「……俺は」
アレックスは、ここまでブラウン牧師の発言を聞いてなお、牧師に対して敵対的に歯を
「あんたが何といおうが、フェンリルを信じる……! アラガミ共がうろつくこんな世の中で俺たちを守ってくれたのは誰でもない、フェンリルだ!! フェンリルにどんな
ブラウン牧師は――しかし穏やかに。アレックスの発言を肯定するように微笑んだ。
「考えた結果、そう結論を出したなら私はそれを肯定しよう。私は何も君たちにフェンリルと
……私は、一人でも多くの人に、子供たちに、考える機会を与えたいだけなのだ」
――考える機会とは……?
「最も人間らしい行いとは何だと思う? 私はね、“疑う”ことこそを人間らしい行いと考えている。
人と動物の違いは何だと思う? 言葉を使うことか? イルカなど仲間内でコミュニケーションを取れる生き物は多くいる。火を使うこと? オーストラリア大陸にかつていたファイアーホークは火で狩りを行っていた。法を守ること? アリや
人と動物の決定的な違いは、疑えること。
考える機会を与える――フェンリルを疑うことが正しいといいたいのか……?
しかし、続くブラウン牧師の言葉は僕のそんな考えを否定する。
いや――超越した。
「私をフェンリルと反目させる詐欺師と断じるならそれでいい。逆にフェンリルを疑うのならそれもいい。大切なのは、自分で考えて答えを出したかどうかだ。
これまで長々と話してきたが……どうか
逆に、フェンリルの考えを絶対善とし、私の考えの全てを否定してかかるような、閉じた思考に
どうか、どうか“よく考えて欲しい”のだ。結果君たちが私の考えを肯定しようが否定しようが、それはどうでもよい。
無思考で何かを
疑いは人々の結束を断ずる毒にもなるが、過ちを踏みとどまらせる最後の
それは、主張ではなく、教えを説うたわけでもなく。
祈り、であった。心の底から僕たちを――いや、人類の未来を案じた……
フェンリルを疑うのか。それともブラウン牧師を疑うのか。
僕の中では、まだ答えは出なかった。
それに、僕にはフェンリルの真実を知るよりも、やるべきことがある。
ニャルラテップ――奴を倒せるくらい強くならなければ。フェンリルがどんな組織であれ、ここに頼らなければ生き残ることはできない。
そう、つまり、今の僕には取りうる
僕がそのことを伝えると、ブラウン牧師は微笑みながら深く
「よく考えたね。まずは
隣のアレックスを見る。
彼は
「……それでも俺は、お前らを信用することはできない……宗教を説く連中は……」
歯を食いしばりながらそれだけを言った。
彼がこれほどまでに宗教を憎悪する理由はなんなのか。
あるいは……彼の過去に宗教が深く暗い影を落としてしまっているのか……
「顔を上げろ。立派な答えだ。お前は考えて答えを出してみせた」
ブラウン牧師に代わり、リアムさんがそう言った。
「僕や牧師様を嫌うならそれでいいさ。お前はきちんと良識をもったいい奴だ。
何も考えず、フェンリルの意向を真に受けて
……ここに来る前に武装した男たちがいただろう? 彼らはここの信徒じゃないが、子供達のため、自分たちの意思でここを守っている……フェンリルに
馬鹿な。
「オイ、嘘だろ……? ここにはあんな大勢の子供がいるんだぞ!?」
「言っただろう。何も考えていないのさ。宗教家は神なんて存在しないものを妄信する
罪のない子供の命を奪う重大さを理解していない。できない。なぜなら何も考えていないからだ……フェンリルを妄信し宗教を一方的に敵視する
支部はフェンリルが直接支配する領土であり国。フェンリルの意思は、そのまま国の雰囲気として民衆に浸透していく。
宗教家や宗教施設は悪。だから何をやっても問題ない……そんな空気に簡単に毒され自らフェンリルの手足となって襲い掛かる者たち。
リアムさんは“何も考えていない”と断じたが、僕はそうは思えない。彼らなりの理由があったのだ。それは……身勝手な正義感を満たしたいとする欲望。フェンリルという巨大な組織に属することで安心感と満足感を得たいとする欲求。苦しい生活を強いられる自分よりもさらに下等な存在を見つけ、“コイツに比べればマシ”という安心感を得たいとする衝動……
正直、吐き気がした。まだ何も考えていなかっただけの方が
「…………」
アレックスは沈黙する。子供たちを犠牲にする
それでも、彼の中でブラウン牧師たちを認める事ができない、割り切れない何かが彼の中にあるようだ。怒りをにじませた表情で、ただ沈黙を貫き通した。
「……おや、もうこんな時間か。すまないね君たち。わざわざ訪ねてきてもらったのに、こんな面白くもない話を聞かせてしまって」
そういって頭を下げるブラウン牧師。僕は――なぜか言葉が
「よかったら、また遊びに来て欲しい。そのほうが子供達も喜ぶからね」
そう言うや否や、部屋の奥の扉がガチャリと開き、数人の子供たちが顔を
「ぜったいまた来てよ! 絶対だよにーちゃん!!」
「バガラリ―ごっこしよー! ねえー!!」
「あ、そっちのデッカイにーちゃんは来なくていいから!」
「ウルセーなこのやろっ!!」
アレックスがツッ込むと、子供たちがケラケラと明るく笑う。
ブラウン牧師も優しく微笑み、その横でリアムさんも小さく吹き出していた。
子供たちの相手ってあんまりやったことないけど……うん、また近いうちに行こうかな。
胸の内に沈んでいた気分は、子供たちの明るい顔と声が一瞬で吹き飛ばしてしまった。
僕は晴れやかな気持ちで、アレックスと共に“ファーム”を後にした。
「……フェンリルが悪かもしれねえ」
薄暗い街灯に照らされる路地裏を歩きながら、アレックスがそう
「……いいさ。
思いつめるようにそう口にする彼に、僕は思わず反論しそうになった。
けれど……止めた。ブラウン牧師は僕たちの考えを尊重した。決して答えを決めつけるようなことはしなかった。
自分の出した自分だけの答えを尊重する。その大切さを学んだばかりだったから。
……このまま放っておけば、彼とは道を
胸によぎったその予感を、僕は自分の内の奥底へそっとしまい込んだ。
◆◆◆
センタースワンの自室に戻った時、端末に通信が入った。
発信元は……イリア?
電話を取ると、彼女はスピーカーの奥から
『リーダー……そろそろあなたの過去を聞かせて欲しい』
はい?
『わたしと約束したはず。ここに来る前にどんなことをしてたのか、どうしてここに来たのか……話して欲しい』
……ああ。そういえば昨日、いずれ話すとか約束したような。いや、昨日の今日でもう約束果たせっていうの!? ちょっと気が早すぎる!!
――ええっと、まあ、いいんだけど……でも時間も時間だし、もうすぐで消灯する時間だよ? 消灯後の通話は厳禁だったはずだし……
そうやんわり断ろうとした時、厄介なことにAIのフギンが通話に割り込んできた。
『その点は心配ございません。フリード隊長から許可が下りています』
は……?
『ユーザーのカイさんが消灯後も通話を行うリスクがあったため、状況についてフリード隊長に送信いたしました。結果、“それが青春ってやつだから仕方ない”とニヤケ
さ、最悪だ!! なんでわざわざフリードさんにまで伝えてるんだよ!! 絶対変な誤解されるやつじゃん!!
『消灯後も話せるんだ? よかった。じゃあリーダー……』
ああ……もう断れないなこれ。
――でも、僕の過去なんてそんなに面白い話でもないよ? アラガミに襲われてから転々と逃げ回ってただけの話だし……
『構わない。お互いのことを深く知るのが仲間だと思うから』
……ちょっとこの子、重いなあ……
『あ、そうだ』
ふと、思い立ったようにイリアはこう切り出した。
『アレックスは、任務の時以外はリーダーの事を“カイ”って本名で呼んでるんだよね……わたしも、カイ、って呼んでいい……?』
――え? いや別に構わないけど……?
『…………やった』
電話ごしにぼそりとそう呟く声が届いた。
なんとなく、電話の向こうで小さくガッツポーズして
本当にかわいいな。
……いや僕は何を考えているのか。僕はリーダーで、彼女は大切な仲間だ。それ以外の事は考えてはならない。首を大きく振って物理的に邪念を振り払った。
『じゃあ……えっと、カイ……いろいろ、あなたのこと、聞かせて欲しい』
それから、消灯時間を2時間以上過ぎたものの、僕はこれまで起こったことを彼女に話した。
打ち明けた、といった方が正確なのかもしれない。最愛の両親を見失ってしまったこと、親友だったマックスを失った事、僕のために命を落とした
話しているうちに、悲しみが、
イリアは、それでも静かに、僕の言葉を感情を受け止め続けてくれた。
――ごめん。
そう謝ったら、彼女は静かにこう言った。
『……わたしの方こそごめんなさい。あなたやアレックスが自分の事を話したがらない理由がやっとわかった……軽々しく言えないよね……それなのに、わたし……』
――君が謝るのは違うよ。少なくとも僕は、君に色々話せてよかったと、そう思っているから。
『…………』
沈黙。
やがて、イリアが
『逆に……よかったことを話さない?』
えっ?
『アラガミさえいなければこんな世の中にならなかった……でも、それをなかったことになんてできない。だから……逆にこんな世の中になってよかったこと、話そう?』
――アラガミが
『わたしは、あるよ』
イリアは、勇気を出して
『あなたに出会えたこと。あなたやアレックスに出会えたこと……出会えてよかった。本当にそう思っているから』
イリア……
――僕もだ。君と出会えて本当に良かった。
『…………』
スピーカーの奥から、イリアが深く息を吐く声が聞こえた。
そうだ。この出会いは、こんな世の中でも
『……うん。ありがとう。じゃあ他にも話そう? 他にも良かったことは、やっぱりミーオがここに来てくれたこととか……』
――ああ、やっぱりネコなんだ。
『かわいいよ。寝顔見た? 見てないの? 写真いっぱい撮ったからあとで共有するね?』
いや共有とかそこまでは……ま、まあいいか。
そして僕とイリアはこの後3時間ほど“よかった探し”を続けた。まあほとんど彼女のネコ愛を語られただけって感じだったけど。
次の日は当然のように寝不足でキツかったが、それ以上にこの時間は
アラガミによる被害。
イリアは……そんな中でも、
絶望しかない世の中。
それでも僕たちが生きていく世の中。
生き抜くための希望を……少しだけ、僕に分けてくれたのだから。