異世界で私だけが、カードをドローする 作:三葉乾酪
「ドローし、マナを再錬成ッ」
濃い霧の中を私は走りながらデッキからドローする。
既に霧は前方二メートル程度しかマトモな視認も出来やしませんが、それでも私は足を止めることはできません。
「Gggy!!」
「ッ、私のことは気にしなくて結構!」
何度か殴られ負傷したカハルオスが私を心配するような鳴き声をあげるのを切り捨てて───
「ええぃッ、邪魔です!」
足首へと触れたモノを反射的に振り払い、視線を背後へと向ける。
濃い霧の中、もはや見えることはありませんがその先から私たち目掛けて進んでくる者が数体。置き去りにした私が居なくなっていたから探しに来た元仲間たち。
「だったら、どれほど良かったことか」
空気がたわむ。
おぉ、おぉ、低くしかし広範囲に響く鳴き声を出しながら私たちを追いかけてくるのは人間ではなく、魔物。
手札を一瞥し、目の前に転がる折れた樹木を踏み台にして前方の木へ足をかけてそのままの勢いで登る。大した時間稼ぎもできはしないでしょうが、魔物相手に走って逃げるよりかはマシでしょうね。
「……それでも、数十秒もてば良い方ですね」
─────◆
サクマとカハルオスの逃走劇が始まったのは、つい十数分ほど前のこと。
まだ十数メートルぐらいは視界が確保出来ている内にトロールと鉢合わせしないよう、慎重に動き始めて少しの頃。
サクマはその足を止めていた。
「……足跡、ですね」
歩く中でふと、視界の端に紛れ込んだソレは本来ならばこの霧の中で見かけたとしても気にすることなく霧へ消えていくものだったが、万が一トロールの痕跡だった可能性が、サクマの足をその場へと留めていた。
「まあサイズとしてみてもトロールではない。いえ、それ以前に魔物ですらない」
人間よりも遥かに巨体なトロール、二本足で歩く魔物でもないそんな足跡は、思わずサクマの口角を吊り上げさせるようなもの。
というのも、フェレモッドの森内部にある沼地を通ってきたのだろうその足跡には爪もなければ指ごとの痕はなく。
「人間の足跡。つまり、靴ですね」
泥の乾き具合からして、できたのはつい少し前だろう、とあたりをつけながらサクマはその方向へと足早に向かう、などということはせずに冷静に踏みとどまる。
もしも、コレでトロールが移動したであろう方向だった場合鉢合わせる可能性が高い、と考えたためだったが……
「向きとしては、このままで正解だったようですね」
足跡の向かう先は、このまま道のり。
少なくともトロールとは別方向であるのなら、そこまで問題はない───もちろん、そもそもフェレモッドの森に来た理由であるトロールの増加を考えれば鉢合わせをする可能性は依然高いまま。
「だとしても、他の人間と合流できる方がいいでしょう。少なくともこんな森に来るのです、多少なりとも戦える人間でしょうし」
「Ggy」
「……何でしたら、ギリギリ見えないぐらいの高さで飛んでいても構いませんよ」
そうカハルオスの角を避けながら一撫でして、サクマは足跡を辿っていく。
もちろん、合流できたとしても、すぐにこの森から出れるわけではないがそんなことはサクマも理解している。
だが、仲間から置き去りにされた、という事実がサクマ自身が思うよりも尾を引いているのだろう。
まだ合流すらしていないというのに、サクマの表情には僅かながら安堵の色が漏れていた。
歩みも少しずつ早歩きへと変わっていく。
「……これで、真っ当な人間ではなかったらどうしましょうか」
「Ggg」
「何度も言っていますが、私は文弱な学生です。……いえ、こっちに来てからのことを考えると文弱では……他の面々に比べれば充分文弱ですね」
そんな風に、頭上を飛び始めたカハルオスと軽口を叩きながら歩いていれば、僅かに空気が変わるのを感じ取っていく。
生物が動いている気配。
トロールのような巨体ではなく、だいたい人間ぐらいのモノが複数人。
話しているような声も聞こえてきた。
それにサクマの足も、より早くなっていき───
「いえ、待ってください」
その足は止まった。
唐突な静止の声、それは自分自身へ投げかけたものであり、カハルオスへのものでもあった。
「オッ、オッ、オォッ」
「オォ、オォ」
声が聞こえる。
人間の、いやそれに似た別の鳴き声が。
瞬間、サクマの背に冷や汗が垂れ流れていき、彼は踵を返そうとし、
「オゴォ?」
「───ッ」
間に合わなかった。
振り返った先、そこに人型の蛙が立っていたからだ。
蛙らしい緑と黒が入り交じった皮膚に、毒々しいまでの赤い喉もと、大柄な成人男性ほどの体格をした二本足で立つ蛙。
ウェアトード。
「
「Gggy!!」
それを認識したと同時にサクマは叫び、カハルオスが頭上から目の前のウェアトードへと奇襲する。獣型の魔物が持つ重厚な毛皮を肉ごと切り裂くほどに鋭利なカハルオスの角がウェアトードの身体を切り裂いていくのを、サクマは遠のいていきながら見て
「ぐぅぅっ!!」
脇腹に走る痛みと、背中の痛みで自分が咄嗟に殴り飛ばされたことを理解した。
濃い霧を裂きながら吹き飛んでいったので、どこか濡れたような気分を負いながら腹立たしげにサクマは立ち上がる。
「ォオッ!?オォ!!」
「オォッ!!」
「最悪な気分ですね、まったく」
立ち上がった彼の視界に広がる光景に、サクマはその表情を苦々しげに歪めていく。
ウェアトードの集団。
四、いや先程サクマを殴り飛ばした者も含めれば五体ものウェアトードたちがそこでたむろっており、サクマは同時に目的のモノを見つけることできた。
ウェアトードたちのすぐ近く、木の根元、薮の傍らに彼らがいた。いや、正確に言えば、彼らだったモノがそこにあった。
頭から血を流すモノ、剣を深々と胸に突き立てられたモノ、手足があらぬ方向へと曲がっているモノ、三人ほどの冒険者だったモノがそこに転がっていた。
「───あぁ」
もう死んでいる。
サクマの口から諦めの声が漏れる。もう少し早く痕跡を見つけられていたのならば、話は変わったのだろうか?
そんな考えが彼の脳裏を過ぎり、同時にそれをどうしようもないことだと諦めた。
その代わりに
「必ず、連れ帰りますね」
吹き飛ばされてきたサクマを新たな獲物だとウェアトードらが認識したのか、ニタニタとした笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。
大きく息を吐きながらサクマは立ち上がりながら、近づいてくる彼らへと笑った。
─────◆
などと、言いましたが。
流石に戦闘で巻き込んで悲惨な現場にするのは嫌ですし、私自身普通に最初の一撃で脇腹を痛めたというのもあったので、私は逃げました。
転移してレベルが上がったから良いものを、転移前だったら普通に熊に脇腹抉り取られたみたいになっていたでしょうね……ああ、別にレベルの概念はないですが。
「ふぅーッ、カハルオスもボロボロですね」
木を登ってから一度息を吐いて、落ち着いていく。
そうしてから耳をすませば、少しばかり離れた場所でウェアトードとカハルオスがぶつかる音が聴こえてくる。
あくまで霧で見えないだけで距離で見れば数メートル程度しか離れていないのでしょう。それにウェアトードは普通のカエルと違って反響定位、つまりエコーロケーションのようなモノが使えるようなのでこうして木の上に居ても、バレるのは時間の問題。
「彼らの遺体の近くに
カハルオスが負ける前に、次のローカヴを
私の手札は五枚、マナは七。
どちらのリソースも潤沢ではありますが、手札のローカヴは半数がこの場でウェアトードを複数体相手取るには心許ない。ですので、
「───手数も
手札から選ぶのは中型のローカヴ。
『苗木』を介して私の魔力から錬成されたマナが、緑黒の光となってソレを引きずり出していく。
ソレは植物でした。
黒曜石で出来たヘラジカの頭蓋を基点に無数の枝葉や蔦で作り上げられた人型の身体を持つ怪物。その手には身の丈ほどの斧。
「
木の根元近くに召喚された彼の傍らに降り立ちながら、ウェアトードら相手に時間稼ぎをしているカハルオスを呼び戻していると、カルドレフが恭しく私へと空いている手を差し出してきました。
それに対して私は、その植物と黒曜石の入り交じる鉤爪めいた手へと迷うことなく触れます。
「えぇ、ありがとうございます」
彼によってデッキの上から何枚かのカードが飛び出してきたのを一瞥し、その中にあった『苗木』をセットします。
「Gggy」
「時間稼ぎ。あなたにも礼を」
新たな『苗木』がセットされた事で、新たな
ええ、耳をすませなくともアレらの鳴き声が聴こえてくる。
「オォ、ォ」
「オォオ、オオ」
「五体、ですか」
カハルオスが頑張ってくれたのでしょうね。
身体のいたる所に切り傷を作って出てきた彼らに思わず笑みを浮かべてしまいますが、負けフラグ極まりないですね。
あちらは手負いで五体、こちらは手負いが一体に後衛が一人で前衛が二体。
「頼みますよ、カルドレフ。あなたが鍵です。そして、私に期待はしないでくださいね、所詮文弱な召喚師ですので」
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