「…えぇ〜?」
鎮守府、大食堂。
駆逐艦時雨は、テレビ画面を見て困惑の表情を浮かべた。
写るのは、現役のアメリカ合衆国大統領。
それが鼻に包帯を巻いて記者会見に出てきた時の写真だ。
<今日ホワイトハウスで行われた会見でアームストロング大統領が見せたのは、まさかの包帯姿。ホワイトハウスの発表では、ゴルフ中に転んだ事で鼻骨が骨折したとの事で、全治3ヶ月以上の治療が必要との事。
アメリカ大統領がまさかの負傷姿を見せたことで、国際的にも異様な空気が漂っています。>
ニュース映像はそう説明した。
しかし鼻が折れるほど転ぶようなことあるだろうか?
と彼女は思った。
「中々珍しい光景ですわね、いつもは中東や南米の指導者を的確に排除するアメリカのトップが、まさか負傷だなんて。」
後ろから淑やかな女性の声がした。
時雨が後ろを振り向くと、如何にも英国淑女の気品を纏ったブロンドの少女が二人仲間を携えて席に座っていた。
「ダージリン…珍しいね、ここで昼ごはんなんて」
時雨の言葉にブロンド…ダージリンはうどんに手をつけながら、
「たまにはこういうのもいいなと思って」
と返した。
「ダージリン様がうどんをお食べになるの、初めて見るかもしれません」
彼女の横にいる橙色の髪をした背の小さい少女が言った。
名をオレンジペコという。
「あら、そうだったかしら」
「学園艦ではほぼ食べられませんからね」
ダージリンに向かい合う金髪のロングヘアの少女アッサムも会話に混じった。彼女ら3人が着ている制服は、神奈川県の高等学校聖グロリアーナ女学院のもの。一方の時雨は、元々自分がいた学校の制服をそのまま着ていた。
「これ、
時雨が心配していると、アッサムは箸をおいて、
「大人の揉み合いに巻き込まれるのは勘弁ですね」
と一言。
「転んでできる怪我に見えないということは、誰かしらは何かの陰謀を考え、そしてそれが争いの種になる可能性を孕んでいるという事ね」
ダージリンがテレビ画面を見る目には驚きはなかった。
内外で小さなトラブルに囲まれ、痛いところをつつかれ続ける政治家という人種を些か哀れんでいた。
「ここのアメリカ軍の人達はちょっとピリピリしそうだね」
「イギリス軍の人達はちょっと雰囲気が軽くなってましたよ」
オレンジペコが思い出して言った。
「一国の指導者って大変だな…。もし死んだりとかしたら、それだけでも戦争になったりするし」
「こういうのも何かに波及したりするのでしょうか…ダージリン」
アッサムの言葉に、向かいの少女は笑って口を開いた。
「……こんな言葉を知ってる?」
<運命がもたらす仕業は、たった数発の銃弾でも何千万の人間を殺せる>
「マリオ・ジョースターですね」
横のオレンジペコはいつものことのように、彼女が引用した言葉の元を確認した。
しかし、ダージリンにはやはりアームストロングの顔が不審に思えた。
明らかに重症であるレベルの鼻への処置。青いアザが包帯から少しはみ出ている。
転んだというよりかは、"殴られた"ような━━━━━━━━。
ニコライ・アルバチャコフ中佐は、鎮守府の本部施設の廊下を歩きながら異様さに困惑していた。ただのアメリカ軍租借地であった時代から明らかに増設され、増えた巨大艦艇。南側に広がる、街が1つ2つ平気で入るほどの広大な埋立地。
そして何より本来の軍事施設にはあまりにも見合っていない、
バックパックを背負い艦砲を模した小銃を扱う少女たち。
そして70年は前の時代の戦車を駆る女学生たち。
「…」
クレムリンで彼が言われたのは、「国際対テロ組織への出向」。
想像していたのはSAS、デルタフォース、GSG9といった精鋭たち。
しかし実際に戦力であろう者たちは8割がた年端もいかない女子。第三次大戦までは全く考えられなかった新しい「非対称戦争」を見せつけられているのだと彼は思った。
「ブリャット…」
首が凝る。恐らく
歩きながら窓を見ると、艦船たちの向こうに夕暮れに差し掛かった太平洋が見える。少し黄色くなった空が3月の空気で澄み渡っている。
ソビエトではほとんど見られない景色に彼は感心した。
「む…」
少し先に、背の高い男が一人部屋から出てくるのが見えた。
身長は190cmに届かないくらい。
軍隊の進駐する場所には似つかない高級なスーツに身を包んだ短いブロンドのその姿から、ニコライには一目でイギリス人だと分かった。
ジェームズ・ボンド…ソ連の一部では悪い意味でちょっとした有名人だ。
「ごきげんよう。西側へ亡命するにはいい日だね」
ボンドがニコライを見つけるや否や、彼はまず皮肉で挨拶した。
「相変わらずだな、紅茶男」
「君もな。東の代表は君か」
「そんなとこだ」
2人が並んで歩き出すと、後ろから見た場合あまりの身長で威圧感さえ覚えられた。
「なんで中国やアラビアからは呼ばれてないんだ、ご都合主義か」
ニコライが不満そうに言った。
「半年前まではかなりの数いたらしいが、減ったようだ」
とボンド。
「相変わらず統制の取れんもんだな、何が「国連軍」だ」
「神のいた時代には「抑圧」があったものの、「秩序」は確かに存在していたな。」
「それはそう…あの「戦い」の代償は未だに大きいままだ。クソッタレ」
空が少しずつ、少しずつ黄色を帯びていく。雲の薄い晩冬の澄んだ空に飛行機が一機、飛行機雲を引いて浮かんでいる。ゆったりとした速さで視界の外へと消えていく。
人間が「空の飛び方」を覚えて、まだ120年足らず。
神がいなければ、もっと早くに達成出来たのであろうか。
解放はもしかして遅すぎたのだろうか、急すぎたのだろうか。リミッターの外れた、静かながら無秩序な世界がこの現代。
波の音だけが聞こえる静かな空は、嵐の前を予感させた。
「私は清々しているがな…。君は?」
ボンドの問いかけに、一瞬ニコライの目が笑う。
「俺もだ」
2人は「提督執務室」と書かれた札がかけられたドアの前で止まった。
提督はNATO、WTOの双方では海軍大将にあたるもの。ここ鎮守府における最高権力者の階級だ。出向するとなれば、まずここに挨拶をするのが社会の礼儀であろう。故に彼らはここへ来たのだ。
「よくアメリカはこのデザインに文句出さなかったな」
ニコライが皮肉る。
艦隊の動静を決める権利を持つ「提督」の文字。それが札にかけられているだけで、一目で厳粛な空気を作る。
向こうには偉そうな誰かが1人ふんぞり返って座っているだろう。
慣れっこだった2人は、迷うことなくノックをした。
「入りたまえ。」
2度のノックの後、すぐに向こうから声がした。
ボンドがドアを開ける。
すぐに見えたのは、合計で5人の人物。
デスクの前に置かれた椅子に座っているのは、
背の低い茶髪のドイツ人、
それよりも背の高い、余裕綽々な表情の日本人、
この2人はそれぞれの軍の制服だが、もう一人いる男はジャージ姿で、さらにはマスクで顔を隠していた。出ている手や肌から北欧系の白人であることは分かる。
奥のデスクには、海上自衛隊の制服を着た日本人の男。
その隣には、異様な服装の女が険しい顔を浮かべて立っている。
旧日本海軍のそれを彷彿とさせる内装は簡素で、さらに奥には窓の向こうに広がる横須賀の街並み。
そして座っている多国籍な面々から見れば、ただの軍事作戦では終わらないのだろう。
「…イギリスから派遣されてきたジェームズ・ボンドです。ただいま到着しました」
ボンドは静かに言った。
「ニコライ・アルバチャコフ。ソビエトから来た。」
ニコライは見た目通り雑に自己紹介をした。
「お待ちしておりました。お座り下さい」
女が低い声で2人へ促す。
「失礼。」
2人が座ると、デスクの男が口を開いた。
「佐藤二尉、ミュラー少尉、ヴァタネン少尉、並びにボンド中佐、アルバチャコフ少佐。この度はここ鎮守府への着任に承諾していただき誠に感謝する」
「こんなやさぐれた男ばかり集めたのは趣味じゃなかったのか」
悟が笑う。
男は返事をせずに、
「諸君らが呼ばれたのは他でもない。
昨今、宗教的過激派によるテロ攻撃はさらに熾烈を極めてきている。
現状の戦力と練度では治安維持と目標の達成には不十分。
故に、東西は諸君ら6人の将官を呼び出したわけだが━━━━━。」
「もう1人、まだ来ていないな」
男の言う通り、今集まったのは5人のみ。あと一人の姿が見えない。
「先程、羽田に到着したという連絡はあったのですが…まだこちらには」
女が言った。
ボンドが呆れた表情を浮かべる。
「幸先が悪いですな」
「まぁいい。先に話を━━━━━━━━」
がちゃり。
ドアノブが捻られる音が部屋に小さく響いた。
突然の音に、会話が止まる。
全員が音がした方に目をやった。
開いた扉の向こうには、AC/DCのTシャツにロサンゼルス・レイカーズのスポーツジャケットを羽織り、リーバイスのだぼついたジーンズを着た男が立っていた。
その男の姿を見て、悟は目が笑っていた。
「こんちゃー…。葬式でもしてんの?なら看板立てといてくれよ」
片手にはビール缶。口にはタバコが咥えられている。
休日家でまったり過ごすためのようなだらしない服装。
そして恐らくは酒のせいで少し出かかっている腹部。
うっすらと贅肉を感じる顔。
おおよそ軍事基地にいるには、到底似つかない格好だ。
彼が入ってくると、ビールの発酵臭とタバコの焦げた匂いが部屋に入ってきた。
「ここは禁煙だ…、ジョン・マーシャル・ホロックス大佐。」
「禁煙?毒ガス訓練とでも思えよ…ったく」
デスクに座っている男から指摘をされたジョンは何食わぬ顔で部屋に入った。煙を吐くと、ビールを1口飲み、大きめのゲップを吐いた。
「火を消してくれないか」
「へいへい」
男の言葉にジョンは従った。しかし、行ったのは最も無礼と言える行動だった。
タバコが指と指の間から滑り落ちる。
それを彼はカバーすることはなく、煙の元が床へと落ちた。
赤い高級な絨毯。それにタバコ葉と灰で汚れが作られた。
「あちゃー、高そうなのに」
彼は冗談を言いながら、その火を踏んで揉み消した。
「…」
「なッ…」
女が少し動揺した。
一体なんの意図があるというのか。
それを問おうとしたが、目の前に降りかかるものがそれを止めた。
そこにいるのはただ1人、酒とタバコをもってフラフラやってきただけの男。到底軍産複合体を動かす大企業のボスとは思えない。
なのに、その「存在」が、あまりにも重く感じる。
オーラのようなものは見えない。ただ、周りの生物に対する「無意識の威圧」がそこにあった。
「ほいで、喪主はアンタか?」
ジョンの口調は軽かった。
なのに、軽い"脅し"がその裏に見えていた。
「そんなところだ。
海上自衛隊海将…古い言葉で"提督"をやらせてもらっている、山本晋平という者だ。わざわざアメリカからの赴任には感謝している」
男…山本は、ジョンの行動には動揺を見せることなく言った。
「そりゃあありがたいだろうな、こんな老いぼれを呼び出すんだから。
にしてもこのメンツは━━━━━━ヘヘヘッ、クソ野郎ばっかだな」
「素行に関しては、これからの働き次第で目を瞑ろう。
大佐、ならびに諸君らの任務は今この鎮守府の戦力になっている「艦娘」と「戦車道」を嗜む女学生達の練度向上、そして前線指揮だ」
山本が説明を始める。ジョンは椅子を前後逆にして座り、背もたれにもたれかかった。
「艦娘というのは、現代戦史に存在した艦船の「魂」を物質化し、適性のある女性に移すことで絶大な戦闘力を得た存在だ。
彼女がその1人、戦艦長門だ。」
彼に手で指されると、女は礼をした。
「山本提督の秘書艦を担当している戦艦、長門と申します」
長門の自己紹介にジョンはピンときたようで、
「世界7大戦艦の1つじゃねぇか。いいもんもらったな嬢ちゃん。
胸のデカさと主砲の口径は比例すんのか?」
と言った。長門は返す言葉が見つからなかった。
「彼女達は育成すればテロリストに対して非常に強い抑止力になる。
これからの戦争の常識を変える力さえあるかもしれない」
潮風が窓を叩く。ボンドは横目で長門を見た。
華麗で、大人びている。男らしい表情を浮かべてはいるが、顔つきには、まだ幼さが少しだけ残っている。
数秒、誰もが言葉を噤む。
そして少し流れたその沈黙を破ったのはジョンだった。
「抑止力ねぇ…。便利な言葉だ」
呟いた後、空になった缶を握りつぶした。
「━━━━━━それ、いつから"言い訳"になったんだ」
緊張が走る。もっとも、それを感じたのは山本と長門だけだが。
「言い訳、か」
「まだ子供も産むような歳じゃねェ女子供を、戦場に進んで放り込むための免罪符だよ」
静かに立ち上がった。
「彼女達はみな納得し、合意の上でここに来ている。たとえ戦死するようなことがあって━━━━━━━」
「なら
山本の言葉を、彼は強い語気で遮った。
「第一次世界大戦では2000万。
第二次世界大戦では7000万。
第三次世界大戦じゃあ1億を超える人間が死んだ。
━━━━━━でも、今は統計と墓にしか残ってない。
それは女子供になっても同じことだ」
静かに行った後、重い歩みを踏み、山本がつくデスクの前に立つ。
「技術の進歩とか、新兵器だとかの言い訳をつけて、
女子供に制服着せて、鉄砲持たせて、死んだら「遺憾である」で終わらせんのか」
「君が死なせなければいいだけだ」
「簡単に言うんじゃねぇよ、アンタも軍人だろうが」
山本の軍服の胸には幾つもの勲章が付けられている。
第三次世界大戦の戦闘で得たものだろう。
それが、だらしないアメリカ人に詰め寄られている。
「我々とは格が違う。
マリオ・ジョースター、
宮本圭一、
アーサー・ジョースター、
ミハイル・ゼットルヤーコフ、
フリン・ヘイへ、
ルドルフ・ロッテラー。
諸君らはこの「神を殺した6人」の隣で激戦を生き延びた人間だ」
「僕は違うよ、戦時中まだ中学生だし」
カールが小言を挟んだ。
「つまりは「生き延び方」を知っている。
それを叩き込んで欲しいのだ」
「━━━━じゃあ、まずは誠意ってもんを見せてもらおうか」
ジョンの顔がさらに強ばる。
「半年前の事件、俺達が知らないわけないだろ。
アムステルダムのショッピングモール。
80人の人質がいた。
お前らは交戦規定が緩いのを利用して、正面からの強行突破と上からの突入で済ませた。それもかなり安易なやり方で。
結果は地獄だ。
80人の人質のうち、61名が死亡、生き残った殆ども重症。
その作戦で鎮守府の戦闘員は半数が死んだ。民間人の被害も出たらしいな。15人のテロリストを殺す為だけに。
それでこの方針転換か。
今度はまだ結婚もしてねぇような女子ばっかり呼び込んで兵隊にする。
お前んとこの総理大臣はどんだけ安いシャブやってんだ?」
「━━あぁ…お前か、アームストロングを殴ったのは」
悟が察して言った。
他の4人も納得した顔をした。
「訓練も指揮もいくらでもやってやるよ。ただし条件がある」
「何だ」
「━━━━━━━━━一切、俺たちのやり方に口出しするな」
「……いいだろう」
ジョンの脅しともとれる提示はすぐに受け入れられた。
長門は傍から見ていて内心驚いていた。
いかにも堕落している、金だけは無限にあるアメリカ人。
それが今、一国の海軍を担う人間を従わせた。
それにも関わらず、その同僚になる者たちは一切動揺していない。
悟は笑い、ボンドとヘンリは無表情、ニコライは不機嫌な顔を浮かべ、カールに関してはスマホに目をやっている。
これに私たちは教わることになるのか?
と、疑いの目を向けるしか無かった。
「もう契約は明日からだよな」
「あぁ」
「ハッ、じゃあ早速ブートキャンプを始めるか」
ジョンが顔に乾いた笑みを浮かべる。
楽しむための笑みでも、面白がる笑いでもない。
死地でのみ見れる、「壊れた笑み」だった。
翌日。午前11時頃。
「ねぇ、これって何の呼び出しなの?」
駆逐艦吹雪は、隣にいる西住みほに聞いてみた。
「さぁ…なんだろうね」
つい15分前、鎮守府の全戦闘員へ集合する号令がかけられた。
すぐに全員が本部前の広場に集まったはいいが、そこから5分が経過していた。しっかり隊列を組んで立ってはいる。あとは誰か指揮する人間が入ればそれでいい。なのに現れない。
「佐藤中尉、イケメンだったなぁ…」
武部沙織がみほの後ろで恍惚な表情を浮かべた。
「上官をそういう目でみちゃダメだよ…」
と苦笑いを浮かべた。
「もしかして、新しく来る教官の挨拶とかなのかな」
吹雪が言った。
「昨日全員到着したらしいし、多分そうだよね…佐藤二佐とミュラー少尉以外はどんな人なんだろう」
みほは自分の母親と蝶野以外の教官を知らなかった。
故に、些か不安な感情が頭にはあった。
「訓練終わる度にご飯に誘ってみよっかな〜…もしかしたら私に振り向いてくれたり━━━━━━━」
沙織がいい終わる直前。その3人も含めた隊員全員が、なんの合図も無いのに姿勢を改めた。変わった空気感だけが、彼女らに何かを伝えたのだ。
隊列の一番前に置かれた簡易的な演説台に、女がひとり登る。長門だ。
「おはよう諸君、秘書艦の長門だ」
すると皆敬礼で返した。長門も小敬礼で返し、話し出した。
「現状、我々鎮守府の戦闘に関する練度は、この組織の設立当初考えられていた水準には達している。しかし、まだまだ足りていないものが多すぎる。それは諸君も気づいていることだろう」
演説台の後ろに、奇妙な男たちが6人立っているのが吹雪には見えた。
殆どは外国人。1人だけ、見覚えのある人間がいる。
「そこで鎮守府上層部及び、国連安全保障理事会は、この度6人の新たな指揮官に着任を依頼した。全員、圧倒的な実力と経験を兼ね備えた精鋭である。今回はジョン・ホロックス大佐に、代表して挨拶していただこう。」
軍服を着たアメリカ人が1人、眠そうな顔で台の階段に足をかける。
「大佐、お願いします」
「あ。」
長門と男…ジョンは交代で台に上がった。彼女が降りると、ジョンはまず目の前の景色を見回した。
目ばかりでおよそ500人程の隊列。それも全員若い女性。
それぞれの学校の制服を着たのであろう者と、独特な服装に身を包んだ者。割合は半々ほどであった。年齢は概ね17〜20くらいだろうが、明らかに中学生くらいの者も見られる。
これが名目上は、「世界でもっとも優秀な対テロ特殊部隊」だという。
女子供に銃を持たせているものが。
深呼吸をする。
そして腹の底から、よく通る声をもって口を開いた。
「よぉお嬢さん方。 俺に見覚えあるだろ?
イーロン・マスクだとかジェフ・ベゾスだとか、今のクソッタレアメリカ大統領と一緒にならんでニュースやネットに写ってる、成金のあのおっさん。
そう、この俺、ジョン・マーシャル・ファッキン・ホロックスだ」
「うおっ…」
吹雪は驚いた。確かに今話しているのは、様々なメディアに出演し、日々インターネットに話題を届けているあのセレブリティ、ジョン・ホロックス。それがアメリカ陸軍の制服を着て、しかも非常に流暢な日本語を話している。叫んでいないのに、通る声で。英語の訛りは一切感じられない。目を瞑って聞けば、日本人と聞き分けがつかないだろう。
「いつもインスタで車とギターと食いもんの画像しか上げてないあのアメリカ人が、なんでここに?って思う気持ちはよ〜〜〜〜〜〜く分かる。
だがまぁ、うちの大統領は俺がいなきゃヤなんだと。
まぁいいや。本題に入ろう」
その話し方はあまりに軽快で到底軍人とは思えなかった。
それが余計に、鎮守府の隊員たちに不信感を募らせていた。
「俺達がここに呼ばれてきたのは他でもない。お前たちを訓練し、さらに前線で適切に動けるよう指揮を執ることが任務だ。
見たところ━━━━━━中々に面白い配属だな。
艦船の魂をもった少女たち、そして戦車を操るJK達ね。
とくに戦車道メンバーに関しちゃあ、戦車戦の練度は本職の軍隊以上?そりゃあ結構。
━━━━━━━━━━━でもそれだけじゃ、ダメなんだな」
「こいつあんだけ文句言ってた割にちょっと楽しそうだな」
悟が小声で言った。
「この感じでツンデレとかちょっとキモいよね」
とカールも。
「黙ってくれないか」
ボンドは、それを静止した。
「今の時代、戦争ってのは局所だけが強くても勝てるとは言えない。
陸、海、空はもちろん、さらに上からの監視、あらゆる源から手に入るあらゆる情報。
さらには無人兵器。
全ての領域の連携が出来てこそ、初めて勝つ可能性が生まれる。
いくら戦車が強くったって、いくらデケェ艦砲があるからって、いくら身動きが速いからって、それが長く見た戦略では、1つの要素だけじゃ勝利にはあまりに足りない。」
隊員たちは明らかに動揺の色を浮かべている。
ジョンはそれを内心面白がって続けた。
「これからお前らが経験する、「非対称戦争」は特にムズカシイ。
国際法で定められた交戦規定と、民間人とテロリストの見分けのつかなさで雁字搦めにされる。
常に最新の情報を追いかけ、常にあらゆる箇所に警戒し、そして民間人に被害を出さず、標的だけを確実に無力化しないといけない。
ただ街を歩いてる普通の通行人、何の変哲もない車、ましてやベビーカーを押している母親。
その全てに可能性が秘められているが、憶測で撃っちゃダメ、そいつがテロリストだと「完全に」証明できないと攻撃はムリ。
要するに全部受け身じゃないといけないんだ。ドSな女王様には不向きかもな。お前たちの引き金は法律に縛られてかなり重い。でも向こう側はな〜んの制約もない。とんでもねぇクソゲーだよな?
非対称戦争で実質的に必要なのは「勝利」じゃない、「無失点」だ。
けど、お前達はそのクソゲーを、自分たちの手足と頭、脳ミソを使って解決しなきゃいけない━━━━━━━━が、まずはだな」
耳の裏をかいて話を続ける。
「全員がどれだけ出来るのか、どこまで「戦術」を理解してるのか。そこを見させて欲しい。
ッてな訳で、今日は俺達6人vsお前ら全員で、"楽しく"模擬戦といこうか」
「えっ」
隊員の何人かが明らかに動揺した。
いきなりの模擬戦。それも今日。あまりに急で大胆すぎるのだ。
ジョンの表情は眠そうな顔のまま変わらない。しかし、次に発された言葉で隊員全員が驚くことになる。
「ルールは簡単。お前らは全滅したら負け。
俺達は1人でもやられたら負け。
そしてここがミソなんだけどな。
こっちは全部ペイント弾。お前らはフル武装の上、完全実弾だ」
隠せない動揺が覆う。
おかしい、死ぬでしょ?など、ヒソヒソと皆話し始める。
「あっ、 あの!それでは大佐がたにあまりにも危険すぎるのではないでしょうか!」
秋山優花里が挙手して声を上げた。
「あぁ、めっちゃ危険だ。
そっちは被弾してもちょっと汚れるだけで済む。
こっちは死ぬ。…それで十分。
迷いなく殺せれば、お前らはテロリストを地獄に送り込む準備万端ってこと。「本番」で迷った時、死ぬのは民間人だ。
そしてもうひとつ。
━━━━━━━━━━もし俺達の中で誰か1人でも死んだなら、俺達はここに「必要なかった」ってことだ。」
言葉に、みほはゾッとした。
今前に立っている男は、自分が撃たれる状況を笑いながら作ろうとしている。それはある意味、自分たちを試してみろと言っているのだと理解した。
「さて、それじゃあ準備が出来次第始めよう。
誰が死ぬか賭けててもいいぞ。景品はおっさんの死体だ。
…それじゃあ演習場で会おう。 解散!」
ジョンは話が終わるとすぐ台を降りた。
「早速ビビらせてるじゃないか」
ニコライが文句を言う。
「なーに、最初だし楽しんでいこうぜ」
言われた方は笑って返した。
「死ぬ可能性があるのに楽しむ…か。我々も、大分と壊れてしまったな」
ボンドがため息をつく。
おどおどとしてそれぞれの準備に向かう多くの少女達を横目に、6人は本部庁舎へ戻って行った。