TSロボ娘は何周してでもハッピーエンドを目指したい 作:第616特別情報大隊
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──ウェルカム・トゥ・バルカラフ
私が次に目覚めたときには48時間が経過していた。
リモート操作で電源が入れられたらしく、起動と同時にメッセージが着信する。
発信者は……久慈さんだ。
『1200にブリーフィングルームへ集合。遅れるな』
メッセージはシンプルなそれだけ。
私は身を起こしてブリーフィングルームに向かう。丸2日寝ていたわけですが、何かが変わったような感じもしない。寝すぎたことへの疲れや疲労の回復も何も感じない。
私は
この便利なARというものには様々な情報が入ってくる。
基地内で迷わないための道案内から視界内にいる人間の簡単なプロファイル、本日の天気予想からセキュリティ上警戒すべき周辺の治安情報まで。本当に様々な情報が入ってきて、少し楽しくなってくる。
ブリーフィングルームまでの道案内もAR上で地面に赤い線が引かれて、それがブリーフィングルームまで伸びているので、それに従って歩いていけばいいだけだ。
いつものように私のようなロボットに無関心なコントラクターたちの間を進み、いくら掃除しても終わることのない掃除に精を出す自動掃除機に感情移入しながら、私はブリーフィングルームの前に立つ。
すぐさま扉の前のスキャナーが私のIDタグをスキャンする。
アンドロイドは全てIDタグで管理されている。型番、個体識別番号、稼働履歴などが記録されたIDタグだ。そんなまるでコンビニに並ぶポテチにつけられたバーコードみたいなものが、私が公に私であるということの証明でした。
だが、そのIDタグにアリアという名前の情報はない。
スキャナーがスキャンを終えると入室が許可され、ブリーフィングルームの扉のロックが解除され自動的に開きます。
「来たか、アリア。座ってくれ」
すでにブリーフィングルームの中には久慈さんの姿が見えました。
それから私とは別のアンドロイドが3体。曲がりなりにも少女の格好をした存在がいて、年配の久慈さんがいると平和な学校の教室のように見えました。
『久慈大河/OF-5』
AR上で見た久慈さんにはそう情報が表示される。OF-5というのは久慈さんは大佐扱いということだ。
「さて、今回の任務について説明する」
私が席に座ると久慈さんがそう言って私たちにデータを送信してくる。
そのデータはZEUSと呼ばれるAICが開発した軍用通信アプリを通して私たちのメモリ領域に入る。このZEUSによって自動的に送受信されるデータは量子暗号化されるので、よほどのことがなければデータを傍受されることはない……らしい。
そんなアプリを経由して私の下に届いたデータには、このカラルグラードにあるAIC基地周辺の地形データが含まれていた。衛星写真と3Dで作られた大まかな基地周辺のデータです。
データに表示されているAIC基地はなかなかに大きい。小さなパワード・リフト機用の滑走路や格納庫、ヘリポートなどを備えている基地だからだろう。
「我々の情報提供者によると基地周辺に不審人物が目撃されたそうだ。その不審人物が旧政府の秘密警察だった人間との情報もある。そのためしばらくの間、基地周辺のパトロールを増強することが決定した」
そう言いながら久慈さんはデータの説明を続ける。
「お前たちに担当してもらうのは、データ上のこのエリアだ。基地の北西にある道路付近のパトロールを任せる」
データ上ではそこは小規模な住宅街があるだけの場所でした。平屋建ての建物が僅かに並ぶ場所で、内戦が始まってからはほとんどの住民が避難している場所です。
「この道路はAICの輸送業務で使用される道路でもある。
確かにこの道路の伸びる先は大きな幹線道路に繋がっていて、その道路が伸びる先は他でもなくカラルグラード国際空港だ。新政府から国連までが兵站上頼りにしている空港に繋がっているのです。
「よって、お前たちにこの道路の監視を任せる。
まあ、クマの射殺ですらいくつもの手続きを踏むのですから、相手が人間であればそれがもっと厳重になるのも当然かもしれません。
ですが、自分が撃つか撃たれるかの場面でも相手が撃ってくるのを待てというのは……なかなかに大変かもしれませんね……。
「また作戦当たり車両を2台手配している。自由に使っていい」
AICも車両が潤沢にあるわけではないのですが、久慈さんは2台の軽装甲車両を準備してくれました。四輪駆動かつ
「それではここでの最初の仕事だ。気を引き締めてかかれ。健闘を祈る」
久慈さんは表情を引き締めて、そう命じた。
「あたしはベル。よろしくね、アリア」
そういうのは綺麗なブロンドの髪をミディアムボブに可愛く整えている少女。
AICのロゴ入り迷彩服に身を包んだ彼女は私と同じ顔をしている。そう、彼女もまた私と同じ形式の大井重工製のアンドロイドなのです。
今現在、私たちは久慈さんに命じられてパトロール任務に出撃するところです。そこで私と任務を同じくする3体のアンドロイドと私は作戦の準備をしながら自己紹介をしていました。
「よろしくお願いします、ベル」
「そんなに畏まらなくていいよ。あたしたち、同じアンドロイドじゃん」
私が丁寧に頭を下げるのにベルはそう言って苦笑した。
「親しき仲にも礼儀ありといいますし」
「ん、分かった。それがやりやすいならそれでいいよ。あたしはこういう感じでやらせてもらうから。いい?」
「ええ」
ベルと名乗ったアンドロイドはそう言いながら軍用小銃の準備を続ける。
作戦のために用意されたのは6.8x51ミリ弾を使用するアサルトライフルで、特殊作戦仕様のそれ。光学照準器やフォアグリップ、アドオン式グレネードランチャーを玩具みたいにつけたり外したりできるものだ。当然サプレッサーだってついている。
「アリア。あなたはこの仕事は初めてだって聞いたけど?」
「そうですね。まだ初めて起動したばかりでして……」
「そっか。別に難しいことはないよ。よくある3Dの仕事だから」
「3D?」
私が奇妙なベルの言葉に首をひねる。
「
どこか諦観めいてベルはそう言いながら、彼女の好みにアサルトライフルをカスタムしている。その瞳の色は青色だけれど、久慈さんと同じ感じがしました。このままならない世界に一定に見切りを付けてしまった物憂げな色。
「まあ、つまりは危険ではあるけど単純で簡単な仕事だってこと。だから、そこまで気負わずやろう!」
「あ、はい」
バンバンと私の背中を叩きベルはそう言いました。
「準備できたかぁい、お嬢ちゃんたち?」
「もう少し待ってください、クレア」
私たちが次はサイドアームの準備をしているのに、赤毛をポニーテイルにした──やはり私と同じ顔の少女がさわやかな笑顔で話しかけてくる。
彼女はクレア。やはり私と同じ形式の大井重工製アンドロイド。
彼女が持っているのは7.62x51ミリ弾を使用する大きな光学照準器がついた狙撃銃──正確には
私たちは基本的に何でもできるようなオールマイティなスペックをしている。戦場では誰もが同じことができるのが一番いいのです。だけれど、ある程度の役割分担をした方が効率がいいのも事実だったりします。
そこでベルは通信強化モジュールを、クレアは射撃強化モジュールを入れている。
アサルトライフルが個人の使い心地でカスタムされるように、私たちアンドロイドもユーザーに応じてカスタムされるのです。
「そういえばもうひとりの方は?」
作戦に動員されるのは私を含めて4名。今この武器庫にいるのは私、ベル、クレアと3人だけだ。もうひとりはどこに?
「ああ、デイジーならとっくに準備終えてるよぉ。彼女、先発隊と一緒に来たみたいだから。このカラルグラードに入ったAICの第一陣と一緒に展開したから、武器も全部準備できてるって言ってたねぇ」
「へえ。じゃあ、この国やカラルグラードに詳しかったりする?」
「みたいだよぉ」
ちょっと間延びした口調でクレアはそうベルに言う。
「じゃあ、頼りにさせてもらおう。ね、アリア?」
「はい」
ベルもクレアも、そして先ほどの話から言うまでもなくデイジーも、私と違ってメモリーにすでに実勢経験のデータがある。
そりゃあ私にも戦闘用アンドロイドしてアルゴリズムは組み込まれているけれど、平和な日本での生活しか送ったことない
そして、私は今も疑似ニューラルネット・プロセッサが破壊されたら、
「このAICの基地はスポーツスタジアムの建設予定地だった場所に立ってる」
そういうのは黒髪を三つ編みして顔にサングラスをかけ、首にアフガンストールを巻いた少女。この人がデイジーです。
「前政権が中国から融資を受けて建造するはずだったんだけどね。中国は第三次世界大戦から始まる暗黒の5年間のせいで、他国を支援するような余裕はなくなったから。結局放置されてたところで内戦がドカン」
デイジーは淡々とそう語る。楽しいわけでも、悲しいわけでもなく淡々と。
「そして、新政府がAICと契約してここに基地建設を許可したというわけ。建設にあたったのはAICの親会社である大井海運系列の土建会社で、いろいろと請求を水増ししてかなりの利益を得たって話だぜ」
ただのそう語ることが好きなのでしょう。一歩間違えばデマや陰謀論扱いされるような話をデイジーはパトロール任務前の車両を準備しながら話していました。
「どこで知ったんです、その情報?」
「内緒」
そこで初めてにししっとデイジーは笑った。こう聞かれるのを待っていたみたいに。
デイジーは謎の多い人でした。彼女の自己申告では言語関係のアプリを多めにインストールしているだけ。私と同じで、ベルやクレアのような強化モジュールは入れていないそうなのですが、そんな彼女がAICの第一陣に選ばれた理由とは……。
「さて、車両の準備は万端」
私たちは時間通りにパトロール任務に出撃する準備を終えた。
チェストリグに親の仇のように取り付けたマガジンポーチには弾薬がたっぷり。その下にプレートキャリア。本来ならばずっしりと重くて動けにないぐらいのはずなのに、今の私には大した負担になっていない。
「アリア、あたしと一緒に行こう」
「はい、ベル」
ベルは装甲車の運転席に乗り込む。
「じゃあ、クレアはボクと」
「あいよぉ」
デイジーとクレアはもう一台の装甲車に。
「それでは出発進行!」
ベルは明るくそう言い、金属製のゲートのあるAIC基地から出撃していった。
この街は戦場だ。
絶えず銃声が響いているように錯覚してしまうほど、銃声が聞こえる。
その全てがAICを始めとする
この街に暮らす住民たちは敵意ある視線を私たちに向けてくる。老人も子供も。
新政府は選挙で選ばれたはずなのに、私たちはその新政府に雇われているのに、どうして彼らは私たちに敵意ある視線を向けるんだろう?
「!?」
そこでカンッという音が響き、私は思わず車内から銃を構えようとするが、その動きをベルが止めた。
「ただの空き缶を投げてきた子供だ。悪戯だよ。放っておきな」
ベルは優しくそう私を諭す。確かにさっきの空き缶が投げつけられただけで、銃撃でも手榴弾でもありませんでした。私は危うく民間人に銃を向けるところでした。
「住民たちは新政府があたしたちに騙されて国のお金を取られていると思っている。だから、あんなに敵対的なんだよ。あたしたちがいなければ新政府は明日の朝まですらもたないのにね」
ベルは少し面倒くさそうにそう言いながら車両を進める。
「けど、あたしたちを攻撃しようというほど敵意を持ってはいない。そこら辺は
「そうですか……。ベルは冷静ですね」
「あははっ。そんなことないよ。あたしも死ぬほどビビッてるって」
私が感心して言うのにベルはそう言って哄笑した。
「あの、答えたくなかったら答えなくていいんですけど。ベルって疑似ニューラルネット・プロセッサが壊されたことってありますか?」
「ん、あるよ。一度ね。東南アジアで民兵が持っていたZPU-2対空機関砲の砲弾を食らっちゃって頭が吹き飛んだから」
「そのときどう感じました?」
「撃たれたときより前にバックアップを取っていたから、体感では時間が巻き戻ったみたいな不思議な感じだったね。それ以外は特に何も」
「そうですか……」
私たちは人格データなどのデータを定期的にバックアップしている。私の人格データもバックアップされているはずなので、もし疑似ニューラルネット・プロセッサがひどい損傷を負っても大丈夫なはずなのです。
……はずなのですが、私はやはり怖い。
『ガーディアンよりアルファベット・チーム。不審な車両が次の曲がり角から近づいている。恐らく中国製のトラックだ。停止させて確認せよ』
「了解」
ガーディアン──AICが運用しているドローンのオペレーターからの連絡にベルがそう応じる。
「さ、お喋りしてないで仕事をしよう」
「はい」
私たちのパトロール任務はまだ始まったばかりだ。
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