マクロスF 虚空のレイブン   作:柔らか

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第1話 偽りの空、鈍色の翼

「はぁ~……なんで俺だけこんな目に」

 

 俺は溜め息混じりに、油で汚れたハンガーの床にモップを滑らせた。

 

「おいそこ! ちんたらやってたら日が暮れるぞ!!」

 

「……ッハイ! すぐやります!」

 

 整備長の怒鳴り声に、反射的に良い返事だけは返すが、内心では舌を出している。

 

 手に持ったモップを適当に動かしながら、俺は腐っていた。やる気なんて、あるわけがない。

 

(軍学校の推薦枠で、実戦部隊へのインターンに来た結果がこれかよ……)

 

 俺はパイロット候補生として、ここ新統合軍のフロンティア船団支部に派遣された現役の学生だ。

 

 本来なら、最新鋭機の整備補助やテスト飛行のデータ収集を任されるはずの「エリート実習生」。成績優秀者として、特別にこの現場へ送り込まれたはずだった。

 

 だが、待っていたのはコクピットではなく、この薄汚い整備ドックだ。他の同期の実習生たちは、見学だシミュレーターだと特別扱いされているのに、俺だけがこの扱い。

 

 生意気だとか、学生風情がとか、年齢がとか、現場の大人たちに目をつけられた結果がこれだ。「社会勉強」という名目で押し付けられたのは、ただの雑用係。

 

「ここなら、学校にいるより早くバルキリーに乗れると思ったのにな……間違いだったか?」

 

 早くも後悔に苛まれていた

 

 ――その時だった。

 

ウゥゥゥゥゥ――ッ!!

 

 思考を遮るように、鼓膜をつんざくような警報音が基地内に鳴り響いた。

 

『総員、第一種戦闘配備! 繰り返す、第一種戦闘配備! ゲートおよび居住区画に未確認生物の侵入を確認!』

 

警報の余韻が消える間もなく、轟音と共にハンガーの天井が崩れ落ちた。

 

「うわぁっ!?」

 

 爆風に煽られ、俺はモップごと床に叩きつけられる。

 

 舞い上がる粉塵。鳴り止まないサイレン。そして、瓦礫の向こうから現れたのは――かつての記憶で見たことのある、赤褐色の甲殻を持つ異形の生物だった。

 

「バ、バジュラ……!? なんでこんな居住区のど真ん中に!」

 

 さっきまで俺を怒鳴りつけていた整備長が、腰を抜かし驚愕に顔を染めている。

 

 運の悪いことに、崩落した鉄骨に足を挟まれ、逃げることすらままならないようだ。バジュラの複眼がギョロリと動き、動けない獲物(整備長)を捕捉する。

 

(くそっ、見ているだけか!? 俺はここで死ぬために来たんじゃない!)

 

 逃げるか? いや、間に合わない。

 

 俺の視線が、ドックの一角に釘付けになる。

 

 そこには、正規パイロットの到着が間に合わず、駐機されている量産機――VF-171 ナイトメアプラスがあった。

 

 最新鋭のVF-25ではない。かつての名機VF-17のマイナーチェンジ版。今の戦場では「やられ役」と揶揄される機体だ。

 

 だが、動く。翼はある。

 

「――っ!」

 

 気づけば、俺は走っていた。シェルターへ続く通路ではなく、死刑台にも等しいコクピットへ向かって。

 

「おい学生! 何をする気だ!」

 

 そんな整備長の声を無視し、機体のラダーを駆け上がる。

 

 キャノピーの緊急開放レバーを引き、シートへ滑り込む。

 ここにいるパイロットは、俺だけだ。

 

 なら、迷っている暇はない。

 

(電源投入、APU始動。アビオニクス、オンライン!)

 

 指が勝手に動く。シミュレーションで何千回も繰り返したマニュアル通りの緊急起動手順(スクランブル・スタート)

 

 メインモニターに光が灯る。

 

 火器管制システム、オールグリーン。推進剤、満タン。

 

「グオォォォッ!!」

 

 バジュラが鎌のような爪を振り上げ、整備長へと振り下ろそうとした瞬間。

 

「当たれぇぇぇッ!!」

 

 俺は脚部を展開し、ホバリングで機体を安定させ、右腕のガンポッドのトリガーを引き絞った。

 

 ズダダダダダッ!!

 

 55mmガトリング砲が火を吹き、バジュラの甲殻を弾く。致命傷には程遠いが、後退させるのには十分だ。

 

 俺はスロットルを押し込んだ。機体が軋みを上げ、スラスターが咆哮する。

 

「頼むぜ、VF171……! お前だけが頼りなんだ!」

 

 VF-171はハンガーの床を蹴り、瓦礫で空いた天井の穴――偽りの空の向こう側へと飛び出した。

 

 重力から解き放たれた瞬間、俺は再度、変形レバーを叩き込む。

 

 駆動音が唸り、手足が胴体へと格納され、主翼が鋭く展開する。ガウォークからファイターへ。

 

 ジェット・パルスロケットがアフターバーナーの青い炎を吐き出し、機体は一気に加速した。

 

 その瞬間に背後で、あの不快な羽音が響く。

 

 後ろには、猛スピードで追いすがるバジュラの群れが映し出されていた。

 

 

 

 

 俺はすぐさまメインスロットルを全開にしつつ、フットペダルを強く踏み込んだ。

 

 機体が悲鳴を上げ、強烈なGが全身を襲う。

 

「ぐっ、うぅ……ッ!!」

 

 視界が霞んでいく

 当然だ。今の俺は対G用のEX-ギアを着ていないし、パイロットスーツですらない。ただの布切れ同然の作業着一枚だ。

 口の中に、鉄錆のような血の味が広がるが、気にしていられない

 背後から迫る殺気。後ろを見なくてもわかる。さっきのバジュラとそのお仲間が邪魔された怒りからか、追ってきているのだ。

 

 時折バジュラから発射されるミサイルの様なものをフレアで逸らしながら飛び回るが(らち)が明かない

 

「だったら……」

 

 空中で脚部を展開し、スラスターを逆噴射。慣性だけで後ろ向きに滑空しながら、俺は追ってきたバジュラに正面から向き直った

 

 この状態ならパイロットスーツを着ていなくても

 

ボアサイト(正面)で捉えればロックできる!!」

 

 後ろに迫っていた無数のバジュラたちに狙いを定め武装を展開

 

「くらいやがれぇぇぇぇ!!」

 

 トリガーを引き絞った瞬間、機体各所のウェポンベイが一斉に展開し、搭載されていたマイクロミサイルが牙を剥く。

 

 放たれた無数の弾頭は白煙の尾を引き、空中に複雑な幾何学模様を描きながら、迫り来るバジュラの群れへと殺到した。

 

 同時に、右腕のマニピュレーターが構えたガンポッドが火を噴く。

 

 重低音の連射音がコクピットを激しく揺さぶり、反動がダイレクトに生身の肉体を打つ。

 

 着弾。そして、連鎖する爆発。

 

 閃光が霞む視界を白く染め上げ、分厚い生体装甲を砕かれたバジュラたちが緑色の体液を撒き散らしながら墜落していく。

 

「やったか……ッ!?」

 

 だが、安堵する余裕など微塵もなかった。

 

 ガウォーク形態での急制動による慣性と、全弾発射の反動。それらが相乗効果となり、作業着一枚の身体を容赦なく軋ませる。

 視界の端が黒く塗りつぶされていく。強烈なGによるブラックアウトの兆候ーーグレイアウトだ。血液が下半身に極端に偏り、脳に酸素が回らない。肺から空気が押し出され、呼吸すらままならない。

 

「くそ、こんな時に……!」

 

 自分の心臓の音だけが、嫌によく聞こえる。

 せめて機体の態勢を整えて着陸態勢に移行しようとした時、爆炎を切り裂いて巨大な影が飛び出してきた。

 

 無傷の重バジュラだ。仲間の屍を潜り抜け、その凶悪な鎌を振り上げながら肉薄してくる。

 

 指先の感覚はすでに麻痺し始めている。

 

 それでも

 

 (……ここで死ねない。死んでたまるか!!)

 

 朦朧とする意識を繋ぎ止めながら、ピンポイントバリアを腕部に展開。

 こちらを切り裂こうとする凶悪な鎌を勢いが乗る前に受け止め、威力を殺いだ。

受け止めた衝撃で機体の関節が悲鳴を上げ、腕の骨が軋むような衝撃が走った 。

それでもピンポイントバリアの隙間からガンポッドを突きだしトリガーを握るように押した。

 

ズガガガガガッ!! ……カチッ、カチッ。

 

 再びガンポットが火を噴き、気がつけば弾切れを起こしており、弾切れを知らせる虚しい音だけが機体内部に響く

 

モニター越しに重バジュラが断末魔を上げながら崩れ落ちていくのが見えた。

 

(……落と、した……)

 

 それを最後に、俺の視界は完全に暗闇へと沈み、意識は深い底へと強制的にシャットダウンされた。

 

 

 

 

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