TSロボ娘は何周してでもハッピーエンドを目指したい 作:第616特別情報大隊
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──学校での日々
私たちのカラルグラード市立第11中等学校での警備活動は始まった。
私たちは学校内に充電用の発電機を持ち込み、2名ずつ交代で見張りを行いました。私はもっぱらベルと組み、ふたりで定められた地点を巡回して攻撃に備える。
幸い、AICもドローンで空からの目を提供してくれているので、不意打ちを食らう可能性はかなり低いものでしょう。
まあ、そういう軍事的な話は順調なのですが、それ以外にトラブルが……。
「人形のお姉ちゃん!」
そう言って子供たちが私を包囲する。年齢は6歳から8歳ぐらいの子供たちだ。
ここは中等学校になっているけれど、建物が無事だった学校が少ないから利用されているだけで中身は幼稚園から高校ぐらいまでの子供たちが同居しているのです。
その子供たちが私たちの頭痛の種でした。
「あの、危ないですから……」
「ねえねえ! 本当にロボットなの!?」
私が子供たちの手に触れないようにスリングで吊っていたアサルトライフルを持ち上げる私を子供たちが質問攻めにする。
「何かロボットっぽいことして!」
「どこから来たの? 中国? アメリカ?」
「おっぱいあるけど偽物なの!? 触っていい!?」
子供たちは好奇心旺盛な生き物だということを欠落していました。彼らは初めて見るであろう大井重工製のアンドロイドである私に興味津々な様子なのです。
「こらこら。AICの方を困らせてはいけませんよ」
「マルシア先生!」
ここでマルシアさんがやってきて子供たちの相手を引き受けてくれた。やれやれ。
「質問しちゃダメなの?」
「AICの方はここを守るお仕事をしていますからね」
「そうなんだ……」
それでも子供たちは興味があるのか、私の方をじっと見つめている。
「ひとつだけなら質問を聞きますよ」
私はにこりと笑ってそう言った。子供たちもこの内戦で荒れた国で辛い思いをしているのだろうし、少しくらいは気晴らしが必要でしょうから。
「じゃあ、お姉ちゃんはどこから来たの?」
「日本です。大井重工という会社で作られました。ここには皆さんを助けるために」
「じゃあ、正義のロボットなんだね!」
「え、ええ。一応はそうなります」
「凄いや!」
子供たちはきらきらした瞳で私を見つめます。少しこそばゆいですね。
「さあ、次の授業が始まるから教室へ」
「はーい」
マルシアさんはそう言って生徒たちを教室に戻した。
「……正直、来てくれたのがあなたたちでよかったわ」
私とマルシアさんだけになると、マルシアさんはそう言う。
「子供たちの中には家族を目の前で殺された子もいる。そんな彼らに銃を持った大人の男性たちが姿を見せたら、そのときのことを思い出してしまったかもしれないから。だから、あなたたちでよかった……」
「辛い、ですね……」
「そうね。けど、私たちが想像もできないような苦痛を味わっているのに、子供たちは前に進もうとしている。それだけが私にとっては支えよ」
子供たちはアンドロイドである私にははしゃいでも、私が下げている銃については何も言わなかった。それに触れるのは忌まわしいとでもいうようにして。子供たちも分かっているのだろう。銃がこの内戦で大勢の命を奪ったということを。
「あとはもっと学校に設備を回してくれればね。暖房や扇風機すらないどころか、ノートや鉛筆までときには事欠くのよ、全く」
マルシアさんはそう言って苦笑する。
「子供たちが幸せになれればいいですね……」
「ええ。心からそう願うわ」
私が呟くように言うのにマルシアさんはそう微笑んだ。
それから数日の間、事態は動きを見せなかった。
「久慈さんが言っていたように空振りかもね」
一緒に巡回をしているベルがそう言う。
「そうだといいのですが。実際にここが攻撃を受けた場合、どう考えても私たち4名で防げるとは思えないのです」
この学校は広い。3つの校舎と運動場を備えていて、さらにはそこに150人近い子供たちがいる。加えて国連職員も含めればさらに数は増えてしまう。
150人もの子供たちを4名で守れるのかと言われると……やはり無理があります。
学校には念のために地下に防空壕などが準備されているけれど、それは砲爆撃に耐えられるだけで地上軍がカラルグラードに侵攻してきた場合はどうにもなりません。
「そうだね。4名でこれだけの施設を守れってのは流石に無理がある。いざというときは援軍を送ってくれるって話だったけど」
「具体的にどれだけの兵力が動員可能か聞いていませんよね」
「だね」
AICは旧政府軍によるカラルグラード攻撃に備えて基地の警備に専念することになっている。何かあったときは援軍を派遣してくれるという話でしたが、この学校に何かがあったときはAICの基地の方にも何かが起きているでしょうし、本当に援軍が派遣されるかは疑問符がつきます。
「正直、AICも他のPKF部隊と同じでここを見捨てるつもりなのかも」
「そうかもしれませんね……」
学校には未来ある子供たちが大勢いる。
だが、久慈さんは言っていた。旧政府軍は子供を拉致して、子供兵に仕立てていると。この国ではそんな悲劇がよくあることになりつつあると。そんな悲劇を防ぐために私たちはこの任務に派遣されたのだと。
私は私を見てはしゃいでいた子供たちが、戦火に巻き込まれるのは見たくない。もう彼らはこの国で十分すぎるほどの苦難を乗り越えたはずなのだから。
私とベルは学校の屋上からカラルグラードの、その砲爆撃による傷跡が生々しい街並みを眺めながら再びここが戦場になるのだろうかと思っていた。
そんなときだ。屋上に繋がる扉が、金属音を響かせて開いた。
「ん?」
私たちがそれに気づいて振り返ると、この学校で学んでいる子供たちのうち何人かがそこから顔をのぞかせていた。
「どうしたの? ここは危ないよ」
「あの! これ、授業で描いたから……」
ベルが優しく注意するのに子供たちは1枚の画用紙を私たちに差し出した。
そこには私、ベル、クレア、デイジーの4名がクレヨンで描かれていて、さらに『AICのロボットさんたちへ! 守ってくれてありがとう!』とこの国の言葉で書かれていた。
「わあ。あたしたちが描いてあるよ」
「みんなで描いたんですか?」
ベルが嬉しそうに声を上げ、私は子供たちにそう尋ねる。
「うん。みんなで描いたの」
「貰ってもいいですか?」
「どうぞ!」
子供たちはそう言って満面の笑みを浮かべた。子供らしい無垢な笑みでした。
「あとでクレアとデイジーにも見せましょう」
「うん。あいつらもきっと喜ぶよ」
私たちは子供たちが描いてくれた絵を背負っている軍用の武骨なリュックサックに大事に収納する。
そのとき上空を戦闘機が低空飛行していき、カラルグラードに轟音が響いた。
「新政府軍のF-16戦闘機だ」
「珍しいですね……。
「さあ。ただ──」
ベルは僅かに表情をゆがませた。
「嫌な予感がする」
ベルの予感は当たりました。
『──旧政府軍が拠点としている南部の都市タルグンにて昨夜大規模な空爆と思われる爆発が生じ、旧政府軍の発表によりますと民間人の犠牲者50名が──』
『──これにより旧政府軍は新政府が提案していた停戦協定は騙し討ちのための卑怯な策であったと批判しています──』
内戦を戦う軍閥と新政府の間で停戦協定が結ばれるという話はあっという間に崩壊し、旧政府軍は報復攻撃を行うと新政府を脅し始めた。
首都カラルグラードの状況はコンディション・レッドに変更され、差し迫った大規模攻撃に備えよという命令が正式に発令されてしまった。
でも、この私が守る学校にいる子供たちはどこにも逃げる場所なんてなく、私たちは呆然としていました。
私たちはせめて国連職員に避難するように求めたのですが……。
「もしかしたら、旧政府軍も国連職員がいたら攻撃をためらうかもしれない。だから、私たちは逃げないことにしました」
避難を求めた私たちにマルシアさんは私たちにそう言ったのです。
「その可能性は極めて低いと言わざるを得ません」
デイジーはマルシアさんの言葉を真っ向から否定した。
「連中が国連を気にするようなやつらに思えますか? 本当に国連を気にするような連中を相手にいしているなら、そもそもPKF部隊も撤退なんてしてない。そのことは分かっているはずですよ」
デイジーの指摘は残酷だったが正確だった。旧政府軍が白く塗装され、黒字で
旧政府軍はそんなものなど恐れはいないのです。
「それでもです。私たちが逃げたら、誰がここにいる子供たちを守るっていうの?」
マルシアさんの決意は固く、それから他の国連職員も人たちも逃げるつもりはないようでした。彼らはせめて今のうちにというように医療用品や燃料を集め始めていて、この学校に立てこもるつもりのようです。
「どうしましょうか……」
私は半ば呆然としてそうみんなに尋ねる。
「覚悟を決めるしかないね」
ベルはいつものどこか諦観の色がある瞳でそう言った。
「そうだねぇ。まだ旧政府軍が地上軍で本格的にカラルグラードに攻め込むと決まったわけでもないし、諦めるのはまだ早いよぉ」
「──いや、地上軍の侵攻は間違いない」
クレアがそう言って励まそうとするのを否定するのはデイジーだ。
「
「……本当ですか?」
「ああ。まだ予想される攻撃の規模は不明だけど、少なくともこの情報からアメリカ大使館には退避命令が出ている」
デイジーはいつもの噂話を話すような雰囲気ではなく、真剣にそう語っていた。
「じゃあ、どうする? あたしたちはここから逃げていいわけじゃない。できることをしないといけないよ」
デイジーの情報が確かだとしても、私たちが逃げられるわけじゃない。私たちはここから移動するように命令は受けておらず、戦闘用アンドロイドにとっては人間の兵士以上に命令は絶対のものなのです。
「できる限りの準備をするしかない。AICに増援を要請して、装備も必要なものを要請するんだ。そうやって準備するだけして迎え撃とう」
「そうだね。アリアたちもそれでいい?」
デイジーが言い、ベルが全員に確認する。
「ええ。逃げることはできませんから」
私も覚悟を決めた。出来る限りのことをしようと。
「じゃあ、あたちとデイジーはAIC司令部への状況報告。それが終わるまでアリアとクレアは充電しておいて。これからは各自空いている時間に可能な限り充電を」
「了解」
私たちはそうやって動き出した。
ベルとデイジーがAICに状況報告を行う間に、私とクレアは空いている教室に設置した充電器で充電する。軍用四輪駆動車のバッテリーを利用した充電器で、私たちはこの学校での任務の間はここを拠点としていました。
この教室の黒板には、子供たちが私たちにくれた絵が飾ってある。
「……守らないと……」
そう言葉では言いながらも、私は死を恐れていた。
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