ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【アラガミの名はツァトゥグァ】

 施設内をしばらく進んでいると、レインさんが僕達へ止まるよう警告した。

 

『そこの扉から炎の()ぜる音を(ひろ)いました。まだ室内で燃えているなら、扉を開けるとバックドラフトが発生する危険性があります。三人とも十分に距離を取って離れてください』

 

 バックドラフト……確か、火災が起きた密閉空間で一気に空気が入り込むと、爆発的に炎が噴出(ふんしゅつ)する現象のことだっけ。もしも巻き込まれれば大怪我(けが)を負ってしまう。

 

 僕たちは言われた通り扉から離れ、突き当りの廊下(ろうか)から壁ごしに見守る。

 

 レインさんが操る三つ目トンボが、無線通信を介して防火扉(ぼうかとびら)のロックを解除。重い扉が引き上がると共に、大量の黒煙(こくえん)が流れ込んで来た。

 

 バックドラフトは発生しなかったものの、これでは前がまともに見えない。

 

「こりゃやべえな……救助なんてできる状況じゃねえぞ」

 

 すると、マイクから外に待機しているカンナの声が届く。

 

『煙が出てる、ってもしかして、みなさんあの大穴の近くにいるんスか? あたしの方でも煙モクモク上がってる穴が見えてるんスけど……あ、画像送りますね?』

 

『……画像確認しました。壁面が(くず)れるほどの爆発が……? しかし、そこの穴から消火剤を運ぶことはできそうですね。至急、消火用ドローンを送るよう手配いたします』

 

 アレックスは壁に背を(あず)けたまま、じれったそうに口元を(ゆが)めた。

 

「消火完了までここで待つだけかよ、クソ……」

 

 要救助者がこちらの助けを待っているかもしれない状況だ。彼の気持ちはわかるが、だがあの煙の中に突っ込むのはほぼ自殺行為だ。ここは待つことしかできない。

 

 僕とイリアは肩を落とし、その場は諦めて待機しようとした。

 

 その時だった。

 

『待ってください! 音声が――間違いありません、人の声をキャッチしました! 扉の奥に、救助者の声があります!!』

 

「何だと!?」

 

 これは――のんびり消火を待っている余裕はなさそうだ。

 

 僕は(そで)で口元を覆い、できるだけ姿勢を低くしながら黒煙が吹く扉へと向かった。

 

『リーダー! 危険です!!』

 

 ――それでも放ってはおけない!!

 

 肌が()げてしまいそうなほどの熱気。猛々(たけだけ)しくうねり、まとわりつく黒煙。ものの数秒で(ひたい)やこめかみから汗がしたたり落ちた。

 

 僕は目を()らしながらゆっくりと進む。煙の隙間から燃え上がる炎が現れ、熱せられた空気が視界をゆらゆらと揺らす。

 

 声は……救助者の声はどこだ? 耳をすませる。爆ぜる炎の音。ざりざりと鳴る靴音。

 

 すると、僕の靴音に交じって、背後から複数の靴音が続いた。

 

「一人で突っ込んでどうにかなるもんじゃねえだろ、全く……」

 

「みんなで助け出そう……!」

 

 アレックスとイリアだった。二人を(あん)じて引き返すように言おうかとも思ったが、もし救助者が瓦礫(がれき)に埋まっているなら一人ですぐに運ぶのは難しいだろう。

 

 今は救助が最優先だ。迅速に見つけ出しすぐにこの場から離れなければ……!

 

『声の方角はそこから10時の方角です! 煙をまともに吸い込まないよう、冷静に行動を!』

 

 レインさんの指示に従って進むと――かすかに、聞こえた。

 

 (うめ)くようにか細く助けを求める声。

 

 声は――目の前の瓦礫の下からだ!

 

 僕達3人は神機を置き、急いで手で瓦礫を取り除く。やがて、下から血を流す白衣姿の女性研究者が姿を現した。

 

「う、う……」

 

 体のあちこちの骨が折れているのだろう。ぐったりとしていたが、まだかろうじて意識がある。すぐに応急処置をすればきっと助かるはずだ!

 

「よし、一旦外に運び出そうぜ」

 

 僕はうなずき、研究者の体をゆっくりと抱き上げる――

 

 その時だった。

 

 グオオオォォオオォッ!!

 

 地面を、壁を、炎を、揺るがし(とどろ)かせるほどの凄まじき咆哮(ほうこう)

 

 僕は見た。渦巻(うずま)く熱気のただなかで、心臓が凍るように一気に縮み上がった。

 

 振り返った先に、全身に炎を(まと)わせる全長7メートル近い巨大なアラガミが、2本の足で直立しこちらを見下ろしていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 そのアラガミは、さながら燃える巨人のようでもあった。

 

 崩落した天井の瓦礫の上に、2本の太い足で立ち、巨大な両腕を左右に大きく広げる。手のひらは白い骨のような外骨格(がいこっかく)で構成され、先端が鋭いカギ爪状になっている。

 

 一層(いっそう)目を引くのは――その頭部だ。

 

まるで巨大な鹿(しか)頭蓋骨(ずがいこつ)のような頭。天に向かい無数に(えだ)分かれする太い角が、全身の炎の明かりに照らされ壁面に邪悪な影を刻んでいた。

 

 鹿の頭蓋骨は上あごだけがあり、牙の隙間から、4本の鋼線(こうせん)がまるでバイオリンの(げん)のごとく下へ伸び、(また)近くにある下あごの骨へと結びついていた。

 

 新種……間違いない。こいつがこの研究所を襲ったアラガミ……!

 

 戦闘は避けたかったが、救助者の前に立ちはだかった以上、戦うほかはないだろう。

 

 しかし一番の問題は――今この腕の中に、重傷を負った救助者がいるということだ……!

 

「行け! リーダー!! 俺たちが(おとり)になる!!」

 

 アレックス。素早く僕のそばを離れ、神機を手に取りあの燃えるアラガミへと勇敢に突っ込んでいく!!

 

「わたし達があいつを外におびき寄せる! リーダーはその人を安全なところに!!」

 

 イリアもまたアレックスの後を追う。二人の動きを察知(さっち)した巨人のアラガミが、頭骨(ずこつ)穿(うが)たれた空虚(くうきょ)眼窩(がんか)で二人を見下ろした。

 

 二人の事は心配だが、今は救助者の避難が先だ。

 

『アラガミ、動きます! すぐに回避行動を!!』

 

 炎の巨人が丸太4本分はありそうな巨大な右腕を振り下ろし、轟音(ごうおん)と共に飛散する瓦礫(がれき)を目の(はし)で見た。

 

 けれど僕は振り返らず、全速力で施設の奥へと引き返す。炎や煙が届かない場所まで腕に抱えた怪我人を運び出さなければならない!

 

 二人とも、無事でいてくれ……!

 

 僕は全速力で来た道を戻り、無人の廊下を何度も曲がり、戦闘音すらほとんど届かない場所まで救助者を運び出した。

 

 腰のメディカルポーチを開け、除菌ジェルの塗られた止血テープを研究者の患部(かんぶ)へと巻いた。雑な応急処置だが、これで失血による危機は去ったはずだ。

 

『救護用ドローンの要請を行いました。彼女はここに安置していただいて問題ございません』

 

 三つ目トンボの一匹が僕についていたようだ。襟元(えりもと)のスピーカーからレインさんの声が届く。

 

 ――レインさん、状況は!?

 

『新種のアラガミを外におびき寄せる事には成功しました。アレックスさん、イリアさんも無事ですが――明らかに劣勢(れっせい)です。敵アラガミの攻撃を避けるだけで精一杯といったところでしょうか……このままでは……』

 

 ――くっ!

 

 僕は再びアラガミが現れた場所まで取って返す。

 

 全速力で行き来したことで息が上がる。しかし未だ立ち込める黒煙を吸い込めば、このGE(ゴッドイーター)の体でも酸欠で倒れかねない。煙を直接吸わないよう、荒い息を(そで)の下に隠すようにしながら必死に進んだ。

 

 やがて、煙の間から炎の明かりに照らされる僕の神機を見た。柄を握りしめると、神機から伸びる血管束(けっかんそく)が腕輪の下の僕の手首に(つな)がり、神機からの偏食物質(へんしょくぶっしつ)と僕の血液が交流を始める。

 

 どくり。

 

 どくり。どくり。どくり。

 

 偏食物質により体の奥底から活力が()き上がる……! 袖の下から足元の汚れていない空気を一度深く吸い、吐き、

 

 壁に開いた大穴を目掛けて、一足に()んだ!

 

 施設の硬質(こうしつ)な床とは異なる柔らかな土の感触。目を開け見上げると――燃える巨人のアラガミと、アレックスとイリアによる死闘が繰り広げられていた。

 

 ……いや、死闘というには一方的すぎた。次々と振り下ろされる炎の巨人の攻撃に、二人が紙一重でかわし続けているだけだったのだ。

 

「リーダー……!」

 

 イリアの声。

 

 僕に振り返った彼女の声は――緊迫(きんぱく)していた。

 

「避けてっ!!」

 

 見ると、炎の巨人は僕へ向けて手刀(しゅとう)を振り下ろしていた。そこから離れた僕へ向かい、地割れのような熱のエネルギーが地面を()い、幾筋(いくすじ)の灼熱の炎を噴出させていく!

 

 僕は地を這う炎柱(えんちゅう)の軌道を見切り、地面を蹴って素早くかわす。数瞬後、僕の立っていた場所から巨大な炎の柱が吹き上がり、地表にあった何もかもを焼き尽くしてしまっていた、

 

 ……直撃していたら骨も残さず消し飛んでいただろう。ホッと安堵(あんど)した、その一瞬。

 

 愕然(がくぜん)とする。炎の巨人が、その巨躯に見合わぬ俊敏(しゅんびん)な動きで僕に(おど)りかかったのだ。

 

 炎柱を回避し態勢(たいせい)が崩れた一瞬の隙を突き、迅速(じんそく)に燃える巨大な右拳をこちらへ振り下ろそうとする、その動き。

 

 ……避けられない。過剰なノルアドレナリンで加速した脳が僕へそう告げた。

 

 動かない。足が、腕が、体が動かない。

 

 攻撃を避けて着地した、その運動慣性(うんどうかんせい)が僕の体の自由を(しば)る。

 

 加速した脳が敵の攻撃を予測する。

 

 加速した脳が敵の攻撃が直撃した後の悲劇を予測する。

 

 加速した脳だけが振り下ろすアラガミの右拳をスローモーションに見せる。

 

 けれど動かない。

 

 体が動かない。動けない。避けられない――!

 

 その時。

 

『やらせないっスよ!!』

 

 カンナの声だった。

 

 そして――衝撃。

 

 アラガミの拳は僕の体から数十センチ離れ、地面へとその威力が解放。僕は全身を(つらぬ)く衝撃に吹き飛ばされ、仰向(あおむ)けに地面へと倒れた。

 

 今のは……そうか、カンナだ。

 

 地面にしたたかに打った背中を起こしながら、状況を整理する。アラガミの右拳が振り下ろされる瞬間、彼女の狙撃弾が敵の拳の軌道を()らし、直撃を(から)くも逃れることができたのだ。

 

 これは奇跡ではなかった。彼女の並外(なみはず)れた技能の賜物(たまもの)だった。

 

 だから――それは敵にも、あの燃える巨人のアラガミにも、脅威を感じ取られたのだ。

 

『……えっ?』

 

 巨人のアラガミは、ゆらりと立ち上がると――骸骨(がいこつ)の顔を(うつむ)けたまま、右の手のひらだけを彼女へ向けて広げた。

 

 まずい――!

 

『避けてください!! カンナさん!!』

 

 瞬間。

 

 ドウッッ!!

 

 轟音(ごうおん)と共に、巨人の手のひらから発せられた巨大な火球(かきゅう)が、カンナへと放出された!

 

『ひ――』

 

 まだ僕の脳に残っていたノルアドレナリンが火球の軌道(きどう)を正確に予測する。

 

 スローモーションで射出される火球――今度は、体が動く!

 

 僕の意思とリンクし、長剣(ちょうけん)型の神機が変形する。剣の刃が折りたたまれ、その下から大きな砲口(ほうこう)が姿を現す。

 

 間髪(ほうこう)入れずに砲口から火球が射出される――そうだ。これは僕の神機が取り込んだ、シユウの火炎弾の能力――!

 

 巨人の火球は僕の神機の火炎弾が炸裂したことで形状が変形。火球は金網の足場を逃げるカンナのポンチョの端を()がしただけで、岸壁(がんぺき)へと着弾し地層をドロドロに赤熱(せきねつ)させ溶かしてみせた。

 

『ふおおおっ! あたし生きてる! 生きてるーっ!!』

 

 スピーカーからカンナの歓喜の声が届いた。

 

 よかった……僕は大きく安堵(あんど)の息を吐いた。その時だった。

 

『リーダー!!』

 

 切迫(せっぱく)したレインさんの声。

 

 頭上に落とされる大きな影。

 

 振り下ろされる巨人の右腕、(せま)り来る鋭いカギ爪。

 

 ――くおっ!!

 

 僕は地面を転がり、なんとか直撃を避けた。

 

 ……直撃は、避けられた。

 

 だが――

 

「リーダーっ!!」

 

 驚愕(きょうがく)に絶叫する、イリアの声。

 

 僕は……その時、初めて気が付いた。

 

 避けそこなった僕の左足首が、巨人のカギ爪によって切り落とされていた事実に……!

 

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