3月21日。
日本国神奈川県横須賀市。
アメリカ海軍横須賀基地の姿は、2年前と比べて大きく変化していた。
艦船を停泊、修理する為のドックが増設され、元々からあった商業施設や学校、病院、所属する人員が生活するための設備が大幅に拡張された上、海軍施設であるにも関わらず、陸上訓練を行うための訓練場までもが作られた。職員達は中のことについて口外することを禁じられているために詳しいことを話すことができないが、内情を目撃した一般の人々からは、
「女の子が戦車道をしてた」
「変な格好の女の子が大砲持ってた」
などの証言が上がっている。
2019年現在では、基地施設の正面玄関には増員された警備兵の後ろに、
「M.I.S.F.」を示す紋章の下に「鎮守府」、と木の板に筆書きが大きく書かれてあった。
一部の日本人は「太平洋戦争や第三次大戦を思い出す」と抗議しているが、それは正しく日本が自らを守るための「強力な軍備」を取り戻したことをアピールしていた。
「止まってください」
正門へと、1台のスポーツバイクが乗り入れてくる。
海上自衛隊の制服を着た男が手を出してゆっくり停止するように促すと、バイクの操縦手は男のすぐ前で停めた。
自衛官は男の顔を確認しようとしたが、その姿と威圧感を見て躊躇した。
「…身分証を拝見してもよろしいですか?」
と日本語で聞いた。すると男は頷いて、ポケットからカードを取り出して自衛官に渡した。彼はそれを渡されて内心仰天していた。男が差し出したのは、M.I.S.Fで発行されるIDカードだった。
そこに書いていたのは、「ヘンリ・ヴァタネン」という氏名と、登録された軍籍番号。そして顔写真はどう見ても10代の若者の白人の男。
白い肌、ボサボサの茶髪、気だるそうな半目の表情のせいでイメージを損ねる整った顔立ち。目の前にいる男がそういう風には到底見えなかった。
「すみません、本当にヘンリ・ヴァタネンさんで合っていますか?」
恐る恐る、日本語がしっかり通じている事を信じて聞いてみた。
白くペイントされたKTMのRC390に跨る細身の男は溜息をついて、
「ロクでもない殺し屋を雇ったって上司から聞かなかったのか」
と日本語で静かに罵った。
「いえ…ちょっと身元を確認できないとお通しすることが出来ないので…」
その状況に経過して、他に警備に当たっていた何人かの自衛官も近づいてきた。
「確認できる物は渡したろうが、通せ」
「そのマスクをとって頂かないわけにはいきません」
見張り台にいた1人の自衛官が、20式自動小銃の安全装置に手をかけた。
男を相手取る自衛官は視線により警戒を示し、その相方が無線を付けた。
「こちら正面関所、トラブル発生のため応援願います。どうぞ」
交話の内容を聞いて、男がハンドルの下に手を伸ばした。
そこには操縦手からしか見えない拳銃用のポケットがあり、装填されたH&K USPが入っていた。
「…はい、新任する将官の身分を名乗っています。「ヘンリ・ヴァタネン」少尉だと」
どうやら通信中の者には、まだ指揮所からの連絡があるようだ。
「黒いマスクはつけています。全体的に黒ずくめの容姿です」
相手が話すと自衛官は黙って聞いた。
「…そうですか、わかりました、蝶野一佐」
それを聞いてバイクの男がUSPからハンドルへ手を戻した。
「ご無礼をお許しください、ヴァタネン少尉。どうぞお通りください」
自衛官は態度をあらためて言った。
そう言われたバイクの男…ヘンリは特に反応を示さず、
「バイク停めるとこはあるか」
とだけ聞いた。
「ゲートを通ってすぐ右です」
返答が帰ってくると、何も言わずにアクセルを軽く捻って検問所を去っていった。バーが降りてすぐに、自衛官の1人が肩をなでおろした。
「護衛も付けずに…ルックスがあまりに不審者すぎるだろ」
「そもそもなんの意図があるんだろうな、作戦中ならまだしも平時にあんなマスクつけるなんて」
「アレを呼び込んだんだ、よっぽど安保理も焦ってるに違いないよ」
「この度は、出向に応じて頂きありがとうございます。ヘンリ・ヴァタネン少尉」
一方、バイクを乗り入れて駐輪場に止め終わって降りたヘンリの元に1人、軍服の女がやってきた。彼の奇怪な姿を見ても恐れ戦いたりすることはなく、あくまでも逞しい笑顔でマスクの男を迎えた。
「陸上自衛隊、富士教導団の蝶野一等陸佐です。戦車戦においては、現状私が教鞭をとっています。これからはあなた方の指導も加えられると聞いています」
敬礼しつつ喋る女性、蝶野亜美一等陸佐を見てヘンリは相手に聞こえないよう小さなため息をついた。
───いい意味でも、悪い意味でも若いのだ。
「一等陸佐なら欧米での階級は大佐と一緒だろ?なんでそっちがかしこまってんだ」
持ってきた大型のダッフルバッグ2つを持って、蝶野へ敬礼で返した。
「この度に関しては、教官を務める我々自衛隊も教えられる側でいる所存ですので。徹底的に叩き込んでください」
蝶野が自信ありげなったら笑顔でそれを言うので、ヘンリは困惑して、
「期待ほどに戦争向きじゃねぇぞ、俺のやり方は」
とこぼした。
「荷物はお持ちします。部屋へご案内しますよ」
「いやいい…部屋は教えてくれたら勝手に行く」
「そう言わずに」
「こういう待遇は好きじゃない」
「日本政府の護衛を撒いてまで一人で来たのはそういう事だったんですね」
蝶野はまた笑った。
「あぁ」
「すでにおふたりほど到着なさってますが、ちゃんと我々が派遣した車両で来られましたよ」
「そうか」
「案内はさせていただきます。こちらです」
歩き出し、駐輪所を出てすぐの開けた光景は壮大であった。
水平線まで伸びる太平洋を見張るように、超大型の艦船が並び、ドックに停泊して英気を養っている。ほとんどの艦の船首部分には、プロリーグの設立も近いスポーツ「戦車道」の強豪校たちのマークがいくつも並んでいる。サンダース大学付属、黒森峰女学園、聖グロリアーナ女学院、プラウダ高校…もちろん、前年度の全国大会優勝校である大洗女学園の校章も。
それらの中に時折アメリカ海軍や海上自衛隊の艦船も散見された。
いやに特異な場所である、という第一印象をヘンリは抱いた。
戦車道と今の軍隊がもつ思想を考えると、それが押し込まれたこの場所はあまりにも不釣り合いであった。
「…」
「どうかされました?」
「いや…何も」
カール・ミュラーは、眼下に広がる戦闘を楽しそうに見ていた。
鉄塊が、自分よりももっと大きな鉄塊に突っ込んでいくのを。
イギリスの第二次大戦時の巡航戦車クルセイダーMk.3。
それが時速45kmを超える全開走行で、目の前のドイツの重戦車、パンターA型へ肉薄攻撃を仕掛ける。70口径の主砲に恐れることなく、むしろ巧みに交わしながら懐へと突っ込んでいく。
クルセイダーの砲身がパンターの側面に着こうとした時、クルセイダーの方の銃身が火を放った。
どかんっっっ!!!
という衝撃音と共に、図体の大きいパンターも、一回り小さいクルセイダーも反動で吹き飛んだ。小さい方は着地してすぐまた走り出したが、大きい方は動かない。それどころか砲塔から、ひとつぽんと白旗を掲げていた。
「初めて生で見るなァ、戦車道の試合」
すぐ横にいた日本人、佐藤悟が関心していた。
横須賀湾を埋め立てて造られた200平方キロメートルの鎮守府施設の内約半分を占める陸上演習場。鎮守府の陸上戦力を鍛えるために、山から森林、廃れた市街まで設計された場所で、小規模な戦車戦の訓練が行われていた。
「戦車という兵器が誕生してはや100年───面白い戦術ばっかりだよ」
カールの目は踊っていた。
「これがスポーツになるってんだから、何があるかわかんねェよな」
「ハインツ・グデーリアンが作った歴史的戦術も戦争のインフレに飲み込まれて今やスポーツの根幹…僕らがやってることもいずれは忘れられて、流鏑馬みたいに儀式になってくのかな」
戦車道────華道、香道などと同じように、乙女の嗜みとして広く親しまれているスポーツ。柔道や剣道と同じく武道であるとされるが、その名からも分かるように、「戦車」を扱って競技を行うかなりアグレッシブな武芸である。そして使用される戦車はどれも第二次世界大戦期までのもののみであり、ミリタリーマニアからの支持も高い。
「けどまぁ、現代の戦術に対応してるかって言われたらあんまりって感じはするしなぁ」
「まぁまぁ、今でも自衛隊じゃ銃剣使う訓練やってるんでしょ?それと同じように考えればいいよ」
「"アイツ"がなんて言うかな」
しかしカールと悟が受けた説明によれば、こと日本国における戦車道のレベルは、本職の軍人をも凌ぐ技術をもっており、同じ第3.5世代戦車同士で本職と戦っても勝利できる選手はごまんといて、高校もしくは大学の卒業後は、最初から機甲科として優遇された形での入隊ができる制度が存在している。鎮守府においては、一般の将兵ではテロという特殊な相手に対応するスキルが足りていない為、国からの多大な援助と引替えに戦車道の選手、主に強豪校からの腕利きたちが送られてきたという。
「ん…あのIV号」
カールの目が、また別の戦車に止まる。
第二次大戦中、ドイツ軍の主力戦車として戦ったIV号中戦車。アンコウウオであろうパーソナルマークをつけた暗いダークイエローの車体が、鈍いエンジン音をあげながら荒野を疾走している。
10時方向から別の戦車からの砲撃。それを急停車で回避すると、すぐにIV号の砲身は撃ってきたアメリカ軍のM4シャーマン戦車へと向いた。
反撃。
停車後、照準を合わせてから発射までの時間は極めて短く、急制動時の慣性や砲身可動の振動をしっかり計算しての射撃であることが見て取れた。
砲弾は見事に命中し、シャーマンから白旗が上がった。
「いい動きじゃん」
カールが言葉を漏らす。
「だな」
と悟。
IV号は素早く次の行動に移り、向かってきているIII号戦車J型に対峙した。
先に手を打ったのはIII号の方であった。肉薄しながらの射撃を行ったが、相対するIV号はそれを超信地旋回による最低限の移動で回避した。
次の瞬間には装填が終わり、確実に放たれた砲弾が、3号の砲塔前部に直撃していた。
キューポラから白旗が上がる。
<演習終了!Bチーム全車戦闘不能、Aチームの勝利!>
審判によるアナウンスが潮風で冷えた訓練場に響き渡る。
それは、IV号戦車側のチームが勝利した事を意味していた。
「あれってもしかして、こないだの全国大会で優勝してた学校の車輌じゃないか」
悟は思い出して言った。
「つまり日本一?道理でいい動きだね」
その訓練場にいた全戦車から女子高生が続々と出てくる。
チームを勝利に導いたIV号からも、4人ほどの若い女学生が出てきた。
そのうちの1人、恐らく車長を務めていたであろう少女は、一際違うオーラを放っていた。
「あぁ思い出したよ、戦車道の名門、西住流家元の娘…西住みほだ」
「この間話してた動き、上手く行きましたね」
IV号戦車の砲手、五十鈴華が穏やかな声で西住みほへ話しかけた。
「うん、これなら対装甲車戦でも大丈夫かも」
みほは安堵して言った。その風貌や話し方からは、とても戦車乗りであるとは想像できなかった。
「みーーーーっぽりんっ!スイーツ食べいこ!」
すぐ後ろからは、通信手の武部沙織がみほへ抱きつきながら言った。
「まだ訓練あるから…」
彼女は笑って宥め、ほかの車両の乗員にも目をやった。
みな特に怪我もなく、建設的な訓練が出来たと思えた。
「そういえば、新しい方が今日来られるって聞きましたが、もうおみえになってるんでしょうか?」
華が言う。
「どんな人なんだろう、戦争の時の「六英雄」とも関わってた人達らしいけど…」
「それぞれ国も違う人達なんですよね」
「緊張するぅ〜〜っ、イケメンな教官に迫られちゃったらどーしよぉ〜!」
戦闘訓練の後とは思えぬ他愛のない会話。
そこへ秋山優花里が、後ろから
「20年前の戦争上がりなら、皆さん40歳は超えていらっしゃると思いますよ」
と加わった。
みほはふと、演習場の端から、自衛隊のジープでこちらに向かってくる軍二人の男に気付いた。
見慣れない顔だった。ひとりは茶髪でそこまで背が高くない西洋人、もうひとりは黒髪の、長身の日本人。どちらも軍属らしい落ち着きを纏っている。西洋人の方はドイツ陸軍のユニフォームで、日本人の方は陸上自衛隊の構成員が着る制服だった。
「今日新しく入られる方々でしょうか?」
と、みほが見ているものに気づいた華。
「2人とも超イケメンじゃん!!!」
沙織がにこやかに声をあげる。
ジープは彼女らのすぐ近くまで来ると、砂煙を上げて停止した。
エンジンが切られ、わずかな静寂が落ちる。
先に降りたのは、ドイツ陸軍の制服を着た茶髪の男だった。制帽を軽く整え、周囲を一瞥する。その視線は鋭いが、どこか愉しげでもある。
続いて長身の日本人が降りる。背筋は伸び、動きに無駄がない。階級章から察するに、かなりの地位にあると見えた。
「失礼、お嬢さん方」
日本人の男が穏やかに口を開く。
「陸上自衛隊、及び公安委員会から派遣されてきた佐藤悟だ。本日より鎮守府付として着任した」
その名に、優花里の目が瞬時に輝く。
「まさか、あの「726部隊」の副隊長佐藤二佐ですか!!!??」
すると優花里は嬉しそうな顔で、
「第三次大戦当時、自衛隊の中でも特例としてアメリカ軍の外征義勇軍としてヨーロッパ、中国、シベリアを転々として戦い、日本の勝利に貢献したあの部隊で、「早撃ち」宮本圭一一等陸佐の相棒として戦場を駆け抜けたと伝説に残っている佐藤二佐!?」
すると、悟はほんのわずかに眉を上げた。
驚きよりも、面白がる視線。
「詳しいね、俺のファンかい」
と優しい声で言った。
優花里は一歩踏み出しかけ、はっとして姿勢を正した。
「し、失礼しました! 軍事関連の資料を少々……!」
すぐに敬礼して自身の経緯を表した。
「楽にしなよ。本来なら俺はただの警官なんだ」
悟は笑って宥め、ほかの3人にも視線をやった。
「4人だけなのか?IV号戦車は5人乗りの筈だが…」
「しっかりもう一人乗っています、ちょうど今操縦席に…」
華が言うと、IV号下部のハッチから人影がにゅっと顔を出した。
眠そうな顔をした白いヘアバンドの少女だ。
「あれが操縦手の冷泉麻子さんです。私は砲手を担当している五十鈴華と申します」
彼女は可憐とした趣で深く礼をし、それを見て仲間たちも敬礼で続いた。
「通信手の武部沙織です!♡」
「装填手の秋山優花里と申します!」
「あっ…戦車長の西住みほです」
みほだけはワンテンポだけ遅れた。
「君が西住みほちゃんか、あの西住流の」
カールが途中から口を挟む。
「はい…えっとあの、お名前は…」
「あっはは、ごめんごめん。僕はカール・ミュラー少尉。君たちの教官、および前線指揮官としてドイツ陸軍から派遣されてきたんだ。よろしくね」
彼の軍服の肩には、陸軍の特殊作戦部隊であるKSKの部隊章がドイツ国旗の下についていた。
「というわけで、一足早めに諸君らの動きを見せてもらったわけだ」
悟は辺りを見回した。
「他の戦車も、こんな具合に女の子ばかり乗ってんのか?」
「はい、実戦を経験するとやっぱり違和感ありますよね…」
「少しな。でも君の母親にはよく世話になったよ」
みほははっとした。
「726部隊にいた時、機甲部隊での1番のエースは彼女だったんだ」
「そうなんですか…お世話になっております」
彼女がそういうとカールは少し笑った。
「かったいなぁ…いいな、女子高生ってカンジで」
「大統領…大丈夫なんですか…?」
「大丈夫。ちょっと友達を怒らせちゃって…」
同時刻。アメリカ合衆国ワシントンD.C、大統領官邸「ホワイトハウス」の会議室。アメリカ大統領ロバート・アームストロングの鼻には包帯が付けられていた。秘書官は心配して言うが、アームストロングは痛みに耐えながらそれをあしらった。
「全く…やり方を変えるべきでしたな、大統領」
巨大なテーブルの一部に座る男も同じように鼻に手当がされていた。
「他に手はなかっただろ、エディ」
アメリカ合衆国国防長官エドモンド・カービーは、少々不満そうに自分の鼻をおさえた。書記や他の省庁のほとんどの長官は、アメリカ政府のトップ二人が負傷して会議に来たことに狼狽えているが、等のアームストロングとカービーは気に留めていなかった。
「それで公の場に出たらエラい記事になりますな…どうやって伝えるんです?暗殺未遂で済ませますか?」
CIA長官オズワルド・フォスターは皮肉混じりで聞いた。
「「ゴルフ中に転んだ」とでもしようか…」
「まぁ、殴られるべくして殴られましたから、我々は」
カービーがため息をつく。
「恐ろしいなぁ…アメリカ政府を殴れる一個人か」
「今度からはちゃんと色々考えてくださいな、大統領」
「そんな事言われてもな……ソ連との外交問題とか社会保障とか、何より「鎮守府」のやらかしとかで頭がいっぱいなんだ…」
「それを全部どうにかする覚悟で、あなたは立候補したんでしょう」
「結構迷ったけどな。昔、「お前は大統領になれ」ってマリオに鉄拳教育くらったりしたんだよ。戦争の時にいちばん痛かったのはあいつのゲンコツだったなぁ」
「となると、とんでもない部隊になりましたな、「76レンジャー中隊」は…ある者は神を殺し、ある者はアメリカ大統領、ある者は国防長官…」
「もう20年か…。長かったな。会議、始めよう」