どけ!!俺は出久のお兄ちゃんだぞ!! 作:俺もお兄ちゃんだぞ!!
昨日の寿司はとても美味かった。
まあ回転寿司なんだが、別に高級な店に行きたいわけじゃないしな。
俺が出そうとしたら流石に生徒には出させられんと言われて阻止されてしまったが。
くっ、精神的には大人だからちょっと悔しい。
そんなこんなで、俺のスケジュール埋まりすぎだろと思いつつ今日またお出かけだ。
出久と一緒に居たいのにまず出久が居ないからなぁ……オールマイトが俺から出久を取りすぎ問題。マジで許さん。
お兄ちゃん寂しすぎる。出久の為に我慢しているが……出久の為じゃなきゃ今頃オールマイト暗殺計画でも企てているところだった。
計画としてはまず夜に決行。
これは定石と言えるだろう。ただしオールマイトの活動時間が残ってなければしない。その辺はニュースでおおよその時間くらい計算可能。*1
それからオールマイトを特定。人混みが多いところは避ける。誘導など容易に可能。
誘導後、二人っきりの現場で俺が何者かを名乗る。正面から殴る。完璧な暗殺だな。*2
まあいい、夏休みになったら出久と遊べばいいんだ。うんうん。夏休みは休みの日も普段に比べて割とあるから予定空いてるぞ!!
出久が無理をしてないか観察してしんどそうなら連れ出そう。
そう考えつつ、暇なので手に個性を発動させ、ペン回しする。
そうやって遊んでると。
「……先輩っ!」
声が聞こえたのでペンを収納する。
顔をあげると、そこには濃いピンクのリボンがついた薄い桃色の服に*3肌色のチェック柄のミニスカート、白いソックス、黒い靴といった服装の真綿がいる。
耳元のアクセサリーは変わらず綿だが、それを付けてるのは彼女らしいと思う。
全体的にだがなんだかいつもと違う気が*4して、外見からわかる特徴はこれくらいだろうか。
「待たせちゃったと?」
「いや、あまり。気にしなくていいぞ」
「そっか……」
ほっ、と安心したように息を吐いていた。
女子はなにかと時間が掛かるものだろう。本当はちょっと待ったが、口には出すまい。後輩相手だし。*5
そう思っていたら真綿がぼうっとしていた。視線の先は、俺。
――何かあったのだろうか。俺に変なところでもあるのか? いや私服だし問題ないだろう。黒い服に紺色に近いズボン。腰に上に着る用の水色の服を巻いてる。特に特徴的なものはない。*6
俺が首を傾げると、ハッとした真綿が首を振って、それから何処か居心地が悪そうに、指と指を何度も合わせては不安そうにしていた。
「先輩はこういう格好、嫌いやない……?」
なるほど、どうやら俺を見つめてたのは格好に変なところがないかの話だったらしい。
改めて見てみる。
……肩を出してるのはなんでだろう。スカート短いけど風が吹いたりとかしたら大丈夫だろうか。
太腿とか見えてるし、露出はある方だとは思う。ぶっちゃけ目のやり場に困る。
いやこれ、絶対言ったらダメなやつだろ。普通にセクハラだ、社会的に死ぬ。
無難に回答しとくか……最低限のファッションしかしない俺に求められても困るし。
「いいんじゃないか?」
「! ほ、ほんまに?」
「嘘ついたって仕方がないしな。それに真綿が決めたなら問題ないだろ? センスあるだろうし」
「っ〜!! え、えへへ……」
何処か緊張してたようだが、今度は照れてるのか顔を赤くして嬉しそうに笑っていた。
褒められたら誰だって嬉しいだろう。
相変わらず忙しいことで。最近、真綿を見てると表情の変化ばかりで面白く見えてきた。
ミリオのギャグより面白い。あいつの十八番はまだ及第点出してもいいが。
「とにかく行くぞ。ほら」
「……へ!?」
手を差し伸べると、真綿が驚いたように声をあげていた。
何故驚いたのかと思ったが、自分の行動に遅れて理解する。
「……いや、すまん。悪い」
――相手、女子だぞ? 出久にやることと同じことをしてしまった。
咄嗟に手を引こうとしたら慌てたように両手で引こうとしていた手を握りしめられる。
「! こっちの方がよかと! はぐれるかもやし……!」
「……まぁ、真綿が良いならいいが。嫌になったら離していいからな」
「そげんことは絶対ないばい!」
「お、おう」
身を乗り出しながら言ってきた真綿に思わず背を反らしたが、急に顔を赤くした彼女は離れた。
しかし手は離されておらず、いつまでも握られていても困るので俺から繋ぐことにした。
しかし、そうか。
今日は日曜日。
そう考えたら逸れる可能性は確かに高いなと俺は思った。
目的地は大型ショッピングモールだ。まず間違いなく人は多い。
新作のオールマイトグッズ出てたっけなぁ。
嫉妬よりも弟の喜ぶ姿を優先だ。*7
辿り着いたショッピングモールは何度も来たことがあるため、今更何の感情も浮かばない。
せいぜい人が多いなぁ、という程度。
「とりあえず何処から行くか。欲しいものは決まってるのか?」
「えっと……出来たらばり見て回りたいかも……」
「そうか、じゃあゆっくり見て回るか」
「うんっ!」
嬉しそうな声音で返ってきた。
そんな時間がないと思ってたのだろうか。流石に俺もそんな短時間で決めろ、だなんて言わないぞ。
じゃなきゃわざわざ休みの日に予定を作らない。
だがそうなると、排除すべき場所は排除しないとな。ゆっくり見て回るにせよ全部見て回ると1日じゃ足りないだろう。ケースならまだしもスマホ本体とか家電商品とかそういった店は関係ないし。
装飾品とか服とかその辺だろうしな。
俺は俺で出久が持っていないオールマイトグッズを探そう。ここに来たわけだし。
ということで早速服屋。
既に服の量が多くて目が疲れてきた。
流石に服屋の中だと手を繋いでたら動きづらいため、手を離す。
「あ……」
何か聞こえたので真綿に目を向けると、彼女は慌てて服屋の奥に入っていく。
そんなに急がんでも。
俺は周囲を見渡しながら真綿を追うと、女性の服が並んでいるコーナーに入ったらしい。
男性よりも色んな服があって、女性はこの中から選ぶとなると大変だな、と他人事のように思ってしまう。
実際に着ることなんてないからそう思うのは当然か。
もし着ようものならただの変態だ。おふざけで着るなら面白そうだが。
「先輩はどげん服がよかと?」
「難しい質問してくるな、お前」
「男性ん意見は重要やけん」
確かに、それは一理あるから否定出来ないか……。
男性と女性とじゃ価値観が違うだろう。人である限り違うと思うけど。
「俺の意見でいいのか?」
「先輩やなかと意味ないっちゃ」
「そんなもんか。うーん……」
ひとまず考えても意味ないため、動いて服を探してみる。
色んな服がある。
自分の好みにあったものと言われても、その人が無理せず良いと思う服なら全ていいのでは、と思うんだよな。
無理に着飾るよりかは自然体の方がいいだろう。俺もその方が魅力的に見える。そう考えると俺は素直な真っ直ぐな人がタイプなのだろうか。ちゃんとした人。
――こいつも割とそうだな。あとはねじれか……いや待て、よくよく考えなくても違った。幼少期の出久だ。あれほど素直で真っ直ぐで、正義感に溢れた子供を俺は他に知らない。やはり天使。
あとは純粋に嘘をつかれることが嫌いなだけだろうな。十中八九クソ上司のせいで適当な人が無理なだけだ、それは間違いない。
それより服。
露出が多いのは心配だし、少ない方がいいかもしれない。
風邪を引いてはしんどいだろう。
そう考えて引き抜いた。
――冬用では?
外側がピンク。中が黒のカーディガン。Vネック。
しかも上着だしこれ。
「先輩、もこもこしてるのが好いとーと?」
「ふわふわしてるのはいいよな」
「そん気持ちばり分かるっちゃ!」
真綿も同意見だったらしい。
俺の場合は猫をもふりすぎたのもあるかもしれない。
猫耳――ハッ。出久に被せたらやばいのでは?*8
「じゃあ……」
俺が手に持っていたカーディガンを手にした真綿はじっと見て、すぐに別のものと手に取ると、俺の背中を押してきた。
大人しくしてると、連れてかれたのが試着室前だと分かる。
なるほど、と俺は近くの店員さんに声を掛けた。
「試着室お借りしてもいいですか?」
「はい、いいですよ。――彼女さんですか?」
「かのっ……!?」
マナーとして声は掛けるべき。
当たり前だろう、買ってもない服はお店の資産だ。
勝手に持って入っては万引きと思われても困る。
あらぬ誤解をされかけているが。
顔赤くしてるし怒られるのは勘弁願いたい。
「後輩です」
なので即座に否定した。
背中にこつん、と何かが当たる。
謎の頭突きを受けたらしい。なんかこれ、だいぶ昔にねじれにもされた記憶あるんだけど。あの時は服屋じゃなくてアクセサリーだったけど、星のペンダント渡して許して貰ったっけ。
店員さんは微笑ましいものを見るかのように温かい目で俺たちを見ていたが、俺は真綿に許可貰ったから、と伝えると彼女はすぐに入っていった。
近くに椅子があるから座って待ってもいいと言われたので大人しく椅子に座らせてもらう。
待つのが暇な俺は取り出したペンでまたペン回しを始めた。
個性である以上、使えば伸ばすことは出来る。
ペンだと壊さないように調整してやれるから割とコントロールの特訓にいい事に気づいた。簡単に持ち出せるし、あとペン回しで暇潰しが出来る。
今はオート起動してても意味無いし、脳に負荷が異常に掛かるだけ。
どうせならコントロールを一緒に鍛えた方がいい。
これなら人にも迷惑が掛からないのも大きいだろう。
そうやって回しまくってると、カーテンが開けられる音が響く。
肌色のワンピースの上に先のカーディガンを羽織ったらしい。
ロングスカートタイプだからか足元まで隠れている。
ふわり、と全体を見せるように回っていた。
「ど、どげんね?」
「温かそうで何より」
これなら風邪も引かなさそうだ。
うんうん、と頷いた俺はジト目で見つめてくる真綿に気づいた。
何か間違えただろうか。
俺が困って、ふと視線を周囲に巡らせると店員さんが『褒めてあげてください』と書いてるプラカードを掲げていた。
――いや、こちらのことは気にせず仕事してください。
しかもそれ個性かよ。
褒めるか……。そう言われても前は褒めたら機嫌を悪くされたからな。
ここは今感じたことを伝えよう。
「だいぶ印象が変わるな」
「ん〜……ギリ及第点やけん。先輩やし」
「どういうことだよ」
及第点ならまだいい方……なのか? そもそも俺のことどう思ってんだこいつ。後輩が俺に対して割と容赦なくなってきたような……。
などと考えたら、またカーテンが閉まった。
まだ続くのか……困ったな、感想用意しなければならないらしい。
俺の語彙力は可愛い、マジ天使しかないんだぞ。
出久以外に使ったことないけど。
「先輩!」
カーテンが開かれた。
薄灰色のブラウスにベージュのロングスカートで横が開いている*9影響か靡いた際に隠れている脚が見える。
たまにこういうスカートを履いてる人は見るなーと思った。健康的な脚で何より。
まずい、今のは明らかに言ってはならない。
だが感想が浮かばない。
「えー……大人っぽいな?」
「どっちの方がよかと?」
「前と比べてか? それなら前の方がいいと思うが。無理して背伸びしてる感じもなかったし」
「なるほど……先輩はそげん感じが……」
流石に距離が離れてるので小さな声だと聴こえない。
だが実際、真綿には前の方が合ってた気がする。それを言ったら着てきた服が似合ってると思うが。*10
なんて思ってたらまたカーテンが閉まった。
どうやらこのままファッションショーをやるらしい。
「こっ、これなら……ッ!」
黒い生地*11が見えるが濃いピンクと右下に直角三角形くらいの部分が薄いピンクの上着。それと黒いショートパンツ。
網の長い靴下が太もも近くまであり、お腹が見えている。
なんかピンクの変なやつが伸びてる。*12
頭部には獣の耳を模した帽子を被ってたりと、なんというかお腹と太ももの主張が激しい服へと大きく変化してきたが。
「や、やっぱり無理!!」
顔を真っ赤にしてすぐに隠れてしまった。
無理ならなんで着たんだ……。
というか何故俺はファッションショーを見てるんだろう。
心からそう思った。
ペン回しすぎてペン壊れたぞ。
あれからノースリーブの服だったりワンピースだったりギャルっぽい服だったり、地雷系……だっけ。そんな感じのを様々なものを着ては感想を言わされる地獄を味わったが、結局本人が気に入ったやつを買うことにしたらしい。
しかもせっかく服屋に来たから、と俺も何度か着替えさせられたしその写真を脅しの道具には使うなよ。
ねじれといい真綿といい、俺の写真をばら撒く計画でも立ててるのか?*13
ちなみに金は俺が払った。数も少ないしインターンで給料入ってるしな。
「先輩、次はこっちたい!」
真綿に引っ張られながら荷物を落とさないようにしっかりと持つ。
「先輩、時折周り見よるけど、どげんしたと?」
「弟のためにオールマイトグッズを見てる」
「あれは?」
指差す方向を見ればオールマイトの人形。
「持ってるな」
「あっちは?」
「あれもある」
「これ!」
「それもある」
「――これ?」
「それは前買ったな」
「………」
他にも次々とパーカーやらカップやら筆箱やらノートやら限定ポスターやらカードなど言ってきたが、少しして真綿はじーっと見つめてきた。
「先輩、まさか全部覚えとると?」
「お兄ちゃんだからな」
「それはちと意味わからんばい」
「弟の喜ぶ顔を見るためにどれが持ってる物と持ってない物があるか把握するのは当然だろう。毎回買ったものを見せてくれるしな。それをただ単に忘れずに記憶してるだけだ」*14
「そーなんや……やっぱり先輩は、ばりすごかね。そげん先輩ん愛されとると弟さんも幸せやと思うっちゃよ?」
ドヤ顔を浮かべてしまったが、そんな俺に対して真綿は優しそうな目を向けてそう言ってきた。
「そう思うか、真綿っ!!」
「ひゃ、ひゃいっ!?」
その言葉を聞いた俺は思わず接近して彼女の両肩を掴む。
ほぼ無意識の行動。
あまりにもの喜びに距離感が俺の個性のように死んだ。
「せ、せんぱっ。ちか……っ」
「あ、すまん」
つい嬉しくて掴んでしまった。
力はあまり入れてないので痛みはないと思うが、異性に急に接近されれば嫌だろう。
離れた俺は、胸を手で押さえて深呼吸する、真綿の行動を不思議に思いながらとりあえず待った。
「先輩はズルい……」
「どういう意味だ?」
「んーん。小物! アクセサリー見たい!」
「アクセサリーか、何件か見て回るか」
「うん!」
アクセサリーも色々とあることだろう。
俺はさらっと出久が持ってないオールマイトグッズを買った。
出久も喜んでくれるはずだ。俺としたことが見逃していた? いや、これは今まで見たことがない。つまり最近入荷されたパターン。
俺の目を誤魔化せると思うなよオールマイト。
アクセサリーに関してはかなり見て回ったものの、結局真綿は買うことはなかった。
俺にはよく分からないが、見てるだけでも楽しいらしい。
しかし興味が無くて一人で来た時は見たこと無かったが、服もそうだが何処の店にもアクセサリーは色々とあるものだな。
トゥーリングとか、耳周りだけでもかなりあるし腕や首などの装飾品もあれば、当然指輪などもあった。柄とか形とか違うし。
やはり女性的には婚約指輪は憧れなのだろうか、真綿も惹かれていた。
まぁ実際問題、ヒーローを目指すとなると婚期を逃しがちなところがあるらしいしな。
林間合宿でお世話になったワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの1人が気にしてた。
何でも三十路が近くなってきたのもあり、生徒に唾をつけているらしい。俺もされかけた。逃げたけど。その後、見捨てた環には謝った。
真綿なら心配せずとも問題ないと思うけどな。人気出そうだし。
ただ結婚指輪なんて見ていたら店員さんも来るわけで、逃げるように退出した。
今はフードコートでクレープを購入したあと。
「ん〜っ!」
美味いなー程度でキャラメルホイップを食べる俺とは違い、真綿は頬に手をやって幸せそうに味わっている。なんというか目が光ってる。
美味そうに食うな、こいつ。
イチゴチョコブラウニーホイップだったか。
甘そう。
「ばり甘くてうまか〜!」
「そりゃよかったな」
男性とは違い、ひと口ひと口が小さい。
その影響かベタなことに口元にクリームがついてるのは仕方がないことなのだろうか。
口元を隠すように手で覆っていた彼女は飲み込んだ後に視線を向けてくる。
「先輩?」
気づいてる様子はないが、今言っても口元にまたついては意味が無い。
食べ終わってから言えばいいか、と思ったが見つめていたら何か要件があると思われるのは当然のこと。
ふとクレープが見えたので、差し出してみる。
甘いのが好きならこっちも好きかもしれない。
「こっちも食べてみるか?」
「いいの!?」
「口に合うかは知らないけどな」
「じゃあ……はむ……っ」
落とさないように持ってると髪がクレープにつかないように髪を指で動かしながらひと口食べると、すぐに笑顔になっていた。
「こっちもうまか〜! 生クリームがキャラメルの濃厚さをまろやかにして口溶けばりよかしててちいとほろ苦さが癖になるばい!」
「……言語化上手いなお前」
「えへへ、そ……う……っ!?」
「真綿?」
俺なんて美味い。甘い。くらいしか感想浮かばなかったのに。
そう考えてたら急に足を止めて固まったため、俺も止まりながら振り向く。
置いていくわけにはいかない。迷子になるとは思わないが、何があるか分からないしな。
「あ、ちが、せんぱ、い、いまのっ、あのっ、か、かかかか――!」
壊れたレコードのように同じことを繰り返す真綿はぐるぐると渦巻きのような目になっていて、顔を真っ赤にしていた。
頭の上から湯気が出てるような気がして、まさかこいつ、湯気を出せるのか……!?*15
なんなら沸騰してないか。
「……休むか」
「あ、ぅ……」
ここで倒れられても困るし、俺は真綿の手を引いて出来る限り人が居ない場所を探して共用のベンチに座らせる。
下手に人が多いと真綿も気にするかもしれないからだ。
さっきよりも小さくクレープを食べる姿を見ながら大丈夫そうだと感じた俺は自分の分もクレープを食べる。
てっきり悪いものでも入ってたかと思ったが、味に変化はない。
何か……ん?
クレープ食べる→食べたあとのクレープ差し出す→真綿が食べる→俺は普通に食べる。
――めちゃくちゃやらかした?*16
思わず手で顔を覆ってしまう。
これは……油断した影響だろうか。普段から出掛けたらねじれが自然とやってくるのもあっただろう。
いやいや、俺は別にそんな邪な考えがあった訳じゃなくて純粋に真綿が美味しそうに食べてたから俺のも気に入るかなと思ったわけだ。
だがまずい。このままでは俺が後輩に下心を持っている先輩だと真綿に思われてしまう。
恋人でもなんでもない関係にそういった感情を向けるのは違う気がする。真綿自身も向けられたいなんて思わないだろう。
ただでさえ他の人に向けられてる可能性は高いわけで。信頼を裏切るような行為はしたくないとは思っていた。
……手遅れかもしれない。
だが、ねじれといい真綿といい距離感が壊れてるのか近すぎるのはどうなのだろう。
俺はお兄ちゃんなので大丈夫だが、普通に男性に対してそれほど距離感が近いとあらぬ誤解をさせるだろう。
勘違いした男ほど面倒なやつは居ないだろうし。その辺は少し心配になる。
俺の三大欲求は1に出久欲*17、2に食欲、3に睡眠欲、4に性欲となっている。四大欲求だ、これ。
社畜時代を考えれば性欲なんて死ぬから仕方がない。
とにかく先の出来事は胸の内に秘めておこう、俺はそう心に誓い、話題に出さないようにしようと決めた。
それから食べ終わった真綿に俺はハンカチを差し出すと真綿は意図を理解したらしい。
恥ずかしげに受け取って拭いていた。
「ま、また今度洗って返すけん……」
「どっちでもいいけどな。買えばいいだけの話だし」
待ってる間に自販機で買っておいた水を開けやすいようにキャップを軽く回して開けたあと、軽く回して戻してから差し出す。
真綿は両手で受け取ると膝上に置いていた。
大人しく隣に座る。
「もう大丈夫か?」
「うん……」
「そうか、それならいいが」
本人がそう言うならそうなのだろう、と俺は口を閉じると無言の空間が出来上がる。
人混みが少ないとはいえ、人がいないわけではない。
子連れ。カップル。家族。一人。友人と。
この場はそういった様々な関係が集まる場所だ。
――妙に視線を向けられるな。
腰巻き代わりにしていた服を外し、真綿に被せた。
「先輩……?」
「なんでもない。大人しく休んどけ」
急な行動にか、被せた服を指で摘む真綿の頭をぽんぽんと叩いて気にしないでいいと暗に伝える。
俺が注目される分には昔から慣れているが、こうやって休んでるところを見られたくないだろう。
とりあえずカバンから取り出したサングラスでも掛けておこう。変装代わりに。
出久が太陽を眩しく感じた時に使えるように、俺は常に持ち歩いている。
――あれ、これ普通にヤバいのでは? 傍から見れば服を女子に被せたサングラスの男。
事案すぎる。*18
大人しくサングラスを上に上げる。これならばまだマシだろう。
それでも度々視線を向けられるが、出来る限り通行人から真綿が見えないように俺の体で見えづらくした。
ぶっちゃけこれが限界。
真綿の表情こそ見えないが、俺の袖を握っているのは服の引っ張られる感覚で分かる。
置いていくとでも思ってるのだろうか。
数分どころか、数十分単位でそうしていただろう。
袖をくいくい、と引っ張られ、顔を向けると真綿は服を少し持ち上げながら顔を上げていた。
普段通りの綿の花の花弁の中にある雌蕊のような目に戻っている。
「もう大丈夫っちゃ。ありがとね、先輩」
「いや何もしてないからな」
「そげんやって先輩はほんまに――」
文句のようなことを言いつつも、頬を綻ばせる意味まではよく分からない。
事実を言って何が悪いのか。俺はせいぜい服を被せただけである。
というか問題ないと思うけど汗臭かったら申し訳ないな……。夏でもないから特に汗は搔いてないけど。
なんて考えてたら、服を取って両手で広げる真綿が居た。
何してるんだ……? 特に何もついてないぞ、その服。
「先輩、意外と爽やか系? 匂いもいい香り」
「いや、適当。ただ割と黒とか灰色とか、汚れが目立ちにくいものを着てるな。匂いは俺も知らないが親が洗濯してくれてるしそれだろう」
「んー……あーね。先輩やったらだいたい似合うばい。でもこれ以上身長、大きくならんといて欲しいっちゃ」
「そうは言うが俺は175くらいしかないぞ? 俺の友人は180いってるしな。確かに身長はあまり伸びると不便な部分も出ると思うが……何か理由でもあるのか?」
「ぅえっ!? そ、そりゃ……その今くらいやったら、色々と……差もよかできるというか……そ、そう! おしゃれ! 気にせんでできるばい……っ!」
「あー……女性は厚底とかヒールとかでちょっと高くなったりするからか。男性より高くなりたくないって人もいるもんな」
「そ……そげん感じで」
何故か真綿は顔を赤くしながら目を泳がせ、逸らしている。
しかし言われてみれば納得出来るかもしれない。
男性は低身長より高身長の方が好まれる傾向にあるらしい。
ぶっちゃけこの世界だと普通に2mとか個性使ったら10m以上とかいるから前世と違い、身長差ってあまり仕事してない気がするけど。
俺と真綿でおおよそ20cmくらいの差。真綿が小さすぎるのもあるだろう。160もないんじゃないか、俺の肩くらいだし。
俺の身長は前世と変わっていない。魂が固定でもしてるのだろうか。
この世界の俺、前世の俺、記憶を取り戻したってことは魂が同じはずだし。
自分の容姿なんて気にしたことないけど。身嗜みはまぁ、人前に出る程度こそするが。半裸とかで捕まりたくないしな。
出久が出掛ける時にちゃんとした何処に出しても恥ずかしくない服はコーデ出来るくらいにはある。文字Tでも俺はいいと思うぞ、出久……!
「……ぅ〜! せ、先輩。お、お手洗いに……」
「ひとりでいけるか?」
「うん……近場やけん大丈夫たい」
「わかった」
足をもじもじとしていて、言うのが恥ずかしかったのだろう。
顔が赤くなってたのはこれが原因らしい。
待ってるということを伝えると、真綿が厠のある方向へ走っていったので俺はサングラスを下ろした。
真綿の速度と目的の距離を考えた時間を計算。
往復でおおよそ2分強。
となれば、大幅に見ても5分から10分の間は自由な時間がある。
俺もやるべきことをやるか、と席を立つと荷物を持ったまま目的の場所に向かっていく。
目的の場所と客の量。時間。それから計算した俺は駆け足の方が良いな、と少し加速した。
――両手を洗ったあと、手を拭いた私は洗面台に両手を突きながらしゃがみこんでいた。
原因は明白。
いや……待って。ガチでやばいっちゃん。ちょっと先輩。思ってたよりやばか……! 優しか人って分かっとったけど何!?
あんな自然な気遣いできんなんて聞いとらん……! 私のこと、さりげなく隠すみたいに隠しよったし、服被せて他の人から見えんようになっとったし……!! 本人は私が気づいとるとか全然思っとらんみたいやけど……!! なんでもないって、なんでもないって……!!
う、うう。心臓ちかっぱやばか……!! それに私、間接き……ッ!!
無意識に口元に手をやり、思い出しただけで顔が赤くなる。
心臓が爆発しそうだった。普通にしてるだけでも心臓が素早く脈を打ってるのが分かる。
というか最初来た時から私服見ただけで思わず目ぇ離せんくなってばり見惚れちゃったし、先輩周りからちかっぱ見られとるし……!!
改めて先輩の容姿がよかこと知らされたばい……。何より、外見より内面ったい……!!
ブラコンっふりは相変わらずやけど、かんっぜんに気遣いの鬼……。
手ぇ、優しく繋いでくれたし、あんなんされてドキドキせん子おるわけないやん……!? 今日私、ばりドキドキしとったけん、手汗とか大丈夫やったかな……?
本当は色んな服着て、先輩ば引っ張り回して、ちかっぱドキドキさせるつもりやったのにぃ……!!
先輩、手強いとかじゃなくて、ただ単に強すぎるやん……!
ちょっと攻め気味なん服着たっちゃけど全然平気そうやったし、そげ思うと私に魅力がないんかなぁ……ってへこむっちゃ……。
でもそれはそれで、変な感情ば出てこんのが先輩らしいっちゃけん、ある意味安心できるというか。
うう……自分でもばりしゃーしかこいと考えとるってわかっとるけん。
と、とにかく、戻ろっちゃろう。
――先輩の中に、私はおるんかな……なんて、ちょっと不安はあるっちゃけど……。
メイクを整えると少し駆け足気味に戻る。
何とか思考をリセット出来たけど、先輩を長く待たせちゃったかも。
そう思い、戻ってきたところで先輩の後ろ姿が見えた私は声をかけようとして、止まった。
「――じゃあ一緒に探そうか。大丈夫だ。俺が必ず見つけるから。その涙は合流した後に流せばいいんだ。家族の中で……な?」
小さな男の子。
先輩の子供――なわけは当然なく。
迷子の子供やろうか。
先輩はその子に対して目線を合わせて優しい表情を向けていた。男の子も安心したのか先輩の手を取って。
私に気づいた先輩は男の子の頭を一度撫でて安心させるように微笑んだあと、近づいてくる。
「あー……悪い。真綿、この子が迷子らしくて。今から探しに行かなきゃならないんだが、いいか?」
先輩が悪い訳でもないのに、申し訳なさそうな顔をしていた。
――やっぱ先輩は誰にでも優しかね。迷子見つけたら、放っておけず手繋いで連れてってあげる。
地味やと思うかもやけど、最もヒーローらしい姿ばい。
それが先輩の良さ。
先輩自身はきっと自分の魅力なんか全然わかっとらんくて、ただ身体が勝手に動いとるだけなんやと思う。
……ずるいなぁ。
「――私も行くけん、一緒に探そ?」
「そうか、助かる。時間奪うことになって悪いな」
でもきっとそんな先輩やけん、周りにようけ人が集まるばい。
損得なんか考えん、そんな人。
男の子を肩車して遊んであげてる先輩を微笑ましげに見ていた。
――これはこれであり。
私が評価を下したのは、“お兄ちゃん”をしてる先輩。
いつもの先輩もよかけど、こっちもこっちでまた……違う気がするばい。変な扉開きそう。
ただ呼ばれるのは意地でも断っとる。
結果。
「緑谷兄ちゃん向こう!」
「ダメだぞ。兄を探すんだろ。君と同じで不安なんだ、早く迎えに行ってやろう」
苗字呼びで妥協したみたいだった。
「うー……はーい」
「よく我慢出来たな、偉いぞ。で、真綿は何か用か?」
「んー……なんでもないばい、
「俺に妹は居ない」
ちょっと揶揄うように言ったらスンッ、と先輩の顔から表情が消えた。
お兄ちゃん呼びは私でもダメらしい。あまり言わないでおこう。正直表情が“無”で怖い。あまり言うと怒るかも。
お兄ちゃん……先輩がお兄ちゃんかあ……。めちゃめちゃ甘やかしそう……!
迷子を連れてあれから数分。
はぐれた場所だけを聞いた先輩は周りを見ることなく迷いない足取りで歩いている。
私は一応確認しとるけど……。
「さて、兄が見つかったぞ」
「え?」
「あ、兄ちゃんー!」
突然止まった先輩がそう告げると、男の子が手を振っていた、
先輩は突然動いた男の子を落とさないようにバランスを整えてたけど、どうして分かったんやろうか。
驚いて暫し固まってると、先輩は兄らしき男の子と迷子の男の子の手を掴んで繋いでいるところだった。
「お兄ちゃんなら弟の手はもう離したらダメだぞ。弟を守るのが兄である君の仕事なんだ。親から託された宝物をもう手放さないようにな」
「は、はい……あの、ありがとうございました」
「またね、緑谷兄ちゃん! お姉ちゃん!」
「いや、または勘弁してくれ。もう迷子になるなよ」
「はーい!」
手を大きく振る男の子とお辞儀をする男の子に私は軽く手を振り、先輩は2人の姿を見送っていた。
なんだか嬉しそう。とっても優しい目。慈愛に満ちた、そんな。
……こんな顔もするんやね。気になっとたことを聞いてみるばい。
「先輩。どげんして分かったん?」
「ああ、まず建物全体の大きさを計算して、あの子の証言と歩幅や歩く速度を軸に計算しただけだな。あとは心理。ああいう時って1度来たことある場所を探す場合が多い。人間、焦ると思考能力も低下するし知らない場所を探るよりは知ってる場所を探るだろ」
慣れてるみたいだった。
きっと弟さん以外にもやってきたんやと思う。
迷子……。
「もし……」
「ん?」
「もし私が迷子になったら、先輩は探し出してくれる……?」
私は無意識に期待するように、揺らぐ瞳でそんなことを聞いていた。
口が勝手に動いて、自身の発言に顔に熱が集まっていく。
――私何しよっと……!? こんなことばっか言ったら、先輩ば困らせるだけっちゃ! もう高校生やし……!!
「お前は何を言ってるんだ……バカか?」
「うっ……あ、はは……」
案の定だった。
胸がちくり、と針に刺されたような痛みを感じる。つい俯いてしまう。
顔を見られたくなかった。
――先輩にとって私はただの後輩。集団の中の、その中の一人ってだけってことくらいわかっとるのに……。
もしかしたら、なんてバカみたいに期待して。先輩の中には、きっと私は――
「どこにいたって必ず見つけるに決まってるだろ」
そう言って、ぽん、と頭に手を置かれる感覚があって。
「あ……」
僅かな時間。
言葉の意味を理解するまで時間がかかり、思考が動き出した頃にはどういう意味なのか気づいて顔に熱が一気に集まっていく。
心臓が早鐘を打つ。
俯いた顔が上げられなかった。
――先輩の輪の中にはもう私が居るんだと。それが嬉しすぎてドキドキが止まらんくなる。
私がそんな状態になってるなんて知らなそうに先に行く背中を見て、スカートの裾を握りしめる。
深呼吸して心を落ち着かせると、私は先輩の腕に抱きついた。
腕を組むように、密着する。
「動きづらいんだが。近いし」
「あ〜……先輩、もしかして照れとると? 意識しよるとやない? それとも……恥ずかしくて無理やったりっ?」
「こいつ……いいだろう、その挑発に乗ってやる。好きにしろ」
「え……なんでもしてよかと……?」
「言ってないが!?」
「ひゅー……」
「お前、口笛何気に上手いな……マイク先生に教えてやってくれ」
「照れるけん」
「照れるもんなのか……? それは」
押し切れんかった。
――本当は恥じらいもある。今も心臓がはちきれんくらいうるさかで、バクバクしすぎて腕越しに先輩に聴こえとらんか気になる。
ばってん、今は先輩ん中の世界の、その中の一部に私もおるってわかったけん、十分すぎるほど胸がきゅーっとなってるばい。
それだけで幸せでヤバか……っ。やけど後輩の立場使って、もうちょっと強めにアタックしても、甘えても、いいよね……先輩。
「そういえば忘れるところだった。これ誕生日プレゼントだ。さっき真綿がお花摘みに行った時に買ったんだが、アクセサリーを見回ってたとき欲しそうに見てただろ?」
――いや、やっぱ先輩ズルすぎるばい……。
箱の中には小ぶりながら艶感が手元に映える淡水パールの2連ブレスレット。バイトもしてない女子高生には手の出しにくい、値段を見て思わず固まってしまったもので――。
私、この先輩には敵わんかも……色々と。
原作
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作者の好きなようにやって欲しい