TSロボ娘は何周してでもハッピーエンドを目指したい 作:第616特別情報大隊
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──惨劇の幕開け
「──アリア」
私はベルに呼ばれて目を覚ます。
「ベル。状況は……?」
「AIC司令部と連絡している。必要な装備があればドローンで送ってくれることになったよ。みんなに必要な装備を確認したいから、アリアも来て」
「分かりました」
ベルに言われて私は臨時の作戦拠点となった教室に入る。ここは構造上他の教室より強固だと見られていたので司令部となっていました。
教室の机の上には通信機器やタブレット端末、紙の地図が広げてある。
「アリア。今の状況を共有するからZEUSで受け取ってくれ」
デイジーがそう言い、現在の状況を私たちは共有しました。
ZEUSを経由してメモリ領域に展開されたのは、このカラルグラード市立第11中等学校とその周辺の地形データです。建物ひとつひとつの情報がしっかりとそこには表示されていました。
「今のところ、依然として旧政府軍がどの規模で攻撃を仕掛けてくるは不明。連中、ドローンや偵察衛星の目から隠れて移動しているみたいだ」
「偵察衛星はともかくドローンからも?」
「ドローンは撃ち落とせる。そして、旧政府軍は
そうでした。いつも高空から神のような視界を与えてくれるドローンでしたが、彼らの飛行している高度では地上からの
「AICのドローンはカラルグラードの上空を飛行していたけれど、これも15分前から応答がない。司令部は撃墜されたとみている」
AICのドローンも落とされた……。
「不幸中の幸いは、旧政府軍の空軍戦力は大したことがないということ。連中はロシア製の旧式機を僅かに保有しているだけだ」
デイジーがそう言うと旧政府軍の装備している軍用機のリストが表示された。
MiG-29/Su-35/Su-30SMといった戦闘機。Yak-130軽攻撃機。あとは各種ドローン。エトセトラ、エトセトラ。
その数は2、3個飛行隊が維持できているだけで、大した数ではない。それもそのはずなのです。内戦初期にバルカラフ共和国空軍は分裂し、その多くが空に飛び立つことなく地上で破壊されてしまったのですから。
「空軍力は西側が援助している新政府軍の方が規模が大きい。だけど、練度はそこまで高くないからいざ航空優勢を取り合った場合、どうなるかは分からない」
「こっちの航空支援が動けるかも分からないってことだねぇ」
デイジーが言い、クレアが頷く。
私たちに与えられる援軍のうち航空戦力が怪しくなってきました。
「で、それでもボクたちはこの学校を守らないといけない。そこで配置を決めたぞ。アリアとベルは車両で遊撃し、クレアはこの学校の屋上から狙撃で援護。ボクはドローンの代わりに地上を進んで偵察と警戒を行う」
たった4名でこの学校と150名近くの生徒を守るわけですから、戦力は機動的に運用しなければなりません。それは分かります。
「デイジーの任務は危険すぎませんか?」
それでも単独で周囲の偵察と警戒に出るというデイジーの提案は危険すぎるように思えました。
それは確かに私たちアンドロイドは単なる歩兵ではなく、ひとつひとつが情報ノードとして機能しています。何か起きたとしても、その何が起きたかは正確に他のユニットと共有されるため、無理やり
しかし、戦力としては単独行動というのはあまりに危険です。
「ボクは鉱山のカナリアみたいなものだ。だから、ボクからの連絡が途絶えたら、やばい状況だと思って対処して」
「しかし、それでは……」
「アリア。ボクたちは使い捨てにされることも想定されて運用されているんだ」
デイジーが私に現実を突きつける。
そうなのです。私たちは人間ではない。ロボットだ。
AICの撃墜されたドローンと同じで、危険な地域に派遣されて破壊される可能性も含めて運用されているのです。だから、この場合はデイジーが正しい。彼女はドローンがやることをドローンと同じ立場の存在としてやろうとしている。それはおかしなことではなく、むしろそれに違和感を感じている私の方がおかしいのです。
「……分かりました。健闘を祈ります」
「ああ」
デイジーは私が言うのに僅かに微笑んだ。
「ん、通信だ。AIC司令部から久慈さんがみんなに」
そこでベルがそう言って久慈さんからの通信を全員につなぐ。
『ハンドラーよりアルファベット・チーム。状況は切迫しているので手短に済ませる』
久慈さんはそう前置きして話し始めた。
『先ほど旧政府軍がカラルグラード国際空港への砲撃を始めた。新政府軍も応戦を開始して大規模な戦闘が始まっている。PKF部隊や契約している
カラルグラード国際空港はこの都市の生命線であり、出入口だ。首都周辺の治安が安定せず、また内陸国であるため陸路での脱出が難しいこの国において、空港を奪われるのは致命的なのです。
『AICも空港への援軍を頼まれている。よって空港の戦局が安定するまでは、そちらに援軍は出せそうにない。すまない』
久慈さんはそう本当に申し訳なさそうにそう言った。
『しかし、ドローンによる支援などであれば出せる限りは出す。武器弾薬の補給も今のうちならば可能だ』
「了解です。必要な装備を現在検討しているところでした」
『そうか。では、なるべく早く知らせてくれ。カラルグラードの状況は不味い方向に進んでいる。AIC基地とそちらをいつまで繋いでいられるかも分からない』
久慈さんはそう言って通信を終えた。
「とりあえず、学校周辺にセントリーガンを展開させよう。正門と裏口、そして校舎のふたつの出入口にキルゾーンを設置する。これで少しは人数の不利がどうにかなる」
「
「他には?」
デイジーが簡易なドローンを要求し、ベルがセントリーガンの要請をしながら私たちに確認する。
「長期戦にあると医薬品があった方がいいかもしれません。私たちではなく、マルシアさんたち国連職員と学校の子供たちのために」
「私は大きな銃が欲しいねぇ。いざってときは
私は医薬品を、クレアは狙撃に適した装備をそれぞれ要求。
スポッタードローンというのは狙撃手によって必要なスポッターという周辺を警戒し、狙撃を支援する役割を担ってくれる無人機のことです。
「オーケー。手配した。ドローンで運ばれてくるよ」
私たちの要請はAIC司令部に受け入れられ、輸送用ドローンが装備を運んでくる。
運び込まれたセントリーガンを私たちは土嚢を積み上げた陣地の向こうに設置し、射線を交差させてキルゾーンを作る。この学校は高いコンクリート塀に囲まれているので、自然と敵が侵入してくるルートは限られるのです。
「じゃあ、行ってくる。何かあれば頼むぜ」
「はい」
セントリーガンの設置を終えると、デイジーが偵察に出ました。彼女が無事に帰ってくることを私は祈っています。たとえ使い捨てにされることが私たちの運用方針に含まれているとしても、友として彼女が無事であることを願いたいのです。
「さて……できる限りの準備はしたね」
「ええ。あとは何事も起きないのが一番ですが……」
もし、ここが戦場になれば誰かが犠牲になる。
マルシアさんたち国連職員、学校の子供たち、そして私たち。
私は今においてもこの身体で死ぬということを恐れていた。自分が自分でなくってしまうことを恐れていた。
何事も起こらなければ──そんな願いも虚しく、その日の正午に戦闘が始まった。
かなり近くから砲声が響き、学校の敷地内に砲弾が着弾したことが始まりだ。
「迫撃砲の砲撃だ。けど、上空に観測機はないから、どこか建物から弾着観測しているみたいだね」
「デイジーがこの学校を見渡せる建物はマークしていましたから、クレアに伝えて敵の
「了解」
ベルは冷静にそう分析し、私はそう提案した。
『いたよぉ。双眼鏡と狙撃銃を持ってこっちを見張っている連中だぁ。けどさ、もう撃っていいのぉ?』
クレアはすぐに敵の
「撃っていいよ。あたしたちは間違いなく攻撃を受けてる」
『了解ぃ』
それから再び迫撃砲弾が着弾し、運動場にあった国連のコンテナハウスに着弾。コンテナハウスが炎上を始めるが、それからぴたりと砲撃は止まった。
『
クレアはすぐに仕事を済ませたらしい。彼女は敵の
「また静かになったけど……これで終わりってことはないね」
だが、敵の攻撃はこの程度のものではなかった。
『こちらデイジー。大通りを敵の
デイジーは
「防げる、かな……」
ベルはそう言って表情を引きつらせていた。
「ここを素通りする可能性はありませんか?」
「厳しいだろうね。ここにあたしたちが軍事拠点を作っていることを敵は把握しているみたいだから。行きがけの駄賃に叩いていくかもしれない」
私はこの期に及んでも敵がここを見逃していってくれないかと思っていた。だが、それは難しそうでありました。旧政府軍にとってこの学校を制圧できれば子供たちを拉致して徴兵でき、さらには首都カラルグラードで拠点を手に入れられるからです。
デイジーが送ってくれている旧政府軍の部隊には中国製の96式主力戦車が4両、同じく中国製の89式装甲兵員輸送車が4両で、歩兵は1個中隊200名が迫っている。
このバルカラフ共和国は統一ロシアだけではなく中国との繋がりも強く、彼らから大量の武器を購入していた経緯があります。
しかし、そんなことより不味いのは私たちには旧式と言えど主力戦車を撃破できそうな兵器がないということです。もし、戦車が学校に突っ込んだら私たちは成すすべなく虐殺されるでしょう。
「電磁ライフルなら第2世代の主力戦車の装甲を抜ける。クレアに任せよう」
しかし、事態は急変する。
セントリーガンが射撃を始める銃声が聞こえ、私はびくりとする。それからセントリーガンのカメラセンサーの情報を共有して何が起きたのかを突き止めた。
「旧政府軍の歩兵部隊が正門から突入しています!」
統一ロシア陸軍と似たデザインの迷彩服に身を纏い、中国製のアサルトライフルで武装した旧政府軍の歩兵たちが正門を攻撃し始めた。
セントリーガンがひたすらに射撃し、旧政府軍を押しとどめる。だが、多勢に無勢ではどうしようもない。旧政府軍は対戦車ロケットからグレネード弾まであらゆる火力を叩き込みセントリーガンは1機ずつ沈黙。
「不味い! デイジーがとらえきれなかった別動隊がいたみたいだ!」
「すぐに向かいましょう!」
相手はこの国の国民です。当然自国の首都の地理には私たちより詳しいでしょう。ならば、よそから来た私たちが知らない抜け道などを潜って奇襲することだってできるわけです。完全にぬかりました……!
私はベルの運転で軍用四輪駆動車を走らせ、正門に走る。すでに正門に設置していたセントリーガンは全て沈黙しており、設置していたセキュリティセンサーなども破壊されたのかもう情報を送ってきていない。
正門はもはや完全に突破されたとみるべきでしょう。
『こちらクレア! 敵が敷地内に入ったよぉ! 今から迎撃するからぁ!』
「クレア! 敵の具体的な情報をちょうだい!」
屋上にいるクレアから連絡があり、ベルがそう求める。
『了解ぃ! 今、こちらのスポッタードローンのカメラ映像をそっちに送ったよぉ! 敵は1個歩兵小隊40名! 車両などはなしぃ!』
クレアから送られて来た映像には、破壊されたセントリーガンと正門から学校敷地内に侵入する武装集団が映されていた。
私たちは砲撃を受けた運動場から急いで正門の方向に向かう。
「前方に敵部隊!
私たちの前方には警戒しながら校舎内に侵入しようとする武装した兵士たち。
正門にぎりぎり滑り込みそうな位置でベルが軍用四輪駆動車を停車させて、私たちは素早く降車。車両に供えられた
私とベルも同時に射撃を開始。不意を打たれた敵ですが、大慌てて遮蔽物に飛び込み、そこから応戦してくる。その動きはあまり洗練されているとは言えず、どちらかといえば素人の動きでした。
「奇襲を任されるぐらいだから精鋭だと思ったけど、まさかこれは……」
「囮かもしれません」
ベルが呻き、私も焦りを覚えた。
すでにデイジーが知らせてくれたように運動場方面にある大通りには戦車を含めた大部隊が移動している。そちらの進軍を支援するために、この集団は囮として送り込まれたのかもしれません。
あるいは敵はでたらめに攻撃できるものを片っ端から攻撃しているだけで、そこに意図のようなものはなかった可能性もあります。
そもそも対戦車戦闘を想定していなかった私たちにある対戦車戦闘の装備は、クレアが持っている電磁ライフルだけ。
ああ。判断を間違ったと私は焦る。
だが、今さらそれを悔やんでもできることはない。すでにAIC司令部からは増援を送る余裕も輸送用ドローンを飛ばす余裕もないも言われている。
『……てるか? 聞こえているか!?』
ここでデイジーから連絡が。
「どうしました!?」
『大通りの敵が学校に向けて前進している! もう数分後にはそちらと接敵する!』
「わ、分かりました! 何とか急いで……」
そこで爆発音が響き、遅れて砲声が聞こえた。爆発した場所を私が見ると──。
「クレア!」
クレアが陣取っていた狙撃陣地が砲撃を受けて破壊されていた。
「クレア、クレア。応答を!」
クレアからの連絡はなく、彼女からの通信は途切れてしまっていました。
彼女は恐らく木っ端みじんに吹き飛ばされてしまったのでしょう。砲撃は明らかに戦車砲のそれであり、私たちにだってその直撃に耐えられるぐらいには頑丈には作られていません。
「戦車が……!」
私がクレアの死に呆然とする中、運動場方面のコンクリート塀を戦車が吹き飛ばして敷地内に侵入してきました。戦車は私たちが遮蔽物にしていた軍用四輪駆動車を砲撃し、今度は私たちが吹き飛ばされる。
「ベル、ベル!」
私はセンサーが一時的にエラーを吐いて映像が途絶えがちになる中でベルを探り、彼女を手を見つけて掴んだ。
しかし、私が掴んだベルはすでに上半身だけになっていた。
「あはは。やられちゃった……」
ベルは力なくそう笑い、私の手を握る。
「しっかりしてください、ベル。まだ戦わないと……」
「無理だよ。体中からエラーが出ている。もう動けない」
ベルはそう言って首を横に振る。
「この戦争が終わったら……地中海の島に……行こうね……」
そういってベルからの信号がロストした。彼女は機能を停止したのです。
「ベル……」
私はベルの死に呆然としながらも、それでも銃を取って戦おうとする。
「子供たちを……守らないと……」
私はそう言って立ち上がろうとしたとき、私は自分が立ち上がれないことに気づいた。私の左足はちぎれかかっていて、人工筋肉のその赤い肉が剥き出しになって、そこからナノマシンが漏れていたのです。
それでも私は這ってでも位置につこうとして両手を動かす。
子供たちを、マルシアさんたちを守るのが私の任務。
そこで私は運動場に侵入した敵の兵士たちが囲んでいるものを見てしまった。
それはデイジーだ。彼女は銃床で殴られながら運動場に引きずってこられていて、敵の兵士に唾を吐きかけられると頭に銃弾を叩き込まれた。確実に処刑するように何発も、何発も銃弾が叩き込まれる。
「う、あ……」
彼女の疑似ニューラルネット・プロセッサが破壊されたのは確実で、私もああなるのが確実で、私の死は確実で……。
「死にたくない……!」
私は反転して逃げようとする。だが、私に気づいた兵士たちが私の方に向かってきており、逃げようにも逃げられない。
「西側の人形め!」
「忌々しい殺人人形が!」
私は後頭部を銃床で殴られ、さらに敵は髪を掴んで私の上半身を持ち上げる。
嫌だ、嫌だ、嫌だ! 死にたくない!
「このような人形しか送り込むことのできない卑劣で臆病な西側の傀儡に我々が敗北することはありえない! 我々に勝利を!」
「勝利を!」
将校らしき男がそう叫び、兵卒たちが叫ぶ中、私の頭に将校が握る拳銃の銃口が付きつけられ──。
銃声が爆ぜた。
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