異世界で私だけが、カードをドローする   作:三葉乾酪

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一枚目

 

 

 

「誰もいない、ですね」

 

 目を覚ました瞬間、周囲に誰もいないという事実がいやに新鮮だった。

 いえ、目を覚ましたら周囲に誰かいるという方が今日日珍しいことではあると思いますが……今回に限っては『いる』のが前提ではるので。

 例えば、家で目を覚ましたら家族はいつの間にかに自分を置いて外出していた、なんていうありきたりなモノでも構いませんし、旅行中に目を覚ましていたら友人たちが自分を置いてどこかに出ていたても構いません。

 要するに、自分だけが取り残されている。

 そんな、極端な話がいま私へと訪れていた。

 

「いったいぜんたい、どういうつもりなのか」

 

 目覚めてすぐに視界へと飛び込んできた光景は、私の眠気を吹き飛ばすには充分。念の為に、顔を洗ってみましたが、残念ながら現実が変わるなんていうこともなく───()()()()は微動だにしませんでした。

 

「随分とたちの悪い冗談だ」

 

 森、そう森だ。

 昨晩、共に同じ焚き火を囲みこの森の中で野営をしていたはずの仲間たちの痕跡はほとんど残っていなかった。

 元より野営装備は簡素で、撤収音を聞き逃すなんてことは意図的でもなければそうそうありえないでしょう。にも関わらず、この森の中でもより深い場所で、書き置き一つも残さずにというのは……

 

「間違いなく意図的でしょうね」

 

 つまりは、私は置き去りにあった、ということですね。

 仮に近くで息を潜めて、いささか正気を疑うようなイタズラ気分でやっているのだとしたら、まだ理解できます。

 いえ、理解する必要はないのですが、こんなイタズラ。ですが…………

 

「気配は皆無、隠れているわけではないですね」

 

 私が、前衛向きではないことは自覚しています。

 ですが、異世界に放り込まれて数ヶ月、周囲の気配を察することが出来ないほど鈍いつもりもありません。

 野生動物も、魔物も、ましてや人間の気配一つ周囲に感じられない。

つまるところ、本格的に私は置き去りにあった、ということでしょう。

 

「共用物資は当たり前ですが……ふむ、私の荷物には触れていないのは……良心はあった、ということにしておきましょう。森の中に置き去りにしたことについて、良心の呵責に苛まれなかったのか気になるところではありますが」

 

 共にこの異世界へと巻き込まれ、そして各々が家へと帰るために共にやってきた。

 そんな相手に対する仕打ちでしょうか?

 いえ、される理由に心当たりがあるかないか、と聞かれればあるにはありますが。

 ……とにもかくにも、まずはここから出る準備をするとしましょう……と言っても、特に何か特別用意しなきゃいけないなんてこどなく、着替えなんて一々する必要もないですし、誰かを待つ必要もなく、行儀が悪いですが朝食も歩きながら済ませれば何も問題はありません。

 

「もしや、一人でいた方が何も気にしなくてすむ?……いえ、結局欲しい時間も稼げないでしょうね」

 

 私のような後衛、文弱をこんな森の奥に、しかも睡眠中という最も危険な状態で彼らに悪意がなかったなんてのは口が裂けても言えないでしょう。

 ……どうやら、思った以上にショックを受けているようですね。口数が普段よりも多くなっているのを感じます。

 思わず、苦笑も漏れそうになりますが、それを無理やり押し込んで───

 

()()()()()

 

 自身の腰に吊り下げている魔道具(アーティファクト)へと指を滑らせる。

 そうしてその表面へと触れたまま、手札を引く(ドロー)する。そうすれば、いつものように私の目の前に半透明のインターフェースが現れて───

 

()()、だと?」

 

 思わず声が漏れた。

 私の手札を示す、インターフェース。そこに並んでいるカードの枚数、それを私は見たことがなかった。

 並ぶ手札は五枚。

 しかし、普段は三枚のみで

 

「いえ、今は後回しでいいでしょう」

 

 思わず眉間に皺がよる。

 置き去り、の原因ともいえるコレが起こした普段とは異なる状況。それに思わず眉を顰めるな、と言う方が無理な話でしょうが、今はそれを呑み込む。

 

「マナ三点、コストに(支払いましょう)

 

 その変化について、考察するのも後で良い。

 今は、必要なことを優先するべきで、私は展開されている手札から一枚を選びとり初期マナをソレに流し込む。

 それだけで緑黒の光が、カードへと収束していき異界よりその姿を引きずり出していく。

 

群生する甲虫(カハルオス)」


「Gggg……」

 

 ソレは大型犬ほどの体躯に鋭い角を持ち、金属質めいた外殻を持つカブトムシを思わせる存在。

 一目で、尋常の生物ではないとわかる魔物。

 コスト三、【増殖】持ちのローカヴ。

 群生する甲虫(カハルオス)、私のデッキに存在するローカヴたちの中で最も初動に適したカード。毒性は無いですが、こちらの指示にも忠実。

 気に入りの一体……いえ、別に他のローカヴたちも偏りなく気に入りではありますが。

 

「強いて言えば、女性陣からの評価は始終最悪でしたが……」

 

 結局、外見は巨大な虫の一言でしかないので仕方なくは思いますが。

 私もこうして彼らの主として手綱を握っていますし、心を通わせられていると自負していますが、それでも彼らは怪物。

 私が私の立場でなければ、恐怖以外のモノを感じなかったでしょう。

 

「ですが、別に襲いかかってくるわけではないのだから不必要に警戒しすぎでしたね」

 

 ほら、見てください。

 手持ち無沙汰に身体を震わせていますよ、可愛いですね。

 追放もとい、置き去りの原因の一つ。

 私の使役する彼らローカヴに対する不必要な警戒も、そうだったのかと思うとため息が意図せず漏れてしまう。言語化をすると思ったよりも心にくるものがあります。

 

「Gggy」

「……おや、気遣ってくれるのですか?ありがとうございます」

 

 そんな私の雰囲気を汲み取ったのか察したのかは分かりませんが、寄り添うように見上げてくるその仕草が妙に胸に突き刺さる。

 仲間、と曲がりなりにも信じていた人間よりも使役している甲虫の方がよほど素直に寄り添ってくれるとは……皮肉な話です。真の仲間は彼らだった、ということなのでしょうかね。

 

「少し歩きます。周囲の警戒は任せます」

「Gy」

 

 そう、指示を出せばカハルオスは飛び立ち、旋回しながら森の奥へと消えていく。

 私はその背を見送りつつ、自身の荷物を持ち上げる。昨晩と重さは当然ながら変わっていません。

 しかし、妙に軽く感じるのは……仲間を失ってしまったことが原因なのでしょうね……。

 

「ですが、まずは森を出てからです」

 

 

 

 

 

 フェレモッドの森。

 沼地と森林が混ざり合い霧がたちこむことが多い大森林とでも言うべきこの場所はトロールやウェアトードといった力ある魔物が出没することで有名な危険地帯。しかし、同時にここでしか採取できない貴重な薬草が点在している、というのもあり依頼を受けた冒険者らが足を踏み入れることも珍しくありません。

 かくいう私たちも薬草目的ではありませんが、とある依頼をこの森林近辺の領主から受けて数日間ほど滞在していました。

 本来、森の中から出てくることがないはずのトロールが森の外で目撃された、ということに起因した調査と間引きですね。

 

「結論としては、森林内部のトロールの増加に加え、縄張り争いによる敗者が森の外へと拡大していった、というオチでしたね」

 

 実に単純な答えでした。

 いえ、トロールを相手取るのはまあそこまで問題ないのですが、それを数日間森で野営しながら間引きし続けるのが骨が折れました。

 

「そんなことよりも、トロールが増加しているような森の中に後衛一人置いていくのは、どういう了見ですか」

 

 追放されるのは、まあいいでしょう。

 正当かどうかは置いておいて、それをするのは誰にでも権利はありますからね。

 ですが、だからといってこんな森の中に置き去りにするのはおかしいでしょう!情を断つためだったのか、衝動的だったのか、嫌悪の果てでそうしたのかは知りませんが。

 

「はぁ……まあ、こんなところでいくら語っても彼らの胸の内など分かるはずもありませんね」

 

 そうして、私は彼らに対する思考を打ち切り、索敵に向かったカハルオスに戻ってくるように合図を送る。

 

「デッキの中身は弄れず、召喚のためのコストも普通の召喚師と違って魔力ではない。何よりデッキという都合上、必要な時に必要な(カード)を引ける保証もない」

 

 普通の召喚師に比べれば、不安定極まりない召喚師な私。

 置き去りにする理由としては分かりませんが、他の面々の欠点に比べれば私のが一番それらしい、外してもいい存在に見えたのでしょうね。

 

「……と、思いましたが」

 

 ため息を飲み込んで、私は目の前の手札を見る。

 群生する甲虫(カハルオス)を除いた四枚、昨晩までは二枚だったろう手札は、やはり二枚増えている。

 

「私の予測が正しければ……ある意味、正解ということなのでしょうね」

 

 認めたくはありませんがね。

 

「Ggy」


「戻りましたか。おや、ありがとうございます」

 

 戻ってきたカハルオスが、どこから取ってきたのかリンゴのようなモノを持ってきてくれたので礼を言いつつ、視線を手札へと戻す。

 と、言っても内二枚は今使うにはコストが足りないローカヴ。ですので、

 

「ドローし、……『苗木』をセット」

 

 新たなカードを引きます。

 そうして引いたカードをそのまま宣言すれば、カードが緑黒の粒子へと崩れていき私の左腕を覆う腕甲へと吸い込まれていく。そのまま腕甲から白い若枝が芽吹いていき、脈動するように伸び広がって瞬く間に装甲を覆い尽くす。

 

 ソレが私の魔力を吸い上げていき、マナへと錬成していく。

 

「Gggy」


「……Gy」

 

 同時に、視界の端でカハルオスのすぐ近くに角のないやや小ぶりのカハルオスによく似た甲虫(コピー)が生まれ落ちてるのを見ながら、私はカハルオスからもらった果実を口にする。

 

 

「さて、森の出口はどちら側でしょうか」

 

 ……果実は、思っていたよりも酸っぱいものでした。

 

 

 

 

 

─────◆◇◆

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