どけ!!俺は出久のお兄ちゃんだぞ!! 作:俺もお兄ちゃんだぞ!!
ちょっと暗め、シリアス……いやこれ暗めと言っていいのかわかんないな。
とにかく今日はたんと読んでください。おかわりもいいぞ!
船員の援護はありつつも俺とセルキー船長がボコスカ殴ると、メガロドンは力尽きたように倒れ、だんだんとサイズが小さくなっていった。
元々があんなに大きいサイズではなかったというのが改めて分かる。
水上となると戦闘はかなり面倒だ。
地面と違って吹っ飛ばした後はいちいち座標を設定しなくちゃならない。
俺一人なら気にせずに戦えるが船となれば絶対に守らなければならない場所。
地上ならビルだろうと家だろうと壊れても建て直せるが、船となると沈没したら終わりなのだ。
メガロドンに関しては保安庁が取りに来てくれるらしい。
サイズが戻ったとはいえ、まあまあなサイズだ。
「やはり海で何か起きてることは間違いないな」
「ドリル……関連した個性でもないですね」
そう、大きいだけならメガロドンという名の個性と考えたっていいだろう。成長次第では存在していたとされるサイズより大きくすることは可能なはず。
しかしドリルを発射してきた。
狙いが俺だったから良かったものの、初見であれをされたら危険だ。
お陰でセルキー船長もドリルに気をつけて立ち回っていたし俺は浮けるのでひたすら船から離れてヘイトを取ってヒット&アウェイだった。
何より普通に硬い。まるで
「大丈夫?」
「問題ないです」
シリウスさんが声掛けてきた。
個性を使いすぎて脳に負荷がかかった影響だ。
頭は少し痛いがその程度だから問題ない。
一応壁に背中を預けているけど。
そろそろ個性を完全に解除しよう。ただでさえぶっ続けなのに常時発動状態などやってたら真面目に脳が焼き切れる。
それよりも不審な点といえばやはりメガロドンの存在。
本来なら絶滅した存在のはずだが個性で生き返ったのか。進化したのか。それとも元々は人間なのか。
あらゆる観点から考えてみるが、分からない。
どちらにせよ、こいつもまた“怪物”と称される存在。
クラーケンに続いてメガロドンも居るってのはおかしいだろう。
超常となった世界だ。化石から生き返らせることが出来たって不思議じゃないし変化させたって考えてもおかしくはない。
俺の個性だってある意味変異した個性だしな。
にしては俺とは違う、関連のない
詳しくは調べてから分かることだろう。
「そう、よかった。無理はしないでね。ちゃんと私に言うこと」
「はい。ですが一つ確かなことはありますね」
「そうだな、間違いなく近づいていると見ていいだろう。このまま進むぞ!」
職場体験3日目。
3日目にしてようやく足を掴んだ……ような気もしなくもない。
広大な海だ。
似た存在を見つけることが出来たなら充分な成果と言えるだろう。
それから先はまた海を進んでいく。
夜。
既に時刻は深夜帯。
全員が眠る訳にはいかないため、誰かが夜番しなければならない。
インターンとして扱われている俺はしなくていいと言われたが、自ら志願した。
職場体験ならまだしもインターンならこれも仕事のうちだ。
甲板の船尾の、舷墻*1の上に座って海を眺める。本来なら普通に落ちるので危ないが、落ちない俺だから問題なく座れる。
静かな、深い夜。
耳を澄ませば波の音が聞こえる。無音ではない、静寂。
夜風と海の香りと、空の月と、夜の
そういうものに包まれていると特別な情感を自然と抱く。
もうすぐ6月となり、梅雨の時期に入る。
海に変化はない。どこまでも広く、水平線の彼方まで続いている。
手を伸ばしたって届かない。あまりに大きな世界。
空を見上げれば街から離れた影響か普段は隠れている星々が視界の中に映る。
目立つのはやはり、半分の月が昇る空。月の明かりが海を照らして、海には月が反射している。
船の明かりはあるが夜の海は人工的な光が無さすぎて真っ暗だ。
だからこそ、こうして空を見上げたら星がたくさん見えるのもあるのだろう。
汚染されてるわけでもなく、空気が澄んでいるのもある。
手を伸ばしてしまえば星を掴み取ることが出来そうだ。しかしそう感じるだけで実際に離れている距離から考えれば届きはしない。
遠く、遠く伸ばす。しかし閉じた手の中にはなんにもありやしない。
俺の個性ですら星を引き寄せることなどできない。
目を僅かに閉じて、視線を海へと落とす。
徹夜することは別に珍しくはない。むしろその逆で慣れている。だがこうして特に何も無く、ただくだらないことを考えたのはいつぶりだろう。
個性が芽生えてからというものの修行に明け暮れる日々。限界まで使い切って寝落ちするのは今でもやることだ。個性は使わなければ衰えていく。逆に言えば使うほど洗練され、より強くなっていく。
幼い頃は前世の記憶のお陰で似た部分は勉強しなくていいという利点はあったし、4歳の頃から限界まで毎日使うという他の人には出来ないことも出来た。むしろそうしなければ1日の使用可能回数はごく僅かだっただろう。何もせず今日まで成長してたら2回、もしくは3回でバテている。
その前世ではこんなふうにゆっくりする時間はなく、毎日残業の日々。
今の人生に後悔はない。
マイエンジェルブラザーこと出久の存在は一番上だが、母は愛情を注いでくれる。
強さとは引き換えに得たのは孤独。家族以外に周りには誰もおらずに、俺自身も別にそれでいいのではと思ってもいた。心から仲間だと友人と思える関係が居なくたって俺の使命は変わらないからだ。
天涯孤独。最強になれるならそれでもいいと思った。なぜなら出久が居るから。
孤独であることを辛いと思ったことはない。悲しくなったことはない。
一人孤独で死んでいくってのも昔と変わらないだろう。俺の前世は個性などなく、誰であっても代えが利く世界だ。前世は孤独死したのは間違いないはず。
死因は分からないが、あの社畜人生から考えるに独りで死んだだろう。
前世の記憶があるからこそ俺自身も孤独死しようが良いと思ってたし誰かを必要だとも思わなかった。
ただ出久だけが幸せになってくれたなら、それで。このまま独りであろうと、どうだっていいんだと。
自ら全部を捨てた。
――だが何にもなく、誰も居なかった俺の世界は高校に入り、変わった。広がった。
周りには受け入れてくれる雄英の生徒たちや先生が出来た。
友人がいる。慕ってくれる後輩たちもいる。プロの人たちや先輩たちだって気にかけてくれる。
楽に生きて、楽に死にたい。そう思い続けていたなら、なかった出会いだ。
ねじれと出会い、環や甲矢と出会い、ミリオと出会い、真綿と出会って、俺の世界は大きく広がったのだろう。
いつまで関係性が続くなんて分からない。
――なのに。あいつらとは関わりが無くなることは決してない。
そんな予感がするのは何故だろうか。これから先も一緒に“居そう”ではなく、“居る”という確信がある。
……そんなあいつらは今頃寝ているだろうな。
孤独でなくなったからと言って、ひとりでいることに寂しさは覚えない。確かに受け入れてくれる人たちは出来たし大勢の人と縁が出来た。しかし今更周りに誰かが居ないからといって辛く感じることはないのだ。
果たしてそれは俺という人間が壊れてしまったのか、
誰も居なくたって問題ないのだ。
――いや嘘。出久とあと3日以上会えないとか辛すぎる。俺にとって出久は全てなのだ。出久だけは居ないと大問題。
泣きそう。お兄ちゃん辛い。出久が寂しそうにしてたらどうする!?
く、くそ……! 出久の未来にも繋がる。我慢するしかない……!!
出久が魚介を食べられなくなるなどあってはならない……!*2
考えたら余計に辛い。
海を見て思考を何とか逸らす。
ゆったりとするのも案外いいものだ。今日というかこの一週間は鍛えられるのは肉体だけだしな。普段と違って個性を使いまくることは出来ない。
海も星も。自分という存在がちっぽけに思えるほどに綺麗で大きい。
景色を綺麗と思うこともなかった。出来なかったのは余裕がなくて。毎日が多忙。
今は余裕があるからこそ、思えてしまうのだろう。
世界にはこんなにも、綺麗な部分があったんだと。
「オリジン」
俺のヒーロー名を呼ぶ、この職場体験で一番関わりのあった人の声が背後から聞こえた。
振り向くと案の定シリウスさんが居た。
夜番とはいえひとりでやるものではない。
元々担当だった日に俺が組み込まれただけだ。
「今は転間くんの方がいいかな?」
「どっちでもいいですよ」
「今はそっちで呼ばせて貰おうかな。はい、これ。ブラックは飲める?」
「大丈夫です」
わざわざ珈琲を淹れて持ってきてくれたらしい。
俺は後ろから倒れ、何もない空間で回転すると両足で着地する。
カップを受け取ると、シリウスさんは俺の隣で風によって靡く髪を耳に掛けながら海を見つめている。
今は通信機器である鰭がないから少し新鮮だ。
俺もまた視線を海へと向けた。
異常事態のような、大きな変化はない。
「もうなれてきた?」
「そうですね、だいたいは」
「そう、よかった」
会話が途切れると聞こえてるのは海の音だけだ。
この音はなんだか心が落ち着く。
海を好きになる人の気持ちが少し分かったような。
俺にとって海は筋トレ用か遊ぶ用のイメージしかなかった。
「転間くんは1年で仮免を取得したのよね」
「はい。まあ、やらされたというか」
「凄いなぁ。職場体験でもプロヒーローと変わらない仕事をきちんとこなせる。 私が職場体験してた時なんて掃除やパトロールや訓練ばかり。転間くんみたいには動けなかったし出来たわけではなかったもの。それどころか嫌になることも多々あったわ。理想を描いていたヒーローと現実のギャップに」
「でも今は違うんですよね」
「うん、船長のサイドキックをしていたらね。私にとっての答え。ヒーローにとっても本当に大切なものが何なのかを知れたの」
そう微笑んでくるシリウスさんに、俺は少し表情が和らぐ。
彼女の中では既に答えというものを持っているのだろう。
それがあるとないとじゃ差があまりにも違いすぎる。
これからのモチベーションにも。これからやるべきことにも。
色んなことに目を向けられる。
「シリウスさん。それが人によっては答えを中々出せない人もいる。それが出来たってことはシリウスさんがヒーローというものに真剣に向き合って努力し続けてきたからだ。その頑張りは誰にだって否定出来るものでも無いしこれからの活動の力となる。シリウスさんならきっと、独立しても活躍出来るでしょう。俺の指導係もちゃんと出来て教え方も上手ですし」
そう、人というのは“答え”を見つけることが中々に出来ない存在だ。
俺自身も俺という存在の意味を知ったのは前世の記憶を思い出して出久を初めて見た時。
ヒーローを目指す以上、ヒーローになる“答え”。なりたい“答え”。ヒーロー像に対する“答え”。
プロになってもそれを見出すことが出来てない人間はいる。近くにあるのに、忘れてしまっている。気づけてない人間はきっと多いだろう。
そんな中で彼女は、彼女の中には明確な“答え”が存在する。
簡単に出来ることではない。これから進む、未来への歩みに大きく影響を及ぼすだろう。
シリウスさんは人のことを凄いと言うが――
「ここで体験していたらよくわかる。みんなセルキー船長のことを心から信じてる。言葉だけじゃ簡単だ。でも信じるという行為そのものは実際のところ簡単に出来ることじゃない。どんな仕事、どんな現場においたってひとりで全てをやり遂げることなんて出来やしない。人は“誰か”といるから幸せになれるし強くなれる。
そして心から信じる力は勇気となる。信じてるが故に最善の行動を常に取るように動ける――俺からすればシリウスさんも凄いと思いますよ。貴女は十分すぎるほどに立派な人――いやヒーローだ」
「――」
あくまで持論だが。
俺もそうだ。全部ひとりでやろうとしたことなんて何度だってある。だけど人である限りそれには限界がある。
体がひとつしかない以上は全てをやり遂げることは出来ない。1度死んだ俺の言葉だから重みはあるだろう。
誰かと居ることで、ひとつしか無かった世界は無限に広がり続ける。俺が出久と出会ったことで俺の世界そのものがまるっきり反転したように。
だからこれは、俺の本音そのものだ。
「シリウスさん?」
反応が一切なく、驚いたように目を見開いたまま固まる彼女を見て、何か失礼なことを言っただろうかと心配になり自分の眉が動いたような感覚があった。
恐らく八の字になっているだろう。
呼びかけても反応がなくて手を伸ばした瞬間、シリウスさんの顔が急に真っ赤になったかと思えば彼女は1歩下がった。
伸ばしていた手がピタ、と止まる。
「ご、ごめんなさい。大丈夫、大丈夫だから……うん、気にしないで……」
「……無理せず休んでくださいね」
よく分からないが大丈夫だというなら大丈夫なのだろう。*3
俺から顔を背ける彼女を見ていても仕方ない。
行き場を失った手を大人しく降ろした俺は珈琲を飲んで息を吐く。
一息。美味い。
「はぁぁぁぁぁ……びっくりした……」
何か言っていたようだが声を小さめにしてるなら聞き取るべきではない。
海の音に集中して聞かないようにしてると、胸に手を当てて深呼吸している彼女の姿が視界の端に映る。
――本当に大丈夫だろうか。ここは船の上だ。なれていたって体調を崩す可能性はいくらだってある。
気にはかけつつも少しして落ち着きを取り戻したらしい。
普段通りのシリウスさんに戻っていた。
「……転間くんって大人みたいなことを言うのね。少し、驚いちゃった」
「ゲホッ、ゲホッ!?」
「大丈夫!?」
その言葉を聞いた途端――珈琲が気管に入った。
物凄い大ダメージ。
咳き込む俺の背中を摩ってくれたのは有難いが、その不意打ちは俺もビビる。
一瞬バレたかと思った。
咳が収まる頃には、シリウスさんは両肘を突くと顎を支えるように両手掌に乗せながら正面を見ていた。
「でも独立、かぁ……本当に出来るかな」
「シリウスさんはしっかりしてますし問題ないでしょう。……もしもの時は呼んでくれたら手伝うので。その頃には俺もヒーローになってると思いますし」
「……ふふ。転間くんがいるなら確かに安心かもね。あんなに強いんだもの。じゃあ、その時はお願いしちゃおうかな。もしかしたら沢山呼んじゃうかも」
「いいですよ、言った以上は力になります」
「じゃあ……約束ね」
「わかりました」
真正面から見つめてくるシリウスさんは覚悟を決めたように小指を突き出してくる。
出された小指を絡めて約束をする。
いずれ独立する覚悟を決めたのだと思う。言った以上は責任を取るのが大人だ。ヒーローになったあと、コネがあるのも大きいだろう。
お兄ちゃんはすぐにトップにならなくちゃならない。頂点に至らなければならない。
だが俺だって完璧な人間ではない。何度も何度も間違えるし、前世を含めて兄の手本なんてない。
それでも兄は弟の手本だ。
もし兄が道を誤ってしまえば弟はその道を避ければいい。兄が正道を歩めたならば弟はただ付いていくだけでいい。
そうやって道を示すことで弟は迷うことなく後を追う事が出来る。そして、正道を歩む兄の背を越えたらいいのだ。
今度はその背を、兄である俺がひたすら守り、弟の手から何も溢れないように、ただ顔を上げて真っ直ぐに進んでいけるように。笑顔を浮かべられるように守り続ける。
そして弟が間違えた道を行きそうになった時にはまた、間違える前に兄である俺が越え、前を歩いて弟を導く。手を引いて、正しい道へと歩ませる。
それを繰り返すことで、間違いを起こすのは兄である俺だけになるのだ。
弟より早く生まれ、経験を積むことが出来るのは誤ちを背負えるから。
そして過ちは兄である俺だけが背負えばいい。
それが“お兄ちゃん”というものだろう。*4
少なくとも、ここに来てとびっきりの笑顔を見せるシリウスさんを見ていたら彼女なら問題ないだろうと改めて確信を持てた。是非とも弟を導くための力になって欲しいものである。*5
それから俺たちは夜間の仕事を続ける。
学校や職場体験のこと、今調査してる事件のこと。
そんな話をしながら。