TSロボ娘は何周してでもハッピーエンドを目指したい   作:第616特別情報大隊

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AD.2040

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 ──AD.2040

 

 

 目の前に銃がある。

 

 生まれてこの方、実銃はもちろんのことモデルガンにすら触ったことがない私の前に銃がある。本物の軍用小銃だ。

 

 タンカラーの銃本体と黒いマガジンのもの。

 

 私もFPSはやったことがあるが、実銃の扱い方なんて知らない。引き金を引けば弾が出るんだろうけど、それがどういう仕組みなのはかさっぱりだ。

 

 そう、本来の私はそんなことなど知らないはずだった。

 

 しかし、今の私はどうすればいいかを理解している。

 

 私は素早くマガジンを装填し、チャージングハンドルを引いて初弾をチャンバーに装填。ストックを肩に当てて、光学照準器を覗き込む。光学照準器の先には黒い人間型の標的があって、私は1秒もかからず狙いを定めて引き金を引いた。

 

 6.8x51ミリ弾の銃声はイヤーマフを通じたためか意外に小さいものだが、そこそこの反動がある。だが、今の私には反動を制御できるだけの力があった。銃身が跳ね上がりそうになるのを抑え、肩に感じる衝撃をしっかりと受け止める。

 

 昔から非力で、病弱で、入院を繰り返し、銃を撃つどころか自転車に乗るのもやっとの頼りない男だった私が正確に的に向けて銃弾を叩き込んでいるのは奇妙ですらある。

 

 それもそのはず。今の私は以前の、前世の私ではないのだ。

 

 今の私は海洋哺乳類の遺伝子操作種(キメラ)から取り出した人工筋肉と、人間の脳を模倣した疑似ニューラルネット・プロセッサと、カーボンナノファイバーによって作られた──可愛い女の子なのだ。

 

 

 

 今世での私の名前はアリア。正式には大井重工製40式高性能戦闘人形。

 

 いわゆるロボットやアンドロイドというもの。

 

 言うまでもなくそれは人間ではなく──ただの道具であり兵器である。

 

 そりゃあ、値段もスペックも床を這いまわるだけの自動掃除機よりは上等ですが、カテゴリー的にはそれと同じ。自動掃除機に人権がないように私にも人権はないし、与えようと考える人間もいない。

 

 私の運命を決めるのは私以外のちゃんとした人としての権利を有する人間で、私はただの誰かの所有物に過ぎない。

 

 そう考えると暗澹たる気持ちになってくる……。

 

 

 

 ただひとつだけ私が報われていたのは、私の所有者は私を──道具としては──大事に扱ってくれる人だということ。

 

 

 

 ビーッとアラームが鳴って射撃訓練終了の合図が知らされる。

 

「問題はないようだな」

 

 私の射撃訓練の様子を眺めていた初老の男性がそう言う。

 

 その50代前半ほどのその男性は見事なロマンスグレーの髪をオールバックにしており、その瞳の色は物憂げなブラウン。この世の中にある程度の見切りをつけたような、そんな憂鬱な色だ。

 

 そんな彼の左足と右腕は義肢で、私と同じ体と同じ人工筋肉とカーボンナノファイバーで作られたもの。それは一目で義肢と変わるように黒く塗装されたメカメカしい見た目をしている。

 

「これで慣らし運転は終わりだ、アリア。戻って休め」

 

「はい、久慈さん」

 

 彼は久慈大河。私の上官に当たる。

 

 さて、私はアークライト(A)インターナショナル(I)コーポレーション(C)と言われる日本に本社のある民間軍事会社(PMSC)の所有物であり、久慈さんはそこのコントラクターだ。

 

 この時代──2040年の世界において民間軍事会社(PMSC)は多くの軍人の再就職先であり、久慈さんも元軍人だったとか。だけど、手足の義肢を見れば分かるように彼は負傷して軍を除隊している、らしい。

 

 彼がどこの軍にいて、どうして手足を失ったのかは知らないが、少なくとも彼はここに私が来てから私を粗雑に扱うことはせず、人間と同じように扱ってくれている。

 

 

 

 ああ。そうだ。この私がいる場所についての説明がまだでした。

 

 ここは中央アジアの国であるバルカラフ共和国に設置されたAICの基地です。

 

 このバルカラフ共和国は絶賛内戦中の国で、国連決議の下で国連平和維持軍(UNPKF)が展開しています。

 

 この国ではかつて政府だった存在が分裂し、内戦を争う軍閥と化している。自国民同士の血で血を洗う内戦が、5年以上続いているのです。

 

 AICはその内戦において新政府及び国連に雇われている。私たちは新政府の要人を警護し、国連職員を警護し、彼らのための物資輸送を支援しているというわけです。

 

 というのも、新政府にも国連にも自由に使える戦力はほとんどないからだ。

 

 特に新政府においてそれは深刻でした。

 

 公平な選挙とやらで選ばれた新政府に国軍の将軍たちは反発。なぜなら新政府は民主的な国家の樹立を目指していて、ローマ規程への加盟を表明していたから。それによってこれまで旧政府の下で反政府運動の弾圧などを行っていた将軍たちは瞬く間に尊敬される英雄から国際刑事裁判所(ICC)に追われる犯罪者に転落したからです。

 

 旧政府はそんな国軍の大半の支持の下で反乱を起こし、新政府に従うのは僅かな戦力のみ。あるのが選挙で選ばれたという取柄だけの新政府に国連だっていつまで味方してくれるか分からない。

 

 そんな状況では民間軍事会社(PMSC)に泣きつくのもやむなしという具合です。

 

 

 

 で、そんな事情のあるバルカラフ共和国ですが、私が到着したのはまさに昨日。

 

 正確に言えば起動したのが昨日です。私は電源オフの状態で日本から軍用輸送機で輸送され、首都カラルグラードの国際空港に着陸。そののち、この基地に送られて電源が入れられたのです。

 

 そのときが今世で私が目覚めた瞬間であった。

 

 この身体が起動したときは混乱しましたが、我ながら自分の適応力に驚かされます。私は久慈さんに命令されるままに装備を整え、今の状況まで至ったのだから。

 

 だが、状況を受け入れたのかと言われるとかなり難しいのが現状。

 

 先に述べたように私は誰かに運命を決定される()だということ。そして、恐らく私は一度壊れたら元には戻れないということ。

 

 アンドロイドは人間がやるように修理できる。頭にある疑似ニューラルネット・プロセッサを吹き飛ばされても、人間とは違って部品を入れ替えて修理できてしまう。

 

 だが、そうなった私に、この()としての意識はあるのだろうか?

 

 それが疑問なのだ。

 

 

 

 久慈さんから休むように命じられた私はAICの基地を進む。

 

 今の私はAIC支給の軍服──アメリカ陸軍のそれに似たマルチカム迷彩の戦闘服にAICのロゴが入ったワッペン──を身に着けているので、不審に思われることもない。起動したときは全裸だったのでびっくりしましたが、アンドロイドには乳首も性器もないので隠すべきものもなかったのでした。

 

 基地を進むとAICのコントラクターたちがちらほら見える。

 

 私たちAICの業務は護衛(エスコート)などの接的な戦闘への参加だけではなく、出来立てほやほやの新政府軍への訓練も請け負っている。そのため基地にいる人種は雑多です。

 

 AICが日系企業なのでほとんどがアジア系だが、白人や黒人の姿も少し見えます。彼らは同僚と今後の業務について話し合ったり、どうでもいい雑談に興じていたり、食堂で軽食を食べていたりする。

 

 彼らの周りの縫うようにして自動掃除機が走り回っているし、軽食を提供するのもオートメーション化されたキッチンだ。

 

 そして、私の仲間は前者の雑多な人種の人間ではなく、後者の画一的なロボットなわけです。全く笑える話です。

 

 その証拠に私が休める部屋は倉庫みたいな場所が割り当てられている。そこには充電用の金属のベッドがずらりと並んでいて、まだ起動していないアンドロイドたちが置かれている。全裸の彼女たちがずらりとベッドに並んで死んだように眠っているのは、なんとも不思議な光景です。

 

 私も服を着たままそのベッドに横たわる。

 

 それと同時に基地のネットワークにリンクする。私の権限で閲覧できるの情報が、瞼を閉じた私の眼前に表示されていく。

 

 この大規模なAICの基地がある首都カラルグラードの状況はコンディション・オレンジのまま。それが意味するのは任務の際や私用で出歩く際にはテロに警戒せよということ。まあ、いつも通りというわけです。

 

 カラルグラードの治安は最悪だと聞いています。何せ国軍の大半が軍閥化した上に、宗教的な理由で武装蜂起したグループもいて、それらが全て頼りない新政府の居城であるカラルグラードを狙っているのですから。

 

 AICはこのカラルグラードでカラルグラード国際空港から新政府や国連が所有する施設への物資輸送も引き受けている。そのルートはいくら敵を掃討しても即席爆発装置(IED)が仕掛けられる地獄の道だとか。

 

 私もそういうルートを警備する任務に割り当てられるのだろうか……。

 

 考えてもしょうがない。ここは命令通りに休むとしましょう。

 

 私はそう考えて自らの電源を落とした。

 

 ブンッと音がして私の意識は途切れる。

 

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