どけ!!俺は出久のお兄ちゃんだぞ!! 作:俺もお兄ちゃんだぞ!!
――職場体験5日目。夜。
天気は異常に暗く、大雨が降っている。というかもう嵐だ。
こうも天候が悪いと悪い予感が浮かんでしまう。
出久の声が恋しくなってきたが、お兄ちゃんは脳内の記憶を掘り起こして頑張っている。
船員たちとも仲良くなれた。5日間も共にしていたら仲間意識も芽生えてくるのもあるかもしれない。
残り期間は2日。
メガロドンの件に関してだが、保安庁から連絡があった。
生物に個性が宿った状態で
それはかつて鳴羽田で使用された“トリガー”という薬物だったらしい。
正式名称は
確か通常のより理性を薄くさせ、より強い効果を引き出してるんだっけ。効果としては言わば個性を増強させるドーピング剤だ。
現在は違法薬物として扱われているはずだが、個性そのものは『ドリル』だったらしい。
つまりあのサメは何者かに改造されてあんな姿へと成り代わり、トリガーによって異形の姿へと変質していたといったところか。結局薬が抜け切ったあとはそのまま絶命してしまったらしい。
普通に考えてサメが勝手にそうなるとは思えない。しかも明らかに使い捨てみたいな扱い。
……何かが裏で動いているのか? まるで個性を“与えられた”ような。
該当するとなると……あいつか。AFO。
知識こそ残ってないが、あいつの記憶はちゃんと残っている。やつの個性が個性を奪い、与える個性だということも。
もし俺の予想が正しければクラーケンの正体は――。
「オリジンッ!! すぐに戦闘準備を――!」
そう、考えていたところで甲板に出てきた船員が俺を呼んだ途端、船が大きく揺れた。
宙に浮いている。いや傾いてる。
胡座を搔いていた俺はそのまま落ちていくが状況を把握する。
ひとまず船員たちを放り投げて救助した俺は原因と思われる触手が見えたので殴って破裂させた。
急いで傾いた沖マリナーの背後に回ると力尽くで降ろし、海面の上に立ちながら犯人であろう存在の目の前に降り立って見つめる。
――デッカ。
海の怪物と称されるクラーケン。
本当にイカと蛸を滅茶苦茶大きくした形だ。ただ足の本数が10本。蛸ではない。しかし見た目は蛸でもある。
イカなのか蛸なのか本当によく分からない。だからクラーケンなのだろうが。
あれは俺でも持ち上げられないな……。
それより警戒態勢に入ってなかったのもあって奇襲されたのが大きい。
船にダメージが入ってしまった。
これ以上受けたら船が沈むかもしれない。探知をすり抜けた? いや違う、それほどに速かったのか。
「オリジン! 大丈夫!?」
「問題ないです。そっちは?」
「こっちも大きな被害はないわ! ただ船長が!」
沖マリナーから身を乗り出してきたシリウスさんが簡潔に伝えてくれる。
少し血を流しているが、無事そうで安心した。
一方でクラーケンを注目して見ると、よくよく見たらセルキー船長が捕まっていた。抵抗はしているようだが、相手の力の方が強いようだ。強く締め付けられてはいないことから……人質のつもりか? 無駄な知恵を持ちやがって。
あの人が簡単に捕まる人物とは思えない。恐らく船員たちを庇ったか。
今は殺す気がないからか拘束してるだけみたいだが、あのまま締め付けられれば死にかねない。
目の前にいる俺を警戒してか様子見をしているらしい。
ひとまず救助か、と動こうとすると伸ばしてきた触手が俺の目の前で停止した。
動かそうとしているようだが、無意味だ。
海面を蹴るように加速し、セルキー船長を捕らえていた触手の付け根を殴って破裂させると、すぐに手を掴んで沖マリナーに着地する。
「船長! オリジン!」
「ぐ、う……わ、悪い! 助かった!」
「シリウスさんと皆さんはセルキー船長を頼みます。吸盤がしつこくて取れないみたいなので。沖マリナーも動かして離れてください。このままじゃ沈む」
「……すまん、オリジン。ここは頼む。一時離脱だ!」
悔しそうな顔をしていたが、ちゃんと適切な判断をしてくれる人が船長で助かる。
沖マリナーを守りながらとなると海面から触手を伸ばされたら意識を割かれてしまう。かと言って全員で逃げるのは不可。
それに周囲に視線をやれば何人か意識を失ってる人たちもいる。巻き込まれたか。
どちらにせよ、待避させねばまずい。船が沈むことが最悪だ。
――分かっている。
決して冷静さを失うな。いつ何時も、常に冷静であれ。怒り狂った人間ほどお荷物になるだけだ。
俺の個性は脳が機能しなければ役立たずの個性なのだから。
「オリジン……」
「大丈夫ですよ、あれくらいなら勝てます」
「気をつけて」
不安か心配か。恐らくどちらも。
向かおうとした俺の手を掴んで声を掛けてくれたシリウスさんに頷くと、彼女の手をそっと引き離すように外す。
それから俺はクラーケンを睨みつけて改めて飛び出した。
うねうねと動くクラーケン。俺の背後では方向を変え、逆走していく沖マリナーがある。
これで思う存分やれるだろう。
さて大丈夫だと言ったが、実際のところは全く大丈夫ではない。
視界はだいぶ、滅茶苦茶悪い。
目を開けるのがかなり難しい。つまり俺の個性がほぼ封じられた状況とも言える。何気に人生で2番目にピンチかもしれない。
深夜じゃない分はマシだが暗雲によって真っ暗だしただでさえ大量の雨に吹き荒れる風。海には渦が出来ており、異常気象とも言える。
かなりの頻度で落ちる雷を考えればタイミングに依るが海に叩きつけられるのは避けたいところだ。帯電して感電の恐れもある。
光はほぼ無い。渡されたサポートアイテムで申し訳程度に明るさは確保出来るがその程度だ。
お陰で目の前しか見えない。
1番の敵はクラーケンよりも天候だな……。
軸足を変える。
その瞬間伸ばされた2本の足を反応して蹴り壊すと、その場から抜け出すように跳躍する。
俺が居た位置には4本の触手が海面から捉えるように交差されていた。
空中に留まり、視線を向ける。
破壊したはずの触手が新しく生え、元の10本足に戻った。
「……再生か?」
厄介な。
いや予想通りか。
このクラーケンの正体はAFOによって改造された、
いわゆる実験体だ。
恐らく生物で試したのだろう。陸上の生物なら人が多くいる。
目撃者の数からすぐに気付かれるが、海洋生物なら見つかる可能性の方が低い上に広すぎて人間では把握できない。
隠すにはもってこい、ってわけか……考えたな。
しかし本当に視界が悪いな。
次々と伸ばしてくる触手を空中で身を逸らしたり移動したりして避けていく。
再生がある以上は一番手っ取り早いのは消し飛ばすことだ。
アレなら消し飛ばせるが、海に多大な被害が生じる。論外。最大火力でしか今の俺は撃てない。
だからといって瞬間移動や高速移動で接近したとして再生持ちを削るのは骨が折れるだろう。まず見えないから使えないし。下手にやれば俺の体が巻き込まれてただ俺自身の隙を作るだけになってしまう。
視界が悪ければ指向性を持たせるのも厳しい。
殺さないギリギリの一撃でなければ突破は出来ない。
周囲に気を配る必要があるのは面倒だと改めて感じる。俺の個性は割と被害大きくなるから物理攻撃でゴリ押せない相手だと使い勝手が悪い。
ここが地上ならまだ踏ん張りも利くしフィジカルでやりやすいのだが……。
しかしこいつを倒した後に生態系に大きな影響を出ても他の人々が困る。
何より改造されたのであれば相手の個性が不明瞭だ。再生だけかもしれないが。
「……ん?」
動きを停止すると触手が俺に触れることなく止まる。
動くのを止めた理由は水底から、影のようなものが見えたからだ。
じっと見てみると、だんだんと浮上してきて。
波飛沫を発生させながら姿を現した。飛沫は俺に当たることなく停止したが。
――海蛇。
シーサーペント?
いつからこの世界は太古の生物に溢れる世界になったんだ。
俺をそっちのけでクラーケンに巻き付き、クラーケンもまたシーサーペントを襲い始めた。
ポカーンと呆然と立ち尽くしていると雷が落ちてきて、俺の目の前で消えた。
これ、放置してもいいやつ? 仲間割れ……というよりは完全に意識がイってるのか。大方クラーケンが暴れたことで居場所を認識したのだろう。
いつの間にか映画のような、大怪獣バトルが始まってしまった。
時折飛んでくる攻撃が何気に危ないが、海面の上に立って腕で目を守るように額にくっつけながら眺める。
こうして視界を確保することで、防げるからだ。
だが下手に刺激したら面倒なことになりそうだ。
こんな視界の悪い中だと全ての攻撃を防ぐのは難しい。油断すれば俺は捕まってお陀仏になりかねないだろう。
あの巨体だ、力に関してはオールマイト以上の力を出してきたっておかしくは無い。
――防ぐ?
おかしいな、
視界が悪い? 見えない? だから防げない?
個性ってのはそういうものか?
改めて自分の防御について考える。
俺は視界上の攻撃を全て脳で判断し、害のある攻撃だけを防いできた。
当然自身の周囲に展開することも出来る。
だが見えない攻撃は防げない。それは環にやられた時も、ねじれの波動を受けた時も見えなかったからだ。
個性を発動する際に個別に選別する必要があり、頭の中で情報が追いつかず発動しようとしたタイミングで当たってしまう。不意を突く一撃には弱い。
それ以外だとだいたい攻撃を受けないから唯一の欠点と言ってもいい。瞬間的に発動してるから脳への負荷は最低限のものとなっている。
今回だって雨粒一つ一つを考えて処理するのは流石に不可能だ。情報量が多すぎてパンクする。
「つまりこれをあーして……こーして……」
ぶつぶつと独り言のように呟きながら自分の個性を弄ってみる。
そんなふうにやっていたからだろうか。
『――――!!』
俺の存在を思い出したかのようにシーサーペントが何かを吐いてきて、咄嗟に跳んで避けるとクラーケンが俺を捕らえてきた。
投げ飛ばされ、海面を何度も跳ねるとシーサーペントの尾が俺を打ち上げる。
上空に投げ出された俺はクラーケンの触手によって幾度かボールを回すかのように複数の触手に打たれ、叩きつけられる。
さらにシーサーペントの突進を背中に受けた俺は吹き飛びながら着水と同時に海面に手をついた。
やはり視界が悪すぎて個性の発動が間に合わない。防御においても移動においても攻撃においても。
それどころかダメージを受けて思ったが、巨体以上に威力が高すぎる。このパワー、本当にオールマイトに匹敵するのでは?
お陰で頭からかなり血が流れてきた。
余計に目が開けられなくなる。腕は動く。足も動く。全身の痛みこそあるが、まだ問題ない。
続けろ。個性を弄り続ける。
そうしていると嫌な予感を感じ、瞬時に転がればもくもくとした煙が立ち、毒なのだと理解した。
――あれだけは死ねるな。
しかし海面から伸びてきた触手が腹部にひっつき、両手足を拘束してくる。力づくで破壊しようとしたが、外れない。それどころか腕が締まって血の流れが阻害されてるかのような感覚に襲われる。
少しずつ力が入らなくなっていく。
さらに体が強制的にクラーケン本体へと引っ張られ、一気に全身が包まれた。
拘束された時もそうだったが、締め付ける力は相当なものでギシギシと肉体が悲鳴を上げ、そのまま海の中に引き込まれる。
――マズイな。とにかく環境が悪すぎる。個性が全然使えたもんじゃない……!
深く深く闇のような水底。
落ちれば落ちるほど息が苦しく、水圧も高まっていく。渦が出来ているのもあって水圧が半端ない。
このまま殺す気か。既に捕まってる以上は抜け出すのは厳しい。
だんだんと強まっていく力によって口から血が零れるほどの締付力。
全身から嫌な音が鳴り響き、このままでは完全に全身の骨を折られる。
だが。
ああ、そうか。
ようやく理解した。
その必要はもう、無い。
個性を掴んだ。
もう少しで、完成する。
「邪魔」
半ば自爆気味に空間を捻じ曲げることで触手ごと破裂させ、復元力によって水圧が高まるが一気に上昇する。
多少巻き込まれたせいで全身から血が流れている。骨を砕かれる前で助かった、というべきか……。ヒビが入った程度だろう。
ようやく呼吸が出来て、吸い込むが雨の流れが半端なくて大して呼吸が出来ない。
短く呼吸を繰り返し、右手を見つめると痙攣を起こし、視界がぼんやりと歪み始めた。
強制的に脳を再起動するように握りしめた右手で全力で殴る。
出血が増えたが、意識は保てそうだ。
短期決戦でなければ出血多量で死ぬ。だから自爆をしたくなかったんだ。
――それでも死んでたまるか。俺には出久が待ってるんだ。
触手をまたしても壊されたからか再生しながら怒り狂ったクラーケンと敵と見出してきたシーサーペントが前後から襲ってきた。
無事だったのもあるだろう。何より俺の存在が厄介だと思った本能か、それとも共通の敵と思ったのか。はたまた満身創痍の餌だと思ったのか。
毒らしきブレスを避け、墨を避け、触手を弾いてはシーサーペントの尾を両手で受け止める。
流すように投げ飛ばし、頭上を覆うように同時に飛びかかってきた。
環境が相手を味方にするように、凄まじい風圧が俺の視界を遮る。
視界が悪くて防ぎ切れない。落雷により、音も聞こえない。
さっきのようにコンビネーションを受けるが間違いなく防げず、次の瞬間には俺は餌食となるに違いない。
死ぬことは無いだろうがダメージはあるだろう。下手をすれば四肢のどこかを持っていかれるか。
しかし俺は目を閉じ、ただ攻撃を待つ。
全く情けない話である。これで最強になろうとしていたなんて自分はバカだったのだろう。
原点に立ち返るべきだった。振り返るべきだった。
俺のヒーロー名の、名前の通りだ。
この力は元々視認すら出来なくともどれだけ速い攻撃にも対応するために編み出した防御必殺技。
最初は手から。次に足から。目、胸、腹、背中、ありとあらゆる箇所から少しずつ発生させるようにしてきた。
そして全方位を守れるまでに進化させた。
だが前提としておかしい話である。
俺はこの力を
じゃあなんで見えない攻撃を防げないのか。全く意味がない。
それは俺が見て防ごうとしていたからなんだ。
既に個性の調整は完了してある。一か八か。
あと必要な鍵はひとつだけ。
解釈を拡大しろ!
見えないならば――
『――!?』
俺が目を開いたのと同時にクラーケンとシーサーペントが固まる。
それどころか雨粒ひとつ、波すら俺には届かなくなっていた。
簡単な話だった。
俺がやったことは酷く単純だ。
それは――
考えていた強化案の1つ。予想外の攻撃が防げないのであれば、最初から全部を防げばよかっただけの話だったんだ。
雨粒に関しては弄っているが。
なんだ、分かってしまえば簡単なことだ。
ただ
感覚としては『ひゅーっひょい』って感じだ。
だからやばいと思った時にはそうやっている。そんな大量に使えないって感覚はあるが。
これも俺の個性のひとつなのだろう。個性ってのは死に瀕した時に“覚醒”することがあるらしい。
俺は1度、人助けで咄嗟に個性を限界まで使った際に脳がパンクし、仮死状態となった時がある。その時は出久も近くにいて危機に瀕する可能性があったからだ。
命懸けで守ったが、想定外なことに幼い体にはまだ負荷が強すぎた。
その時にここでお兄ちゃんが死んでは出久を守れない、と全力で生にしがみついた結果、なんか脳が回復した。
我ながらお兄ちゃんパワーに惚れ惚れする。弟のためにお兄ちゃんは死ぬわけにはいかないから生き返ったのだと思った。
なぜなら死に瀕した際に悲しむ弟の声が聴こえた気がしたからだ。
そしてこいつらが居れば、
――許せるわけない。
全力の、ただの拳がクラーケンとシーサーペントを吹き飛ばす。
途端――
今まで出したこともない一撃に俺自身が何よりも内心で驚いた。
果たして今、
――体が軽い。高揚感が生まれる。抑えきれない興奮が自分の体を支配した。自分が自分でないような。
「ハ、ハハ……く、ふふ……ハハハハッ!!」
両腕を大きく広げて笑う、ただ嗤う。
終わったわけではない。
二発。
クラーケンが大きく吹き飛んだ。
威力がさっきと同じ、いや上がっている。
再生をし、突進してくるクラーケンが俺にぶつかろうとした瞬間、弾かれたように宙に浮く。シーサーペントが巻き付こうとしてきて、俺は上空に引き寄せる力を発生させ、
高まっていく。
「どうしたッ! この程度で全盛期のオールマイトが倒せるか!? この程度で
我ながらハイになってるのは理解していた。
音楽が鳴ってるかのように、雷ですら祝福しているように感じて、心地よく感じる。雨も風も、荒れ狂う波すら今の俺には心地の良いBGMのように感じられた。この世界そのものがただただ心地が良かった。
当たらない。効かない。
脳の痛みすら消え、負ったはずのダメージも傷も治っている。
今まで脳だけしか出来ないと思っていたのに、同時に治癒された。
個性がより高みへと活性化していく。
己が
浮いたシーサーペントに手を向け、握り締めるように。
鍵を開けるように回すと捩れ、歪み、ぐしゃり、と潰れる。
そしてその姿は徐々に小さくなり、小さな蛇に戻った。
体液が俺の体に降り注ぎ、害のないものだと判断したらしい。全身が紫色の血に汚れる。許可した雨粒でも落とせない汚れ。
気にすることなく俺は落ちてきた蛇をキャッチすると生きているのが分かる。
気絶はしている。
悪い部分だけをピンポイントで壊せたらしい。
勘でやったが、元々はこんな小さな蛇だったようだ。こいつもまた、被害者か。
ポーチに入れると、次の相手を見据えるようにクラーケンを睨む。
怯えたように、クラーケンが後退りをしていた。
こんなやつでさえ恐怖を覚えるのか。もしくは血に染まった俺が恐ろしく見えたのか。
――なんでもいいや。
高速で接近した拳がまたしても吹き飛ばす。追いつき、蹴り上げるだけで雲まで飛んで行った。最後の蹴りだけが黒い稲妻が発生していた。
瞬時に加速して追いつき、頭部に一発。さらに一発。何も起きない。
そして眉間に蹴りを加え、遠心力を活かした蹴りが叩き落とす。今度もまた最後の蹴りだけ黒い稲妻が発生していた。
感覚がより鋭くなっていく。
怒りがトリガーとなったのか。はたまた負の感情なのか。
それは分からない。
落ちて海面に叩きつけられるクラーケンを降下しながら見つめる。
なんなんだ、この力。感覚は。
――セルキー船長。シリウスさん。みんなは無事なのだろうか。
ダメだ、申し訳ないが今は誰のことも考えられない。怒りすら通り越して、波立たない海のように感情がクリアになっている。
全てがどうでもよくなってしまっている。今の俺にとって出久以外はどうでもいい。
ただ、ただ。
――今は委ねたい。この収まらない興奮を剥き出しにしたい。
「お前は何人襲った? 何人の悲鳴を無視した? なぁ、おいッ! その力でどれだけの命を奪ったッ!? 今更自分は悪くないって言えるのかッ!? 言えるわけないよなぁ!? そうだろ、そーだよなぁ!? 自分こそが強者だと思い込んで! 人は弱者だと思ったか!? 強者は踏みにじってもいいと思ったのか? 弱者を! 嬲って! 殺して! 良いと思ったんだよなぁ! 俺たちを襲って、俺がお世話になった人たちを怪我をさせておいて! 何よりお前らのせいで弟が! 出久の健康に害が出たらどうしてくれるってんだァ!?」
「今度は自分が弱者だと理解したら恐れるってのは違うだろ? 恐れるなよ。逃げるなよ。散々踏み躙っておいて自分は逃げていいと思ってるのか?
――お前も弱者の立場になれよ。強者に踏みにじられる気持ちを! その身で確かめてみろ!! 今まで多くの人がどんな思いをしてきたか! 正しくない死を経験しろ。そうすればお前も人の気持ちが分かるよな、なぁ!?」
――今の俺ならば出力のコントロールを繊細に可能。
黒い稲妻はよく分からないが、あれのお陰で開発時よりも威力を上げられる。無論、下げることだって可能だ。個性そのものが底上げされた。いや
両手を合わせるように動かし、右手の指5本を左の指のそれぞれの間に入れるようにくっつける。
海を巻き込まないように凝縮し、威力を下げる。しかし直撃した箇所だけ威力が高まるように複雑に構築する。
紫色の、
雨粒すら雷すら消滅させ、風すら消し去る。この力には荒れ狂う波ですら抗うことは出来ない。
万物すらも消滅させる力。
対オールマイト、それも全盛期を見据えて生み出した俺の必殺技。俺だけの技。
殺しはしない。改造され、利用されている立場なのだろう。
同情はしよう。
だがそれとは別に、許してはならない。放置すればまたこいつは弱者を嬲る。
逃すわけにはいかない。
必殺技とは必ず決めるから必殺技とされる。
つまりこれは、必中の一撃。絶対的な一撃。
「――終わりだ」
その一撃を、ただ真正面に撃ち込む。
怯え切ったクラーケンは抵抗するように体内の全ての墨を吐き出すようにビームのように撃ち出していた。
しかし紫色の球体は一度も止まることなく進み続け、全ての触手で防御するクラーケンをあっさりと穿つと大きく削ってクラーケンの大きさが戻っていく。
落ちてきたクラーケンの頭を掴んでキャッチすると、息はある。
死なないように調整出来たのは、謎の感覚のお陰だろう。
怯えるようにプルプルと震えているが、もはや脅威にすらならない。デコピン一発で気絶した。
人は極限状態に陥った時、“ゾーン”と呼ばれるものに入る。集中力が極限まで高まり、感覚が研ぎ澄まされたように感じる状態のことだ。スポーツや仕事でも起こりうるものでそれと似たような感じだろう。
前世でもなったことはあった。だが戦闘においては初めてだ。前世のゾーンとは何かが違う。あっちは集中力が高まっただけだったし。
今の一撃がどれほどの力だったのか自分にも分からない。分かるのは俺の力が体育祭の時よりも遥かに洗練され、大きく成長した感覚があるということ。
個性の維持可能時間すら伸びた気がする。
――負ける気がしない。
この力なら。今の俺なら、誰が相手だろうと。どんな脅威からも守れる。
弟を。出久を。
その場でただ浮いて暫くしていると俺を支配していた高揚感は徐々に薄れては消え、船の音が聞こえた。
ライトに照らされ、沖マリナーが無事なことを知る。
脳の痛みはない。体の痛みももうない。
ようやく自分らしさが戻ってきた気がする。今思い返しても俺じゃないぞ、あんなの。*1
暴走時に近いテンションになってた。なんなら一番酷い。あまりのテンションの高さに自分ですら引く。さっきの俺は黒歴史として封印しようと心に決めた。ぶっちゃけ恥ずかしい。
穴があったら入りたいレベル。海しかないが、飛び込もうかな……。
本当に何を考えていたんだ俺は……!
しかし! それでも出久を、出久だけは忘れることはなかった!! やはり俺はお兄ちゃん!!
だがあれほどのテンションになったのは禁断症状が出た影響かもしれない……出久!!
早く!! 会いたいぞ!!
出久ゥー!!
「大丈夫か、オリジンッ!!」
「怪我は!?」
「って全身が紫色に染まってる!?」
「誰かタオル持ってこい!」
「とりあえず室内に入れ!」
沖マリナーにゆっくりと着地するとセルキー船長もシリウスさんも船員たちもみんなが心配してくれた。
俺は元凶であったクラーケンと蛇を渡すと、簡単に説明する。
海の異変はクラーケンとシーサーペントによって起こされたもので、退治した今ならしばらくすれば元の海に戻るんじゃないかと。
今思えばタコってよりはタコとイカの複合型がクラーケンに進化したんだろうな。並のヒーローじゃあんなの勝てない。
俺もあの現象が起きなければ被害を無視して殺すくらいしか浮かばないし、防御に関しては思いつかなければ狩られていたのは俺だろう。
「そうか……よくやってくれた。すまんな、お前だけに任せてしまった。まだ学生だというのに」
「いえ。あの状況下ではセルキー船長の指示は的確でした。俺自身も負けるつもりはなかったですし誰かが残らねば船は沈められていた」
そう、間違っていない。
一番の敗北条件は船を沈められること。
誰かが引きつけることは最適解であり、この場で最も戦闘に有利なのは俺の個性だったというだけの話。
「船長。話は後で! ひとまずはオリジンの血を流させることが先決ですよ。こんな返り血を浴びて早く流さないとどうなるか……!」
「ぉ、おお、そうだな。――ごめんね?」
「今それやるかぁ……!!」
急に可愛らしいポーチと高音で謝罪するセルキー船長を見て俺以外の人がズッコケた。
ユーモアのつもりなのだろう。ミリオをよく見てるからなんも感じない。まだあいつの十八番ギャグの方が面白いな、面白くないけど。
しかし戦闘の時は気にしてなかったが、こうして冷静になると確かに生臭い。
腕を動かして嗅いでみると、あまりの悪臭におえーと舌を出してしまう。
匂いがえげつない。これが魚の臭いなのか。
セルキー船長やシリウスさんも船員たちも慣れてるのか特に反応はしてないが……俺は全くダメだ。
「はぁ……と、とにかく。転間くん。早く血を流しちゃいましょう! 結構こびりついちゃってるから落とすの大変でしょ? 服も早く洗い流さないといけないし私も行くわ」
そういったシリウスさんが俺の手を取ると、俺は引っ張られていく。
場所くらいは使ったことあるし分かるのだが、俺が怪我してるのもあるだろう。
果たして攻撃を受けた箇所が赤くなってるだけなのが怪我と言っていいか分からないが。血こそ残っているが、怪我自体は何故か治っている。
だが、あの巨体となると一撃一撃がかなりの攻撃力を誇る。しかも改造されている存在なら尚更。メガロドンのことを知る者たちには心配されてしまうのは当然だろう。
何はともあれ、これにて解決だ。
あとは海に異常がないか見回りをして帰還して終わりのはず。
ようやく出久とも会えそうだ。お兄ちゃんを癒してくれ!!
――驚いたな。
試験体とはいえ“アレ”は僕たちが作り出している兵器に限りなく近い強さを持つ。オールマイトですら海の上ということもあって苦戦するだろう。
いいや二体も相手をすることになればオールマイトですら無傷では済まないはず。
なぜなら船を守りながら戦える相手ではない。オールマイトは浮くことは出来ないからだ。それがなくとも弱くなっている彼では簡単に倒せる存在ではない。
間違いなく大きなダメージを与え、今日1日の戦闘継続時間の何割かは消費させることは出来るはず……少なくとも二体を相手にしたならば、
無論匹敵するのはあくまで純粋なスペックは、だが。実際に戦えば勝つのは後者だ。それでも倒せるということはハイエンドを一体は確実に倒せるほどの存在という証明になる。
あの海域に進入したのは“沖マリナー”のみ。あの程度のヒーローでは勝てるはずがない。しかし学生を特別処置としてインターン生として受け入れたという話は僕の耳に入っていた。
だが前提としてあれはオールマイトのために用意したものではない。
だからこそ海の生物を実験体にした。
逆に言えばそれらの存在でなければ勝てない相手とも言える。
先の2人を除けば日本内では単体であれば相性の悪いエンデヴァーで何とか。相性が良くてトップヒーローならば一人とその他。
二体、もしくは三体相手ならば甘く見積もってもトップヒーローが必要で、最低でも実力があるヒーローが四人以上でかかれば勝てるレベル。それも入念に作戦を練って。
特にメガロドンは耐久特化だが、他の2体は全体的なスペックを優先としている。体格差から力だけならハイエンドを上回るだろう。
それを倒せるということは――つまり、
「どうやら既に渡したようだね、オールマイト。間違いない。クラーケンにシーサーペント、メガロドンを倒せるほどの人物。
自然発生したヒーローでさえも真っ向から捻じ伏せる“個”の力の追求。
――改人“
「今代のOFA継承者もまた、オールマイトと同様に厄介な相手らしい。だが、ダメじゃないか。そんなあからさまに見せちゃあ、僕に見つけてくれと言ってるようなもんだぜ。
――僕が用意した“未来”は複数ある。何十年も前から幾つもの、幾つもの
既に継承者がオールマイトに匹敵するとは思わなかったが、継承者の正体は掴んでいる。
これもまた想定内だ。少なくともアレを全て倒したとなれば無傷ではないだろう。体のどこかを欠損か、もしくは後遺症が残ったって不思議ではない。*2
体育祭で見かけた“緑谷転間”という
個性届を見れば個性など丸わかりだ。
彼の個性は“収束”。
物体や人を引き寄せる力を持ち、それは空間にすら作用する。名前の通り力を集められるという個性。
その点だけ見れば強い。僕ですら喉から手が出るほどに強い。
だがあの個性は使用した瞬間、使用を終えるまで
――強すぎる力は己すら滅ぼす。
全く使えないな。むしろ発現し、廃人にすらならず今の今まで生きてることが奇跡だろう。その点だけは賞賛してもいい。
だが、脳みそがふたつでもなければ使えたものではない。*3
あんなのを持っていたらまず間違いなく
全てを取り込むというのは“全て”だ。距離、時間、量、質量、風力、力の流れ。空気。そういったありとあらゆるその場にあるもの全て。それらの計算すらしなければならない。
例えば僕たちが映画を見ていたとしよう。僕たちにとっては1時間。
しかし彼にとってはその1時間が数日、数週間、数ヶ月や数年単位の情報量となる。
そんな多大な情報を処理出来ると思うか?*4
彼自身の体質によってある程度の耐性はあれど、そう易々と使えるものではない。規模が大きくなれば。速度が速くなれば。何かが変化しただけで情報量が増えて脳がパンクを起こす。
完全に脳が焼き切れ、死に至るような個性。
いくら超再生で使用したとしても他の個性を起動するまでに脳をやられる。かといって同時は“収束”が複雑すぎて出来ないと思われる。
だからこそ彼もほとんど自身の個性を使用せず戦っていたのだろう。*5
あの個性であの速度やパワーを引き出してるかと思っていたが、間違いなく不可能。
僕の予想通り、あの力は“別の力”に依るものだ。
彼自身の個性は“凡庸”の域を出ていない。いや、使えない時点でほぼ無個性、かな?
僕からしてもあまりにデメリットが大きすぎる、奪う価値すらない
“特異点”――
鍛え上げた本人にしか扱えない。
むしろ似た存在が出現する方が恐ろしいね。
だが今回の事件で確信出来た。完全に確信を持てたと言っていい。間違いない――
しかし彼はまだ、OFAの力を100%はまで使えないのだろう。*7
あの力は“力をストックする個性”が備わっている。
扱い切れる肉体があればオールマイトより次の世代の彼は全盛期のオールマイト以上のパワーと速度を持っていることになる。
体育祭の様子からしてパワーこそオールマイトより低いが、速さだけは既にオールマイト並。いや、瞬間的な速度ならば全盛期のオールマイトを超えるか?*8
どちらにせよ、速さだけはあるのは一部なら使えるのだろう。彼自身の個性の影響か。*9
だとしたって情報を整理すればするほど彼としか思えない。*10
先天的に個性を持つ、個性所有者。それも子供に持たせるとはオールマイトも酷なことをするものだね。*11
いいや、オールマイトは元々無個性だ。気づいていないのかな?*12
どちらにせよ体育祭の動きを見る限り、あの継承者はあからさまに不意打ちには弱いタイプ。恐らくかなり早くから継承し、長年自分より強い相手がいるとは思ってなかったと見てもいい。生まれながらの強者とも言うべきか。*13
故に努力し続けた人間に比べて隙も多く、脆い部分が必ず存在する。
ああいう視野が狭い人間は不意を突かれることには弱い。*14
あれならば僕の個性ならば
それよりも“波動”の火力の方が恐ろしいと感じる。
あれは強い。*15
だがアレも僕が奪ったとして使い物にならないだろう。むしろ邪魔になりかねない。
アレは最初から強いわけではなく、成長によって高まった力。
僕が奪ったとしても十全に扱えない。個性の容量を使えない個性で圧迫しても意味がなければ脳無に入れても動けなくなってしまえば本末転倒だ。見た限り本人の生命力、活力だろうか。それが限界値を迎えれば動けなくなる。脳無にはとても扱い切れない。
“海の怪物”を倒すイレギュラーこそあったが、脳無さえ完成してしまえば何の問題にもならない。
これからの未来を思い、僕はただ嗤った。
――僕の思い描く未来は変わらないことに。
ハイになったお兄ちゃん「(呪術廻戦を知らないので何も理解してないけど)ひゃっはー天上天下唯我独尊!! あっ、でも出久は別! もっと尊い!」←つまり俺こそ最強だけど出久はもっと最強。
出久「もう5日目かぁ。転間兄ちゃん何してるかなぁ……早くフルカウルのこと伝えたいな」←超ピュア
AFO「脳無クラスを倒せるほどの実力。(体育祭時点で)オールマイトに近いパワーに全盛期のオールマイトを上回るスピード……? 間違いない、あれは弟の力だ」
ドクター「AFOがそう言うならそうなんじゃろうな……」
短くまとめるとこんな感じ。
あふぉが転間のことを調べてないわけないわなと思ったので個性出ました。
USJと言ったな、あれは嘘だ……正確には読者の方々にはもうほぼバレてるので意味ないなと。