異世界で私だけが、カードをドローする 作:三葉乾酪
「────フーッ」
痛い。
頭と、背中と腕と、ともかく上半身の半分近くが痛い。
いったい何が起きたのか、どうしてこんなに身体が痛むのか、いやそもそも周りがどうなっているのか、などと身の回りの状況を把握しようとしましたが。
そんな考えすらも放棄してしまうほどのモノが私の目には映っていた。
「……ああ、そういう、ことですか」
それはこの数日間で、見知った姿。
首と胴体、さらには頭の境も区別もつかないようなずんぐりとした体型は、昔テレビで見たことがあるようなマスコットキャラクターやゆるキャラみたいな姿。
仮に立っていたとしても、見上げるだろう巨体は小巨人、と呼ばれるのも納得のいく姿。手足はその大きさに比べるとやや短くはありますが、それでも充分大きいもの。
「……トロール」
そう、トロール。
私たちがこのフェレモッドの森に来た理由。
いくら、私が召喚師で契約している魔物、ローカヴたちを召喚できたとしても対峙するべきではない魔物。こんな霧の濃い森であれば尚更。
「だったの、ですがね……はぁ」
苔のようなもので覆われた顔から覗く満月のように見開かれた目が、私を睥睨している。
恐らく、
耐えたのか、逃げたのかは分かりませんが。
では、
「ああ……そこにですか」
私が倒れている場所から少し離れて、トロールを挟んだ向かい側で倒れ込んでいる枝葉や蔦などの塊が見えますね。
特徴的な、鹿の角がまた少し離れた所に転がっているのを見るに本体でもある頭部を殴りつけられたのでしょう。ウェアトードが相手だったのなら例え棍棒で殴られようとも、ああはならなかったはずです。
「…………はぁ、状況の整理も出来てきましたよ」
「ホォォォ」
相変わらずの空気が通り抜けていくような声を漏らすトロールに思わず、顔の一つも顰めたくありますがそんなのはどうでもいいです。
要するに、トロールと鉢合わせてそのまま殴られた。それ以上でもそれ以下でもない、純粋な
トロールが肉食なのか、草食なのか、雑食なのかは知りませんが、彼らは撲殺した獲物を巣へと持ち帰るらしいので……このままトドメを刺されそうですね。
「ホォォォ」
「……湿っぽい臭いを嗅がせないでください。不愉快です────」
こちらを見下ろしたまま、湿っぽい吐息が吹きかけられるのは実に不愉快。
ですので、視界の端に出していた手札からカードを一枚選び残ったマナを注ぎ込む。
「こんなか弱い相手に、殴りつけるなど恥ずかしくないのですか?……2マナ、
緑黒の魔力が走り、私の手元に現れるのは一匹の蟻。
ただし、丸々とバスケットボールほどに膨らんだ腹部が特徴的なローカヴだが。
「お近ずきの印、にどうですか!」
「ホォアア!?」
私は彼を躊躇なくトロールへと投げつけてやった。甘い蜜の香りを醸し出す
瞬間、トロールと私の間でばら撒かれるのは虫型ローカヴの体液。
甘い蜜と混ざり合いながら体液がばら撒かれれば、至近距離でそれを浴びたせいかトロールが呻き声をあげ大きく仰け反っている。当然、トロールとの距離もそうあるわけもなく私にもそれがかかりますが……
「……どうして、私には毒性が何の影響もないのかを聞きたいところですが、痛みも誤魔化せれているので良しとしましょう」
ドヴァネマラの能力による、回復の恩恵で怪我が治ったわけではないですが、痛み自体はそれなりにマシになりました。ドヴァネマラが退去する前提の回復で、時間稼ぎにしか使えませんがね。
「ホォォォッ!!」
「ッ、少しは、こちらを慮って、もらいたい、ものですね!」
毒に苦しみながら、その腕を振るってくるのを身体を無理やり動かして避けていく。
いくら、身体に対して腕が短かろうとデカイものはデカイものです。リーチも当然人間の巨漢とは比べるまでもないでしょう。
掠れば、死ぬといかずとも下手をすれば引きちぎられる、のを覚悟しなくては────
「ッッ、いま、ギリギリで、クソァ!」
「ホォア!!」
つい先程まで私がいた地面が陥没する。
あと少しでも後ろに跳ぶのが遅ければ、ミンチとまでは言いませんが……足は潰されていたでしょう。
「まったく、本当に、武器の一つ……ああ、ウェアトードから棍棒でも奪っておけば良かったですね」
巨漢に子供が木の棒持って挑むようなものですが、まあ無いよりはマシと信じたい。
「いえ、結局は無いですが」
こちらへと顔を向けてくるトロールに、思わず自嘲の笑みを浮かべてしまいました。首と胴体の境がないモノが顔だけ向けてくると、なかなかホラーな絵面ですね。
子供が見たら夢に出そうですよ。
───羽音が聴こえてくる。
「私は、魔術師ではありません。戦士ではありません。タンクではありません。ヒーラーではありません」
ゆっくりと腕を地面から引き抜きながら、上体を起こしてこちらを睥睨する瞳は変わらず感情どころか生気の一欠片も感じさせない。
本当に生物なのかを疑ってしまうほどのそれに、思わず怖気が走りそうになりますが───羽音が聴こえてくる。
「私は、召喚師ですので」
「Gi」
「Gy」
「Gggy」
「多勢に無勢で、失礼します」
羽音が響いていく。
霧の中から、木々の中から、復帰した
「合わせて四体、あと一体は遅刻なのはいただけませんが」
トロールを倒すには充分。
羽音を鳴らしながら威嚇する彼らに思わず笑みの一つも浮かべてしまうのは仕方がないことでしょう。仲間たち、女性陣が見れば悲鳴が飛び交いそうですが。
「私は、横並びにするのが好きです。数の暴力で殴り倒すのが好きです。盤面を覆す切り札も好きですが、盤面を数で制圧するのが好きです」
私のデッキ、召喚出来る魔物たちがどういう能力のカードなのか、全部が全部知っているわけではありません。
それでも、数の暴力が正解の一つなのは間違いないでしょう。
「ホォォォ」
「御静聴、ありがとうございました。カハルオス」
肝心のトロールは、飛び交い始めるカハルオスとその
カハルオスたちが、トロール目掛けて四方八方から襲い掛かり始めてその身体を削っていく。一体ではトロールを仕留める事はできませんが、この数であればトロールも対処できない。
角がトロールの身体を切り裂き、顎がトロールの身体を噛みちぎっていく。
「ホォオオ!!」
トロールの絶叫が耳を打つ。
ですが、それも長く続くことはないでしょう。
「……カハルオス」
「Gyyy!!」
体勢を崩したトロールへと、ウェアトードの時の焼き増しのように急降下していくカハルオスたちの姿を見送って、私はため息をつく。
ドヴァネマラの能力による痛み止めまがいでは、傷を癒せてるわけでもないので早いうちにこの場を、この森を抜け出すのを急いだ方が良いですね。
カハルオスたちに、彼らの遺体を運ばせて……いえ、そもそも新しく召喚をする必要が───
「…………置き去り、人死に、奇襲。確かに追放される理由があるのは納得しますが、ここまで不運が積み重なるほどのことはしたつもりはないのですがね」
「ホォオオ」
「ホォア」
「ホォオォ」
霧の中からゆっくりと近づいてくる影。
もしもこの場に鏡があったのなら、きっと私は引き攣った表情をしているでしょうね。
本当に。
この負傷で逃げられる、と?痛み止めだってそう長くは続かないというのに?
「とんだ、巫山戯た話ですね───
つい先程トドメをさしたばかりの魔物と寸分違わぬ影が複数、霧の中からこちらへと進んでくるのを睨め付けながら叫ぶ。
瞬間、霧の中へと殺到するのは無数の槍枝。
角は折れ、よく見れば半分ほど割れ砕けた頭蓋を掲げながらカルドレフがトロールを今度はこちらから奇襲していくのが見える。
私もカハルオスたちへと、次の指示を出して
「ボォオオオ!!」
霧の中で影が一体沈み、突き出した槍枝を掴まれたのか霧の中へとカルドレフが引きずり込まれていき、繋がりが切れたのを感じました。
明確に視認できるわけではありませんが、気配を探るに
「二、三……まったく、無理な話を」
カハルオスたちによる連撃?一体は仕留められそうですが、途中で何体か落ちるでしょうし、一体を相手取ってる間に私が死ぬでしょうね。
カルドレフが引きずられていく寸前にこちらへ投げてきた長斧を手に取りますが……文弱に持たせるモノではないです。あるだけありがたいはありがたいのですが。
「…………いえ、違いますね」
長斧を掴む指先が冷えてきたのを感じます。
痛みは止めても、傷は治らない。
血を流し過ぎたのでしょうね。となれば、私が動くとかそういう話をしていられなくなりました。
ですので、
「やはり召喚師の本分に戻りましょう」
つい先程、召喚師らしく数の暴力でトロールを仕留めたのですから、このまま召喚師らしくこの場を乗り切るほかないですね。
長斧から、指を離して私はデッキへと添える。
手札の内容では、数を揃えてもトロールをどうにかできるか、と聞かれれば微妙。
「ですので、私のターン。───ドローして、マナを再錬成」
私は決して運が良い方ではないのは、今日の状況を見れば誰もが納得するでしょう。
であれば、
引くべき時に引くことができない。
必要な時に召喚ができない。
対処するべき時に対処できない。
この世界に来てから散々味わったことですが……自分が生きるか死ぬかなら、コレに委ねるほかありません。
「……マナを、八点支払いましょう」
だから、思わず笑みを浮かべてしまった。
引いたカードがあまりにも都合が良すぎたのですから。
血を流しすぎたせいで、視界が暗くなっていく。
それでも、召喚師としてそれだけはやらなくてはならない、と意識をカード共々握り締めて
「咆哮する翠玉、ネツァク」
緑黒の粒子が溢れ出し、異界から彼を此方側へと召喚していく。
それは、巨大だった。
ローカヴたち共通の、非生物めいた外骨格が形成するのはサソリと恐らくはシャチの骨格を混ぜ合わせたかのような異形。
そんな
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