「———ええい! くそっ! あーもうちくしょー不幸すぎますーっ!!」
変態じみた叫び声だと自覚しつつも上条当麻はその逃げ足を止めようとはしない。
高層ビルが建ち並ぶ市街地を駆け抜けながら、チラリと背後を見る。
八人。
かれこれ10分は走り続けているのに、まだ八人。
ヘルメットを被った不良たちは疲れを知らず、威嚇射撃をしながら上条を追いかけ続けている。
“ふふっ、やっぱり当麻といると退屈しないね”
「生命の危機だというのに笑ってらっしゃる!? 元はと言えば先生が原因なんですけどっ!?」
隣で走る大人の女性にビシッとツッコミを入れつつ、上条は数分前の出来事を思い出していた。
***
今日の上条は運が良かった。
目覚まし時計の電池が切れていたために寝坊しようが、誰かの悪戯で自転車のタイヤの空気が抜かれており、貴重な生活費を削って電車に乗らざるを得ない状況に置かれようが、その電車が車両トラブルで止まって1時間以上の遅延が発生しようが。
普段愛用しているスーパーの特売セール品を買えただけで上条は運が良かったのだ。
両手に大量の食材が入ったエコバッグを抱えながら、上条は上機嫌で帰路についていた。
すると、どこからか怒鳴り声が上条の耳に入ってきた。辺り を見渡すと、開けた道の真ん中で一人の女性が二人の不良生徒に絡まれているのが目に入った。
を見渡すと、開けた道の真ん中で一人の女性が二人の不良生徒に絡まれているのが目に入った。
何やら女性が不良生徒に何かを注意しているようだが、不良生徒は聞く耳を持たず女性の態度に腹を立てているようだった。
やれやれカルシウム不足か?とため息を吐きながら、上条は女性と不良生徒の元へと歩き出した。
「まあまあ、ここは一旦落ち着きましょうって。そんなにカリカリしていたら大切なものも見失っちゃうますよ」
「なんだお前?」
“あっ、当麻!”
「あ? 当麻??」
「なんだ、誰かと思えば先生だったのか。また生徒指導ですか? 全く、職務を全うするのは素晴らしいことだと思いますけど、それで散々痛い目にあってきたんだから気をつけてくださいよ」
“あ、あははっ……”
「おい! 私たちを無視すんじゃねぇ!」
不良が地面をダンッ!と踏みつけ声を上げた。
それを見た上条は軽いため息を吐きながら、パンパンのエコバッグから何かを取り出した。
「だからそんなにカリカリしなさんなって。仕方ないなぁ。そんな君たちにはこれをプレゼントしよう!」
上条がエコバッグから取り出したのはいちごミルクの紙パックだった。
『あっ、あれはいちごミルクっ!? 先生! アロナも欲しいですっ!』
“後で買ってあげるから今は静かにしようね”
背後で先生がブツブツと呟いていたが、上条は気にせず不良たちに続けた。
「イライラしている時には甘い物! 加えてカルシウムも摂取できて一石二鳥ってやつですよ!」
「えっ、あ、ありがとう……」
「でも良いのか?お前のものだろ?」
「良いの良いの! 今日の上条さんは運が良いんだ! 君たちにも上条さんの幸運を分けてしんぜよう!」
そう言いながら、上条は笑顔でいちごミルクを不良たちに差し出した。
その瞬間、どこからか飛んできたボールが勢よく上条の手に衝突した。
ブシャッ!!
手に持っていたいちごミルクが握りつぶされ、薄ピンク色の液体が勢いよく吹き出す。
液体は不良たちの顔面へと飛び散り、ぽたりぽたりと雫を地面へと落としていた。
「……」
「……」
“あーあー……”
『アロナのいちごミルクがぁ!?』
静寂がこの場を支配する。
遠くから「すみませーん、ボールを取ってもらえませんかぁ?」という声が聞こえたのだが、上条は手の中で潰れている紙パックにしか意識が向いていなかった。
「あ……あははっ! 悪気はないんだ! これは“不幸”な事故なんだよ! 分かってくれますよ……ね?」
上条は顔面蒼白で体の至る所から汗を垂れ流し、生まれたての子鹿のようにガクガクと足を震わせる。
そして、スクールバッグからタオルを取り出し、濡れた不良たちの顔を拭こうと手を伸ばした。
トンッ……
「おっと、ごめんよ」
「あっ」
通りすがりのサラリーマンロボットが上条の背中と接触した。
子鹿足の上条が接触の衝撃を耐えることができるはずもなく、上条は慣性と重力に従って前へと倒れ込んだ。
顔面は目の前の不良へ。
右手はその隣にいた不良へと。
ぽよん……
温かく柔らかい感触が上条の顔面と右手を包み込んだ。
制服の上からでは気づかなかったが、その奥には確実に“あった”。
上条が一生を賭けても買うことのできない高級クッションよりも柔らかく、心地がいいご立派な“もの”が。
上条はそれを顔面で感じていた。
右手は顔面ほどの“もの”は無かったが、それでも丁度手に収まるほどの素晴らしい“もの”が“あった”。
上条の好きなタイプは寮の管理人のお姉さん。
だが、その好きなタイプが揺るぐほどの素晴らしい“もの”であった。
「あっ……あははっ……やっぱり今日の上条さんは、幸運だぁ〜……なんて……」
「「———キ」」
「「キャアアアアアアアアアアアっっっ!!!!」」
「ぶべぇっ!!」
耳がキーンと鳴るとともに、両頬に衝撃が走り、その衝撃で2メートルほど浮き、背後へ吹き飛んだ。
地面と背中が衝突し、肺の空気が一気に漏れ出す。
両頬はジンジンと染みるような痛みが広がり、立派な赤い紅葉を作り出していた。
“先生としては不純異性交遊は見過ごせないかなぁ〜って”
「そ、そんなこと言ってる場合かよ……」
上条は差し出された先生の手を掴み、ゆっくりと立ち上がる。
そして、恐る恐る不良たちへと視線を向ける。
そこには、自身の胸を守るように抱えながら顔面を真っ赤に染める二人の女の子が睨みを効かしていた。
「て、テメェ……!!」
「絶対にぶっ殺す!!!!」
そして、上条のエコバッグから食材を取り出し、こちらへと構え始める。
「そ、それは上条さんの大切な大切なお野菜でぇ……怒りに任せてぶん投げていいものではぁ……」
「「知るかあああああああああっ!!!!」」
「うぎゃああああっ!! 不幸だぁー!!」
“あっ、待ってよ当麻っ!!”
***
“私、全然悪くなくない?”
「うるへーっ!! 先生があんなところで不良を注意してなければこんなことにはなってなかったはずだっ!!」
“当麻が私をスルーすれば良かったんじゃない?”
「そ、それは……」
“まぁ、そんなことできないよね。だって当麻だもん。私、好きだよ。当麻のそういう所”
「うぐっ!?」
“あ、照れてる”
「お黙りくださいのことですわよっ!? それより早くアイツらを撒かないと……」
再びチラリと背後を見た。
「「「「「「「「待てェェェェ!!」」」」」」」」
「「「「「「「「絶対に逃がさねぇぞこの変態野郎!!」」」」」」」」
「いやああああっ!? 人数が増えてるぅぅ!?」
“あははっ、やっぱり当麻といると退屈しないね!”
「だからなんで笑っていられるんですかねぇ!?全くもう! 今日は運が良い日だと思っていたのによぅ! あーもう……!!」
「不幸だぁぁぁぁ!!!!」
不幸だけが取り柄のごく普通な高校生、上条当麻。
彼の物語は、連邦生徒会長の失踪を機に大きく動き出す。
先生と生徒。大人と子供。そして、迫り来る脅威。
ねじれて歪んだ先の終着点で上条当麻に待っているものとは———?
青春の物語と幻想殺しが交差するとき、物語が始まる———!!