ゴッドイーター/レッドストーム   作:アガラちゃん

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【黒いスフィンクス】

 嘘だ。

 

 隊長が……レオナルド隊長が……喰われた……?

 

 視界の端で動くものがいた。アレックスだ。彼は顔を青くしたまま、ゆっくりとその場を後ずさりしている。

 

 化け物はそんなアレックスに目もくれず、一心不乱に地面にぶちまけられた肉を土砂ごと(むさぼ)り喰っていた。

 

 無人の街に、ぐしゅり、ぐしゅりとおぞましい咀嚼音(そしゃくおん)だけが響く。

 

 腕輪を()めた腕も食らい、神機(じんき)すらバキバキと噛み砕いて喰らい尽くす。

 

 ……勝てない。

 

 こんなアラガミに、化け物に、絶対に勝てるわけがない。

 

 あのレオナルド隊長すら抵抗できず、一瞬で喰ったこんな化け物に……!

 

「おい! 何やってんだ! 今のうちに早く逃げろ!」

 

 アレックスはいつの間にか僕の近くまで走ってきていた。

 

 目の前の化け物は地面の血の一滴すら惜しむように、丁寧に舐め取っている所だった。

 

 ……確かに、今なら逃げられそうだ……

 

 逃げだそうと振り返った時。

 

 目が合った。イリアと。

 

 彼女は完全に腰を抜かしてしまったようだ。顔を青くし、地面にへたり込んでしまっている……まずい。

 

「そんなやつ置いてけ! そいつも喰われてる間に逃げりゃいいだろ!?」

 

 アレックスの非情な発言が、僕の中にある(いま)わしい記憶を呼び覚ました。

 

 

 

 難民キャンプ。逃げ惑う人々。

 

 現れた化け物。耳をつんざく悲鳴。血。死体。死体。死体。

 

『――こっちだ――』

 

 彼に従い逃げた。けれどキャンプは化け物に囲まれていた。奴らのいない奥へ、奥へ、奥へ。

 

『――ここに隠れてろ。大丈夫だ――』

 

 僕は言われた通り、ベッドの下へ隠れた。

 

 そして、そこから一部始終を見た。

 

 現れた化け物。勇敢な親友。自ら(おとり)になり。逃げて。掴まり。喰われるその刹那(せつな)。言った――

 

『生きろよ、カイ』

 

 

 

 ――いやだ! また誰かが犠牲になるのは、絶対に嫌だ!!

 

「お、おい! 何してんだ!?」

 

 僕は自らの神機を手放し、イリアに背を向けた状態でしゃがみ込んだ。

 

 ――背中に乗って! 早く!!

 

 イリアは恐怖の表情をうかべたまま、わずかに戸惑い、自分の握る神機を見た。

 

 ――それはもう捨てろ! 持っててもアレには勝てない!! 背中に乗るんだ!!

 

「…………!」

 

「チッ、勝手にしろ!」

 

 アレックスは僕に愛想(あいそう)を尽かしたように吐き捨て、1人で逃げ出してしまった。

 

 ――早く! イリア!!

 

 僕の呼びかけに彼女はようやく応じ、震える手を僕の肩に乗せ、体重を預けた。

 

 よし――彼女の足を抱えて立ち上がると、隊長を喰らい尽くした化け物が、ゆっくりとこちらへ振り返るところだった。

 

 やばい。イリアを抱えたまま逃げ切れる相手じゃない。どうする……!?

 

 ふと、立ち上がった勢いで腰にぶつかる何かを感じた。

 

 これは……確か、ここに来る前に瀬名(せな)さんからもらった、スタングレネード!

 

 敵に向かって投げれば、光と音で相手の動きをしばらく封じることができると言っていた。これなら……!

 

 キュルルキイイィィイイィィ!!

 

 まるで歯医者が使うドリルのような甲高い声を上げ、化け物がこちらを威嚇。

 

 こちらへ飛び掛かろうと姿勢を沈める――今っ!!

 

 イリアを抱えた状態で、ベルトに掛かっていたストラップ指先で外し、ピンを外したスタングレネードを――足下に落とす。

 

 背を向けて走り出す僕達に、迫るトラのような化け物。

 

 その瞬間――周囲の世界が激烈な音と光によって染め上げられた!

 

 キュオオオイイイイィィ!!

 

 化け物の甲高い悲鳴。スタングレネードの音で一時的に聴覚を(ふさ)がれたが、奴の悲鳴だけは聞き取ることができた。

 

 けれど僕は振り返らない。活路(かつろ)を求め、一心不乱に走る。走り続ける!!

 

 いまにも崩れそうなビル群。崩れかけの商店の間をくぐり、雑草が生える車道を横断し、電気の切れた信号機の下を何度も通り過ぎる。

 

 僕はイリアを背負い、息を切らしながら街を走る! 肺に鋭い痛みが走り、両足がもつれそうになりながら、それでも遠くへ! 奴が簡単に見つけられない場所へ……!

 

「――こっちだ! こっちに来い――!」

 

 遠くで声。首を(めぐ)らせて振り向くと、そこには大型のショッピングモールの廃墟があった。

 

 その奥で手招きする人影。僕は迷うことなくそこへと入った。

 

「……スタングレネードか。そういや、お前ここに来る前にもらってたな」

 

 ゼイゼイと荒れた呼吸を整えながら、声の方に振り向いた。やはり、声の主はアレックスだった。

 

 薄暗い室内。周囲は棚やショーケースが乱雑(らんざつ)に倒され、粉々になったガラスが床一面に散らばる。アレックスはガラスをパキパキと踏み砕きながら、自分の端末を(ふところ)にしまった。

 

「第二支部に連絡した。衛星支部から戻ってくるヘリが乗せてくれるってよ。屋上に待機しろ……だとさ」

 

 ヘリが……よかった。さすがにあの化け物もヘリまで追って来ることはないだろう。

 

 気がかりはあの化け物に羽根が生えていたことだが……あの巨体で飛べるのか? ともかく、徒歩で逃げるよりは100倍ましだ。

 

「もう大丈夫……」

 

 耳元で涼やかな声。イリアだ。そういえばずっとおぶったままだったな。

 

 彼女の足を地面に下ろすと、イリアは若干ふらつきながらもしっかりと立ち上がってみせた。

 

「……なんだよ。なんか文句あるのか?」

 

 アレックスが、彼をジッと見据(みす)えるイリアに対して舌打ちする。

 

「あのな、死んじまったら全部お終いなんだぜ? お前らに付き合って犬死になんてゴメンだ。カッコつけて死んじまったら元も子もない。負け犬には何も残されない」

 

 ――隊長もそうだっていうのか?

 

 僕の問いに、アレックスは一瞬言葉を詰まらせた。

 

「……俺は生き続ける。例えお前らを蹴落としてでもな……」

 

 普段の気さくな彼とは違った、切羽(せっぱ)詰まったその姿。これも彼の一面なのだろうか。

 

 重苦しい沈黙が辺りを包む。

 

 それを破ったのは――フギンだ。

 

『監視用インセクトロイドが再び未知の大型アラガミの姿を見失いました。対象は光学カメラを逃れる何らかの手段を有しているようです』

 

 そういえば、監視用のトンボ型ロボットが僕達の周囲を見ていたはず。

 

 あんな巨大な怪物が近づいていればすぐに気づけたはずだ。光学カメラを逃れる手段とは……まさか。

 

 僕は姿勢を低くし、足下のガラスを踏んで音を立てないよう、ゆっくりと窓辺に近寄る。

 

 おそるおそる外の様子を見ると……遠くの車道で、異様な光景を目撃する。

 

 ひとりでに砕けるアスファルト。折れた電柱が勝手に(はじ)き跳ばされ、車の残骸が見えない巨大なプレス機によってメキメキと潰れていく。

 

 ……奴だ。あの化け物、おそらく自分の体を透明に見せる能力か何かを使っているのだろう。

 

 少しずつこちらへ近づいてきている……まずい。ここにヘリが来るというのに、場所を移さなければならないのか?

 

 しかし、ここで妙な違和感に気づいた。空中に滴り落ちている、血だ。

 

 口元の血までは透明化できなかったようだ。だがその落ち方が妙だ。しばらく前進しては止まり、周囲に血を撒いて、また少しだけ前進する。

 

 透明になったヤツの動きを脳内でシミュレートする。あの動きは……犬かなにかが、地面の臭いを嗅いでいるような……?

 

 そうか。先ほどのスタングレネードはまだヤツの視力か聴覚を奪っているようだ。残った嗅覚だけを頼りにここまで来ているということか。

 

 あの様子だと、僕達の元へ来るまでまだまだ時間がかかるはず。今のうちに屋上へ向かった方がよさそうだ。

 

 僕は二人の元へ戻り状況を説明する。イリアは僕の提案に了承(りょうしょう)してくれたが……アレックスは腕を組んで懸念(けねん)を口にする。

 

「ここに近づいているなら一旦別の場所に逃げた方がよくないか? ……ああ、なるほど。いずれスタングレネードの効果もなくなる。聴力が戻ったヤツがヘリに気づいたら全て水の泡。だから一直線に屋上へ向かうってことか……

 わかった。確かに合理的だと思う。けどよ……見ろよあれ」

 

 アレックスが背後を親指で差す。

 

 階段は土砂で崩れ、中央のエスカレーターも途中で千切(ちぎ)れベルトや瓦礫(がれき)を残すのみ。エレベーターは……言わずもがなだろう。

 

 どうやって上に上がるべきか。周囲を見渡してもスチール製の商品棚ばかり。

 

 ……いや、これを使おう。

 

「棚を集めて足場にして上に登る? 時間かかるが、まあそれっきゃねえな……」

 

 僕達3人は周囲の棚を集め、吹き抜けになっている2階へ向かって乱雑に積んでいく。

 

 2階に手が届くほど積むことはできなかったが、途中でジャンプして二階の(へり)へ手を掛けることができた。オーバーハング状態から腕の力を込め、グン、と一気に二階へと無事着地ができたのだった。

 

 ……ゴッドイーターになる前なら、こんな動きできなかったろうな。改めて自分の体の変化に気づかされた。

 

「二階以上の階段は一階に全部落っこちちまってる。こっからは……窓の外から上に登るしかねえか」

 

 アレックスの言葉に従い、僕達は割れた窓から外へ出て、配管を足場に壁伝いに移動した。

 

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