【共食い】
早朝。僕達の前に現れたのは――センパイだった。
何故か僕達の前で頭を深く下げ続ける。理由を
「はあ!? だ、第一部隊に転属したいっ!?」
いや、なんでっ!?
僕がそう
「昨日、偶然見かけてしまってね……君の部屋へ押しかけようとするそこの水色ポンチョの彼女をね」
「あたしの事っスか? え、昨日のやつ見てたんスか!?」
驚くカンナをよそに、センパイはまるで感動に打ち震えるように静かに両拳を握っていた。
「その時、私は新たな可能性を見たっ! キモい! あからさまにキモいっ! しかしっ! 同時にそれはヤンデレを超えた向こう側を垣間見せてくれた!
キモいヒロイン、キモインによるキモデレ……! 新たなるヒロイン属性誕生! 私はその歴史の立会人となる! ならざるを得んっ!! ゆえの転属願いなのだ!!」
ちょっと何言ってるかわからないですね。
「いや、そんなわけわからん理由で了承できるわけないだろうが……」
「フ……無論タダでとはいくまい! この通りだあぁぁっ!!」
センパイは唐突に上半身の制服を脱ぎ捨て、それはそれは見事なモスト・マスキュラー(前のめりになり両拳を胸の下で合わせ、肩の三角筋と上腕筋と胸筋を猛々しく
「うおおっ!? なんて見事な筋肉美なんだっ!! こんな筋肉を見せつけられれば転属を認めざるを得んな――とか言うと思ったかアホ!!」
当然のごとく拒否するフリードさん。これは見事なノリツッコミ。
「……ああすまない。ウチの馬鹿が迷惑をかけたようだな」
その声に、センパイの顔が驚愕に変わる。
彼の背後から掛けられた冷たい声。見ると、顔に大きなキズのある30代くらいの女性ゴッドイーターが立っていた。
「うごぉっ!? べ、ベラ……隊長っ!!」
ベラと呼ばれた女性は、まるでライオンのたてがみの
緑色の制服は僕達と同じだったが、肩の上に黒と金糸で彩られた短いマントのようなものを羽織っていた。あれはたしか、
「招集が掛けられているというのに、そんなに油を売りたいのか? だったら私がいくらでも買ってやる」
「違うのだ! 新たな歴史が……! 属性が……!!」
「我々にもわかる言葉でしゃべれ。さっさと来い。あと服を着ろ」
「……承知した」
筋肉まで意気消沈とさせ、センパイは
と、ベラ隊長の視線がフリードさんへ向けられる。
「フリード大尉」
「は、はっ! ベラ少佐っ!!」
呼ばれたフリードさんはすぐに両手・両足を閉じて直立姿勢となる。
「わかっていると思うが、支部長からの直々の招集が掛けられている。全員、くれぐれも遅刻などないようにな」
「も、もちろんでありますっ!」
「よろしい。では、ブリーフィングルームで」
ベラ隊長は固い生地のマントを翻し、センパイの制服の
……なんとなく、センパイの後ろ姿を見てドナドナが頭の中で奏でられた。
「よくわかんないっスけど、このカンナちゃんの魅力が一人の男を狂わせてしまった……ということでOKっスかね?」
……うん、いいんじゃないかな。それで。
「フー、あれが噂のゴッドイーターの少佐か……話で聞くよりもおっかねえじゃねえか……」
「なあ、フリードのおっちゃん……あの人、たしか全員、つったよな……?」
アレックスの問いに、フリードさんが大きくうなずいた。
「ああ、
「え……でもわたし達は関係ないんじゃ……?」
「ん? 何言ってんだイリア? お前たちはあのツァトゥグァ戦の功績で4人とも少尉に昇格しているだろ? ……ちょっと待て、まさか4人とも知らなかったのか!?」
僕たちはお互いの顔を見交わした。い、いつの間に……?
「……今度から人事広報からのメールもきちんと確認しとけよ。ちなみに呼ばれているのはゴッドイーターだけだから、俺は参加できん。お前達だけで2階のブリーフィングルームへ向かうように」
「……朝っぱらから色々起こって理解が追い付かねえが、支部長からの招集ってのは、ただ事じゃねえよな」
「何があったんだろう……急いで向かおう」
もしかするとこの支部全体を揺るがすような大事件が起きているのかもしれない。胸にざわつきを抱きつつ、僕たちは急いでブリーフィングルームへと向かった。
◆◆◆
ブリーフィングルームの扉をくぐると、大勢の人々が慌しく行き来する緊迫した様子が見て取れた。
「進路状に動的センサーを備えた高粘稠機雷(スティッキーフォームマイン)を仕掛けるべきだ! 小型アラガミの行動阻害用に作られたものがまだ残されているはずだ! あれを大量に仕掛ければ――」
「何を馬鹿な! 連中が対策をしていないとでも!? 電磁爆弾で回路ごと焼き切られれば簡単に無力化されるぞ!」
制服を着た軍関係者と思しき人々がタブレットを片手に立ったまま真剣に意見を交わし、研究者とおぼしき白衣の人々がその間を忙しそうに行ったり来たりしている。
中心の席に座るのはエル支部長だ。制服や白衣を着た人々が代わるがわる報告し、それを聞きながらタブレットの何かの資料に目を落としていた。
支部長の背後には、3Dプロジェクターが周辺の地図のようなものを映し出していた。青い丸で描かれたのがこの第二支部だろうか? なら、左下の赤い三角のものは何を現しているのだろう……
「俺らの席はこっちみたいだぞ」
アレックスに促され、僕達は背後に設置されていた簡素なパイプ椅子に腰かけた。
周囲を見ると、第二部隊に所属しているリアムさんや、先ほど会ったベラ隊長とセンパイ、彼らの部隊の仲間とおぼしきゴッドイーターも落ち着いた様子で席に着いていた。
「――時間です。支部長」
スミスさんに告げられ、エル支部長がその小柄な体を机からゆっくりと起こす。
「
す、と支部長が右手人差し指を天にかざすと、背後の3Dプロジェクターの画像がズームアップし、支部長の指先とマップ左下の三角が重なった。
「インスマス支部のある方角から、所属不明の巨大な移動要塞らしきものが確認できた。進路はこちらの支部へ向かっており、おそらくあと47時間ほどでここに着く見込みだ」
移動要塞……? 自由に移動できるフェンリルの支部ということなのだろうか? そんな支部まで存在していたのか……
「あちらからの通告はなく、こちらからの通信にも応答しない。意図は不明だが
すると、プロジェクターの画像が切り替わり、今度は移動要塞の全体図と各部の構造や使われている素材など、望遠で確認できたであろう情報が細かく記載されていた。
「艦体の全面、実に6割近い部分に
支部長の両目が、深い
「連中は、この支部に要塞ごと突っ込みここを乗っ取るつもりだ」
な…………
愕然として言葉を失った。支部を……乗っ取る? 同じフェンリルの支部が……?
ざわざわと他のゴッドイーター達にも動揺が広がる。
その時、誰かがこう口にした。
“共食い”だ、と――
「そうだ。主要支部やフェンリルからの物資が滞った際、衛星支部間で引き起こされる争いを君たちも耳にしたことがあるだろう……準主要支部同士の共食いなぞ、まさしく前代未聞だ」
飢えた衛星支部が、水や食料を求めて他の衛星支部を襲撃する――それが“共食い”。
大勢の人々が犠牲となる痛ましい出来事だが、それが――準主要支部、数十万人以上の人々が暮らす支部同士で起きるなんて――考えるだけで血の気が引くような思いをした。
「し、し、質問を……よろしい、でしょうか……」
顔を青くしたGEの隊員の一人が、震える手で挙手をした。
「いいだろう。質問を許可する」
「ほ、本当に共食いを……仕掛けようとしているのですか? た、単に、何らかの事情で通信手段を失っているだけで……たまたま近くを通りかかっただけかも……」
エル支部長は小さくため息を吐き、プロジェクターの画像を切り替える。
「あの移動要塞が通って来た進路を調査した。進路上にあった難民キャンプや衛星支部は軒並み襲われたらしく、破壊と略奪の
こっちの画像は、外へ逃げようとした者たちの遺体だ。巨大な刃物のようなもので切られ、女の遺体には性的暴行の跡すら残されていた」
巨大な……刃物……って、まさか……!
「インスマス支部所属のゴッドイーターを中心とし、略奪行為を働いたものと思われる。
推察するに、インスマス支部のアーコロジー機構に問題が生じ、住民や支部中枢を移動要塞へ乗せ、アーコロジー機構が生きているこちらの支部を襲撃・乗っ取ることが連中の最終目的と考えられる」
その場が一気に静まり返った。
先ほど質問をしたゴッドイーターは、震える手を下ろし、放心したように、力なく椅子の上に腰を下ろした。
「……次に、こちらの作戦を説明しよう。例の移動要塞はこの支部から20km地点のここで航行を阻害させる。だがおそらく相手は先遣隊として、ゴッドイーターの部隊を展開しこちらへ向かってくるだろう。君たちには、その部隊の迎撃および
殲滅……
殺せ、というのか……同じ、人間を、ゴッドイーターを……?
「諸君らの動揺は理解できる。しかしこの支部の人々を守るには――」
支部長の言葉が止まる。彼の視線を辿ると――僕の背後、震える指先で挙手をする、カンナが立っていた。
「戦いを……避ける方法、ないんスか……? ようするに食料がなくなっちゃったからこんな事してるんスよね……? だったら、ご飯を分けてあげれば、なんなら同じ支部の仲間として迎えてあげたら……」
エル支部長は目を閉じ、ゆっくりと、首を横に振った。
「こちらの工場の生産力にも限りはある。現在でも第三層に食料すら満足に供給できない状況だ。あちらの者たちを無条件に受け入れればどうなるか、想像してみるがいい……間違いなく食料をめぐる戦争が起こる。この街中で、だ。
大勢の
「で、でも! それでもアラガミでもない、人間同士が殺し合うなんて絶対間違ってるっスよ!! こんなの間違ってるって、ずっと呼びかけ続ければ――!!」
「……夢物語だな。話し合いで争いを止める……それはただの願望だ」
そう反論したのは、リアムさんだった。こちらに顔を向けず、視線を3Dプロジェクターの画像へ
「相手が行動を起こす前なら話し合いも有効だろう。だが相手はすでに行動を起こしてしまった。今現在、侵略行為の真っ最中だ。
話し合いで弾丸が止まると考えているなら、それは奇跡を願うのも同じだ。今さら奇跡を信じるのか? すでに神を放棄した僕達が……」
「リアムさん……」
「あの子たちを奪おうというのなら、誰でも相手になろう。アラガミだろうとゴッドイーターだろうと、その前に必ず始末する……」
すると、そばで聞いていたアレックスも声を上げる。
「同感だ。キャンプや衛星支部でさんざん殺して、こんどは俺たちの支部まで襲おうってんだろ? クソ野郎どもが……俺がこの手でぶっ殺してやるよ……」
イリアは、両手を強く握りしめ、
「わたしは……同じゴッドイーターを……でも、このままじゃみんな……」
「……第一部隊、意見が分かれているようだが、リーダーとしての君の意見を聞こう」
エル支部長の視線が、真っすぐに僕へ注がれた。
「君が隊の方針を決めるんだ。この作戦に身を投じるか……それとも、参加を拒否するか。強制はしない。よく考えて判断を下してほしい」