異世界で私だけが、カードをドローする 作:三葉乾酪
それはまったくの偶然だった。
侵蝕し、汚染されていく世界を揺蕩いながら同胞たちに耳を傾けていただけだった。
いつもと、何も変わり映えのない、同じカードばかり引き続けるそんな日常だった。
だが、その日とっかかりを見つけた。
水面に縄を一本浮かばせていたら、たまたま何かに引っかかったようなそんな偶然。
生命を喰らい平らげ、虚空を泳ぐ。それだけの運命を覆す、
─────◆
湿った匂い。
薄らと霧がかった視界の中で、まず最初に感じたのは
そうして少しずつ現実に意識が戻っていくと、後頭部に感じる地面や木とは異なる柔らかさや周囲の静けさ、温度へと感じるモノがゆっくりと増えていく。
そうして、最後に朦朧とした意識という霧が晴れて本当の視界が顕になったことで、サクマは完全に目を覚ました。
「…………でっ」
仰向けで寝ていたサクマの視界、その半分近くを埋めるモノが何なのかを半ば理解しながら、そんならしくないことを口走ったサクマだが────
「Gy」
心配する鳴き声に、意識がそちらへと向いた。
視線だけをそちらへと移せば、少し離れたところでおしくらまんじゅうのように集まっている
「……無事だったのですね」
「二体、減ってるけどね」
途中で気絶したことで、そもそも召喚が続いているのかどうか怪しかったものの、トロールに殴り潰されてしまった、などということになっていなかった。そう安堵の言葉が漏れ出たのと同時に頭上から降ってきた声にサクマは僅かに口を噤む。
「確かに
「そうですね……ウェアトードらを退けた際に一度、休息を入れるべきだったと思います」
「
淡々とまるで諭すような言葉に、サクマも同意しながら自省する。
事実上の追放を受け、一人でやらねばならない、一人で考えなければならない、と深呼吸をするタイミングを見失っていた、と。
そんなサクマを宥めるように指が優しく髪を梳かれていく。その感触にサクマも僅かに目を細め
「それで、アナタはどちら様でしょうか」
「ふふっ、危機感が無いって言いたいけど、その辺は分かってたんだ」
「そもそも私をどうにかしようと考えているのなら、膝枕などする必要もないでしょう?」
それにカハルオスたちも警戒していないようですし、と付け加えながら僅かに身動ぐサクマに、彼女は微笑する。
意識が戻ってすぐ、自分がまだフェレモッドの森にいることを嗅ぎなれた霧の湿った匂いと森の匂いが混ざった匂いから推察していた。
だからこそ、どうして自分が膝枕されているのかを疑問に思いはしたのだがそれもカハルオスたちが警戒している様子もなく、身体が動けないというわけでもなかった、という理由で害はないと放置していたのだが……
(そもそも、女性に膝枕されるのは初めてで、辞め時が分からないのですが)
見上げると半分近く見えない視界に気恥しさを感じるのでカハルオスたちへと無理くり視線を向ける。
だが、そんなサクマの心境を察したのか、微笑する彼女にサクマは僅かに目を泳がせていた。
「……それで、どなたなんですか?」
「ああ、ごめん。……まあ、もったいぶっても何もならない、か。私は、ネツァク」
淡々とした声音で告げられた名に、思わず跳ねるように上体を起こし────
「ぐふっ」
「っと、大丈夫?」
彼女の胸に顔をぶつけてそのまま太ももへと、悲鳴と共に押し戻される。
彼女からの心配の声を無視し、改めて膝枕から起き上がり、ようやくサクマは彼女の姿を見た。
霧がかったこの森の中であっても目を惹く緑の髪を揺らす女性。
人間の美醜に特別拘りも持たないサクマであっても、思わず感嘆の声を漏らすほどには美しい女性だった。
だからこそ、
「ネツァク?アナタが?」
その言葉を額面通りに受け止めることなんて不可能で、そんな彼の言葉にネツァクと名乗った女は微笑を返した。
─────◆
咆哮する翠玉、ネツァク。
マッコウクジラと変わらないサイズを持つ、シャチの骨格にサソリの様なモノが混ざったローカヴ。
私の契約する彼らの中でも、とりわけ重いコストで、強いカードである彼は私にとっての切り札でした。
その能力は、
の、はずだったのですが……。
「ネツァク?アナタが?」
私の目の前にいる女性は、どこをどう見ても私の知るネツァクではありません。
そもそも先程も説明したように、ネツァクはシャチ……サソリの尻尾やハサミの様な部位もありますが、基本形はシャチの骨格です。
「まかり間違っても、人型ではなかったはずです。いえ、仮に
「それ、
「十分、デカブツでしょう。私の知る限りネツァクより大きなローカヴは私のデッキにいません」
デッキの中身が見れない以上、実際がどうなのかは私には分からないことですが知る限りでは事実です。
本当に彼女がネツァクなのだとしたら、かなり最低なことを言ってる自覚もありますが……本当だった時は素直に謝りますか。
「女性に対して言うものじゃないよ」
「骨格だけの生物に性別を見出すのは学者でもなければ分からないのでは?」
「……あちらの姿が、雄の骨格であるのは否定しないけれど」
まるでこちらを困った子供だ、とでも言うように首を横に振って苦笑する、自称ネツァク。
思わず顰め面をしてしまいますが、とうの本人は苦笑から微笑へと切り替わったまま。
にっちもさっちもいきませんね。
「どうして信じてくれないのかな?キミがこちらに来てからずっと私はキミを支えてあげてきた、と思うんだけども」
「少なくとも、100信じていない、という訳ではありませんよ。こちらの事情を知っているようですし」
心外だと言わんばかりに大袈裟に首を横に振る彼女へと答えながら、私は……実は半々には彼女の主張を信じていました。
例えば、彼女がネツァクを自称するメリットがあるでしょうか?カハルオスたちは彼女へ何も警戒していませんが、もしも私に嘘をついていたのなら私の指示一つでカハルオスたちは彼女を襲うでしょう。
なら、嘘をつく必要はないはず。もちろん、私がそのメリットがあるのを理解していない、という可能性がないわけではないですが。
「そもそも魔物が人間の姿になるのなんて、別にありふれてはいないと思うけれど。そこそこにはある話だよね?」
「であれば、尚更アナタがネツァクではないと言えますが……まあ、そんなことをすればカハルオスたちがアナタを襲いますし───」
そこまで語って、ふと私の視線が彼女と合った。
彼女が私を見ている、というわけではない。いえ、実際はそうなのですが内情はまったく違う。
私が彼女を見ようとしていなかった、が正しいでしょうね。
こうして一度視線が合ってしまったからにはズラすことなどできはしなかった。
「大前提として、キミには分かるはずだよ。私たちとキミには繋がりがある」
「……それは」
だからなのか、私は彼女の言葉に反論の一つも口にできなかったのです。
ええ、彼女の言う通りです。
召喚した彼らの場所が分かるように、退去した時の感覚が分かるように、確かに今私と彼女の間に繋がりがあります。
普段の私ならば、すぐにそれを言及し彼女がネツァクであるかは分からないとしても私の契約する魔物であることは納得できたはずです。
では、何故私はこうも頑なになってしまっているのか……それは
「だって、人間の仲間はキミを追放したから」
「……否定、しませんよ」
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