どけ!!俺は出久のお兄ちゃんだぞ!! 作:俺もお兄ちゃんだぞ!!
僕には兄がいる。
その兄は個性を持っていて、いつだって僕を守ってくれた。
幼馴染の爆豪勝己──かっちゃんと僕の間に入って止めてくれたり困ってることがあったら力になってくれるし、相談にも乗ってくれる。
僕が泣いていたらどんなに離れていても駆けつけてくれる。迷子になったら、怪我をしたら、いつだって何かが起きたらすぐ駆けつけて、傍にいて、近くにいてくれた。
僕にだけじゃなく、他に困ってる人が居たら力になって助ける。*1
幼いながらに、僕の兄はヒーローなのだと思った。
兄はなんだって出来た。なんだって知っていた。
僕にとっては自慢の兄で、オールマイトより身近なカッコ良くてスゴい人だった。誇らしいと思った。
嫉妬なんて浮かぶはずがない。この人が兄で良かった、兄が僕より先に産まれてきてくれて、この人と出会えたのは僕にとって運命なのだと。
自慢の兄だと胸を張って言えた。
だからずっと思ってたんだ。
兄は僕と母にだけ教えてくれた本当の個性が途方もなく強力で、極めて危険で、兄がとてつもなく努力家で。影で毎日毎日体がボロボロになっても特訓していたのを知っている。
いつだって勉強していたのを知っている。
なんでも知っていて出来てるように見えて、本当はただ後から身につけていたのだと。ただ人の数十倍も努力しただけなのだと。
だというのに僕のことを無視することもなくて、構ってくれて、その上で努力をしていたんだ。
だから僕はいつかヒーローになって、いつか兄の
僕にも兄のような個性が宿ってるのだと信じて――。
「諦めた方が良いね」
「この世代じゃ珍しい……何の“個性”も宿っていない型だよ」
齢四歳で医者から告げられたその言葉で僕、緑谷出久の人生は一気に変わることを幼いながらに理解した。
世界全人口の約8割が何かしらの特異体質である“個性”を持つ現代において、“無個性”で生まれてきた者がどのような扱いを受けるか、改めて確認するまでもない。
進学、就職、そして結婚。人生の分岐点とも呼べるあらゆる選択で大きなハンデを背負い、場合によっては何らかの意見を口にすることすら許されない。差別や嘲笑の対象。それが旧人類と呼ばれる存在。
草むらに潜む虫のように、肉食動物を前にする草食動物のように、ただただ静かに息を殺して生きていく事を強制される。そんな人生が待ち構えているのだ。
だがそれよりも、僕の夢が、兄の力になるという想いが完全否定されたように思えて僕は何も考えられなくなって頭が真っ白になってしまった。
――人は生まれながらに平等ではない。齢四歳にして知った社会の現実。
だけど僕には――支えになってくれる人が居たんだ。
『……てんまおにいちゃん、見てよ。オールマイトはね……どんなに困ってる人でも、いつだって笑顔で助けちゃうんだよ……超カッコイイヒーローさ。僕も……なれるかなぁ……?』
『なれる……! 出久はヒーローになれるんだ……! 無個性だの個性があるだの関係ない! 必ずヒーローにさせてみせる! 心配ないぞ、出久! お兄ちゃんがついている!』
誰かに言って欲しかった。
その一言だけで十分だったんだ。
それも、尊敬する兄の口から出てきた言葉。
本当は怖かった。
誰よりも並び立ちたいと思ってる人に否定されれば、僕はきっと完全に折れてしまう。
なのに僕の兄は取り繕うわけでもなく、誤魔化すわけでもなく、心の底からそう思って言ったのだと分かった。
今までずっと、兄は僕に嘘をつかなかったからだ。
だけど無個性がヒーローになるなんて例はない。
落ち着いて、しばらくして、聞いたことがあった。
『てんまおにいちゃん……でも、やっぱり僕……無個性だから……』
『確かに今のままじゃ出久はヒーローになれないけど、それは今の話だろ? ほら、俺の体と出久の体。どう違う?』
『僕とちがって……きたえられてる?』
『そうだ、出久。そもそも俺だって個性があったところでヒーローにはなれない。俺は確かにヒーロー向きな個性だが、どちらかと言えば戦闘向きじゃない。
だからといって人命救助の際に個性が不利だから無理です。ヴィランと相性が悪いから無理です……だなんてヒーローが一番言っちゃいけないことだろ? 戦闘系でなくても戦うヒーローはいくらだっている。なら無個性である出久がヒーローを目指すなら、必要なものは?』
『身体を……きたえる?』
『正解だ、やっぱり出久は頭が良いな。天才! 動ける心! 動ける技! 動ける体! まさしく心・技・体! 今日から俺が出久を強くする! そのために出久にはこの三つを身につけてもらう!』
『い、いいの? でもてんまおにいちゃん、いそがしいし……』
『なーに。お兄ちゃんに任せとけ!!』
力強く胸を叩く兄は変わらず、まるで人を救う時のオールマイトのように笑顔で。
変わらない。
兄だけは僕が無個性だと診断されても、ずっと僕を大切にしてくれる人だった。
僕が信じる、僕が大好きな太陽のような笑顔。
信じよう。
兄がヒーローになれるというなら、僕はその言葉に報えるヒーローになると。
どんなに辛い特訓でも兄のように頑張ると、心に誓った。
この日、僕は絶望を知り、希望を知った。
そして決めたんだ。
サポートアイテムだろうとなんだって使って、道を開いてくれた兄のために。
僕が憧れた
努力しよう。
強くなろう。
いつか隣に立てるようになる、その日まで──
瞬く間に月日は流れ、兄のお陰で立ち上がり、駆け出せた僕は中学3年生になった。
「そのざわざわがモブたる所以だ! 模試じゃA判定!! 俺はあのオールマイトをも超えて俺はトップヒーローと成り!! 必ずや高額納税者ランキングに名を刻むのだ!!!」
ホームルームの途中で机の上に立ち、かっちゃんが欲望丸出しの将来設計を口にするのを僕は呆れた目を向けていた。
その態度は良くないと思う。
「そいやあ緑谷も雄英志望だったな」
そんな事を考えていたら担任がそんな事を口走り、全員の視線が僕に集中した。
なんでわざわざ火に油を注ぐのか。
「おいおい、流石に無理っしょ!!」
「ただの人間じゃヒーロー科は入れねえんだぞー!」
「いくら兄が雄英といったってなー緑谷は無理だろ」
「体を鍛えたってそんな甘くねーって!」
「個性があっても落ちてる人多いんだよ?」
「無理だって、怪我するだけじゃん」
周囲から聞こえてくる心配半分、呆れや侮辱といった半分の声。
何も反論しなければまずいことになる。
きっと嗅ぎつけた兄がブチギレてボコボコにするだろう。主に僕を侮辱した人。
こんなことで兄の手を汚してはならない。
あの人は立派なヒーローになれる人なんだ。
その手は多くの人を救う手じゃなきゃ。
それに僕がこの程度で折れるはずがない。
何のために鍛えてきたのだと思ってるのか。僕の心はメタルスライム並だぞ!
反論の為、立ち上がろうとすると、僕が立ち上がるより早く爆破の音が響いた。
咄嗟に机を盾にする。
舌打ちをしてやめたようだけど、懲りないなぁかっちゃん。*2
「あの野郎ならまだしも“没個性”どころか“無個性”のてめえがなんで俺と同じ土俵に立てると思ってんだァア!?」
「戦闘系じゃない個性だって前線で戦えてる。何も無いからといってヒーローになれないわけじゃないでしょ」
「ああ、そうかよ。大怪我してもう二度とヒーロー活動が出来ませんってなってもいいってか? いくら体を鍛えたところで人間には限界ってもんだあんだよ!」
「それでもやるよ。僕はヒーローになるんだ、何を言われても何をされても、僕の覚悟は揺るがない!」
「……! ──ケッ! 好きにしろ!!」
ただ真っ直ぐ気持ちを伝えると、かっちゃんは机を蹴って自分のところに戻って行った。
全く、かっちゃんの言動がたまによく分からなくなる。
そこまでして僕を雄英に入れたくないのか。今年において唯一の雄英進学者という箔をつけたいのかもしれないけど。
それに確かに雄英に入れば兄に比べられるかもしれないけれど、追いかけることは出来るはずなんだ。
僕はズレた机の位置を戻しながらそのまま着席した。
放課後。
今朝見たニュースがヤフートップに挙がっているのを見た僕は早くノートにまとめようと帰ろうとした僕の前に彼が取り巻き達と共に現れた。
「話まだ済んでねーぞデク」
そう言うと彼は手に取ろうとしていた僕のノートを取り上げ、問答無用で爆破する。
突然の事に言葉を失う僕を嘲笑いながら、彼は焼け焦げたノートを窓の外へと投げ捨てた。
……絶対に探して拾わないと。間違えて火起こしに使いかけたって言えば誤魔化せるかな、転間兄ちゃん。無理だろうな……。
それからも何かと色々言ってくるみみっちい幼馴染に思わず溜息が漏れる。
だけど、彼らはそれを別の意味に受け取ったのだろう。
「いやいや……さすがに何か言い返せよ」
「言ってやんなよ。かわいそうに中3になってもまだ彼は現実が見えていないのです」
そんな事を口にしながら教室を後にしていく。
そして――
「そんなにヒーローに就きてんなら、効率良い方法あるぜ。来世は“個性”が宿ると信じて……屋上からのワンチャンダイブ!!」
かっちゃんが首だけを僕に向けながらそう告げてきた。
僕は心の底から転間兄ちゃんが同い年じゃなくて良かったと思った。
かっちゃんはどうせ僕がそうしないと分かって言ってるんだろうし兄が止めるとわかってるんだろうけど。
もし僕がやったら自殺教唆だぞ……!
ヒーローを目指してるならもっと言葉には気をつけなよ……。
風に飛ばされたりとかはなく、池に落ちていたノートを回収する。
餌じゃないし、食べたら危ないよ。
焦げたノートを見てるとさっきの出来事を思い出す。
今更その程度がどうした。
欲しかった言葉は最初に貰っているんだ。
心が折れ、挫折した時に。
一番大切な人から貰っているんだ。
汗を拭うためのタオルをびしょ濡れノートに巻き付けて鞄に突っ込み、僕は学校の敷地を出る。
見慣れた登下校道を歩く。
兄の言葉で自分の心を奮起させ、上を見て歩いていく。
そんな時だった。
高架下に入ったところで。
『………Mサイズの隠れミノ』
「!?」
培われた感覚が体を無意識に動かす。
意識外であろうと危機を感じ取った僕は偶然にも襲いかかってきたヘドロ状のヴィランを避けることに成功した。
たまたま上手くいっただけ。次は同じことは出来ない。
助けを、無理だ。
大声で叫んだって周囲に人が居ない。だから僕を狙ってきたんだ。
『運のいいガキだ。そう逃げないでくれよ。大丈夫、身体を乗っ取るだけだからさ!』
覆い尽くすようにヘドロが拡がる。
避けられない。物理攻撃は恐らく不可。
咄嗟に逃げようとするも、僕が逃げるより早くヘドロ状のヴィランは僕の腕を掴み、一気に覆ってくる。
窒息しかけ、引き剥がすように掴もうとするけど掴めない。
ダメだ、相性が悪い!
だからといって諦めていたらヒーローになんてなれやしない!
考えろ、考えろ。考えろ!
この場を打開する方法! 死ぬ……死ぬ訳にはいかない。まだ、死にたくない。まだ、死ねない──!
意識が消えそうになる僕は最後まで打開策を考えていると、突如顔にへばりついていたヘドロが引き剥がされた。
転間兄ちゃん……? いや、違う。これは――
風圧。否、暴風。
「もう、大丈夫だ少年!!」
聞きなれた声。何度も繰り返し見た、あの動画。
昔起きた大災害直後の………一人のヒーローのデビュー動画。
『見えるか!!?』
『もう100人は救い出してる!! やべえって!!』
『まだ10分も経ってねーって!! やべえって!!』
『──もう大丈夫! 何故って!?』
「私が来た!!」
画面の向こう側だった存在。No.1ヒーロー『オールマイト』に僕は助けられた。
それが、僕が意識を失う前に見た、最後の記憶だ。
「ハッ!? 一瞬とはいえ出久に何かあった……! 無事だが確かめなくては!!」
「待て待て!」
「ええい離せ! HA☆NA☆SE!! 俺は行かねばならないんだ!! 邪魔をするというならお前らだろうとぶっ飛ばす!!」
「いやいや! 授業! この後授業あるから!! 無事なら連絡したらいいっしょ!?」
「あは、またやってる〜。個性関係ないのに、どんなセンサーしてるんだろうね〜やっぱり面白いなー転間くん」
「そう言ってる暇があるなら手伝ってよ、
「ごめんごめん、
「出久! 出久ーっ!! どけえええ!!」
「誰かこいつを止めろォー!!」
「誰か早く先生呼んでこい!!」
「全速力でお願い! マジで!!」
「OK! そっち頼んだ!」
「イレ先も呼んでくれ! 今はギリギリ理性があって使ってないがもしもの時にこいつの個性止めれるやつ居ねえとやべえって!」
「誰か左手押さえてくれ! 人が足らねえ!」
「任せろ! うお……ゆ、油断したら引っ張られる! 本当にこいつはもう! なんで鬼の俺より力が強いんだ!?」
「頑張って押さえてくれ、鬼垣! 力は異形型のお前が頼りだ! その間に縛れ縛れ! じゃなきゃ無理矢理動くぞ!」
「だぁーこっち持たねー!」
「大丈夫! フォローする! 個性使ってでも止めて! 今回は怒られないと思うから!」
「っそぉ!? これ鉄の塊だぞ!? 相変わらずどんなパワーしてやがる!」
「深呼吸! 深呼吸して!」
「だ、ダメだ……ご、ごめん……」
「吹っ飛んだぁ!? 天喰ー! 死ぬなー!」
「勝手に殺すなって! 大丈夫だ、傷は浅い!」
「落ち着いて転間くん!」
「おいたはよくないよ〜」
「いやそれで済んでないから!」
「何の騒ぎ!?」
「B組まで来た!!」
「転間! それ以上はやめるんだ!」
「み、ミリオ……気を、つけるんだ……!」
「環……みんな! ここは俺に任せてくれ!」
「何か策があるんだな、通形! B組のお前に頼むのは申し訳ないが、頼む!」
「ああ! 実はトークが遠くから聞こえてたんだよね!」
「おもんな」
「うわぁ! 急に落ち着くな!」
「くっそー! 全てスベっちゃったな!」
「もういいよ、それ!」
「ダメだ、予想よりも役に立たねえ!!」
「通形もうやめろ! あいつの冷たい目を見ろ! ギャグはいいから!」
「それより緑谷を止めたらいいんだな!?」
「全員で止めるぞ!!」
『『『『おー!!!!』』』』*3
「待て、お前らその団結力はなんだ!? 39――38対1じゃねーか! 馬鹿野郎お前俺は勝つぞお前!!!!」