異世界で私だけが、カードをドローする 作:三葉乾酪
「━━━そうか。ありがとう、礼を言うよ」
「いえ……私ももう少し早く彼らと出会っていれば」
伏し目がちにそう答えるサクマの姿に何度か頷いた後、衛兵はサクマの肩を軽く叩く。それは一人の冒険者に対する敬意であり、自責の念にかられないようにするせめてもの慰めだった。
そうして、調書を取り終えたことで取調室よりサクマとネツァクは解放される。
後はこのエレットの街にある冒険者組合で今回のことを報告するのみ。と、言ったところで━━━
「…………いまの、もう一度話すのかい?」
「あくまで、この街の衛兵に
時間にして、一時間にもならなかったがいつの時代もどこの世界も事務手続きというのは面倒なモノ。フェレモッドの森で遺体を見つけた時の状況説明等に時間がかかるのは仕方がなく、むしろ今回はずいぶんと早く終わったものだった。
が、ネツァクからすれば興味関心の薄い問題に時間を取られたことが気に食わないのか、辟易とした態度にも表情にも出ている。
「まあ、アナタはこういう経験がないのは分かりますがね」
「まあ、そうだね。
「別に求めてないですが、私と行動するならこういう事はできてもらえると私も嬉しいですよ」
えぇ、面倒だな。
なんて、舌先を出しながら文句を口にするネツァクに対して肩を竦めながら早足で歩き始める。
ギルドで、鉢合わせするかもしれないとしてそれでも街中で鉢合わせするのは面倒だ、とでも思ってそうなサクマにネツァクは思わず苦笑し、その背を追いかけていく。
フェレモッドの森、近郊の宿場町エレット。
領主街を除けば近辺で最も栄えている街だと言われているこの街は、フェレモッドの森から流れ込んでくる大きな川に面し、同時に森で採れる木々や沼地の粘土などフェレモッドの森の恩恵を十二分に享受している街。
典型的、と言うべきか。
中央の行政区画から蜘蛛の巣状に伸び円形を形取る街並み、子供の声や働く大人たち、そういった
「確かに、キミ以外に興味もない、とは言ったけれどこうして人の営みを見るのも存外面白いモノだね」
「だからといって、ホイホイついて行かないでくださいね」
「少し前に言ったことと矛盾していないかい?」
「…………はぁ、興味関心が無さすぎるのもありすぎるのも問題だ、ということですよ」
そう言いながら肩を竦めるサクマについて行き、しばらくすると空気が変わったのをネツァクは感じ取った。
文字通り、空気が変わる。先程までが当たり前の人の営みの臭いだったのが、唐突に鉄や血と言った荒事に携わる臭いに切り替わったのだ。
思わず目を細め、だがすぐにそれをやめる。
「今はキミの為のネツァクだからね、上品にするさ」
「今のところ、上品さの欠片も見えませんが」
サクマの臀部に蹴りが入り、それ見たことかと言わんばかりの視線がネツァクを射抜く。けれども、当の本人はそんなのは知らないと言わんばかりにサクマの前へ出ていき
「ここが街じゃなくければ蹴ってましたからね、本当に」
その背を睨みつけ文句を口走ってから、何度目になるかも分からないため息を━━━
「…………まあ、いいでしょう。こういう面倒ごともあってこそですね」
吐こうとして、きっとあのまま一人で森を出ていたらこんなかけ合いもなければ、面倒ごとを感じることもなかった、と思わず笑みを浮かべる。
そういった煩わしさすらも楽しむべきだ、とこれから起きるかもしれない物事を許容しネツァクの背を見た、その矢先。
視線の先で明らかに柄の悪さ気な冒険者たちから声をかけられ始めたネツァクに思わず天を仰いで、ため息が漏れ出ていく。
「前言撤回、しても大丈夫でしょうか」
誰に言うわけでもなく、そんなことを口にしてサクマはネツァクを回収するために走り出した。
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まあ、問題は起きなかったわけですが。
見るからに柄の悪そうな冒険者たちに絡まれていたネツァクでしたが、実際のところは親切心で声をかけられていたようです。
明らかに世紀末でバイクに乗るか火炎放射器でも携えてそうな荒くれ者もしくは破落戸同然の格好でしたので……人は見かけによらないとはまさにこの事ですね。
「私は犬猫だったのかい?」
「そんなわけないでしょう」
本来の自分がシャチだったのを忘れるぐらいには驚きだったんでしょうか……いや、別にシャチの骨格なだけでシャチではなかったか。
「ほら、もうすぐそこですから」
とにかく、ネツァクへの周りからの視線があるのは違わないのでさっさと目的を済ませたいですね。
正直、ネツァクに宿を任せた方が楽かと心の片隅で思わなかったわけではないですが、これなら任せなくて正解でした。絶対に放流したらこのシャチはホイホイ人を引き連れるでしょうし、そもそもこの街のどこに宿があるかも…………流石に人に聞くぐらいはでき……いえ、ロクなことにならないでしょうし考えるのはやめますか。
「ん?どうしたの、足止めて……入らないの?」
「いえ……いや、入りますよ、入ります」
なんてことを考えている内に、私たちは組合の入口付近に到着したわけですが。
釘でも刺されたかのように私はその場から動けなくなりました……いや、動けはするのですが……。
万が一、鉢合わせしたらと考えると……。
「ほら、吹っ切らないとやっていられないよ?」
「わかっていますよ……はぁ」
ネツァクに急かされつつも、気が乗りませんが。
組合の外にいる冒険者たちからの視線も少し辛くなってきたので、意を決して組合の扉に手をかける。
もしも、これで鉢合わせしたら……いや、もういいです。
「その時は、もうその時としましょう」
そうして私は、冒険者組合へと足を踏み入れる。
「だから、言ってやったんだよ!」
「この前、森の外でトロールがいたのを見たんだ」
「武器がボロボロなんだけど、そろそろ買い替えどきかねぇ」
「やっぱり、魔物の数増えてきてないか?」
「エール持ってきてくれ!」
扉を開けた瞬間、堰を切ったように飛び込んでくるのは組合内にたむろする冒険者たちの喧騒。
背後のネツァクが僅かに身動ぎするのを感じ取りながら、後ろ手に彼女へそのまま来るように伝えてから私は受付を目指していく。
依頼が無いのか昼間からエールを呷る冒険者たちの酒の匂い、つい先程帰ってきたのか薄らと血と汗の混じった臭い、地球もとい日本ではそうそう嗅ぐことのないような臭いは未だ慣れることもない。
ですが、鼻を抑えるなんて言う失礼なことは流石にしませんよ。
女子組はなかなか慣れずにそういう反応をしてしまっていましたね。
「いきますよ、ネツァク。ぶつかると面倒なので私から離れずに」
「わかったよ」
ネツァクが彼らに力負けするなんて事は微塵も思ってはいませんが、こういう場で揉め事になると多くの人間に覚えられてしまいますから。
いえ、だからといって今後のことに何か支障が出るわけでもありませんから……あー、いや、私が女性を連れ回す人間になるかもしれない、ぐらいですかね。
……ついさっき、全部飲み込むことにしましたが、流石に……それは……いえ、彼女の契約者ですから諦めましょう。今後の汚名も許容しますよ、はい。
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