約束した時間の十分前。
僕が第二層の扉にたどり着くと、みんな既に扉の前に集合していた。
「これで全員集まっちまったな。もう街に行くか?」
そう言うアレックスは、いつもの制服姿ではなかった。この街で買ったのだろう、ブラウンのライダース上下に黒いタートルネックのシャツを着こなしていた。
その隣のカンナは、いつも羽織っている水色のポンチョ同様に、体形を隠すようなブカブカのビタミンカラーなオレンジ色のジャケットと、水色のソックスを合わせ、健康的な太ももを
僕の視線に気が付いたのか、急にクネクネとポージングしだしたのですぐさま目線を外す。
外した視界の先にいたのは……イリアだ。
黒いキャップ、黒いトップスに黒いショートパンツに、黒いニーハイと黒ブーツという黒一色のファンションであった。
その姿に、僕はなにやら既視感を抱いていた。
……キャップの上にネコの耳のように生えている飾り……
なるほどこのファッションのテーマは……彼女が愛する黒猫のミーオか……
「……肉球。」
キリッとした表情で、イリアがネコの肉球付きの手袋を僕に見せつけてきた……うん、そんなのよく手に入れられたよね、こんな時代に。
「つうかカイお前……なにいつもの制服着てんだよ! オフの日ぐらい私服で来いよ!!」
呆れるようなアレックスに僕は事情を話す。そもそもこの支部に来た時点で私服は一着しかなかったし、その貴重な一着も支部長の作戦の都合で斬り裂かれて鳩に括りつけられたから、もう制服しか着るものがないのだ。
「ああ……なるほど。事情はわかったけどよ……なら、いっそ街で服とか買っていったらどうだ?」
「おおうナイスアイディア! ではでは、このカンナちゃんがリーダーさんのお洋服見繕ってあげちゃうっスよ~! ぐふ、ギヒヒっ!」
そう言うカンナはなぜか
「やめとけカイ……こいつ、たぶん更衣室の中まで付いてくるぞ……」
うん……服はまた今度でいいや……
その後も嫌な笑顔で接近するカンナから距離をとりつつ、僕たちは第二層の街まで繰り出した。
街の中は普段以上の活気だった。FC還元デーであることを皆知っているのだろう、客引きの声も異様に熱を帯びている。
「賑わってんなー。まずどの店にするか……」
「アレックスさんが言い出しっぺっスからね! おいしい店知ってるんスよね!? 案内ちゃんとしてくださいよ!?」
「わかってるよ! ちっと待ってろ、地図表示させてるから……」
人ごみにもまれ、僕は先に行く三人と徐々に距離が離れてしまう。
そんな状況を見抜いたように、背後から聞き覚えのあるドラ声が掛けられた。
「カイ! そんなに急いでどこ行くのさ!!」
げえっ! おばちゃん!!
第二層に行くたびに色々押し売りしてくるおばちゃんである。一番出会いたくない人にエンカウントしてしまった……
――いや、もう僕は行くあてがあるんで、今日はおばちゃんのところで買い物は……!
僕がそう断ろうとすると、おばちゃんは、ふ、と
「そんな警戒しなくてもいいだろ? 今日はあたしの店でもいろんな人が買ってくれてね、売れ残ったのはこんなもんくらいさ」
そう言っておばちゃんが差し出したのは――手のひらに収まるサイズの、丸いロウソクのようなものだった。
「アロマキャンドルさ。火をつけると落ち着く香りが部屋を満たしてくれるんだよ。今ならマッチもつけて、3FCでどうだい?」
あれ、意外と安い……じゃあ一つくらい買ってもいいかな?
「お友達も来てるんだろ? じゃあお友達の分も買ってあげたらどうだい? 4つで10FCにまけてあげるよ!」
ずいっ、と懐から4つのキャンドルを出して僕の手に押し付けてきた。……ま、まあいいさ。これくらいの値段なら全然……でもこのまま持ち歩くのもちょっと邪魔だな……
「袋もつけてあげようか? もちろん袋代も払ってもらうけど」
それはありがたい。僕が了承すると――おばちゃんは背後からありえないものを取り出した。
「じゃあ袋も合わせて、占めて60FCってとこだね!!」
おばちゃんはそう言い、合成皮で頑丈につくられた袋にキャンドルを詰める――いや違う! 袋と違う! おばちゃんそれカバンだよっ!!
「ああ、袋切らしちゃっててね。でもまあ、まだいろいろ買い物するんだろ? 持ってりゃ今後も使いどころがあるさ!」
そ、そうかもしれないけども……くそう、やはり今回もしてやられた……
「お、リーダーさん早速お買い物っスか? いいカバンっスね?」
僕は3人の元に戻り、えもいわれぬ敗北感とともにアロマキャンドルを配った。
「おおう! カンナちゃんのために愛のこもったプレゼント! ありがたくいただくっスよ~」
「……ありがとう。使ってみる」
「アロマキャンドルって、俺に? ……まあ、部屋の脱臭代わりに使えるか?」
三者三様のリアクションで一応受け取ってくれた。正直僕もあまり使おうとは思ってないから、返品されなかったのはありがたい。
それから僕たちはアレックスが目星をつけているお店に行く道中、いろいろな店で買い物をした。
これからご飯を食べに行くというのに、ドーナツやらフライドポテトやらをモソモソ買い食いするカンナ。
とても真剣な顔でカラフルな猫じゃらしを選ぶイリア。
アレックスはジャンク屋のようなところで足を止め、バイクに取り付けるつもりなのか、色々なパーツや部品類を買い漁っていた。
そんな事をしている間に、何人かの顔見知りとも
「大いに散財されているようですね。職員として好ましく思います」
レインさんだった。紺色のロングスカートにカーディガンと、普段パリッとした様子で制服を着こなす彼女とはまた違った雰囲気だった。
「レインさん。
「この通り、あらかたゲットいたしました」
レインさんは眼鏡をキラリと輝かせ、肩に担いだ袋の中身を見せる。イリアがのぞくと、その中には多種多様なネコ用のグッズが詰められていた。
「ふふ、これだけあればミーオも飽きませんし、さらに多くの可愛い写真を撮れることでしょう……!」
「おお……!
ネコファン達の恐るべき謀議を遠巻きに眺めていると、別方向からカンナの声が上がる。
「リアムさんじゃないっスか! 孤児院のみんなでお買い物っスか?」
見ると、僕と同じく制服姿のリアムさんが、子供たちを連れて買い物をしている所だった。
「ああ。今後のことも考えて貯金したいところだが、この日の浪費は義務だからね」
「みんなでパンケーキ焼くんだよ~!」
「あとお菓子もいっぱい買ってもらった~!」
……あの件の後、カンナはちょくちょくリアムさんが引き継いだ孤児院へ顔を出しているらしい。今では子供達との関係もかなり良好なようだ。
「おお~いいっスねー! あたしもなんか買ってあげよっか?」
「それは助かる。じゃあ向こうの辞書を――」
「やだー!」
「いらなーい!!」
子供達からのブーイングの大合唱。大きく肩を落とすリアムさんの背中に、普段の苦労がうかがい知れる。
「あっにーちゃん! にーちゃんも買い物―?」
僕に気が付いたようで、数人の子供たちが僕の周りに近寄ってきた。
「さっきねー! バガラリ―の空中戦艦のでっかいプラモデルを買ってる、マッチョなゴッドイーターがいたよ! お兄ちゃんの知り合い?」
……ああ、たぶんセンパイかな。あの人、美少女モノ以外にも興味あったのか……
「ノルマの金額は使った。みんな、そろそろ戻るぞ」
「「はーい!!」」
子供たちは元気よく応え、リアムさんの背中を追って駆けだした。
「にーちゃんもまた遊びに来てよー!」
そんな子供たちの声に、僕は笑って手を振った。
と、子供たちの一団の中に、僕へ向けてジッと視線を向ける子が一人いた。
ザックス。目の前でブラウン牧師をアラガミに惨殺された、あの子だ。
何か物をいいたそうな視線を向けていたが、やがて諦めて、子供たちの一団に戻っていった……
牧師を殺したアラガミにトドメを刺したのは僕だ。そのことで、何か伝えたいことでもあるのだろうか……?
「よう待たせたな! んじゃあぼちぼち店に向かうか?」
「うわなんスかそのガラクタ? わざわざそんなのにお金払ったんスか?」
「ガラクタじゃねえわ! 俺のバイクに必要なんだよ! カイは買い物はいいのか?」
――まずはお昼に使ってから、その後また買い物をしようと思う。イリアは?
「……うん、大丈夫」
そう言い、彼女は戦利品であるネコ用グッズやネコをあしらった雑貨類を見せつけてきた。なんて生き生きとした顔なんだろう……
「ちゃんと昼飯代の金残してんだろうな? 割り勘だからな?」
「そういうアレックスさんは大丈夫っスか? 壁ぶっ壊して給料めっちゃ天引きされたって聞いてますけど?」
カンナの一言で、アレックスの顔から一気に生気が失われた。
「……大丈夫だ。貯金、一応あるからよ……ハア……」
なんかもう見てられないので、僕は無理やり話題を変えることにした。
――と、ところでお店はもう近いの? この辺にあるって聞いてたけど?
「ああ、向こう曲がってすぐだよ……フウ、買ったパーツがやたら重く感じるぜ……」
意気消沈してトボトボ歩くアレックスに連れられ、僕たちは一軒のお店へとたどり着いた。
ド派手な赤い看板がトレードマークのピザ屋だ。店名は「特製ギガサイズピザ・ハイ&カロリー」……ああ、もう嫌な予感しかしないな……
◆◆◆
どうやら人気のお店らしく、店内はかなり混雑していたものの、運よく空いているテーブルが見つかり僕たちはそこに座った。
すると間髪入れずに、テーブルのサーバー(店員)が僕達の元へとやってきた。
「この店で一番高いやつを」
メモを取ろうとしたサーバーの手が、ぴたりと止まった。
「本気ですか? 本当に? アレをオーダーすると……?」
「ん? 俺たちが金持ってないように見えるのか? 俺らはゴッドイーターだし、しかも四人でシェアするんだぜ? 問題あるか?」
「…………」
店員は僕達を
「いいでしょう……しばらくお時間をいただきます。その間にお覚悟なされますよう……」
飲食店で“覚悟しろ”とかいう脅し文句を言われる日がくるとは……
やっぱりこの店はマズイんじゃないか。僕はおそるおそるアレックスへ問うた。
「ん? まあこのご時世にピザなんて高級品だしなあ。俺らみたいな年代が頼めば怪しむこともあるんじゃねえの? 昔は安い食い物の代表格だったらしいけどなー」
――いや値段のことじゃなくてさ。店名に“特製ギガサイズピザ”とか書かれてたし、相当なデカ盛り出されるんじゃないの……?
「ああ、だから四人でシェアするんだろ? どんだけデカ盛りでも四人で行けば流石に余裕だろ?」
そうか、四人がかりなら……大丈夫、なのかな?
そうして待たされること、約30分。
話題も尽きてウトウトしかけるカンナの背後から、先ほどのサーバーがヌッと姿を現した。
「お待たせいたしました……お待たせし過ぎたかもしれません……これが当店自慢の一品、“ポークステーキデラックススパスペシャル・ハニーマスタード仕立て”にございます」
ドンっ! と恐ろしい重量を感じさせる音と共に、僕達四人の前にとんでもない巨大ピザが姿を現した、
それは――僕の知っているピザの概念からあまりにもかけ離れたものだった。
分厚いピザ生地に、トマトソースの上にすりおろしたオニオンとひき肉が敷かれ、輪切りのピーマンがアクセントを添える……ここまでは普通のピザだ。
しかし、その中心部に明らかにトマトスパゲティらしきものがとぐろを巻いて
あげくその上からモッツァレラ・チェダー・ゴーダチーズの三種を分厚くとろけさせた様子は、まさにトマトの赤とチーズの黄色を合わせ、味覚と栄養バランスを徹底破壊せんとする地獄の溶岩のようでもあった。
なにこの……なに? 油と炭水化物と塩分のバケモノは……?
直径でいえば1m近くはあろうかという巨大さ。ちょうど世界最大の花であるラフレシアに近い大きさだ……うん、僕は本当に食べ物に対するレビューを語っているんだろうか……?
食らわば特定検診一直線といったトンデモ料理だったのだが、ここで悪夢のような追加オーダーが加わる。
「当店自慢のハニーマスタードでございます。存分にご賞味ください」
蜂蜜とマスタードが混ぜられた黄白色のソースを、サーバーは
もうこれ食べ物への冒涜なのでは……?
「……当店は料理を残されての退室を固くお断りしております。お客様といえど完食は義務。その点ご理解いただけますと幸いです。ではご武運を……」
武運とか飲食店で言うセリフじゃないよ!
僕がそうツッコむ間もなく、サーバーは店の奥へと引っ込んでしまった……
「……これ、四人で、食べれる……?」
顔を青くしたイリアがそう尋ねる。アレックスがごくりと唾をひとつ飲んだ。
「こ、ここまで来たらやるしかねえだろ……!」
「え~でもめっちゃいい匂いするじゃないっスか~? フツーにおいしそうっスよ~?」
能天気にそんなことをほざくカンナ。君、さっきまでお菓子とかパクパク食べてたよね? まだ食欲があるのか……?
「フッ、今日だけは頼もしい奴だぜ……カイ、行けるよな……!?」
――お残しはギルティ……なら、食べるしかないさ……!
僕の言葉に、3人は無言で
「よっしゃ! 行くぜっ!!」
気合を入れ、そうしてナイフとフォークを武器に四人同時でこの怪物へと果敢に戦いを挑むのだった。
……20分後。
「む、無理……もう入らない……!」
最初に脱落したのはイリアだった。
……うん、味は本当においしいんだ。適度な塩味と蜂蜜の甘みが味に深みを増し、そこにトマトの酸味とチーズのまろやかさ、ジューシーなポークステーキの脂の旨味が加わる。全体として重いかとおもいきや、ピリッとしたマスタードの辛みがアクセントとして食欲を刺激し、食べる手を止められない……!
食べているだけで食の幸福感が多重に押し寄せるような、そんな体験を舌の上だけで存分に味わった。
……そう、最初の五分間くらいは。その後は、肉の脂とスパゲティと生地の重さがダイレクトに胃にのしかかり、食べ進めるごとにボディーブローのように効いてくる。
イリアがダウンしてから数分後、情けないことだが、僕もリタイアを宣言した……
「おいおい! まだ半分も食ってねえんだぞ!? 頼む、もう少し頑張れねえか!?」
――ご、ごめん……でもこれ以上食べたら……吐くかも……
「くっ……しゃーねえ、俺たち二人で食うしかねえか……!」
「えー……大食いとかカンナちゃんのキャラじゃないですし、あたしもそろそろ……」
「嘘つけ! お前さっきから全然ペース落としてねえじゃねえか! グダグダ言わずに黙って食うぞデブ!」
「はああっ!? あたしデブじゃねえっスから~っ!!」
……そして、さらに30分後……
「うぐ……ダメだ! も、もう入らねえ……!」
「お、お残しは悪……でも、でももう食べられない……! てか誰っスか!? こんな馬鹿みたいな料理頼んだ人っ!?」
「ああ俺だよクソっ! でもしかたねえだろ!? こんなん来るとか誰が予想できんだよ!? こんな時代にこんな料理来るとか予想できるかっ!!」
テーブルに1/3のピザを残したまま、アレックスとカンナが拳で机を叩きながら醜い言い合いを繰り広げていた……リーダーとして止めるべきなのだろうが、口を開こうとしたら胃の中から邪悪な何かがせり上がってきたのでそれすら叶わなかった……
「……ああ、もうギブアップですか……ゴッドイーターならと期待していたんですがね……」
サーバーの男性がゆらりと現れ、落胆するような声をテーブルの上に落とした。
――す、すみません……お残しはできないって話でしたよね? できればもう少し時間をくれれば……
「いえ、そういうことでしたら、残った分はお土産として包んで差し上げられます。用意いたしますのでしばしお待ちを」
「おい残した分は持って帰れるのかよ! 早く言ってくれよーっ!!」
アレックスは絶叫し、机の上に突っ伏した。気力が尽きて怒りが弾けて、しかし体力も付きかけた彼に、それ以上の行動は起こせなかったのだ……
サーバーの男性が残ったピザを
「毎度ありがとうございます。またのごひいきをよろしくお願いいたします」
そう言って男性は一礼し、再び店の奥へと姿を隠したのだった。
――じゃあ、あまり長居してもお店に迷惑になるし、行こうか?
僕がそう言うと、ヨロヨロとした様子でイリアとアレックスが席を立った。二人の様子も気になったけど、それ以上にヤバそうだったのがカンナだ。
他の二人とは違い、一向に席から立とうとしない。僕は見かねて、彼女の腕を引いた。
――ほら、カンナも行くよ?
「あ、あーっ!? ちょちょちょっと待ってくださいっスよ~!! い、今あたしを動かしたら!! 上から下からモロモロがモロモロ出ちゃうっスから~っ!!」
怖っ!? なにその汚い爆弾っ!?
「……あのさ、デブ女一人運べる台車みたいなの、あるか?」
「ただいま用意いたします。少々お待ちください」
「だ、誰がデブって――ウブブ……!!」
――た、耐えるんだカンナ! 絶対店の中で吐いちゃダメだっ!!
……こうして、ハイカロリーなお土産と、台車の上でぐったり寝転がるカンナと共に、僕たちはその店を後にしたのだった。