本円で2000円)の特別価格だよ!!」

 

 いや高いしいらないし!

 

 さっきも簡単にカモられるとアレックスに指摘(してき)されたところだ。ここはガツンと言っておかなければ。

 

 ――いつまでもそんな押し売りで買うと思ったら大間違いですから! いりません!!

 

 僕がそうハッキリと口にすると、おばちゃんは急にシュンと肩を落とした。

 

「そうかい……実はね、そろそろこの商売も()めようかと思ってるんだよ。ホラ、あんたも言った通り、あたしが扱ってんのは生活に役立つものばかりじゃないからさ……いらないものは淘汰(とうた)されるしかないってわけさ……」

 

 うっ……

 

「最後にお得意様だと思ってたアンタに買ってもらおうかと思ってたけど……結局あたしがそう思い込んでただけだったみたいだね。悪かったよ。そのトリートメントもタダであげるからさ……」

 

 ――い、いや、いらないものって、そんなことないですよ! このトリートメントも役立つものですよ!

 

「そうかい……? 10FCくらいの価値ならあるかな……?」

 

 ――も、もちろん!

 

「じゃあこっちの小型の置き時計はどうだい? 7FCくらいなら買ってくれるかい?」

 

 ――え、買う……? ま、まあそれくらいなら……

 

「じゃあこっちのペンスタンドは2FCくらいでどうだい?」

 

 ――ちょ、ちょっとっ!?

 

 ……そんなこんなで、リアムさんとアレックスが戻ってくる頃には、袋いっぱいに雑貨類やら洗剤やらを持たされた状態で出迎えるはめとなった。

 

「おお、ずいぶん買ったな? 意外と買い物とか好きなのか?」

 

 そう(たず)ねるアレックスに僕は全力で首を振った。結局おばちゃんの店をたたむとかいう話もウソだったし、「これだけ儲けたらしばらく店は続けられるよ!」とホクホク顔だったし、今回もおばちゃんにしてやられたか……

 

「買ったお土産(みやげ)を渡しに“ファーム”まで行きたい。悪いが付き合ってくれないか?」

 

 リアムさんがそう言うと、アレックスが怪訝(けげん)そうに首をひねる。

 

「ファームう? なんで農場なんかに土産もん渡すんだよ? アンタの実家か?」

 

「……まあ、ホームといえばそうかもしれない」

 

 リアムさんは口元をわずかに(ゆる)め、小さく微笑む。彼にとって何か大切な場所なのだろうか?

 

 カーゴ通りを抜け、しばらくリアムさんの先導(せんどう)で歩いていると――遠くに何やらものものしいフェンスが一帯に張り(めぐ)らされているのを見た。

 

 あれはたしか、第三層の――

 

「第三層の犯罪者たちを仕切るフェンスだ」

 

 リアムさんは侮蔑(ぶべつ)と憎しみを込めた声色でそう吐き捨てた。

 

 第三層――この支部の外縁部(がいえんぶ)の区画であり、周囲に張り巡らされたアラガミ防壁から最も近いエリアだ。もしもアラガミから襲撃を受ければ、真っ先に被害を受けるエリアでもある。

 

 第三層に住む人々は(まず)しく、さまざまな犯罪行為や薬物トラブルが横行するスラムと化しているらしい。

 

 水や食料は第二支部が生産したものを配給(はいきゅう)しているが、第三層には十分に行きわたっていないという……なぜなら第三層の人々の多くは、難民キャンプや衛星支部からやってきた“よそ者”だから。第二支部の食糧生産量が人口増加に追い付いていないのだ。

 

 与えられる食料は少なく、まともな仕事にもありつけない――そんな状況であれば、人々の心は(すさ)み、生活もまた無法そのものとなるのだろう。

 

 あのフェンスはそんな第三層の人々を封じ込める壁でもある。フェンス周辺からは建物はなくなり、だだっ広い土地に等間隔(とうかんかく)に監視カメラを取り付けた(くい)が並び立つ様は、まるで供養塔(くようとう)のようでもある。

 

 ……もしも第三層の住人がフェンスを越えてきたら、即座に第二層の警備兵が飛んできてたちまちハチの巣にしてしまうだろう。そんな彼らの死にざまを静かに見守り続ける監視カメラは、ある意味彼らの墓代わりとなっているのだろうか。

 

「犯罪者ねえ……けど、俺らもGE(ゴッドイーター)の試験をパスしてなけりゃあ、あそこに住むことになってたんだぜ?」

 

 自分の右腕にはまる巨大な腕輪をさすりながら、アレックスがそう言った。

 

 ……僕も難民キャンプからここ第二支部へやってきた“よそ者”だ。一歩間違えればあそこに押し込まれるはめになっていただろう。

 

 と、フェンスに手を掛けてこちらを見つめている何者かの姿に気づく。

 

 10代くらいの少年。右腕を失くしているようで、羨望(せんぼう)不条理(ふじょうり)()みしめるような表情で第二層の人々を見つめている。

 

 その顔に――僕は見覚えがあった。

 

 ――シャール……?

 

 僕が呼びかけると、シャールはハッとした表情で僕を見返した。

 

 やはりそうだ。第二支部へ向かうトラックに一緒に乗り合わせた少年だ。

 

 僕と同じくGEの適合試験を受けたはずだが……右腕がないということは……失敗したのか……

 

 シャールは悲しげに眉を寄せると、一転して素早く身を(ひるがえ)し、第三層の奥へと走り去ってしまった。

 

 ――待ってくれ! シャール……!

 

「行かない方がいい。第三層の連中に関わっていいことなんか一つもない」

 

 ()けだそうとした僕の肩を、リアムさんが強い力で引き戻した。

 

 ――どうして……!? なぜそんなに第三層の人を毛嫌いしてるんですか!?

 

 思わずそう問い(ただ)す。すると、リアムさんは黙とうするように一瞬目を閉じ、そして静かに答える。

 

「母と姉が、殺され食い物にされた。第三層の畜生(ちくしょう)共にな」

 

 リアムさんも僕と同じく、難民キャンプからこの第二支部へやってきたのだそうだ。

 

 運よくGEの適合試験をパスしたリアムさんたち一家は、これまでの生活とは打って変わり、第一層でとても裕福な暮らしを送っていたらしい。

 

 しかし、半年ほど経ってから、リアムさんは母と姉からこんな提案を受けた。

 

 第三層に住む人たちに、食べ物を分け与えたいと。

 

 聞けば、第三層には難民キャンプ時代にお世話になっていた人もいる。一歩間違えれば自分たちもあそこにいた可能性がある。だから少しでも生活を楽にさせてあげたいのだと。

 

 当時のリアムさんは反対した。

 

 正直に言えば母と姉と同じく第三層の人たちを助けたいとは思っていた。しかし、あそこの人々と関わりを持ってしまうと、今後のキャリアや今の部隊での立場に大きな影響を及ぼしかねない……それは他ならぬ家族の生活にも影響する。だから反対しつづけた。

 

 だが。リアムさんの母や姉は、彼が思っている以上に純粋で、かつ行動力が高かった。

 

 彼が任務に(おもむ)いている間、二人は第二層の警備兵に金を(にぎ)らせ、たくさんの食糧と調理器具を持ち、第三層で無償(むしょう)の炊き出しを行ったのだ。

 

 リアムさんがそのことを知ったのは、任務完了後に帰路(きろ)に着く時だった。

 

 嫌な予感がした。胸がざわめき鼓動(こどう)が加速度的に早まっていく。

 

 頼む。頼む。頼む。

 

 誰よりも善良なあの二人を――どうか、どうか安全に家に帰してくれ――

 

 神様――!

 

 しかし。

 

 この世に、神は存在しなかった。

 

 荒い息のまま第三層へとたどり着いたリアムさんが見たものは。

 

 彼女たちが持ち込んだ調理器具で無残に解体され、調理される、最愛の家族の肉塊であった……

 

『馬鹿な女どもだったぜ。さんざん犯してバラして食ってやった』

 

 第三層の男がゲラゲラ笑いながらそう言った。

 

『第一層の偽善者(ぎぜんしゃ)どもがよう。ショボい食料こさえていい人ゴッコするからこうなる。俺たちに寄り()いたいなら俺たちと同じ場所まで()ちないとなあ? ざまあみろ。いい気味(きみ)だぜ』

 

 リアムさんは、神機を持ったまま立ち()くしていた。

 

 酸鼻(さんび)極まるその光景を現実とは認識できなかった。認識したくもなかった。

 

 しかし、水に浮かべた紙が徐々(じょじょ)に水に浸透していくように、無残な血肉、焼かれる母と姉の生首、下卑(げひ)た笑いを交わす第三層の住人達……それらの現実が浸透する。信じられない現実が事実であると思い知る。

 

 死んだ。

 

 死んだ。

 

 いやだ。いやだ。

 

 死んだ。死んだ。死んだ。

 

 こいつらが殺した。殺した。殺した。ころした。

 

 

 ――――――――――――――――――

 

 

 殺してやる。

 

 

「……そこからの記憶は、ない。」

 

 深く、深くため息を吐きながら、リアムさんはそう言った。

 

「気が付けば懲罰房(ちょうばつぼう)に入れられていた。だから、何をしたのかはよくわかった……ああ、後悔したさ。家族を犯して殺して食ったクソ共が、その死ぬ間際(まぎわ)無様(ぶざま)な顔を覚えていない事にね」

 

 ……GEは支部にとって、アラガミから人々を守れる貴重な戦力だ。

 

 大きな犯罪……例えば、アラガミでない人を大勢殺したとしても、かつての法例(ほうれい)に従い極刑に処されることはまずない。せいぜい数ヵ月、あるいは数年独房(どくぼう)に入れられたあと、何事もなかったように現場に復帰させられるのだ。

 

「……つまらない話をした。さあ、改めてファームに案内しよう」

 

 リアムさんは当時のことを思い出したのか、冷たい眼差(まなざ)しのまま先へと進む。

 

 僕とアレックスは沈黙し、重苦しい空気のまま後をついていった。彼にかけてやる言葉はなにも見つからない。

 

 重く(むご)たらしい現実に対しては、どんな言葉も軽すぎる。それを理解していたから……

 

 夕日が乱雑(らんざつ)に立つ第二層の建物群に深く暗い影を落とす。

 

 リアムさんは暗い影に(ぼっ)した路地裏を進み、黒いコケの生えるヌルついたコンクリートの地面を躊躇(ちゅうちょ)なく歩く。

 

 慣れた様子で曲がりくねった道を進み続けると――前方に武装したいかつい風体(ふうてい)の男が三人、僕たちを見下ろしていた。

 

 僕は身構(みがま)え、アレックスが無言で戦闘態勢に入るが、リアムさんは僕たちを振り返り、大きく首を振った。彼らは敵じゃない、ということだった。

 

「彼らは“ファーム”の護衛みたいなものさ。僕の顔見知りだ。心配ない」

 

 男たちはリアムさんの顔を見るや、武器をしまい込み奥へ進めるよう道を譲った。

 

「なあ、なんだよファームって? こんな路地裏にあって、あんな連中が目を光らせてんなら、ただの農場ってことはないよな?」

 

「見ればわかるさ。外はものものしいが、中はいい所だよ」

 

 そう言うリアムさんが向かった先は――築五十年以上は経ってそうな、古びて不気味なコンクリート製のマンションのエントランスだった。

 

 ガラスが一部割れた扉を開けると――奥で椅子に座り分厚い本を読んでいた、上下黒のジャージ姿の老紳士が僕たちへ優しい笑みを向ける。

 

「やあ。ようこそ……仕事はもう終わりかいリアム? 今日はずいぶんと早いじゃないか」

 

「いえ、臨時収入が入ったので、これを子供たちに食べさせてあげてください――牧師様」

 

「……牧師……?」

 

 (まゆ)を寄せて怪訝(けげん)(たず)ねるアレックス。リアムさんは小さく肩を落とした。

 

「“ファーム”……つまり、迷える子羊を導く農場……こんな場所だが、ここはかつての三大宗教の教会なのさ。孤児院も()ねたね」

 

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