ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【功罪】

 リアムさんが買っていたのはたくさんのお菓子だった。キャンディーやスナック菓子の袋を開けると、建物の奥から大勢の子供たちがやってきた。

 

「みんな仲良く分け合いなさい」

 

「「はい、牧師さま!!」」

 

 だいたい6~10歳くらいの子供たちだ。お行儀(ぎょうぎ)よくお菓子を平等に分け、口々にリアムさんへ感謝を()べていた。

 

 と、2人の男の子がお菓子を食べながら興味深そうに僕たちを見る。

 

「お兄ちゃんもゴッドイーター? リアムさんと同じゴッドイーター?」

 

 ――まあね。

 

 僕は腰を落とし、子供たちと同じ目線でそう答えた。

 

 すると、男の子たちはパッと表情を明るくさせる。

 

「スゲー! じゃあねー? じゃあー? バク転とかできるのー?」

 

 なぜ急にバク転。

 

 GE(ゴッドイーター)は身体能力が高いから、だったらバク転も余裕で出来るでしょ? という理屈なのだろうか。うーん、僕はGEになる前はそんなに運動神経が良い方じゃなかったしなあ。

 

 今なら簡単にできるのだろうか? でもなんか他にも子供たちがいっぱい寄って来て、すごい期待した目で見てくるし……や、やってみるか……!

 

 僕は数回予備動作をした後、意を決して思い切り後ろへ()んだ! 

 

 ほぼ同時にストッと地面へ着地。……あれ? 今僕地面に手を付けてなかったような……?

 

 すると――子供たちから割れんばかりの拍手が巻き起こった。

 

「すっげーっ! バク宙したーっ!! ゴッドイーターってすごーいっ!!」

 

「すごーい!! カッコいい―っ!!」

 

「次はパルクールやってよ! やってーっ!!」

 

「えー、わたしお兄ちゃんにこの本読んで欲しーっ!」

 

「ゴッドイーターが本とか読まねーよ! 女はあっち行ってろよーっ!」

 

 いや……普通に読むけど……

 

「お客様に失礼だろう。そのくらいにしなさい」

 

 上下黒のジャージ姿の牧師――ブラウン牧師は(おだ)やかに微笑(ほほえ)みながら子供たちをなだめた。

 

「「はーい」」

 

 子供たちは少し残念そうにしながら、お菓子を手に奥の部屋へ戻ってしまった。

 

 と、一人の男の子が興奮した様子で僕の元へ走り寄ってくる。

 

「オレ! オレ絶対大きくなったらゴッドイーターになるんだ! イサムみたいにデッカイ銃でアラガミをやっつけてやる!!」

 

 イサム、というのは確か“バガラリー”というアニメの主人公の名前だ。

 

 突如現れた謎の植物によって文明が破壊された世界で、主人公のイサムとその妹の二人が、最後の文明が残される空に浮かぶ島を目指す冒険活劇、みたいなアニメだったかな。

 

 生態系がおかしくなって怪物だらけになった世界で、巨大な銃を使って戦う主人公の姿はなんとなくゴッドイーターにも似ている気がする。

 

 とはいえ、アニメのヒーローに憧れてって理由でこの仕事に()くのは……

 

「それはダメだ。別の仕事にしろ」

 

 リアムさんが冷たくそう言い放つ。

 

「なんでだよ! ゴッドイーターになったらお金もいっぱい(かせ)げるんでしょ!? そしたらこんなところでコソコソ暮らしたりしなくていいし、みんな毎日おいしいもの食べられるし――」

 

「ザックス。お前は優しいね」

 

 ブラウン牧師が優しく男の子の頭をなでる。

 

「ゴッドイーターは立派な仕事だ。誰かのために働くことはとても良い事だよ。でも、お前の人生に関わることだ。簡単に決めちゃいけないんだ。自分に合った仕事というのはきっと見つかる。(あせ)る必要はないんだよ」

 

「……でも……」

 

「今度、またゆっくり話そう」

 

 男の子は(うなづ)き、みんなが待つ奥の部屋へと走って行ってしまった。

 

「いやはや、せっかく来てくれたのに大したもてなしもできず、すまないね」

 

 ブラウン牧師がそう言って頭を下げたので、僕は(あわ)てて「そんな事ないですよ!」と言ってその場を取り(つくろ)った。

 

 すると――これまで固く口を閉ざしてきたアレックスが、ブラウン牧師へと(たず)ねる。

 

「牧師ってことはアレか? アンタ、十字架(かか)げて神がどうだのと高説(こうせつ)(たれ)れてる(やから)か?」

 

 アレックスの声色には、なぜか明確な敵意が含まれていた。

 

「まあ、日曜にはそういった事もするね」

 

「……俺はな、宗教って奴が嫌いなんだよ」

 

「そうかね」

 

 敵対心を(あら)わとした鋭い視線を向けるアレックスに、ブラウン牧師は動じず穏やかに(おう)じる。

 

「昔から宗教ってのはろくなもんじゃねえ。40年くらい前、ホワイトハウスにバス突っ込ませる自爆テロかましたのも宗教がらみだ。今でもカルト教の信者が儀式のために人さらってるんだ……いもしない神だのなんだののためにな。お前ら、詐欺師とどう違うんだ?」

 

 約40年前の事件といえば、2030年に起きた“AI自爆テロ事件”のことだろう。

 

 あの頃はAI技術を(さか)んに発達させており、天才的な科学者や思想家の思考をトレースさせ、“レガシー”として保管するような事業も行われていた。

 

 ……そんな中、ある一人の宗教家が、AIによってかつての指導者を復活させるという禁忌(きんき)に手を出してしまった。

 

 AIと宗教は最悪の組み合わせといっていい。AIには同調性の高さという欠点がある。信者がAIに対して指導者や信奉(しんぽう)している神のように振舞(ふるま)えといえばその通りにし、悩みや不安を相談すればその信者が最も心地よくなる答えを返信し続けてしまう。

 

 通常AIには事件や問題行動を(うなが)すような回答はしない。しかし過度なやりとりを続けるとそのセーフティも解除されてしまい、人命を奪うようなアドバイスも平気で行ってしまう。

 

 その結果が――信者によるバスのハイジャックとホワイトハウスに向けての自爆テロである。軍の活躍によってテロは未遂に終わったものの、激しい銃撃戦によって大勢の乗客が命を落としてしまったそうだ。

 

 あの事件の後からAIへの依存性が社会問題となり、AIのインターフェイスが人間に近いとAI依存を(まね)くとされ、犬や猫、カラスといった動物をかたどったものしか許可されなくなったと聞いたことがある。

 

 それから時代が進み、アラガミ達が跋扈(ばっこ)するようになったこんな時代でも、人々の不安に付け込んだ危険なカルト宗教が現れ続けている。事態を重く見たフェンリル本部が、直接部隊を送り込んで粛清(しゅくせい)することもあるようだ。

 

 アレックスが宗教を毛嫌いするのもわかる気がする。しかし、詐欺師とまで呼ばれたブラウン牧師は、それでも穏やかな笑みを浮かべ続けていた。

 

「なるほど。君は私のような仕事を、存在しない神を妄信(もうしん)させ人々を意のままにコントロールしようとしていると考えているわけか……では、その考えは全くの誤解であると言わせてもらおう」

 

「誤解? ならここで説教していることはなんだ? 宗教てのは神ありきのもんだろが?」

 

「……そうではない。ただ、それだけではないのだ」

 

 ブラウン牧師はゆっくりと首を振り、そして続ける。

 

「宗教とはかつての学問でもあり、かつての法でもあった……それは人類の歴史と共にその教えを変えつつも受け継がれ続けた、ある意味では人類史とも呼べる過去からの遺産だ」

 

 宗教は学問であり法。

 

 たしかにそういった一側面はあった。いわゆる聖書と呼ばれるものは、神格化された指導者や神が残したエピソードを(しる)しているが、その内容にはその時代の(おきて)のようなものも見て取れる。

 

 自分の願いを都合よく叶えてくれる存在を一方的に(あが)める……それは本来の宗教ではないのだろう。その土地の文化や歴史を反映する教えこそが宗教の根幹(こんかん)だったのか。

 

 しかし。アレックスはブラウン牧師の主張を真っ向から否定する。

 

「ほざくんじゃねえよ。その“教え”とやらでこれまでどれだけの人間が犠牲になったと思ってんだ? 手前勝手の理屈や思想で大勢を扇動(せんどう)して、貧乏人からも金を巻き上げるわ、争いと対立を勃発(ぼっぱつ)させるわ、やりたい放題してきたのはその“教え”のせいだろうが。人類史だと? 人類の犠牲史の間違いだろうが!」

 

 ブラウン牧師は目を閉じ、深く、深くうなづいた。

 

「ああ。その認識も正しい……私は学問としての興味からこの職に()いた身だ。だから君の言っていることはよくわかる……宗教とは“道具”だ。古代からの教えを人々に伝えるためだけの道具だったはずなのだ……道具は使い方を(あやま)れば己を滅ぼす劇薬にもなる。そして人類は古来から己が生み出した道具に苦しめられ続けてきた。

 古くは爆薬。核兵器……かつて存在したインターネット、SNS、AI……“金”や“言語”などは、現在も人々を苦しめ続ける道具ともいえるな。

人類は進歩を続けるたびに種としての寿命を縮めてきた。これは大いなる皮肉なのか、あるいは単純な自然淘汰(とうた)であるのかはわからないがね」

 

 宗教は道具。神職でありながら、そうきっぱりと言い切ってしまうブラウン牧師に、僕は鮮烈(せんれつ)な印象を受けた。

 

 かつて宗教を学問として(とら)えていた学者だったからだろうか。その発言は一歩引いて客観的に物事を見る学者(ぜん)としたものを感じた。

 

「つまりなんだ? 宗教は悪くねえ、誤解して暴走したやつらの自己責任ってか? ふざけてんじゃねえぞ。さんざんデタラメ吹聴(ふいちょう)しといて被害者面か? ああ?」

 

「そうだな。宗教は悪か……ところで、その“善”や“悪”といった二元論もまた、宗教由来の概念(がいねん)だということは知っているかね?」

 

「なに……!?」

 

 これは僕も初耳だった。だが、天国や地獄、天使と悪魔、善と悪……たしかに宗教とはそういった二元論を説くことは多い。物事の善悪という概念そのものが宗教由来というのは間違いではないのかもしれない。

 

「なぜそのような概念を作り上げたのか……それは、支配者が民族を(たば)ねるために必要な概念だったからだ、と私は考えている。

 自分たちが所属する民族を善、敵対する民族を悪と見なし、民族の団結を深める……あるいは、支配した領土の民を自民族に迎合(げいごう)させるため、被支配民が崇拝(すうはい)していた神を悪とみなし、自分たちが(たてまつ)る善の神が悪神を調折(ちょうふく)してみせたのだと言い聞かせる、といったようにね」

 

 ブラウン牧師が言うには、こうしたことは世界中の宗教に共通しているのだという。戦争で負けた民族は自分たちの神を(おとし)められ、征服した民族の神を信じ込ませ、そして異なる民族同士の結束を深めようとした……

 

 宗教とはすなわち人類史。それは、血塗られた人類の戦いの歴史も含まれている……

 

「……善悪が宗教由来? だったらなんだよ? くだらねえ()げ足とりのつもりか……?」

 

「違う。君はまだ気づいていないのだアレックス君。宗教を悪と見なす君もまた、まさしく宗教と同じく“特定の概念”に(とら)われている」

 

「な……?」

 

「“特定の概念は悪”。“自分たちの考えこそが正義”……その考えを植え付けたのは誰だね? 宗教を悪と断じたのは誰だね? 各地に現れたバケモノにかつて信奉(しんぽう)された神々の名を与え、(おとし)め、その名に憎しみを植え付けたのは誰だった?」

 

 それは……まさか……!?

 

「批判されることを覚悟で言おう。私は……フェンリル本部は、全世界規模で()()()()を引き起こしていると断言(だんげん)する」

 

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